魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
82 久しぶりの危機?
それからレオンによって安全地帯で寝かされていた2人が起きて、またクレアが抱き枕にされて騒いだり、レオンが真顔で席を外そうかなどと言ってクレアが羞恥で叫んだり。寝ぼけたロイドが一緒にもうちょい寝ようと言ったのを、会話の流れでどう勘違いしたのかクレアが言語能力とさよならして喚いたりしつつ起床。
「さてと、さくっと帰りますかね」
「そうしよう。急ぐぞ」
喚いた最中に放たれたビンタで右頬に紅葉を作った師弟が頷き合う。決して宥めるのが難しいと領の誰かに助けを求めている訳ではない。
頬を膨らませて、しかし真っ赤な顔を見えないように俯いた隠すクレアが無言で追随する。と言っても耳まで赤くなっており、少し尖ったそれを隠すには至らなかったが。
そうして魔鏡とは思えない静かな山脈を駆け抜けていく3人。ちなみに静かなのは早く辿り着きたいが為にレオンが覇気を全開にしているからなのは言うまでもない。
「それにしても、面白い方法を見つけたな、クソガキ」
「あ?何がだよクソじじい」
そんな中、徐にレオンが口を開き、それに食いつくようにロイドが返す。別に沈黙によって漂うクレアの不機嫌オーラが気まずくて話しかけたのではないのだ。
「『神力』に魔力を纏わせるとはな」
「あー、あれか。なんか出来そうな気がしたんよな」
「『神力』単体以上に非効率な力だがな」
『神力』の魔力を打ち消す力を超える魔力の密度と量で無理やり『神力』に魔力を纏わせる力業。
単純に高密度の魔力の分のエネルギーを上乗せするだけに留まらず、魔力で『神力』を誘導する事でその操作を向上させていた。
それにより、『神力』単体での操作難度から非効率な運用にならざるを得なかったロイドの未熟を補い、効率的でその分高い効果を示す事に繋ぐ事に成功していたのだ。
もっとも、『神力』の魔力を打ち消す力自体は消えないので、魔力を湯水の如く失うという欠点はある。
つまり、『神力』以上に持続性は無いが、『神力』以上に高威力で操作性の高い方法だった。
「威力に欠けるひょろいクソガキにはうってつけの方法だろうがな」
「はっ、言ってろ。これをモノにしてクソじじいに食らわせてやる」
「精々やってみろ。先に言っておくが、あの程度では俺は斬れんぞ」
恐らく現存するエネルギーでは最高の高出力を誇るロイドの緑銀に輝くあの力。
それでもレオンの生物の限界を超える程の内包魔力には届かないらしい。
「しかし、魔術時代でも聞いた事がない方法だな。バカだから思いつく裏技みたいなものか」
「自分じゃ思いつかんかったからって負け惜しみか?長く生きててこんなのも思いつかないとか、耄碌としてんじゃね?」
「自分のエネルギーを相殺させながら使うなんて自爆技、普通思いついても使わんからな。バカでザコなクソガキには欲しい方法だとしても、普通はそれぞれを高める」
「うるっせ!」
図星をつかれて叫ぶロイド。
確かにあんな方法を使えばその後は魔力も残らず倒れてしまう。自爆技というのは否定出来なかった。
「混合魔法ならぬ混合エネルギーか。名前はどうするんだ?」
「はぁ?名前ぇ?」
いやいちいち名前なんてつけんで良くね?と胡乱げに言うロイドに、レオンは嘆息して言う。
「アリアに言われただろう。名前というタグをつける事でイメージしやすくなり、その力を引き出しやすくする。あんな扱いにくそうな方法を今後も使うなら名前をつけてイメージしやすくしておけ」
「あー……そーだったな。名前かぁ……」
思いつかねー、と溜息をつくロイドだが、数秒の沈黙の後に口を開く。
「……『緑と銀の盛り合わせ』?」
「「…………」」
それはねぇよ、と言わんばかりの沈黙。
あれ?と首を傾げるロイドに、レオンとクレアまで溜息。
「いや先輩、刺身じゃないんですから」
「適当すぎるな。クレア、将来こいつに子供の名前はつけさせるなよ」
「な、何言ってるんでしゅかレオンさん!」
妙な流れ弾が飛んで噛んだクレア。からかわれてんぞー、と噛んだ事と合わせてププっと笑うロイドとレオンをギロリと睨む。
「さて名前か。どーしたもんか」
「そうだな、俺も得意ではないしな」
その視線から逃れるように前を向いて会話を無理やり戻すロイドとレオン。変なところで息の合う師弟にクレアが行き場のない怒りを溜息に変えて排出させた。
「はぁ……混合エネルギーなら、そのまま神魔混合とかでいいんじゃないですか?」
人の事を言えない程短絡的なネーミングだ、とロイドとレオンは内心思いつつも、だからといって反論も無ければ代案も無い。
「そーするか。んじゃ神魔混合で」
「クレアが居て良かったな。早く決まった。さすがだ」
なんとレオンさんがよいしょ。きっとアリアあたりは空間を隔てた先で爆笑している事だろう。
そんなこんなでどうにかクレアの機嫌が上昇し、とりとめのない話をしながら下山していく。
「……ん?」
「お?どーした?」
すると、何かに気付いたようにレオンの眉根が寄った。表情の変化が少ないレオンには珍しい光景に、ロイドとクレアも首を捻る。
それにすぐには答えず確かめるように数秒置いて、レオンは口を開いた。
「……魔族だ。ウィンディアに向かっている」
「…………はぁ?!」
予想外すぎる発言に、ロイドは目を瞠って叫んだ。
「ふむ……」
ほぼ同時刻、ウィンディア領の自宅にて執務を進めていたルーガスが呟く。
高い魔力感知能力を誇る彼は、まだかなりの距離が離れているにも関わらずその存在に気付いていた。
「あなた……」
執務室の扉が開き、同じく気付いたシルビアが入ってきた。
上位の魔物でも相手にならないであろう高い魔力が複数、しかも高速でこちらに向かっている。
いよいよ魔族が攻めてきたのか、と予想出来ないシルビアではない。
「どうされたのですか?」
そこに両親の異変に気付いたフィンクが顔を上げた。ルーガスの手伝い兼勉強として執務に携わっていたフィンクは、その手を止めて両親を見る。
「あぁ、魔族が攻めてきた」
「えっ?!魔族が?」
さすがのフィンクも魔族の襲来には驚きを隠せなかった。ガタンと音をたてて立ち上がる。
「とは言え数はそう多くない。恐らく様子見だろう」
「そうですか……っ!」
ルーガスの続く言葉に頷くフィンク。だが、この時点でフィンクの魔力感知も魔族を捉えて息を呑む。
そしてその凄まじい気配に、様子見という可能性以外にもう一つの可能性が浮上した。
(これ、少数精鋭と言うのでは……)
むしろその可能性の方が高いとさえ思えてくる。
ここはウィンディア領。人数はそう多くないが強力な個人戦力が控えている地だ。
それならば数で圧倒するという消耗が激しい戦法ではなく、それ以上の個人戦力で対応する方が被害は少なく済む。
そう考えた侵攻だと思った方が自然ではないだろうか。
そもそも、レオンも飛べる魔族は上位の魔族だと言っていたではないか。捉えた魔力は魔族が地面を駆けてはいない事が伝わってきていた。
「上位魔族……」
思わず漏れるその名。
それは当然ルーガスとシルビアも分かっているだろうと思い、フィンクは両親の顔を見ると、
「……え、えっと……ち、父上、母上……?」
物腰柔らかくそれでいて破天荒な行いも平然とするフィンク。そんな彼らしからぬ歯切れの悪さ。だって、
「う、嬉しそうですね」
「ん?いやまさか。一大事だ、喜んでる場合ではない」
「え?そうよ。上位魔族の襲来なんて、久しぶりの危機なのよ?」
両親がこう、口元が裂けるように笑ってるんだもの。
追求してもしっかりと領主と夫人のお言葉が返ってくるものの、どうにもその『久しぶりの危機』にテンションが上がっちゃってるようにしか見えない。
「……ええ、そうですよね」
フィンクは嘆息しながらいつもの微笑みを浮かべて頷いておく。
もはや、上位魔族の危機なんて微塵も不安に思えなかった。
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