魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

81 地竜討伐

「グオオァアアッ!?」

 あまりにも呆気なく貫かれた、絶対の自信を持っていた己の装甲である鱗。
 それに戸惑うように叫ぶ地竜に、クレアは容赦なく追撃を叩き込んでいく。

「『風槍』『雷槍』」

 風と雷の槍をそれぞれ10以上生み出し、それらを地竜の首へと放つ。
 地竜は抉れた右前脚を庇うように、しかし左前脚を掲げる程踏ん張れないのか、太い尻尾を盾にする事で凌ごうとする。

 だが、一撃では鱗を貫く事は出来ずとも、20もの槍が立て続けに一点集中で殺到すれば耐える事は叶わず。

「グオオオァアアッ?!」

 その太い尻尾にクレーターを作るように傷を残した。

「グゥ……グオオオオオオッ!」

 だが、その生物の頂点に迫る竜としてのプライドか、地竜は不利な防衛から攻勢へと切り替えた。
 最初の岩の雨を上回る程のそれに加え、大地からは槍が生まれ、足場を崩さんと蟻地獄がクレアの足元に生まれる。

「『涼風』」

 それをクレアはオリジナル魔法である『涼風』――ロイドの十八番である風の高速移動術で危険地帯を脱出。
 だが怒り狂う地竜はそれを逃さんと次々に大地そのものが襲うかのような苛烈な攻撃を放ち続ける。

「『風弾』『風弾』『風弾』」

 それらを回避しつつ、更には大量の風の砲弾をもって迎撃ないし逸らしていく。
 だが、もとより接近戦や体術といった面では弱いクレアは段々と追い詰められていき、

「むぅ……」
「『神隠し』!」

 仕方ないと被弾覚悟で魔力を練り上げるクレア。だが、彼女に迫る大地の奔流を、ロイドの空間魔術で消し去った。

「先輩!」
「アホか!」

 それを見てクレアとロイドはキッと睨み合う。
 その視線は、クレアには「なんで今の内に地竜を攻撃しなかったのか」と込められ、ロイドには「アホか!」と言葉そのままの意味が乗せられていた。

「お前被弾覚悟で攻撃しようとしたろ?!」
「だってジリ貧じゃないですか!てゆーか先輩がさくっと攻撃したら良かったんですよ!」

 憎まれ口を叩き合う2人。もっとも、クレアの発言に関しては的外れと言う事はロイドだけでなくクレア自信も理解していた。
 傷を負った事で防衛を捨てて攻めに徹する地竜。一撃で葬るような攻撃でもなければ、その攻撃を中断させるには至らないだろう。

「そんなポンポン空間魔術は撃てねぇんだよ!」
「だったら私より地竜を!」
「ふざけんな!却下に決まってんだろーが!」

 言い合いつつも『風弾』や風の魔術で地竜の攻撃をいなしている2人。
 苛烈な攻撃を耐えるにも『神力』や魔力の残量にも限りはあり、そう余裕は無い。はずだがどうにも余裕があるようにさえ見える。

「グオオオオオオッ!!」

 なかなか攻撃が当たらない事か、それともケンカのようでじゃれあってるようにしか見えない2人に怒りをより燃やしたか、地竜の攻撃は加速する一方だ。

「ったく、バカみたいな魔力しやがって」
「ホントに。竜ってやばいですね、魔力の塊じゃないですか」

 人族は勿論、エルフという魔力に愛された種族から見ても比較にならない魔力量を前に、2人は文句を垂れる。
 
「てかお前もだけどな。えげつない魔法の連打だな」
「ふふ、今更ですよ」
「まぁ知ってはいたけど、なんか改めて思ったわ」

 基本対人しか見ていなかったクレアの戦闘。だが、中級竜という大型にして堅牢な魔物相手でもまるで耐久力に乏しい人族相手のように切り崩していく光景は、ロイドからしても改めて驚きを覚えていた。
 手数、というだけでなく、それらに確かな威力や重さが宿っているのだと分かり、なるほど確かに殲滅戦は彼女の領域だと納得していた。

 そして、地竜相手にどちらが攻めるか勝負、といった空気になっていた気持ちを切り替える。

「よし、やっぱ組むか。クレア。壁頼む」
「任せてください」

 短い会話。だが。それ以上は不要と言わんばかりに2人は動き出す。
  クレアは魔力を練り上げ、魔法を重ねに重ねる。 怒りと魔力に任せた大地の奔流というべき猛攻に、しかしエルフの姫は真っ向からそれらを撃ち落としていく。

 そしてその結界とも言える攻防ラインから少し手前で、ロイドは瞑目する。
 体内にある『神力』。それらを絞り出すように高め、そして捻出していく。

「足りるか……?」

 だが、これまでの戦闘で消耗した『神力』では、必要な威力に足るかは微妙なところだった。根こそぎ『神力』を魔術に込めていくも、ロイドはその疑問に焦りを抱く。
 そんな時だった。

「『魔力、増幅』っ!」

 まるで背中を押すように響く声。
 それに合わせて体内から湧き上がる魔力。

「クレア……?」

 それはクレアのスキルである『魔力増幅』だ。己の魔力を消費する事で、対象の魔力を消費した以上に倍加させる反則じみたスキル。
 だが、その対象はあくまで魔力だ。

(『神力』は『魔力増幅』じゃ増えねぇ)

 そう、それはすでに実験もしていた事だ。
 ロイドの『神力』というブースターに等しい切り札は、しかし持続性に欠ける。それを補えないかと試してみたが、それは失敗に終わっていたのだ。

 ならば何故。
  実際のところ、クレアからすれば応援の意味が大きかった。
 ロイドの逡巡を感じ、背中を押したかっただけ。

 だが、

(……っ?!)

 ロイドが目を見開く。

 魔力を打ち消す『神力』を使う際、ロイドは魔力を制御して引っ込めていた。
 だが倍加した事で制御を超えて溢れ出す魔力は、当然『神力』によって掻き消されていく。
 
 しかし『神力』という魔力の上位互換にあたる力を前にしても、溢れ出した魔力の膨大さは全てを消すには至らない。

(この感覚は……)

 今までは避けてきた現象。『神力』を扱い始めた頃は魔力の制御が上手く出来ずに魔力を消失しては枯渇しかけるといった事もあったが、わざわざ強くぶつけ合うような真似は勿論していない。
 だが、強制的にそうした現象を起こされた事で、ロイドの中で言葉にし難い感覚を覚えていた。

 そのひとつは、『神力』の力の再認識。
 
 魔力という慣れ親しんだ力を水とすれば、『神力』は熱されて流動するマグマだろうか。
 有するエネルギーが高く、重たい。それ故に操作も困難で、また、軽い魔力では蒸発して消えてしまう。
 
 だが、大量の水は時にマグマを冷やして固める。
  勿論、そのまま固めてしまえばエネルギーの相殺となり本末転倒なのだが、

(いける、か……?!)

 その先が見えた気がしたのだ。それこそがもう一つの言葉にし難い感覚であった。

 意識したつもりもなく、参考にした訳でもない。
 だが、それは兄フィンクや姉エミリーのそれと酷似していた。

 すなわち、別のエネルギーを絶妙なバランスで合わせる事での昇華。

 風と水で氷を生むように。風と炎で莫大な熱量を有する蒼い炎を生むように。

――『神力』と魔力を、打ち消し合わないように合わせる。

 それは魔力の操作が熟練してきた今だからこそ可能にした。そして『魔力増幅』によって高められたからこそ気付けた。

 『神力』の高密度のエネルギーは可視化出来る程のそれ。すなわち白金の光を放つエネルギー。
 そこに『魔力増幅』により増えた魔力を、魔力操作により極限に圧縮。それを、混ぜるではなく『神力』に纏わせていく。

「な……」

 後ろに立つクレアの驚愕したような呟きが漏れる。
 その視線の先で、白金に碧の輝きを所々に滲ませた光を、ロイドがその身から立ち昇らせていた。

 そして、閉じていた目蓋を開け、その金の瞳を煌めかせて口を開く。

「空間魔術……『斬空』!」

 空間そのものを切断する凶悪な魔術。
 しかし対象に強固な魔力――エネルギーが含まれていれば、エネルギーを元に行使されたそれの効果は落ちるのは必然。

 それにより昨日は一撃では決められなかった地竜の首。高い生命力で一晩という短い時間でほぼ塞がった上に土魔法で補強されたその首を。

――ズバァアンッ!!

 音ではなく空間の震えという形で響いたそれ。一拍遅れて、ズゥン!と大地に沈む巨大な首。

「す、すご……」

 魔力との親和性の高いエルフであるクレアには、その威力がどれほど凶悪なのかがよく分かった。

「先輩……」

 そして、中級竜という魔力の化け物相手に、真っ向から押し合いをした疲労で重たくなった体を叱咤してロイドへと足を向ける。

「やりましたね」
「おー、クレア。ありがとな、助かったわ」

 声を掛けると、ロイドは口元だけ緩めて感謝を述べた。
 その眼からは驚きと疲労がおおいに伝わってきて、クレアは苦笑いを浮かべる。

「疲れましたよね。ちょっと、休憩しません?」
「……そーだな、賛成」

 そう言うや否や、2人は前のめりに倒れる。
 倒れた事で顔がすぐ横にあり、お互いの顔が逆さに映る。
 目が合った2人はお互いの眠そうな表情に同時にクスリと笑い、しばし見つめ合う。

 そして何か言葉を放つ事なく、穏やかな雰囲気に包まれるようにして、いつしか意識を手放したのだった。

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