魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

80 リベンジ

「せ、せせせせ先輩……?!」
「ん……んん?」

 瞼越しに貫く朝日と聞き慣れた涼やかな、しかし妙に震えた声。そして、温かい感覚によって夢の世界からまどろみつつも帰ってきたロイド。
 重たい瞼をどうにか押し上げて、それでもボヤけた視界一面に飛び込んできたのは、白銀の髪と紅い瞳で彩られた、赤みを帯びた白い肌。
 早い話が、寝ぼけたロイドに抱きつかれて赤くなるクレアが居た。

「んん……」

 だがしかしロイドは朝に強くない。その上、昨日は久しぶりに命掛けの戦闘。
 それらにより、ロイドの意識はまだ半分夢の世界だった。うーん、あと5分。

「ちょっ……せ、先輩ってば!」

 まどろむようにむにゃむにゃとそのままクレアを抱き直すロイドに、クレアは顔を更に赤くさせて叫ぶ。
 もっとも、恥ずかしさから叫びはするも、嫌がっているかと言えばその声がそう大きなものではないから推して知るべし。

「むぅ……」

 しかしそれでも至近距離のロイドは大きくない声量も耳に障ったのか、音から逃げるように顔をうずめた。うーん、やっぱあと5時間。
 どこにとは言わないが、柔らかい感触が顔に伝わる。クレアの羞恥が振り切れる。バチィン!という音が鳴り響く。

「はぁ、はぁ…」
「ふぁあ……おはよ……あれ、クレアか。つかなんかほっぺ痛え…」

 やっと覚醒してあくびをしながら頬の痛みに首を捻るロイド。白い肌をその瞳に負けないくらい赤くさせて両腕で胸元を抱えるようにしているクレアは、上がった心拍数を落ち着かせるように呼吸を早くしている。
 両腕で押さえ込むようにしている事で柔らかそうな双丘が形を変えている事がかえって男の視線を集めそうだが、ここには寝ぼけたロイドしかいない。
 いや、

「朝から楽しそうだな」
「んん?何がだよくそじじ……い…?」

 もう1人いた。
 
 少しくすんだ銀髪に、端正な顔立ち。スタイルや引き締まった体を持ち、そのえげつない覇気が無ければモテる事この上なさそうな男、レオン。
 だが、その顔も髪も、今日はどこかくすんで見える。どこか疲れたサラリーマンを思わせるやつれ具合、とも言えるだろう。

 さらにはその体勢だ。

「……なんで正座?」
「…………」

 我慢できずに問うロイドに、レオンはすっと目を逸らす。
 いや、逸らすというよりはクレアをちらっと見た形か。それがアイコンタクトとなり、ロイドはクレアに視線を向ける。

 クレアはその視線をどこかジト目で受け止めーー睨み返している。
 そんなクレアの様子に内心首を傾げる。なんだろう、今話しかけてはいけない気がする。

「……レオンさんは反省しているそうです。先輩を必要のない命の危機に晒したんで、って正座で一晩反省していたようです」

 んなワケねぇ。 そうロイドは即座に思ったが、しかし口にはしない。なんか怖いし。

 レオンもそう言いたいのか、それとも犯人を伝えたいのか。ちらっちらっとクレアに視線を向けていた。
 かの『最強』をもってして足元にも及ばないとさえ言わしめる『死神』がこのような事になっていると知ればーー英雄視されているディンバー帝国民などなら白目を剥きかねない光景だ。

「で、先輩?許してあげますか?」
「あ、はい」

 思わず敬語になっちゃうロイド。普段のクレアの綺麗な顔に反して人懐っこさを思わせる可愛らしい笑顔が、今日はその顔立ちに似合うどこか冷たさを感じさせる微笑み。
 そんな美しさを感じさせる微笑みは、しかしロイドの頬を赤らめるでもなく痙攣らせる。

「そうですか。良かったですね、レオンさん」
「あ、あぁ」

 くるり、と顔だけレオンに向けて微笑むクレア。
 少しビクッとしつつも頷き、やっとーー恐らく昨晩からだったであろうーー正座を崩した。

「では、とりあえず朝食ですね。先輩が早く起きてくれないから冷めそうですよ」
「わ、悪い……んじゃ食べよーか」

 朝食は肉焼きだった。
 朝から肉なんてと思う程、野営に慣れたロイド達の胃袋は弱くない。

 だが、持参したのか調達したのか、その肉には香草などが使われているらしく、さらには鳥肉のようなさっぱりした肉を使っており、思ったよりもあっさりと喉を通っていく。
 しかも焼き加減が絶妙で、多少温くなっていてもしっとりして美味しい。

「美味いな。さすがクレア」
「えへへ、ありがとうございます」

 思わずと言った風に賛辞を口にするロイドに、クレアは可愛らしい笑顔を浮かべる。
 いつもの笑顔に戻ったクレアに、ロイドとレオンはほっとしたように肩の力を抜いた。

(……で、じじい。何があったんよ?)
(……俺から言えるのは、女は怖い。という事だけだ)

 にこにこと肉を頬張るクレアに気付かれないように、超小声で話すロイドとレオン。
 『死神』さえも怖いと評する女性。やはり男は女に勝てないのか?とロイドは戦慄の表情を浮かべる。

 そんなこんなで朝食も食べ終えて一息ついた頃。

「では先輩、リベンジ行きましょっか」
「おう。行ってくる」
「あぁ?」
「え?」

 クレアの言葉に立ち上がりながら応えたロイドは、しかしクレアの珍しい程鋭い視線と口調に中腰の体勢で固まる。

「…………」
「…………」

 そのまま睨むようにロイドを凝視するクレアに、ロイドも固まったまま動けない。
 その視線が何か言いたそうな、しかし「分からないのか?」という訴えを含んでいる気がして、ロイドは少し考える。

 そして、頭の回転は良いロイドらしからぬ長い黙考の末、

「……もしかして、一緒に来るつもりか?」
「当たり前です。昨晩言ったばっかじゃないですか」

 正解を引き当てた。だが、それはロイドからすれば頷き難く。

「あのな、さすがに危ないっての」
「だったらこのまま帰りましょう」

 ツンと返すクレア。確かに戦う必要は無いし、いずれ領まで下りてきて被害をもたらそうものなら、間違いなく即座に討伐されるだろう。
 中級竜という人族からすれば厄災にも等しい存在だが、しかしルーガスやシルビア、ラルフやベル等からすれば大した障害にはなり得ない。

 だが、なんだかんだ負けず嫌いなロイドはリベンジするのは確定だった。
 クレアも居るし、致命傷さえもらわなければ回復も出来る。ならば思い切りやってやる、くらいに思っていたのだが。

「先輩。この間のトーナメント、私とは当たりませんでしたね」
「ん?あぁ、そーだな」

 フィンク主催のトーナメントでは、クレアはエミリーに負け、勝ったエミリーもロイドに負けた。
 つまり、単純に考えればクレアよりロイドの方が強い、と見れる。

「でも、先輩とやったら私が勝ちますよ?」

 しかし、もし実現していたら、結果は違ったとクレアは言う。
 挑発でもハッタリでもなく、ただ事実をありのままに口にしました、という口調のクレアに、ロイドは片眉を跳ねさせる。

「へぇ。なるほど?」
「そうです。それを証明してみましょっか、地竜さんで」

 微かに鋭さを滲ませたロイドに、しかしクレアは変わらぬ冷静さのまま矛先を向けた。地竜に。

「なんなら、私だけでも良いですけど」
「分かった。んじゃ見せてもらおーかね」

 更なる挑発じみた発言にロイドは両眉を跳ねさせて頷いた。
 ここにグランが居れば「転がされてんなぁ」と言ったであろう。




「グオオオオオオッ!」

 そうして地竜の元へレオンに連れられていった2人。
 レオンが居ればその覇気で萎縮させるから、とレオンを下げたクレア。
 言われるがままに下がるレオンを見て、なんとも言えない表情を浮かべたロイドを叩くような咆哮が響いた。

 どうやら獲物を逃した事で頭に血が上っているようで、最初から魔力を溢れさせてやる気満々の地竜に、ロイドはスッと集中したのか視線を鋭くさせる。

 そして出し惜しみは無しだ、とロイドも最初から『神力』を発動。続けて空間魔術を行使しようとして、

「グオオオオオオッ!」

 岩の雨に遮られた。

「ちっ……」

 昨日と変わらぬ物量にものを言わせた攻撃に先手を奪われる。これでは昨日の繰り返しだと、岩の雨を掻い潜りながら反撃の糸口を考えるロイド。

「『土槍』、『堕天』」

 だが、その岩の雨は地面から伸びた複数の土の槍と、空中に浮かあがり急速に指向性をもって堕ちる大量の岩によってその全てを弾き飛ばした。

「――『崩炎壊』」

 さらに素早い詠唱の後に放たれた上級火魔法は、地竜に着弾したと同時に爆音を上げる。
 一点破壊という範囲を捨てて突破力に優れたそれは、咄嗟にガードした地竜の右前足の鱗を砕き、その身を抉るように爆破した。

「……おお?」

 なんとも予想外な展開にロイドは目を丸くする。
 思わずクレアに視線を顔ごと向けると、それに気付いたクレアが口を開く。

「だから言ったでしょ、先輩。……物量戦や殲滅戦は、私の分野です」

 そう言ってクレアは、暴力的なまでに目を惹く、妖しく美しい微笑みを浮かべた。

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