魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

78 勇者の行方

 時は少し遡り、ロイドとの戦いに敗れて草原に膝をついたまま呆然としている勇者。

 離れた場所で彼の想い人でもあるエミリーと、もはや宿敵とさえ思っているロイドが何やら話しており、そして去っていく。
 それすらも、視界には入りつつも認識するには至らない。その頭には、ぐるぐると思考が渦巻いていた。

 何故僕は負けた? 僕は勇者なのに。 選ばれた存在で、この世界での主人公のはずだ。
  選ばれた僕が、それに相応しい聖剣を手に入れた。 当然だ。それこそ僕に相応しい。
  まだこの世界に慣れていない僕に、たまたま勝っただけの少し年下の子供。主人公たる僕に生意気にも黒星をつけた。
 その姉は僕に相応しい女性だった。だったら、偶然勝利を拾えた弟に僕が選ばれた存在である事を教えてやり、そしてそれを切っ掛けに彼女を手にする。
 
 それは必ずそうなるはずで、決定事項だ。なぜなら、僕は勇者なのだから。

「有り得ない……」

 だが、有り得ない事に、その確約されていたはずの未来は訪れなかった。
  エミリーを手に入れ、仲間を集めて魔王を倒す。
 賞賛を浴びて地位を得て、主人公として誰よりも最高の人生を謳歌する。

 そんな当然であり約束されたはずの未来は、しかし第一歩から躓く事となった。
 何故か?ロイド・ウィンディアのせいだ。
 聖剣すら手に入れた僕が負けるなんてあり得ない。勇者が聖剣を手にしたのだ。誰も僕に勝てるはずがない。 
 なのに、なのにーー負けた?一体何故?

「……そうか、あいつこそが世界の敵なんだ」

 それならば辻褄が合う。
  この世界に呼ばれた選ばれし僕に唯一膝をつけるのであれば、この世界においての異端分子に他ならないはず。
 魔王すら僕に負ける未来が決まっているのに、そんな僕に勝つなど、そんな奴はーー

「危険だ……この世界から消さなくては……!」

 まるでこの世界のイレギュラー。そんな危険な存在が、あろうことか人間に混じってのうのうと生活しているのだ。
 それは、勇者であり主人公の僕が倒さなくはならない。

 そう、どんな手段を使っても。

「そうだ、きっとあいつは何かズルをして力を手に入れたんだ……でないと僕が負けるなんてあり得ない」

 であれば、こちらも手段を選んではいられない。
 それに、エミリーも危ない。彼女はあのイレギュラーを弟だと思っている。彼女にいつその牙が向けられるか分からない。
 僕の伴侶になるはずの彼女が危ない。一刻も早くどうにかしなければ。

 そんなロイドやエミリーが聞けば目を点にするか呆れて物も言えなくなる思考に至ったコウに、唐突に声が掛かった。

「やっと出会えました、勇者様」
「……誰だ?」

 それはまるで、タイミングを見計ったように現れた。 コウは視界はおろか、気配すら感じなかった。だが、それは思考に没していたからだと切り捨て、コウはその声の主に顔を向ける。

「私はフェレスと申します。あぁ、この世界の救世主たる勇者様。拝謁の栄を賜り恐悦至極にございます」
「……ふん、僕になんの用だ?」

 その男の『立場を弁えた発言』に、コウは気を良くして立ち上がる。
 そして唐突に現れ、自分の事を何故知っているのかという疑問すら浮かぶ事なく用件を問う。

「はい、実は皇帝にお会いして頂きたく思い、参った所存でございまして」
「皇帝……?国王ではなく?」

 エイルリア王国に所属するコウからすれば聞き慣れない称号に首を捻る。
 そう言えば、隣国に帝国があり、ブロズという皇帝がいたかと思い出していると、それを察したようにフェレスが口を開く。

「えぇ、ディンバー帝国の皇帝にございます。ですが、現在皇帝を名乗るブロズという偽物なのではなく、真の皇帝であるゴルド様に、ではありますが」
「……偽物だと?」
「はい。ブロズはロイドという危険人物と手を組み、下劣な手段を用いて我が君主を追いやったのです」
「ロッ、ロイドだと?!まさかロイド・ウィンディアか?!」
「ご存知でしたか!さすが勇者様にございます」

 わざとらしく驚き、賞賛するフェレス。だがコウはそれどころではない。

「そんな事は良い!あいつが何をしたんだ!?」
「……はい、実はこの世界の闇とも言える存在、『悪魔』を使役して平和だったディンバー帝国にて、革命の建前で侵攻して来たのです」
「『悪魔』……?魔王とは違うのか?」
「その通りでございます。魔王とはあくまで魔国という国の王の称号。対して、『悪魔』とはこの世界の闇であり、大変危険な敵にございます」

 沈痛そうな表情で悔しげに話すフェレス。それを疑う事なく聞き入るコウだったが、気になる点があったので割って入る。

「なんだと……魔王こそが敵だろう」
「っ!あぁ……なんとおいたわしい……勇者様、貴方様は騙されておいでです!」
「ど、どういう事だ!?説明しろ!」

 食いつくコウに、それからしばしフェレスは語る。
 
 魔王は世界の敵ではなく、ただの一国の王。むしろ、素晴らしい思想の持ち主だと。
 そして、エイルリア王国はその魔王を倒して魔国を侵攻したいが為にコウを騙している。
  ディンバー帝国もその被害者であり、世界の敵である悪魔と繋がっているロイドの卑怯な手段で侵攻された。
 そのロイドを抱える王国と、そのロイドーーひいては王国にとって都合の良いブロズという偽皇帝を据えて支配しようとしている。
  それを阻止する為に、真の皇帝であるゴルドにより、魔王と手を組んで王国。ひいてはロイドを討って世界を救おうとしているのだと。

「どうか勇者様。この世界を救う為に、そのお力をどうかお貸し下さい」

 そう言って跪くフェレスに、コウは笑う。

「勿論だ。僕は勇者なのだから」
「おぉ!ありがたき幸せ!」

 フェレスは顔を上げてそう言うと、再び頭を下げて跪く。 それを見つつ、コウは自分の予想が正しかった事に笑みを深めた。 
 やはりあいつは世界の敵だった。あいつを殺す事は勇者として正しい事なのだ。
 そして、こうして世界を救う為に呼ばれる皇帝と魔王こそが正しく、王国はロイドと同じく敵だったのだと。
 
 やはり、僕は主人公なのだ。そして、これからが本当の僕のストーリーが始まるのだ、と。

「ふふ、はははっ……」

 コウは合点がいったと口が裂けたように嗤った。 その足元で顔を伏せていたフェレスもまた、同じような表情をしている事を知る事なく。


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