魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

63 ロイド対フィンク

 『氷華』。
 『神童』フィンクの代名詞ともなりつつある『氷魔法』、その基盤としてフィンクが用いる魔法だ。

 氷の華が空中に咲くようにフィンクの周囲に漂う。
 これを用いて派生の攻撃や防御を行うのだが、その凶悪な魔法に反した美しさに生徒達は目を奪われた。

 炎による橙色の灯りに照らされて反射するように煌く氷の華は、確かに美しいと言わざるを得ない。
 だが、その恐ろしさを知る者からすれば、その冷たい輝きは背筋が凍る思いだろう。

 その1人である、エミリーやグラン達のもとに来ていたカインが呟く。

「……出たな。しかも、昔より透明になってないか?」
「そうなんです。また強くなってるんです」

 同じ思いをするエミリーは、いつもより投げやりな口調で頷く。
 普段からそれを咎めるカインではないが、もしそのつもりだとしてもやはり咎める気にはなれないだろう。

 『神童』として名を知られる彼は、その当時ですら絶大な力を誇っていた。
 それがさらに強くなったと聞けば、同じく投げやりな気持ちになるのも仕方ないのかも知れない。

「『――う!』」

 一拍を置いて完結した魔術名。空間ごと斬る『斬空』を発動するロイド。
 対象の強度を度外視した絶対的な切断は、かの堅牢な強度を誇る『氷華』をもあっさりと切断する。

「ふふっ、いいね」

 だが、それに堪えた様子もなくフィンクは笑う。
 単純な切断だけではなく、魔力の供給も一瞬ながら斬る『斬空』による一撃。本来ならば一瞬とは言え魔力操作が崩れて魔法が霧散するだろう。

 だが、フィンクは何事もなかったかのように『氷華』を繋ぎ合わせていく。
 さらにはちゃっかり範囲に指定していたフィンクの脚部への『斬空』を見抜いて素早く脚を振り上げる事で回避していた。

 ロイドの「脚くらい斬っても大丈夫だろ」という、割と無慈悲な一撃を魔力感知によって回避した振り上げられた脚は、そのままロイドへ向かって振り下ろされる。

「おっと……?!」

 そのかかと落としをバックステップで回避したロイドだったが、いつの間にかフィンクの足元に咲いていた氷の華をフィンクが踏み抜いた事で、砕けた花弁がロイドへと迫る。

「ちっ!」

 それを素早くサイドステップで回避。
 しかし、回り込んだ先で肩に何かにぶつかってしまう。

「なんだ……っ!」

 それは、これまたいつの間にか咲いていた氷の華。
 それによってロイドの逃げ場は消える。
 
 さらに、ダメ押しとばかりにロイドの肩に当たる『氷華』がロイドへ向かって回転しつつ動き始める。
 花弁の一枚一枚が研ぎ澄まされた刀のように鋭いそれと迫りくる花弁の破片を、ロイドは慌てて風に乗って跳ぶ事で回避するが、完全には躱せずに肩を斬り裂かれた。

「ぐっ……相変わらずめんどくせぇ魔法だな!」

 ロイドは上空に逃げた勢いそのままに空へと飛翔する。
 そしてある程度浮かんだ所で止まり、手をフィンクに翳す。

 そして止まる。
 どうすれば良いか、明確なイメージが湧かなかったからだ。

 『神隠し』を使うか?
 確かにそれなら『氷華』を消し去る事は出来るだろう。
  だが、まるで初級魔法のようにポンポンと氷の華を咲かせるフィンクにそれを行った所で痛手となり得るかは疑問だ。
 さらに言えばフィンクの消費よりもロイドの消費が大きければ無意味どころか逆効果でしかない。

 ならば『斬空』で直接攻撃を仕掛けるか?
 しかし、それも彼の高い魔力感知能力ならば回避される可能性が高い。

 さらにその隙を突かれてカウンターをもらう可能性まで視野に入れるべきだろう。
 現在空中に留まっているロイドだが、空間魔術を行使すれば風魔術を併用する事は出来ずに落ちる。
 もっとも、それまでに風魔術を発動しなおせば良いのだが、その隙を突かれてしまいかねないフィンク相手に無策に仕掛けるのは危険だと判断したのだ。

「ふふっ、成長したね、ロイド」
「はぁ?嫌味かこら」
「違うさ。以前なら構わず攻めてきてたのに、展開を読んで行動を練っている」

 呆れたように吐き捨てるロイドに、フィンクは嬉しそうに笑って続ける。

「今日色んな相手と戦った事で、戦い方が変化しているのかも知れないね」
「……そーかもな」

 確かに、ロイドは風と身体魔術のスピードか、空間魔術をもって敵を圧倒する事が多い。
 しかし、それが簡単に行えない相手との戦いで、それを見直すようになったのかと知れない。
 
 そしてそれは、明らかに、

「グラン君に感謝だね」
「そーだな」

 グランとの戦いによるものだろう。

「さて、それも大事だけど、早くしないと『神力』が保たないんじゃない?」
「分かってるってぇの!」

 吐き捨てるように肯定しつつ、ロイドは空中を滑空。
 確かに神力はもう少ない。アリアによる回復も、全快とまではいかなかった事もあり、長期戦は不可能。

 ならば、一度の攻防に全ての神力を込める。

 そう決めたロイドは、フィンクの方に向かいつつ、翳した手の先にある『氷華』に狙いを定める。

「『神隠し』!」
「『氷華』」

 そして空間魔術を発動して『氷華』を消し去る。
 隔離された空間の先で霧散する『氷華』に構わず、フィンクは即座に新たな『氷華』を咲かせた。

「『神隠し』!」
「ふふっ、なるほどね。『氷華』」

 その新たな『氷華』にもさらに追撃をかける。
 そうしている内に風魔術が切れて空から落ちるロイドに、フィンクは笑みを深めながら剣に抜きつつ、さらなる『氷華』を生む。

 そして、いよいよ地面にーーその位置を調整していた事でフィンクのほぼ真上に落ちるロイドは、最後とばかりに『神隠し』を発動。

 落下の速度を計算して次の『氷華』の発動までにはフィンクに到達する、という絶妙なタイミングで行使された『神隠し』。
 それにより、落下の速度そのままに短剣を振り下ろすロイドを、フィンクは『氷華』の守りなく迎える事となる。

「悪くない手段だね、ロイド」
「ただの特攻だけどな!」

 そう言いつつ剣を振り上げるフィンク。身体魔法と、どうにか間に合わせた風魔法によって鋭く振り上げられた剣。

 その剣に、ロイドの落下の速度を加えた渾身の短剣二刀がぶつかり合う。

「ぐっ、ぅうあああ!」
「っ、はぁああ!」

 腕を通じて全身を震わせる衝撃に負けんと力を込めるロイドと、衝撃に膝が折れそうになるフィンクとが共に叫ぶ。

 もう『神力』は底をつく寸前。全ての力を身体魔術を通じてこの一撃に注ぎ込む。

「おぁあああっ!」

 魔法師と魔術師らしからぬと言えばそうなぶつかり合いはーー刃が砕ける事で結末を迎えた。

「うげぇっ!」
「……あちゃあ…」

 ロイドの短剣二刀とフィンクの剣、ともに根本から破壊されていた。
 ともに顔を青くして、数秒ほど固まる。
  そして、それと同時に『神力』が尽きた。
 言葉にし難い脱力感に苛まれつつも、ロイドはフィンクへと振り返る。

「……」

 同じく振り返っていたフィンクと目が合い、そしてフッとフィンクが笑う。

「引き分け、ってとこかな」

 フィンクの言葉が、静まり返る空間にひどく響いた。

「……そうか?」
「そうだよ。父上からもらった剣を壊されたんだ。これで勝ちを名乗る気にはなれないね」
「……俺も母さんからもらった短剣が……」

 なんとも微妙な雰囲気で見つめ合う2人。
 だが、周囲の人間はそうではなかった。

「う、ウソぉっ?!……ロイド、ついにやったわね…」

 それがロイドがフィンク相手に引き分けた事なのか、それとも両親からの剣を破壊したという「やらかし」についてなのか。
 どちらか分かりにくいエミリーの驚愕。ちなみに引き分けたことである。

「まさか……こんな事が…」

 かの『神童』の凄まじさを身と立場をもって知るカインが目を丸くする。

 その2人の言葉がぽつりと響いたその直後。

「「「うぉおおおおおおっ!!!」」」

 校庭を揺らす歓声が響いた。

「うぇえっ?!」

 今日一番の怒声にも似たその声に驚いたようにビクっとするロイドは、思わず周囲を見る。
 どこを見ても、誰もが、興奮したように、讃えるように叫んでいた。

「……ふふっ、なんだか悪者にでもなった気分だね」
「……普段から似たよーなもんだろ」

 それは、勝てずとも『神童』と引き分けたロイドへの称賛だった。
 
 その称賛に包まれて悪態をつくロイド。その頬は、言葉と裏腹に緩く和らいでいた。

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