魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

62 灯火

 静まり返る校庭。
 
 学園最強が決した瞬間とは思えない、なんとも言えない雰囲気の中、ロイドとエミリーはステージの上で揃って溜息をこぼす。

 その溜息にハッとしたようにノエルが叫んた。

『つ、ついに長い戦いが終わりました!勝者、ロイドぉお!!』

 叫ぶノエルに、しかし連なる歓声もない。
 より一層妙な沈黙に、ノエルが困ったように言葉を失う。

「……ふふっ、これが私だったら大歓声間違いなしだったのにね」
「そーだなー。ここまできたらなんかウケる」

 そんな中、当の本人は決勝戦の相手と愉快そうに笑っていた。
 ロイドからすればこの批判じみた扱われ方も慣れたものであり、それが覆って周囲が戸惑う姿もまたここ数年で慣れたものだったりする。

「あー、マジで疲れた……うまい飯でも食ってさっさと寝よー」
「あら、そうはいかないでしょ?」
「………」

 そんな空気に構わずロイドはわざとらしいくらいの喋り方でステージを後にしようとする。が、それをエミリーがニヤニヤと笑いながら止めた。

 それを頷きたくないのか、無意味と分かりながらも無言で立ち去ろうとするロイドに、朗らかな声音が届く。

「そうだね、僕との戦いを忘れちゃ困るかな」
「い、嫌だ!もう疲れた!しかももう力も残ってねーし!」

 その声に振り返りつつ駄々をこねるように叫ぶロイド。
 そんな弟を困ったように見つつ、フィンクは微笑む。

「僕は構わないよ?」
「俺が困るんだよ!てかよくそんな笑顔で言えたな!」

 そりゃ兄さんは構わないだろうよ、とロイドがツッコむが、しかしロイドが言った中には確かに困った事実もある。
 
 それは『神力』の消耗だ。
 魔力とは次元が違う為、『魔力譲渡』では当然回復出来ない。そもそも、今回のエミリーとの戦いでは魔力自体はほとんど消費していないのだが。

 確かに実力を発揮出来ない弟と戦ってもなぁ、とフィンクが若干折れそうになっていた矢先、

――ふふふっ、安心して?面白かったし……少しだけプレゼント。

 虚空からーーステージにいる兄弟にだけーー声が聞こえてきた。

 まるで鈴を鳴らしたかのような、美しく澄んだ声音。聞くだけで癒されるのではないかとさえ思う清らかな声音に、ロイドの『神力』が回復してゆく。

「え?うそん」

 勿論声を聞いたくらいで回復する訳もなく。
 声の持ち主であるアリアによる、『神力』の譲渡である。

 薄らとロイドを包む白金の光。ロイドの放つ光よりも鮮やかな、それでいて清らかさすら感じる透明感のある光。 その幻想的な出来事に、ロイドとフィンクは目を瞠る。
 それは、その美しい光景に、というだけではない。 今起こっている美しい現象が、いかに恐ろしい技術によって成り立っているかを理解した為だ。
 空間魔術という高難度の魔術により空間越しで。さらには魔力譲渡でさえ繊細な技術を必要とするそれを、『神力』という扱いにかけては魔力の比ではないものを受け渡すという操作技術。 
 あっさりと行われたそれは、しかし美しい光景とあわさり、まさに神業というべき所業。

「……すごいな、アリアさんは」
「だな……エセ女神とは思えない女神っぷりだわ」

 彼女をして限界だったのか、それとも観戦に備えてか。すでに繋がりは途絶えたいた事で聞こえなかったようだが、もし聞こえていたらロイドにゲンコツくらいは落ちていたかも知れない。

「……さて、これで問題なくなったね」
「いや待て、もうこんなに暗くなってる。こんな中で戦うだなんて危ないと思わないかね?」

 変な口調で笑顔のフィンクを止めようとするロイド。
 だが、それに対する反応は意外な所から返ってきた。

「……は?」
「……ふふ。だってさ」

 ステージを囲む観客と化した生徒達。
 批判的な沈黙でロイドに無言の批判を続けていたと思われていた生徒達の中から、揺らめく炎の照明が灯されていく。

 ひとつ、ふたつーー瞬く間に増えていく『火球』の灯火は、気付けばステージを昼間と変わらぬような輝きで照らしていた。
 そして、それによってロイドは初めて生徒達に視線を向ける。

 見るまでもないと視線を向けなかったそこには、ロイドが思う蔑みとそれが覆る事を認めない卑しい色はなく、ただ見届けたいとする好奇心と小さな期待の光があった。

「――………」
「まったく、ロイドは意外と卑屈なんだね」
「そうね。いつまで昔の感覚でいるつもりかしら」

 珍しく言葉もない程に驚いているロイドに、兄と姉は可笑しそうに、しかしどこか嬉しそうに笑っていた。
 
「あんたの頑張りは、ちゃんと認められるのよ。見てもらえないなんて決めつけてちゃダメよ」
「そうだね。そもそも魔法の事しか考えてない魔法バカの集まりみたいな学園で、得体の知れない強力な魔法……まぁ魔術だけど。そんなもの見せられたら好奇心が疼くに決まってるじゃないか」
「フィンク兄、他に言い方なかったの?」

 にっこりと笑うフィンクに、呆れたようなエミリーの視線が刺さる。
 そんないつものやりとりに、ロイドはふっと口元を緩めた。

「……ほんとそれな、兄さん。それだとただの俺って珍獣扱いじゃねーか」
「珍獣だとしても強ければより興味を惹く。それだけの強さがロイドにはもう宿ってるってことさ」
「まず珍獣を否定しろよ」

 フォローになってないフォローにジト目を向けるロイドに、しかしフィンクはやはりにっこりと笑っていた。
 そして一拍の後、ロイドもつられるように笑う。

「まいっか。そんじゃまぁ、さくっとやって終わりにしよーや。腹減った」
「そうだね。待っててあげるから『神力』を使いなよ。それが保つまでに僕に勝つか。それとも押し返されるか、『神力』が切れたらロイドの負け。これでいいかな?」
「おー。その余裕、ありがたく利用しますわ」

 フィンクの『氷魔法』はエミリーの『蒼炎』と違い、発動までの時間は普通の魔法と大差ない速度である。
 それでいて破壊力は僅かに劣るも、それを補って余りある汎用性と防御性能を兼ね備えた『氷魔法』をもってすれば、ロイドが『神力』を発動する暇なんて与えられるはずがない。

 それはロイドも理解しており、さらに言えば条件付きの手合わせでもない限り、意地を張って受け取ろうとしないハンデでもある。
 
 それをさらっと受け取るロイド。
 
 フィンクにつられて笑ってからずっとなんだかんだで収まらない笑顔は、きっとこのステージとロイド達を照らす灯りが嬉しかったからだろう。

 その嬉しさと、灯火と共に注がれる小さな期待ーー『神童』相手に勝利してくれ、という気持ちに応えたいと思えたから。
 だからこそ、ロイドはハンデだろうと喜んで受け取り、勝負へーー勝利へ向けて心の中で火を灯した。

「早くしてよね。私もお腹空いたわ」
「実は僕もなんだ。早く済ませよう」
「任せろ。さくっと皆んなで飯にしよーや」
「いやもう早くしろ食いしん坊兄弟どもめ」

 ステージ脇から飛ぶカインの呆れた声により、エミリーはステージを後にした。
 そしてそれを合図にするかのように、ふわりとロイドから白金の輝きが溢れる。

 淡い輝きは常のそれより眩く見えた。躍動するように揺れる白金に、生徒達は目を奪われる。

「ふふっ、楽しみだ」
「楽しめる余裕もやらんわい!」

 その輝きに、フィンクは笑顔にどこか冷たさにも似た鋭さを宿して呟く。
 それに金の瞳で睨みつけながらロイドが両手をフィンクに向かって翳すのを見て、フィンクは呟く。

「さてと」
「『斬くーー』」
「『氷華』」

 魔術名を口にする事で短縮された『空間魔術』の発動。
 それより後出しで、しかし先に発動を完了させたフィンクの『氷魔法』。

 白金と橙の灯火に照らされる校庭に、氷の華が咲いた。

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