魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

56 ロイド対グラン

 急遽開催されたトーナメントの準々決勝にあたる4つの戦いが終わり、準決勝を控えるといった現在。
 エミリーとカインは治癒魔法の使い手である教員などから治療と魔力譲渡を施されており、その2人の戦いによって大きく破損したステージの補修を土魔法にて行っている。

 ちなみに治癒魔法と魔力譲渡は先の3つの戦いーーロイド、ギルベルト、グラン、ラピス、クレア、ティアにも施されている。

 しかしさすがは魔法のエキスパート達の集まりといったところか、それらも時間はかからなかった。
 観客と化した生徒達をそう待たせる事もなく舞台は整い、2人の生徒が向かい合っていた。

「おい……なんであんなやつがここまで勝ち進んでんだよ」
「俺が知るかよ。だいたい、魔法適性がないのにどうやって身体強化やらしてんだ?」
「噂に聞いたけど、魔法具が使えるスキルを持ってるらしいぞ」

「武術ばかりで魔法に関しては弱い国だと聞いていたのに、かなりの練度だな」
「とは言え他国の生徒に優勝でもされたらたまったもんじゃないぞ」
「少なくとも『神童』には勝てないだろうし、エミリー様もいらっしゃるからそれは無いだろうけどな」

 その2人の組み合わせに、これまでの盛り上がりとは毛色の違うざわめきが生徒達から起こっていた。
 どちらの生徒に対しても友好的な発言は少ないものの、ある意味で注目度の高い戦いではあるのだろう。

 その証拠に、誰もが真剣に舞台へと視線を向けていた。
 そして、その圧力さえ感じそうな視線をまるで柳に風といった風に受け流して、微かに頬を緩めているロイドと、巌のように不動な態度で堂々と立ちニヤリと抑えきれないように笑うグラン。

「はっは、フィンクさんには感謝だな。こんなとこでロイドと戦えるなんてよ」
「だなー。あんま人と戦いたいとか思った事ないけど、グランとは一回やってみたかったかも」

 朗らかさすら感じさせる口調はまるで遊びに出掛けた友人同士の会話のようだ。
 しかし、2人の目つきはしっかりと戦う者の眼となっており、その鋭い眼光は確かに舞台の上に緊張感をもたらしていた。

『さぁ!いよいよ準決勝にあたる戦いが始まります!』
『やっとだねぇ。でもでも、なんか予想外な2人が残ってるねぇ』
『そうなんです!他の生徒達も思っている事でしょう!かたや『恥さらし』と呼ばれる生徒、かたやディンバー帝国からの交流学生!ある意味異色な2人の戦いとなります!』
『あぁ……まだ『恥さらし』とか呼ぶんだな』

 実況のノエルの言葉にボソリと呟くガイアスだが、その言葉はほとんど誰にも聞こえる事はなかった。

 また、普段ならそれを出す出さないは別としてロイドを蔑む言葉を拡声魔法具を使ってまで叫んだノエルに怒りを覚えそうなエミリーやクレアも、しかし今は反応はしない。
 それはもはや『恥さらし』という言葉が負け犬の遠吠えにしか聞こえないからであり、ついでに言えばロイドとグランの戦いに興味が傾いていたからであろう。

『気になるこの戦いの勝者はどちらなのでしょうか?!しかし!それを考える必要はありません!今、これからその答えを見せてくれるでしょう!では、試合開始!!』

 だんだん実況らしくなってきたノエル。彼はどこに向かうのか。
 そんな試合開始の宣告に、しかし2人は動く事はなく、代わりに口を開く。

「さて、やるか。ロイド、本気出せよ?」
「いーけど、まぁ……出させてくれたらな」
「はっ、上等!」

 2人の会話は短いが、まるでそれが本当の試合開始の合図と言わんばかりに、今度は示し合わせたかのように同時に飛び出す2人。

 走りながら武器を抜き放つ2人は、その速度を殺す事なく勢いを乗せた剣撃をぶつけ合う。
 剣と短剣が激しくぶつかり合い、耳を劈くような音が鳴り響く。
 
「く…!」
「っ…!」

 衝撃波すら伴うようなぶつかり合いに、お互いが歯を食いしばる。
 グランはともかく、受け流しや回避を主とするロイドもまるで一歩も退かないとばかりに踏ん張り、相手を押さえ込もうと全身に力を込めていく。

「っだあぁ!」

 その数秒間の押し合いを制したのはグランだ。
 裂帛の気合を込めた声とともに、短剣をロイドごと吹き飛ばさんと無理やり剣を押し込んだ。

「ちっ…」

 ロイドは体勢を崩すも、すぐに地面を蹴ってあえて距離をとり、滑るように後退しながらも体勢を整えた。
 その隙を逃してたまるかと追随するグラン。駆けながらも振り上げた剣をまるで落雷を思わせる力強さでロイド目掛けて振り下ろす。

「おらぁあ!」
「ふっ!」

 グランの渾身の一撃を、ロイドは短く気合を込めた声とともに素早く回避。さらにカウンターで短剣をグランに振るうが、それをグランは剣から片手を離す事で大きく身体を傾けて回避した。
 グランは無理やり回避した事で体勢が大きく崩れている。が、踏ん張るではなくさらに体を傾け、その反動と身体のバネを使って脚を振り上げる。
 ロイドはそれを回避ではなくさらに疾く一撃を入れんと残る短剣をロイドへと振り抜いた。

「ぐあっ!」
「がっ!」

 先手をとらんと振るわれた攻撃はお互い同時に届いた。
 グランの蹴りはロイドの脇腹を薙ぎ払うように撃ち抜き、ロイドの短剣の突きはグランの右腕を突き刺さらずも決して浅いとは言えない深さで切り裂く。

 蹴りによって吹き飛ばされるロイドと、無茶な体勢から一撃もらった事で完全に体勢を崩して倒れるグラン。
 だが、2人は素早く立ち上がりつつ、ぶわっと圧力を感じさせる程の勢いで魔力を練り上げる。

 そして、立ち上がるとほぼ同時に、両者の中間で岩と風がぶつかり弾けた。

「まだまだぁ!」
「こっちのセリフだわ!」

 お互いが風と石の砲弾を放ち合う。
 物量と質量にものを言わせて風を圧倒しようと迫る石の砲弾と、それを叩き落とすように迎え撃ちつつもその隙間を縫って相手に届かんと吹き荒れる風の砲弾。

 激しい攻防が数秒、そして数十秒と続いていき、それを見ていた生徒の1人が溢れるように呟いた。

「……いつまで出せるんだ、あの魔法…」

 そう、カインとエミリーの戦いでも起きた初級魔法の複数展開、発動。それと見た限りでは同じ展開に見える今。
 だが、あの2人をもってしてもこの長時間を放ち続ける事は困難だ。

 その事に戸惑ったような視線を向ける生徒達であったが、答えは簡単だ。

「グランのあれ。魔術だっていうのは本当みたいね」
「だねぇ……正直びっくりだよ」

 エミリーとラピスが若干目を丸くしてその攻防を見つめている。
 
 そして、フィンクも目を細めてその戦いを見ていた。

「へぇ……これは面白いね。まず間違いなく、ロイドは地力を試される戦いになるね」

 そのフィンクの呟きに、隣に居たカインは首を傾げた。

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