魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

55 カイン対エミリー 2

 『火桜』。
 巨大な炎をまるで一本の巨木のように浮かべ、そこから花弁のように不規則に舞い散らせる無数の炎の欠片を広範囲に散らせる。
 その膨大な炎の欠片ひとつひとつに込められた魔力により、目を奪うような幻想的な美しさとは裏腹に凶悪な威力をもって広範囲殲滅を可能とする、王族に伝わる秘伝の魔法。

 風に舞う程に小さな炎の花弁は、まるで先のエミリーのように捉え所もなく漂い撃ち落とす事も困難。
 さらにそれが出来たとしても数える事さえ億劫な物量を誇る花弁を全て破壊するなど不可能に近いと言える。

「っ、これが『火桜』ってわけね…」

 その魔法については話だけは聞いていたエミリー。
 カインを起点に放たれる花弁から逃げるように『火球』の発射を止めて後退して距離をとる。

 ロイドの反則的なまでの利便性を誇る魔術をもってしても撃ち落とすという選択肢はとれなかった『火桜』。
 だからと言って初級魔法の連撃ではなく上級魔法での撃ち合いに持ち込んだとしても、花弁全てを破壊するには至らず、無数の花弁と相殺する結果に終わるだろう。

 ロイドがとった対応としては、この『火桜』唯一の欠点と言える舞い落ちるまでの時間を利用して、『火桜』を打ち消す程の魔術――空間魔術の行使で打ち破った。
 
 だが、そのような手段は勿論エミリーの手札にはない。
 威力という概念を超えた空間魔術という代物だからこそ可能な方法である。

 仮にこの『火桜』を正面から突破するとすれば、ロイドでは荷が重い。
 ロイドの知る範囲で、あれを正面から打ち破れるとすれば、ルーガスはじめ化物じみた連中が集まるウィンディア領においても数人。

 その中でも、同世代でそれを可能にするのは2人だとロイドは考えている。

 1人は同世代最強と評され、この突発的に行われたトーナメント開催者でもある『神童』フィンク。
 
 彼のオリジナル魔法である『氷魔法』はその多彩な動きや硬度による破壊力もさることながら、何より特筆すべきは要塞のごとき防御力である。
 その硬度に加え、多彩な動きからもたらされる隙のない防御範囲は、まさに氷の要塞。さらにはそれを攻撃に転じて放つ攻防一体の魔法であれば『火桜』をも正面突破出来るであろう。

 そしてもう1人。それこそが、

「――……『蒼炎』」

 小さく、静かに、まるで厳かな宣言であるかのように紡がれた言葉。
 
 それを口にし、行使する彼女、エミリーその人である。

『な、なんだあの炎はぁー?!』
『……!』

 『火桜』に目を奪われるように黙っていたノエルが目を剥いて叫ぶが、解説となったガイアスでさえ目を瞠るばかりで言葉を失っていた。

 赤く、紅く染まる火の花弁を押し返すかのような圧力をもって生まれる蒼い炎。
 離れていても肌を焼くような熱量に反して、まるで冷たさすら感じさせる鮮やかな蒼い輝き。

 それはまさにロイドが行ったように、『火桜』の欠点である時間の猶予を利用して放たれた彼女最大の魔法。
 
「っ?!おいおい、なんだありゃあ?!」

 その美しい見た目に反した背筋が凍るほどの圧力にグランが声を荒げる。
 その横で、ロイドはまるでその炎に見惚れるように目を細めた。

「あれなー、『蒼炎』っつって、姉さんの複合魔法。オリジナル魔法……になるんかね」
「はぁ?!」

 気楽な感じに口にするロイドに、グランは目をひん剥く。

 オリジナル魔法。
 魔法時代が長く続く中で多岐に渡る魔法が存在する今。
 誰もがその選択肢にある魔法を如何に会得して効率的に行使するかに焦点をあてている中で、極少数の者が自らの為に編み出した新たな魔法。

 近年においてはフィンクの『氷魔法』がそれにあたり、その魔法を生み出すセンスや『氷魔法』の利便性や堅牢さで一躍名を売った。
 そしてつい先程見せたクレアの『涼風』。だがこれは複合魔法ではなく風魔法の開拓だ。

 複合魔法という意味ではフィンクに次ぐ奇跡。
 それを行ったのがフィンクの妹であるエミリーだった。

 ちなみに彼女がこの魔法を編み出すにあたってのヒントは2つ。
 
 1つはフェブル山脈において”剣神”ラルフの『破剣』に勝るとも劣らぬ威力を誇った黒竜の青い炎。
 竜種においても上位である黒竜の膨大な魔力を圧縮した事で放たれる青い輝きと恐るべき威力に、エミリーは火魔法師として感銘を受けたのだ。

 そしてもう1つは勿論、兄フィンク『氷魔法』だ。
 『氷魔法』はフィンクの高い適正の高い風魔法と水魔法の複合魔法、というのが正体である。
 それぞれを別々に行使するのではなく、魔力変換の時点でそれらを絶妙なバランスで混ぜ合わせるという絶技をもって発現する魔法。

 ならば、とエミリーは考えた。
 そう、風魔法と火魔法の複合魔法も作れるのではないか、と。

 ロイドがレオンとともに去った1年間。
 エミリーはフィンクや最上位魔法師といえる母シルビアや本屋ベルに頭を下げて教えを乞い、そして自身の研鑽の末に編み出した。

 その並々ならぬ努力を支えたのはいざという時に『死神』からロイドを奪い返せるように力を欲したのが理由だ。
 今となっては見当違いであり、ロイドには色んな意味で言えない理由だ。

「な、なんだその炎は…?!」
「ふふ、驚きましたか?」

 目を奪われたように丸くするカインに、エミリーは不敵な微笑みを浮かべる。

 そして、まるで指揮者のように淀みなく差し出された右手。
 それに倣うように、エミリーの周囲に漂う蒼い炎が細く綺麗な右手に付き従うように突き進む。
 そして、

「ば、バカなっ…!」

 まるで空に溶け込みそうなその蒼い炎は、紅い炎の花弁をまるで意に介していないかのように呑み込んでいく。
 凶悪な威力を誇る花弁を破壊、呑み込みながらもまるで衰えを見せない蒼炎はそのまま『火桜』の核である巨大な幹を思わせる炎へと衝突した。

「……きれい…」

 生徒の誰かが口にした言葉。
 それはここにいる全員の思いを代弁したものと言えるだろう。

 巨大な幹を司る紅い炎と、透き通るかのような美しい蒼い炎は混じり合うように、それでいて反発し合うように。
 眩しい輝きを放ちつつ砕け散り、砕け散った紅と蒼の炎が上空で燐光のように舞う。
 
 降り注ぎながらも空気に溶けて消えていく2色の鮮やかな炎は、その凶悪な威力に反して目を惹く美しさがあった。

 そして、その美しさよりも己の魔法を正面から突破された驚きに、カインさえも視線を上空に投げたまま一瞬固まってしまう。
 そんな言ってしまえば彼らしくない隙を見逃す程、ウィンディアの令嬢は優しいはずもなく。

「っ」
「チェックメイト、ですね」

 素早く間合いを詰めて剣を首に沿わせるエミリーに、途中で気付くも対応が間に合わなかったカインは動く事すら出来ず。

「……はぁ、なんとふざけた兄弟達だ…」
「ふふ、ありがとうございます」

 カインは呆れさえ混じったような呟きとともに両手を上げて降参の意を示す。
 その呆れた色を含む言葉に、しかしエミリーはそれが欲しかった言葉だと言わんばかりに誇らしげに微笑んだ。

 とは言え、審判はじめ誰もが上空の幻想的な光景に目を奪われていた為、エミリーの勝利を告げる声があがるのはそれからしばらく経っての事だった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品