魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

50 ラピス対グラン

『さぁー急遽始まったトーナメントもいよいよ残すところ8名まで来ました!』
『そうだねぇ。皆んなの予想通りのメンツもいれば、予想外な人もいるねぇ』
『そうです!生徒会長や皇太子様、ギルベルト先輩はともかく、新入生が5人も食い込んでいるんです!』

 朝から始まったトーナメントも進み、ついには夕方となった。
 予定より幾らかは早く進行したとは言え、かなりの時間が経過している。にも関わらず、ほとんどの生徒が帰る事なく見届けていた。

「なんかいつの間にか実況までいるしよ」
「あはは、楽しそうだねえ」

 そんな注目の中、これまたいつの間にか用意されるようになった舞台に立つのはグランとラピスの2人である。

『さぁ、いよいよ準々決勝の第1試合が始まりますが、解説のガイアス先生はこの試合をどう見ますか?!』
『……なんで俺が』
『ねぇねぇどう見るのぉ?教えてよ先生ぇ』

 実況には男女の生徒が1人ずつつき、何やら巻き込まれた様子のガイアスが解説につかされていた。
 グランは呆れたような乾いた笑みでそれを見ていたが、目の前のラピスから魔力を感じて視線を向ける。

『つってもな、あの2人は新入生でどんなもんか俺も知らん。やってみりゃ分かるんだし早く始めろよ。……あいつらもやる気満々だし』
『おっと、そうですね!ここで焦らすのは観客の皆んなにも悪いでしょう!では、始めて下さいっ!』

 グランが視線を向けた時に、試合の開始が告げられる。
 それと同時に駆け出したラピスの表情は、普段の緩さすら感じられる柔らかさは一切なく、魔力の圧力もあってか他を圧倒するような威圧感さえ滲む真剣さが見えた。

「負けないよっ!」
「俺もな!」

 対してグランはいつものように朗らかさすら感じられる余裕のある表情。
 突進するラピスを正面から受け止めるようにラピスの前方に土の壁を生み出す。

「っ、無詠唱…?!」

 ラピスは唐突過ぎる土魔法の発動に面食らいつつも、身体強化を存分に込めた腕で手に持つ杖――という名の鈍器――を振るう。

「ぅおっ?!」

 その一撃は土の壁を吹き飛ばし、余りある勢いのままほとんど停滞せずにグランへと迫るラピス。
 迂回を想定していたグランはそれに備えて発動しかけていた土魔法を慌てて止めながらバックステップして間合いを保とうとする。

「まだまだっ、『無帰』っ!」
「っと……!やるなぁ、甘く見てたわ」

 下がるグランを追うように放たれた破壊魔法を、グランは体裁きで回避していく。
 なんでこのレベルで誘拐なんかされたんだ、と内心苦笑いしつつも躱しきったグランは魔力を練り上げていった。

『おぉおー!ラピスさんの目にも止まらぬ速攻!かわいらしい見た目とは裏腹にすごいパワーだ!』
『しかも破壊魔法なんで珍しい上に扱いにくい魔法をぽんぽんと使ってるねぇ。すごーい!ねぇガイアス先生、解説はぁ?』
『え、やっぱすんのかよ?……あー、グランの土魔法の発動速度は速い。ここまで生き残るのもあれだけテンポ良く魔法が出せりゃそんだけで勝ち残れるくらい速い』
『おぉなるほど!すごいです!ディンバーからの交流として来てくれたグランさん、魔法の途上国というディンバーの印象を覆すような実力です!』
『んで、ラピスな。ちょいと大振りながら、身体強化をベースに破壊魔法を使う、いわば移動型砲台だな。攻めのリズムが乗れば手に負えん破壊力があるぞありゃ』
『ふぇえ、すごぉい。確かにあの鈍器みたいな杖と破壊魔法で攻められたら普通防げないもんね』

 実況を聞き流しながら発動されたのはグランの魔法だった。
 追撃しようとするラピスよりも早く、グランは魔法を発動させる。

「けど悪ぃな。俺はロイドと戦いたいんだ、負けてやれねぇのよ」
「私だって…ロイドくんに見せたいの。おかげでこんなに強くなれたって!」

 グランの言葉と共に足元から放たれる無数の石飛礫を、ラピスは叫びつつ杖で叩き落としていく。
 身体強化に適正の高いラピスは、まるで壁を思わせる程の弾幕を目にも止まらぬ速さで杖を振るい弾きつつ、詠唱を始める。

(そうだよ、ロイドくんに……ロイドくんに恩を返せる力があるって見せてやるんだっ!)

 石飛礫をことごとく弾きつつ、魔力を高めていくラピスは、その瞳に強い力を宿していた。
 それを見たグランは、不意に放ち続けていた石飛礫を止める。

「ははっ、そっか、そうだよな。こりゃあちゃんと本気でやらねぇと失礼ってもんか」
「――…破壊の雨よ、降り注げ…」

 ラピスは石飛礫が止んだ事に内心首を傾げつつも、詠唱を途切れさせる事なく紡いでいく。
 そしてついに完成させた魔法を放たんとグランを強く見据えて、

「怪我したらごめんな」

 陽気な彼から、朗らかな笑顔が消え去りーーそれと代わるように爆発的に高まった魔力に背筋に冷たい汗が流れるの感じた。
 
「っ……『黒雨月』!」

 それを振り払うように、ラピスは破壊魔法を発動させる。

『おぉお!?これは一体?!』
『上級破壊魔法だ……なかなか見れるもんじゃねえぞ』
 
 ラピスの前方上空に生み出された巨大な黒い雲のような濃い霧にガイアスが冷や汗を浮かべて言う。
 ガイアスの言葉に沸き立つ生徒達の声すら届かない程集中しているラピスは、ふと視線の先のグランを思う。

 つい先日も優しく自分の泣き言を聞いてくれ、普段はふざけたりしながらも周りをよく見ており、雰囲気を和ませてくれる彼。
 他国の出身でありながらまるでずっとウィンディアで暮してきたかのように共に行動しており、いつの間にか頼りにしていた。

 そんな彼がまるで別人のような鋭い気配を放っている。その普段との違いに息を呑む。

 ラピスがこの学園に来て破壊魔法の知識を増やし、先日会得した上級破壊魔法『黒雨月』。
 指定した範囲に込めた魔力の分だけ小さな『無帰』を雨のように降らせる広範囲型の殲滅魔法である。
 
 それを冷たい予感を振り払うかのように、冷たい気配を放つグランへと放つ。

 対して、グランは魔力を高めつつも口は固く結ばれたまま。
 これ程までに力を込めた破壊魔法に対して、威力や精度に欠ける無詠唱や詠唱破棄では対抗するのは困難なはず。

 そう考えて不可解に思っていたラピスだが、その視線の先で固く閉じられていたグランの口の端が微かに吊り上がるのを見て、

「……っ?!」

 一拍遅れてグランの足元から土がまるで蛇のように滑らかな動きで飛び出していく。
 それは一本ではなく無数に現れ、破壊の雨をその身をもって防いでいた。

「すごい魔力操作だね……!」

 とても無詠唱とは思えない規模と強度に、ラピスは思わず呟く。
 だがいくら魔力操作が優れていようと、上級魔法に対抗するには無詠唱というハンデは大き過ぎる。

 必ず競り勝つ。
 そう思って乱れた呼吸のままグランに目をやると、

「……うそ」

 防いでいた土の蛇が崩れるよりも早く、さらに新たな土の蛇が現れていく。
 それどころか、その内数本の蛇がこちらに向かってくるではないか。

「っく……!」
『こ、これは…!?一体何の土魔法でしょうか?!こんな魔法見た事がありません!』
『これは………魔法じゃない…!』

 かろうじて回避したラピス。
 驚く実況と信じられないような物を見たように目を丸くするガイアス。
 その視線の先で、ラピスが回避したはずの土の蛇がくるりと方向を変えて再びラピスへと迫る。

「っ?!」

 予想外の動きに驚くラピスは、その強化された身体能力をもってしても躱す事は能わずに直撃してしまう。
 その土屋は打撃というよりはそれこそ蛇の捕食のように捕縛するような形でラピスの体を包み込んだ。

「こ、これって……!」
「そ、これ土魔法じゃねぇんだな」

 信じられないように目を見開くラピスに、ついに『黒雨月』の内包魔力を吐き出しきった事で止んだ破壊の雨。
 その中から全てを防ぎ切ったグランが無傷で現れ口を開く。
 その声に弾かれたようにラピスが顔を向けると、いつものように余裕を感じる朗らかな笑顔で笑うグランが居た。

「………土魔術…」
「そ」
『え?土…魔術…?って、魔法とは違うんですかぁ?』
『えぇっ、知らないんですかクルネさん?!』
『ノエルは知ってるのぉ?』
『知ってますよ!古代の技術で、魔法よりも優れた技術ですよ!』
『……まさかあいつ以外にも居たとはな…』

 観念したように、それでいて驚いたように呟くラピスにグランが頷く。
 それを聞いて実況の女子生徒――クルネが首を傾げ、同じく実況の男子生徒のノエルが驚き、ガイアスは小声で驚愕の声を漏らしていた。

「つぅワケで、チェックメイトだ。俺の勝ちだな」
「……うん、参ったよぅ」

 身動きが取れないラピスは溜息混じりに降参する。
 破壊魔法で抜け出せなくはないが、それより先にトドメを刺されるのは十分に理解させられたからだ。

『グ、グランさんの勝利ですっ!!』

 困惑と驚き、そして歓声が入り混じる中、グランの勝ちが告げられた。

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