魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

29 化け物

「あー、それじゃ五等級はここに残って、それ以外のヤツらは自由行動。サボんなよ?危険を感じたら逃げて来い。んじゃ解散!」

 実践戦闘の講義はティアの言う通りの内容だった。
 先日他の講義の時間も使って長時間の実践戦闘講義をするという前触れがあり、当日スァース大森林に移動してきたのだ。

「さぁロイドくん、僕と勝負しようじゃなーーってあれ?」

 ロイド達は解散の指示があるや否や素早く駆け出した。
 それはもう目にも止まらぬ速さで、勇者の叫び声を置き去りにする程である。
 
 声は聞こえていたが、どうやら女性にモテる彼はロイド達を追うよりも早く女性に囲まれて身動きが取れなくなっていたようだ。
 ちなみに距離をとってから身体魔術『部分強化』で視力を強化したロイドが振り返ると、彼は女子生徒達に捕まっているのを確認していた。

「撒いたか。てか、こう言っちゃなんだけど、ガイアス先生の指示雑だなー」
「ふん、だがこれでサボるなりこの森程度の危険を察知して立ち回れぬ者は昇格なんぞ出来ん。このくらいで十分だろう」
 
 併走するロイドとカインが呑気に話すのを後ろから見て追う面々。

「ちょ、王子様なのに速いな!」
「カイン皇太子は文武両道で、実力の方は近衛騎士に匹敵するって話よ」
「すごぉい、完璧超人なんだねぇ」
「勇者より主人公じゃないですか…」

 適正魔法や戦闘スタイルの違い等もあるが、速度という点ではロイド達に一歩劣る4人は、そのロイドと並ぶ速度を見せるカインに驚く。

「さて、もういいか」
「大丈夫だろー、勇者女に囲まれて動けてなかったし」
「それは早く言え!」

 そらから数分程して足を止めるカインとグラン。
 僅かに遅れて息を乱したエミリー、グラン、ラピス、クレアが順に追いついた。

「んじゃまぁやりますかー」
「そうだな。一番多く狩ったヤツの勝ちでいいか?」
「おうよ!」

 早速男3人は各自歩き出した。
 女性陣はそれを呆れたり笑ったりしながら見送り、とりあえずは固まって行動するようである。

 それからしばし歩いたロイドは、しかし魔物どころか動物1匹出会う事もない。

「……なぜに?」

 このままじゃ負ける。
 地味に焦ってきたロイドは歩調を早める。もはや警戒もへったくれもない速度で歩くロイドだが、それでも全く気配がない。
 
 え、何で?集団いじめ?ハブられてんの?とロイドが若干苛立ってきた、その時だった。

「――!」

 不意に見つけたひとつの気配。
 やっと1匹目か、とロイドが気配のする方へと意識を向ける。
 魔力を感じる為、魔物だろう。そう考えて歩く方向をそちらに向けた。

「………っ!」

 が、近付くにつれてはっきりとしてくる気配に、ロイドは違和感を抱く。

(……おかしい。これ相当――いや、めちゃくちゃ強くねーか?)

 そう、魔力感知も手慣れてきたロイドは、その魔力の底知れなさに警戒を高めていった。
 遠くからざっと感じた様子だと大した事のない魔力だったが、意図的に隠しているような違和感と、洗練されすぎているそれにごくりと息を飲む。

 やっぱ引き返すか?とロイドが撤退を考える。
 
 無理に相手をする必要はないのだ。
 所詮講義の自由時間。撤退して弱い魔物を倒して勝負に勝てば良い、とこの期に及んでちゃっかり勝負を捨てずにいるロイドはついに足を止める。

「…ちっ!」

 だが、相手がそれを許さなかった。
 感じていた魔力が一瞬揺らいだかと思うと、凄まじい速度でこちらに迫ってくる。

(速ぇ!逃げれる速度じゃねーな!クソっ!)

 どちらかと言えばスピード自慢のロイドをもって、即座に撤退を諦める程の凄まじい速度。
 ロイドは舌打ちとともに短剣を2本とも抜き放って構える。

「おらぁ!」

 そして敵が視界に入るや否や、魔力をふんだんに込めた風の砲弾をぶっ放す。
 草木を薙ぎ払いながら直進する風を、しかし現れた「それ」は腕を振るうだけで弾き飛ばした。

「っ!!マジかよ?!」

 強い。まさかいきなりこんなレベルの敵に出会すとは、とロイドは嘆く思いを押し殺して敵を見据える。
 
 相手は獣ではなく人型だった。黒いフードと服を纏っており顔は見えないが、恐らく魔物ではないと思われる。
 人間だと言い切れないのは、その底知れない威圧感が人のそれを超えているように感じたからだ。

 その相手はその速度そのままにロイドに突っ込み腕を突き出す。

 ロイドはそれを受ける為に短剣を交差させてガードする。
 身体強化魔術に魔力をたっぷり注いで強化した肉体がとうにか受け止めるが、それを超える威力に数瞬の踏ん張りの後に吹き飛ばされた。

「がっ…!ってぇ……!」

 速い上にパワーまである。
 ロイドは吹き飛ばされた空中で体勢を整えて敵の方を見ると、既に追撃に迫っているそれが目の前に居た。

「ちっ!なんだてめーは!」

 ロイドは風を纏わせた短剣をそれに向かって振り抜き、さらに絶妙な時間差を持って放たれた2本目の剣撃。
 だがそれさえも最低限の動きますだけで回避され、振り抜いた隙を突かれて拳を叩き込まれる。

「っが…!」

 息が止まる程の衝撃が腹部を貫く。
 空中で撃ち抜かれたロイドは弾丸のような速度で吹き飛び、木を数本薙ぎ倒してやっと止まった。

「げほっ!が、はっあ!」

 あまりの衝撃に呼吸すらままならないロイドだったが、転んだままでは殺されると必死に立ち上がる。

「はっ…は、ぁ…はぁ…」

 必死に息を整えるロイド。
 敵は追撃せずにロイドを吹き飛ばした位置から動かずに、じっとこちらを見据えていた。
 
 どういうつもりかは分からないが、これはチャンスだとロイドは集中する。

 体の体内を巡る魔力ーーそのさらに奥。
 そこにある扉を開くようなイメージで、その力を引き出していく。

「……ふぅ、やってくれたな。次はこっちの番じゃい!」

 体から溢れるように漏れ出す白金の光。
 魔力を超える高エネルギーーー神力を呼び起こしたロイドは、その神力をもって身体魔術、風魔術を発動し直す。

 身体魔術によってロイドの全身を覆う白金の光と、薄く白金に輝く風がロイドの体の周りを舞う。

「おらぁ!」

 ロイドの気合いの込めた声に弾かれるように、風が敵へと発射された。
 その速度は先程までの風とは比べようもない程の速度と重さを持って突き進む。
 
 さらには即座の追撃を仕掛けようと、風を追うように駆け出すロイド。
 神力で強化された全力の疾走は、もはや並の人間では目で追う事すら叶わない程。

「………はぁ…」

 だが、それを目の当たりにした相手から漏れるのは驚きや狼狽なのではなく、つまらなそうにもらす溜息だった。
 そして溜息をつきながら振るわれた腕は、神力の身体強化を施したロイドをもってしてもブレて見える程の速度で振るわれーー白金の風をいとも容易く弾き飛ばす。

「なっ…?!」

 あまりの光景に目を丸くするロイドに、黒ローブの男は驚愕から立ち直る時間さえやる事はない。
 先程の腕のようにロイドの目ですら見失いかねない速度でロイドへと迫ってきた。

「っ!んにゃろっ…!」

 ロイドは慌てつつも素早くそれを迎え打たんと短剣を振るう。
 身体強化に風を纏わせて速度を高めた神速と呼べる剣撃は、振るう音すら置き去りにして黒ローブへと迫る。

「ごはぁっ?!」

 当たれば例え堅牢な城壁であろうと風穴を開ける程の一撃は、しかし届くことはなかった。
 紙一重で回避され、再び拳を腹に受けるロイド。
 
 おまけに先程までは手加減していたと言わんばかりに、白金の光を纏うロイドにも届く威力の拳。
 結果、調整でもされたかのように神力を使う前のそれとほぼ変わらないダメージをロイドに与えていた。

(う…嘘だろ…!やべぇ……勝てんわこれ…!)

 ロイドは目の前の敵が、想定も想像を遥かに超えた化け物であると理解出来てしまった。

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