魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

26 鈍感姉弟?

「………」

 硬直する勇者――コウに、なんとなく合わせて固まるロイド達。
 なんだこいつら、とガイアスはそれを黙って見ている。

 周囲の戦闘の音やわいわいと騒がしい声が聞こえる中、そこだけ謎の沈黙が訪れていた。

「え、あ、あなたは…?」
「……え、私?エミリー・ウィンディアだけど」

 その沈黙を破ったのは沈黙を作り出した張本人であるコウ。
 どこか惚けた感じに問いかけた相手はエミリーだった。

「エミリーさん……」

 噛み締めるようにエミリーの名前を呟くコウに、エミリーは首を傾げてロイドの袖を掴む。

「……ロイド、何なのこれ?」
「いや知らんがな」
「………君は?」

 同じく首を傾げるロイド。それを見ていたコウが今度は少しムッとした様子でロイドへと話しかける。
 その態度になんなんだこいつは、と内心嘆息しつつもロイドは口を開く。

「人に名前を聞く時は自分からじゃねーの?」
「…先程皆んなの前で自己紹介したんだけどな」
「俺は聞いてなかったんだよ」

 がっつり聞いていたくせに真顔で嘘をつくロイド。
 コウは溜息混じりに口を開く。

「…はぁ、コウ・スメラギだよ」
「どこから来たんだ?」
「なんでそこまで言わなくちゃいけないんだ?」
「別にいいだろ?」

 目を細めるコウにロイドはへらりと笑って返すが、コウは表情を緩めない。

「……君が自己紹介したらな」
「俺はロイド。ウィンディア領から来た。得意魔法はなし。はい、どうぞ?」

 間を置かずにさらさらと答えるロイドにコウは若干たじろぎつつも、あなたの番ですと手を向けてくるロイドに仕方なく答える。

「……王城に住んでる。得意魔法は光と火だ」

 ちゃっかり得意魔法まで聞き出されたコウは、しかし聞き出した本人の方が内心驚いていた。

(光まで使うのかよ!あれ厄介なんだよな…)

 ロイドは苦い思い出を脳裏に甦らせつつも表情は変えない。
 そんな妙な雰囲気での自己紹介を終えたロイドは、ガイアスへと目線を向ける。

「…で、どーすりゃいいんです?スペース空くまで待つとかですか?」
「ん?あぁ、対教師用のスペース…まぁ俺用のだな。そこで適当に時間潰そうと思う」

 話を振られたガイアスは先程コウと戦ったスペースを指差しつつ答える。
 そして返事を待たずにそちらに歩いていくので、ロイド達も追随した。

「ほれ、ちゃんと入れよ」
「はーい」
「入りました」

 ロイドとクレアの返事にガイアスは頷くと、魔法陣に魔力を飛ばして風壁を起動させた。

「あとは好きにしろ。なんなら俺が相手になってもいいから、そん時は声かけろ」
「分かりました」

 適当な先生だな、と思いつつ頷いて歩き出すロイドに、エミリー達も追随する。
 ロイドとしてはコウとは関わらず、かつエミリー達にも気をつけるよう伝えておきたいのだが、本人が居る前では言いにくいのでどうにか避けるしかなかった。
 
 もっとも、ロイドの警戒した雰囲気を察せれない3人ではない。
 何かあるのかなと悟った彼女達もあまりコウには声を掛けないようにしている。

「はぁ…ロイド、相手になりなさいよ」
「ん?いーけど」

 その中でもエミリーだけは少し不機嫌そうな表情だ。
 それがコウにじろじろと見つめられた事が原因だとロイドは分かった為素直に頷く。
 だったらとクレアとラピスが組んだ。魔法をぶつけ合ったりして遊んでいる。

「軽い手合わせ程度にやるわよ」
「あいよ」

 それに対してロイドとエミリーは武器を抜いての手合わせをしている。
 攻めるエミリーに受け流したり躱したりするロイド。だが、不意に振りかぶられたエミリーの剣を躱すことなく短剣2本をクロスするようにして真正面から受け止める。

「……何よ?」
「後で詳しく話すけど、あんま関わらん方がいーらしい」

 受け止めたロイドの意図を察したエミリーが武器を押し付けつつも問いかけると、ロイドは端的に伝える。
 エミリーは眉をひそめた。

「……先に言っときなさいよ。どうせ忘れてたんでしょ?」
「ははっ、さすが姉さん」

 思い切り図星をつかれ、ロイドは笑って誤魔化す。
 しかしそのやりとりに毒気が抜かれたか、エミリーは寄せた眉を戻して口元を緩めた。

「あんたの事なんてお見通しよ」
「敵わねーなー。あ、でも俺だって結構姉さんの事分かってるつもりだけど?」
「……そ、そう。まぁ、そうかも知れないわね…」

 ニヤリと笑っていつものように挑発するつもりだった言葉に何故か口ごもるエミリー。
 予想外の反応にロイドは首を傾げていると、やたらよく通る声がロイドの耳を叩く。

「ロイドくん!僕と手合わせしないか!」
「……は?」

 いきなりのお誘いにロイドは目を丸くして声の主――コウへと目を向ける。
 ちなみに鍔迫り合いになっている為至近距離にあったエミリーの顔も、鏡合わせのように同じ動きをしていた。

 その様子が更にコウの神経を逆撫でしたのか、より目を吊り上げてこちらを睨むコウに、ロイドとエミリーは小声で話し合う。

「……何か怒ってない?ロイド何したのよ?」
「いや分からん。あれか?1人が寂しくて八つ当たりか?」

 ちなみに側から横目に見ていたクレアやラピスは理由を察していた。
 そして、小声で話す為に更に顔を寄せ合う2人がさらに怒りを煽っていることも。

「ウィンディアって鈍感の血族なのかなぁ?」
「どうなんでしょうね。……先輩は昔からでしたけど」

 そんなことを話し合っているクレア達に気付かず首を傾げているロイド達に、ついにコウの我慢の限界が訪れる。

「逃げるのかいロイド君!ほら来いよ!」
「……あー、ならまぁやるか…」

 思い切り気乗りしない雰囲気を醸し出すロイドに、コウはイラっとした表情を見せつつも、やっとエミリーから離れてこちらに向かうロイドに口元を歪める。

「さぁ、かかって来い」
「挑んできたのはそっちだろ?お前が来いよ」
「……君は挑発が上手だね…」

 気怠げなロイドにコウは苛立ちを抑えきれないのか、剣を握る手を震わせている。
 それでも口調を荒げないのは彼のプライドがそうさせているのかも知れない。

 一拍の後、無言で駆け出すコウ。
 無詠唱で身体強化を施したのか、その速度はかなりのものだ。

「おぉ怖っ」

 ロイドはそれを思い切りバックステップして回避。そして即座に身体強化を発動させる。
 すぐに距離を詰めて追撃するコウに、しかし身体強化が間に合ったロイドは回避ではなく短剣で受け流す。

 それからは怪我をしないように、というガイアスの忠告を無視したかのような苛烈な攻撃を繰り出すコウ。
 
 時には後退し、時には受け流すロイドに一撃を入れる事は出来ていない。
 が、もし一撃でも入れば手合わせでは済まない怪我を負うであろう攻撃を躊躇なく行っている。

「……何なのよ、あいつ」

 一方、放置される形となったエミリーはひとりごちりながら、クレア達の方へと向かっていた。
 それに気付いたクレア達は魔法を霧散させてエミリーを迎える。

「災難でしたね」
「災難っていうか……意味不明すぎてイライラするわ」
「あはは……エミリーさん、相変わらずニブいねぇ…」

 苦笑いを浮かべるラピスに、エミリーは首を傾げて問いかける。

「ニブい?」
「いやぁ、あのコウって人、エミリーさんの事好きなんだと思うよ?」
「はぁ?そんなワケないじゃな……」

 ラピスの言葉にエミリーは顔をしかめるが、ラピスの横にいるクレアも頷いているのを見て言葉を途切れさせる。
 そんなエミリーに構わずラピスは言葉を続ける。

「だから、エミリーさんと仲良くしてるロイドくんが気に入らないんだと思うよ?」
「……仲良くって…私達は姉弟だから…」
「うん、でも分かってないんじゃないかな?ほら、ここに来てロイドくんはウィンディアって名字も姉さんって呼んだりもしてなかったし」

 言われて振り返ってみると、確かにロイドは自己紹介でも名前だけだった。
 つまり、コウにはロイドとエミリーが”そう”見えたのかも知れない。
 
 そう思い至ったエミリーは微かに頬を染めてそっぽを向く。

「バカじゃないの?!下らないわ!」
「あははっ、うん、でも仕方ないと思うよぉ?」
「なんでよっ!」
「えへへ、なんでだと思う〜?」

 笑うラピスにエミリーは食い下がるも、のらりくらりとかわされる。
 珍しく攻守が逆転したようにラピスにからかわれるエミリー。
 
 一方でロイドもコウの攻撃をいまだにのらりくらりとやり過ごしていた。

「あー……楽しそうな所悪いが、時間だ。終了して集まれ」

 結局、ガイアスの号令があるまでそんな状態のままであった。

 集まってガイアスが遅い自己紹介と解散を告げている中、コウはロイドを睨み続けていた。
 そこにはエミリーと仲が良い事に対する嫉妬だけでなく、いとも容易く攻撃を捌かれ続けた苛立ちも含まれていたが。

 その視線を気付きつつも無視していたロイドは、内心で溜息をつきつつ忠告をくれたティアへと謝罪するのであった。

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