魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

間話 如月愛

「クレア…あなた結構魔力操作が荒いのね」
「すみません…」

 クレアがロイドと共にウィンディアに訪れてから数ヶ月が経った頃。
 ロイドらと共にレオンやフィンクに稽古をつけてもらいながら鍛えていたクレアだったが、レオンの一言により最近は別行動をとっていた。

『クレア、お前は魔法適正が高いエルフという種族でも更に高い適正がある。なら使える魔法を増やすのも良いだろ』

 それにより、使い手が少なく希少とされる治癒魔法の使い手がウィンディア領にも居るという事で、指導してもらう事となった。
 エルフでもそうは居ない治癒魔法の使い手がいるならばとクレアも喜んで頷いた。

 ウィンディア領唯一の剣術道場。『剣神』という剣士の最高峰に与えられる二つ名を持つラルフ、その妻であるルナ。
 そのルナこそが、教会ですらそうはお目に掛かれない程の卓越した治癒魔法の使い手である。
 
 そしてかれこれ一ヵ月程剣術道場へと通っているのだが、治癒魔法という他の魔法とは桁違いの繊細な魔力操作が必要な魔法にクレアは苦戦していた。
 そもそも、エルフの里に居た頃も治癒魔法に触れる機会はあったが、その難易度に少し手をつけた以降は投げ出していたのだ。

「まぁあんたは魔力量がずば抜けてるからね。操作するのも大変だろうけどさ」
「はい…」

 少しずつは進歩しているものの、他の魔法ではほとんど苦戦する事なくある程度は扱えたクレアにとって、この遅々たる進歩は歯痒いもの。
 今こうしている間にもラピスやエミリー、そしてロイドは成長していると考えると余計に焦りが生まれた。

「んー。ちょっと気分転換に散歩でもしてきなさい?」
「あ、えっと…」
「かなり精神的に疲れるからね、魔力操作って。ほら行った行った」

 それに見かねたルナがクレアに息抜きを促す。
 ルナに追い出されるようにして外に出たクレアは、優しく吹き付ける風に肩の力が抜けるのを実感した。

(あー…うまくいかないです…)

 気が張っていた事に気付けたものの、落ち着いた事で現状の進捗に若干落ち込むクレア。
 深い溜息をこほしつつ、頬を撫でる風に押されるように、ゆっくりと足は動いていた。

 そして気付けば領の入り口、砦の門へと向かっていた。
 そこから遠くに見える姿をぼんやりと眺める。

「クソガキ、いつになったらまともに扱えるんだ」
「うるせぇよじじい!すげぇむずいんだよこれ!」
「アリアは楽々使っていたがな」
「あぁ?こないだアリアも言ってたろ!本人の特化スキルより応用するスキルのが苦労するって!」
「ふん、『魔術適正』なんてスキルだと対象範囲が広い分、応用になるひとつひとつの魔術の扱いは困難、ってやつか。……で、言い訳は済んだか?聞くに耐えん」
「ぐっ……くそ、やってやるよ!」

 離れていても分かる喧しい会話。
 思わず苦笑いを浮かべてしまうクレアの耳に、凄まじい衝撃音が届く。

「えっ?!」
「っ、てぇ!」
「集中が足りてない。神力の操作も甘い」
「っつ……くそ、もっかいだ!」

 何が起きたのかと目を凝らすクレア。
 先程の衝撃で負ったのであろう傷に構わず立ち上がり、自然体になるロイド。
 
 その数秒後、ロイドの体から湧き上がるように溢れる白金の光。
 それをまるで霧散するかのように虚空へと注ぎ込む。

「空間魔術……『神隠し』」

 『神隠し』。指定した空間を切り取る空間魔術である。
 相手を捕まえたり自分を隠したり、対象が魔法で魔力供給型のタイプなら空間を隔てる事で威力関係なく供給を断つことで霧散させる事も可能な魔術。
 
 ちなみに、学園に入学した後にカインの『火桜』に使ったのはこれだ。
 
 だが、神力という魔力とは比較するのも愚かしい程に強大なエネルギーを、魔術の中でも操作が困難な空間魔術に使うのは至難の業である。
 ロイドは当然の如く操作しきれず暴発させてしまう。

「ってぇえ!」
「うるさい」

 その余波を受けて叫ぶロイドと呆れたように呟くレオン。
 結局、神力が尽きるまで進展はなく、そのまま力尽きて倒れるロイドを眺めて、クレアはぼんやりと記憶を辿っていた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「うわ…如月さんもこの店なの…?」
「ほんとだ。私達の成果もとられたりして」
「ありえる…あーもう勘弁して…」
(あーもう、聞こえてるっての)

 如月愛は地元に本社があるそこそこ大きな小売業の会社へと入社した。
 そして新入社員研修を終えて仮配属という形でとある店へと配属。
 
 そして今日がその店での初出勤日だ。

(あーあ、同じく仮配属されたのは私と女子2人…こんなの絶対面倒な事になるじゃん…)

 どうにか入社出来たものの、正直器用とは程遠い如月は新入社員研修で同期最下位の成績となった。
 しかし会社の紹介として運営されているホームページの新入社員のページ、その写真に選ばれたのは如月である。

 彼女は容姿に優れている。
 それが理由であり、それ以外に理由は何も無いのだが、それが同期の女性達には面白くなかったようだ。
 新入社員研修でも、担当となって指導した男性社員が如月に甘い対応をしていた事も理由の一つかも知れない。

「はぁ…」

 思わず漏れる溜息。
 
 こういった事は昔からあった。
 学生時代も男性に甘やかされ、女性には妬まれる。
 もっとも、自分が好きになった人としか恋愛をしたくない如月にとっては傍迷惑な話でしかなかったが。

 せめてこの仮配属された店舗の先輩社員が女性である事を願おう、と如月は重たい溜息をついて顔を上げた時だった。

「すまん、待たせた。今日からの新入社員だろ?」

 扉が開いて1人の男が如月達が待機していたバックヤードへと入ってくる。
 如月は溜息を見られていないかと内心慌てつつも、入ってきた先輩社員と思われる人が男性であった事にまた溜息をつきたくなった。

 ちなみに、如月と共に待機していた新入社員2人は小さく色めき立っていたが。

「店長は用事で少し遅れる。俺は黒川涼、よろしくなー」
「よろしくお願いします!」
「黒川さん、よろしくお願いします!」

 先輩社員――黒川涼に勢い良く挨拶する新入社員2人に、溜息を我慢している場合ではないと如月は慌てて頭を下げる。

「よ、よろしくお願いします」
「ん、よろしくー。んじゃ早速で悪いんだけど出勤の準備してくれー」

 少し目つきの悪い黒川だが、そのどこか気怠気な口調でキツさは緩和されているように感じた。
 顔は割と整っており、新入社員2人が嬉々として出勤をしているのはそれが理由だと推測した如月。

(あー…最悪だ)

 如月は頭を押さえながら出勤する。
 学生時代、もっとも面倒たったパターンを思い出した為だ。

 人気者の男子に少しでも話しかけられようものなら、それだけで多くの女子が敵意をあらわにする。
 そんな事ばかりで結局好きだと言える人1人作る事なく生きてきた如月は、社会に出て初めから憂鬱な環境を予感して溜息を止められなかった。

 仮配属の期間に店舗の社員により評価を受けて、本人の希望と照らし合わせて本配属される部署ないし店舗が決まる。
 
 その期間は極力黒川を避けようと心に決める如月だった。




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