魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

23 器

 ロイドのように意識の合間を縫って言葉を差し込む訳ではなく。
 エミリーのように迫力と勢いをもって言葉を叩きつけるでもなく。

 カインの言葉は、威厳を感じさせる風格をもって、揺さぶるようにその場にいる生徒達の耳に届いていた。

「……何の騒ぎだ?」

 そして、その威厳に確かに含まれる怒気に、生徒達は口を開くこともなく、ただ黙り込んでいた。
 生徒達は誰か言えよとばかりにカインではなく、周囲や足元ばかりに視線を泳がせてばかりいる。

「答えろ、何の騒ぎだ?」
「は?知ってるだろ?このバカ達がクレアを勝手に犯人扱いして責めてんだよ」
「ば、こらロイドっ!何て口きいてんの!」

 いやお前さっき俺と一緒に話聞いてただろ?といった感じにロイドは呆れたように答えると、エミリーが慌ててロイドに駆け寄って頭を叩く。

「ってぇ!なんだよ姉さん」
「なんだよはあんたよ!バカじゃないの!?」

 文句を言おうとしたロイドは、しかしエミリーの焦りと怒りに染まった剣幕に押されてしまう。
 だが、そんな2人に構わずカインは言葉を重ねる。

「それは本当か?そこのお前、答えろ」
「ひっ!は、はい!ですが、確かにそう聞いたのです!そこのエルフが森の調停者の力をもってグリフォンを操り、し、試験を荒らしたと!」

 カインは適当に目についた生徒を指差すと、生徒は裏返る声でカインの方を見れずに視線を彷徨わせつつも弁明した。
 それにカインは最後まで聞き、そしてその言葉を噛み締めるように頷いて見せる。

「なるほど、状況は分かった」

 その言葉に話した生徒は聞き入れてもらったと思い、頬を緩めてカインの方を見て、

「確かにそこのロイドが言うように、バカな話だな」

 ぴしりと固まった。

「あ、あの…ででですが、それは聞いた話であり、先程犯人が分かったんです!」 
「ほう」

 興味を持ったように反応するカインに、持ち直したように生徒は固まった表情を和らげて口を動かす。

「そこにいる恥さらし…ロイド・ウィンディアです!あいつが実力が足りないから試験を有耶無耶にして合格しようとやったんです!」

 その言葉にロイドは先生に呼ばれた生徒のように挙手なんかしてみせる。が、クレアは再び怒りの炎が燃え上がろうとしたのか、魔力を蠢かせる。
 ラピスが慌てて諫めようとするより早く、カインが口を開く。

「なるほど。そうか……それは先程よりもバカな話になったな」
「え…?」

 今度こそ言葉を失った生徒を無視して、カインは言葉を続ける。

「『森の番人』とまで言われるグリフォンを、恥さらしの力でどう暴走するさせるというのだ?それくらいお前達にも分かる事だろう?」

 カインの言葉にハッとしたように目を瞠る生徒達。誰も反論出来ない。当然だ、それは先程自分達も言っていた事なのだから。

「それに、グリフォンを沈めたのは俺で、俺が見た時にグリフォンと居合わせていたのは冒険者が数人とーールースド・ドッガーだけだ」

 その言葉に、にわかにざわめく生徒達。

「そういえば、エルフが犯人だと言っていたのはルースドの取り巻きだったような…」
「わ、わたしもそうよ!ルースドとよく一緒にいる生徒だったわ」

 心当たりがあるのか、生徒達のざわめきは大きくなるばかりだ。
 そして、少しの間を置いたカインは口を開く。

「ふん、どうやら犯人は分かったようだな。……では、改めて聞こう。これは何の騒ぎだ?」

 カインがここに来て最初に問いかけた言葉。
 それに、その時とは違う沈黙が流れる。それを今度はカインが破った。

「違ったら反論してくれ。……お前達は、まんまと情報に転がされて2人の生徒を貶めたのだな?しかも、その騒ぎの中でも合格した生徒はいるにも関わらず、受からなかった事に腹を立てて、だ」

 誰もが口を開けない。反論など出来るはずがない。
 そうしてやり過ごそうとするように足元を見て押し黙る彼らの頭に、先程のロイドの言葉が甦る。

『メリットがあるとすれば、例えば実力が足りない奴。あわよくば試験を無条件に合格させてもらったりな』

 内心で言葉に出来ない感情が身を焦がす。
 そう。これでは、まるで自分達がその言葉通りの人間ではないか。

 そう気付いた生徒達は、無性にロイドを睨みたい気持ちに駆られる。

「それで、そこのお前。犯人は誰なんだろうな?」

 カインはまた適当な生徒に話を振る。
 それに生徒は上擦る声で答えた。

「はっ、ルースド・ドッガーにございます…」
「証拠は?」
「えっ?」

 が、間違いなく頷くであろう。それでいて、自らの過ちを突きつけられる解答を口にした生徒への返事は、予想だにしない言葉だった。

「だから、証拠はあるのかと聞いている」
「え、あの、先程カイン様が仰られたのでは…」
「俺は居合わせた、としか言ってない」
「……え?あ…!」

 カインの言葉に生徒は息を呑む。
 それを見たカインは、そこにいる生徒達を見渡すが、誰もが同じような表情を浮かべていた。

「はぁ……お前達…誰かが言ったから、本人がそう仄かしたから、俺が言ったから。そんな理由で決めつけてばかりだな。自分で考える事は出来ないのか?」

 呆れたように言うカイン。
 生徒達はただ小さくなる事しか出来ない。

「お前達の大半は貴族だな?貴族であれば判断や発言に責任が生じる。お前達の行動で、部下や民達は動くのだ。であれば、そのような軽率な言動は許されない」

 カインが現れてから最も威圧感と風格を露わにして、しかしその口調は押さえつけるのではなく生徒達に言い聞かせるような柔らかさがあった。

「犯人探しより、まずそちらの方が問題だ。善悪や判断を人の言葉に委ねる責任者など、我が国には要らない」

 厳しい言葉に、しかし見捨てるような非情さは感じさせない声音で。

「人の意見を聞く事は大切だが、最後の決断は責任を伴う。しっかり考えて、分からなければ素直に相談して、きちんとした言動をするように心掛けろ。……今、失敗したお前たちならば二度とこのような過ちは起こさないだろう?」

 不思議と心まで届くような声に、いつの間にか生徒達は顔を上げてカインを見ていた。
 叱られる子供のような姿は消え、ただただ聞き入っている。 
 
 その表情を確認するように見渡したカインは、一拍置いて口を開き、

「お前ら、分かったか?!」
「「「はいっ!」」」

 生徒達を一括した。
 
 そこにいた生徒達は、考えるよりも先に返事をしていた。
 そして、己の軽率な言動と未熟さを改めて恥じ、カインの言葉でそれを克服しようと心に今回の失態を刻む。

 そして、彼の『王』としての器に心を震わされるのであった。
 



 それから生徒達はエミリーやクレア、そしてロイドへと謝罪してからその場を去っていった。
 クレアは最初は少し不満そうな表情を見せていたが、ロイドがへらりと笑って謝罪を受け取る様子を見てからは、少しずつだが同じように笑っていった。

 だが、ロイドは笑いながら謝罪を受け取りつつも、カインの口にした言葉が気になって仕方ない。

『我が国に』

 え、もしかして?と考えるロイドは、ついに生徒達が全員去るまでぐるぐると悩んでいたが、それもエミリーの言葉で解消された。

「はぁ、とんだお騒がせだったわね。それよりあんた、今すぐ喋り方を改めて謝罪してきなさい!カイン皇太子相手になんて口をきいてんのよ!」

 カイン皇太子。
 皇太子。第一王子。次期王様。マジか。やっぱりか。

 エミリーに背中を押されて歩き出したロイドは、今も少し混乱する頭でカインの下へと歩いていく。
 カインもそれに気付き、呆れたように口を開いた。

「ロイド!全く、お前が暴れないか心配したぞ!というか俺を置いていくなどどういうつもりーー」
「すいやせんっしたぁーーー!!」

 カインの文句を遮って、ロイドはいっそ潔い程に土下座した。
 その流麗さとスピード感を併せ持つ絶妙な土下座に、カインは言いたい事を忘れて、

「あ、うん」

 としか言えなかったという。

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