魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

21 決着

 カインは初めての感覚に戸惑っていた。
 
 なんだこれは?
 頭を過ぎる疑問。目の前に立つ彼は何者だ?と改めて思う。
 先程までは透き通るような碧の瞳を気怠げに瞼で隠すようにしていたそれは、妖しく美しく、否応なく目を惹くような金の輝きを放っている。

 そして体から溢れるような光。
 大量の魔力を練り上げた際に体から溢れる事はままある事ではあるが、それが色まで可視化出来る程強力な魔力はほとんど見た事がない。
 そもそも、あの白金の光は魔力なのか?

 では魔力以外に何があるのかと言われれば思い当たらないが、しかし直感であれが魔力ではないと分かる。分かってしまう。
 あんなにも力を秘めた光が、魔力『ごとき』ではないと。

 あまりの変貌に思わず『火桜』へと魔力供給を忘れかけたカインだが、慌てて魔力を込め直す。
 だが、先程まで絶大な信頼を置いていたこの魔法が何故か今は頼りなく感じていた。

 その視界の先で、ロイドは花弁を見据えたまますっと両手をそれに翳す。

「……!」

 その両手に白金の光を込めるかのように吸い込まれていく光は、しかし収束するでもなく虚空へと溶け込むかのように消えていく。
 しかし、その力がただ消えている訳ではないと、何故か理解出来た。

 そして、ロイドがゆっくりと口を開く。

「――……『空間魔術』」

 あまりに小さな、カインからは聞こえるか聞こえないかの消え入るかのような声。
 だが、それとは裏腹に起こった変化は劇的なものだった。

「なっ……?!」

 カインはあまりの光景に言葉を失った。

 一瞬。前触れさえもなく、まるで先程までの光景が幻だったかのようにーー『火桜』は痕跡一つ、影もなく消えていた。

 気付けば魔力の供給も出来ない。完全に魔法そのものが消失しているのが分かってしまった。

「ほら、俺の勝ちだな」
「っ!」

 そして気付けばカインの首筋に添えられた短剣。
 その短剣を辿ると、こちらを見て不敵な笑みを浮かべる金眼の彼。

 カインとしてもいくら信じられない光景だったとは言え、ロイドから注意を完全に逸らす程バカでも間抜けでもない。
 が、それを踏まえた上でも捉えられない速度で距離を詰められたのだ。

「……降参だ」
「あいよ」

 言い訳も出来ない、完全な敗北だった。カインは溜息混じりに降参を告げて両手を上げた。
 ロイドはその言葉を受け取ると、白金の光と金の煌めきを収め、瞳にーー疲労なのか生来のものか分からないーー気怠げな色を添えた碧を宿す。

「はぁ……ったく、『国崩し』の方だったのかよ…」
「ん?何の事だか」

 力が抜けたようにその場に座り込むカインの言葉に、ロイドは短剣を鞘に戻しながら返す。
 カインは苦笑いを浮かべた。

「はっ……さすがに今更だろ?俺じゃなくても『国崩し』の白金の光は聞いた事がある奴はいるだろうよ」
「んー、そこらへんの情報の広がり具合がよく分からんわ」

 ロイドの言葉に遠回しに肯定の意味を捉えたカインは、乾いた笑いをこぼす。

「ははっ……まぁ『国崩し』だろうと勝つつもりだったんだけどな。ここまでとはよ」
「あぁ?俺のセリフだわ。奥の手中の奥の手まで使わされたっての」

 ロイドは顔を顰めて言う。
 実際この言葉に嘘はない。ロイドの現状持っている戦力を集結した攻撃が先程のそれであった。
 神力と空間魔術。これがロイドの切り札である。

 もっとも、どちらかだけでも切り抜けられた可能性も無くはないが、かなり苦戦する事は見えていたので確実に勝つ為に短期決戦で終わらせる事を選んだのだ。

 だが、カインの『国崩し』だろうと勝利するという言葉。
 それはまだ空間魔術も使えず、神力も自分の意思で発動出来ない1年前であれば、確かに勝てなかった可能性はあった。

 帝国の最大戦力と言われたジルバ、その彼と遜色ない実力はあるだろうとロイドは内心思う。

「まぁいいや、それよか手伝ってくれるんだよな?」
「ん?あぁ…約束だしそりゃ手伝える事はするけど……何を探すんだって?」
「あぁ、言ってなかったっけ?」

 ロイドはカインの質問に首を傾げる。
 が、それを説明するよりも早く、

「カイン様!こちらにいらっしゃいましたか!」
「ん?おう、どうした?」
「……ん?」

 入り口から勢い良く入ってきた教師らしき男に遮られた。
 ロイドは教師に様付けされるカインに訝しげな表情を浮かべると、それに気付いたカインが眉をひそめる。

「…なんだよ?」
「カインお前、偉い人?」
「ばっ、そこの貴様!カイン様になんて口を…」
「あー、気にしないでいい」

 それを聞き咎めた教師が凄まじい形相で詰め寄るも、カインがそれを制する。
 え、マジ?そんなガチに偉い人?と驚くロイドに、カインは溜息をつく。

「……まぁいい、何か用があったんじゃねぇのか?」
「はっ!そうでした!昨日のグリフォン暴走の件で生徒達が揉めているのです」

 揉める?なんで?そんな表情を浮かべるカインとロイド。
 
「それが、元エルフの姫であるクレア姫が起こしたものだと一部の生徒が言い回っているようで、それを聞いた試験を受けた生徒達から苦情が出ておりまして」
「はぁ?!」

 それを聞いてロイドは叫ぶが、教師は構わず言葉を続ける。

「今はウィンディア伯爵令嬢のエミリー・ウィンディアによって押さえられてはいるのですが……大きな問題になる前に当事者でもあるあなた様から説明をして頂きたく思い…」
「そのくらいお前達でもやれよ。まぁ分かっ……っておい!」

 それをカインが頷くよりも早く、ロイドは駆け出していた。

 声をかけるカインを無視して闘技場を飛び出すロイドに、カインは慌てて追い掛ける。

「こら!何する気だ!?」

 チラリと見えたロイドの表情を見て、もしや物理的に黙らせる気じゃないだろうかとカインは焦る。
 もしそんな事をすれば学園の生徒など相手にもならない。

 クレア姫といえば先程ロイドに声を掛けた時に一緒に居た子だとカインは知っていた。
 であればロイドとは仲が良い事は想像するのは容易である。

「ったく、待てやロイドぉ!」

 どうやら魔術まで使っているようで、追いつくどころか離されるカイン。
 そしてすぐにその姿を見失ってしまう。

「マジか…!頼むぜおい…!」

 カインはロイドが駆け出す際に見えた表情を思い出して頭を抱えたくなる。
 散々挑発したカイン自身や、仮にも命のやり取りをしたグリフォン相手にも見せなかった、明確に敵意を持った鋭い眼光。

 金の瞳の時の底知れない何かとは違う、ただ単純に背筋が凍るような恐怖を感じさせるそれ。
 頼むから暴れてくれるなよ、とカインは神にも祈る気分で必死にロイドの去った方へと走った。

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