魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

20 火の桜と白金の光

 ロイドは身体強化と風魔術を発動させて駆け出す。

 身体強化で加速した体をさらに追い風と足元で破裂させた風によって爆発的な加速を生み出す移動法は、ロイドの十八番である。
 並大抵の相手ではその速度に対応出来ずにあっさりと懐に入られてしまうのだが、

「それは前にも見たぜ?!」

 カインにはそうはいかなかった。
 無詠唱で発動された『炎海』により、カインとロイドの間に炎の海が広がる。
 カインに至るまでの足場を失ったロイドは、しかし減速はしない。

「でってゆー」

 クレアがいれば「古いです先輩!」と叫びそうな台詞を吐き捨てつつロイドは加速そのままに跳躍。
 決して小さくない炎の海を飛び越えんと高く舞い上がった。

「隙だらけだ!」

 だがこれもカインの計算通り。
 空中では身動きがとれまい、とカインは練り上げた魔力を魔法に変換する。

「『炎砲』!」

 ロイド目掛けて一直線に向かう極太の一条の炎。先日グリフォンの額を焼き飛ばしたそれがロイドに迫る。
 が、ロイドはそれを風を操り回避。体に纏う風を使って空中での移動を可能にしていた。

「ちっ、『突風』か?!」

 ならばとカインは無詠唱で『炎砲』を連射する。
 
 空中を飛び回る魔法は存在しない。
 であれば高速で放たれる攻撃を回避し続けるには魔法を連続して使う必要があるが、そんな高精度な魔法を連続で行使し続けるなど余程の魔法師にしか不可能である。

「いや違いますけど?」

 だが、そもそもロイドは魔法師ではない。
 もっとも、父や兄であれば高度な魔法の連続行使も容易いのだろうが、ロイドにはまだそこまでの魔力操作技術はない。
 しかし、その必要がそもそもないのだ。

「何っ?!」

 ロイドはまるで空中に足場があるかのように縦横無尽に飛び回って攻撃を回避していく。
 現在の魔法技術の観点からすれば有り得ない光景にカインは驚愕の声を上げた。

「俺魔術師だって言ったろーが」
「いや魔術師が何出来るかとか知らねーんだよ!」

 呆れたように言うロイドにカインは青筋を浮かべて叫ぶ。
 
 魔法はその魔法ごとの動きを前提にしか動かない。
 例えば『火球』であれば火の球を顕現させ、それを真っ直ぐ飛ばすという動きが決められている。
 熟練の魔法師にはそれを書き換える事で多少曲げたりといった事も出来るが、それでも大枠はその動きという前提から外れた動きをさせる事は不可能なのだ。

 だが、魔術は違う。
 魔術は魔力を対象に干渉させる事で操作する事が出来る、という技術なのだ。
 その為、例えば火に干渉した場合、そこから火を大きくするのも小さくするのも、飛ばすのも曲げるのも爆発させるのも操作次第で自由に行えるのである。

 つまり、魔法よりも圧倒的に自由の効く操作が出来る。

 先程カインが予想した『突風』。
 魔法ならば連続で攻撃を躱す為には突風を連続で発動させて、さらには風の威力が自身を傷つかず、かつちゃんと回避出来るという威力の調整をその連続高速発動全てに行わなければならない。
 が、ロイドが行ったのは体に風を纏い、その風と周囲で操作する風をぶつけて空中で移動していただけなのだ。

 一度干渉した風を自由に操作し続ける事が可能な魔術なら、使い方次第では一度の発動で複数の魔法と同じ効果を持たせる事が出来るのである。

「まぁいい、どうせ風魔法と威力は変わらねぇだろ!押し切ってやるよ!」

 カインは気持ちを切り替えて魔力を練り上げていく。
 かなりの魔法行使をしたにも関わらず、むしろ溢れ出る魔力は、カインの保有する魔力量が相当多い事が伺えた。

「火よ、咲き誇る花となれ、舞い散る花弁よ、爆ぜて散れ」

 高まる魔力を注ぎ込みながら、初めてしっかりと詠唱するカイン。
 その凄まじい魔力の圧力に、ロイドは目を瞠る。
 まずいと判断して即座に風魔術を発動して風の刃をカインへと放った。

「――『火桜』ぁ!!」

 が、それよりも早くカインの魔法が発動した。
 カインの前方から上昇するように吹き荒れる巨大な炎によって風の刃は掻き消されてしまう。

「はぁ、はぁ…おら、逃れるもんなら逃げてみろ!」

 魔力を相当使ったからか、息を切らしつつも叫ぶカイン。
 ロイドは風を操作してその巨大な炎を躱し、今の魔法に力を注いだ為か炎の海も消えているので地面へと降りる。

 凄まじい熱量や破壊力を思わせる炎だったが、思ったよりも簡単に回避出来た。
 だが、それで油断するにはカインの表情に余裕がありすぎる。
 そしてロイドが着地して一拍、空中で耳をつんざく炸裂音が響いた。

「なっ…?!」

 驚いて空中を見上げるロイド。その視線の先では、先程の炎が爆発して散り散りに小さな炎となっていた。
 その炎はまるで桜の花びらのようにひらひらと舞い、桜が花を散らすという幻想的な光景を生み出している。

 が、それに見惚れる程ロイドは素直な神経は持っていない。一掃してやろうと風の刃や突風を放つ。

「……っ!ちっ、マジか!」

 それによりロイドはこの美しい光景がいかに凶悪な魔法なのか気付かされた。
 花弁は柳に風のようにひらひらと舞うばかりで効果はなく、風の刃に当たった花弁は小さい、されど馬鹿にならない威力をもって爆発した。

 その威力がこの視界を覆うほどの大量に舞う花弁ひとつひとつに込められていると思うと背筋か凍る思いだ。
 さらに吹き飛ばそうにもひらひらと舞うばかりで捉えるのが難しい。

「気付いたようだな!さぁどうする?!魔術師!」
「………うるせーなぁ…」

 嬉しそうに叫ぶカインに、ロイドはイラっとしつつもそれを吐き出すかのように溜息混じりにつぶやく。
 
 カインからすれば確実に勝ったと確信していた。
 屋外ならともかく、限定されたスペースでの『火桜』の発動。この花弁が降る範囲から逃げられない以上、確実に仕留める事が出来る。

 範囲型の殲滅魔法。
 エイルリア王国に伝わる秘伝の魔法の一つである。

「どうしようもねぇだろう!早く降参しろ、今なら解除してやるよ!」

 この魔法の難点は魔力を供給し続けてなければならない点だが、逆に言えば魔力を注ぎ込めば継続してこの花弁を発生させられる。
 もっともそこまでの魔力はなく、すでにそこそこしんどいのでロイドが降参すればすぐにでも魔力を止めて魔法を解除したいのが本音だが。

 だが、視界の先に映るロイドは微かに俯いたまま微動だにしない。

「諦めたのか?!だったら早く降参しろ!でないとちぃと痛い目にあってもらうぜ!」

 最終通告の言葉に、やっとロイドが顔を上げる。
 観念したか、とロイドを傷つけたい訳ではないカインは安堵の溜息をつこうとする。

「――っ!?」

 が、その溜息は息を呑む事で消える。
 ロイドから溢れる”白金の光”に目を奪われていた。

「こんなにすげぇとは思わんかったわ……もう本気出すしかねーわこれ」

 ロイドは気怠げに独白して花弁を見やる。

 その赤い花弁を映す瞳は、金色に煌めいていた。

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