魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
9 過去の痛みと今の強さ
凛としたよく通る声に、ロイドのみならず全員がその声の方に視線を向ける。
そこには水色の髪を腰まで伸ばし、切れ長の目に収まる青い瞳を真っ直ぐにこちらに向けて、姿勢よく立つ女性が居た。
「あ、アイフリード生徒会長…」
誰?と思っていたロイドに説明するかのように少年の1人が呟く。
そー言えばさっきの入学式でも前に立って話してたな、と思い至ったロイドは、さも知っていたかのように頭を下げつつ言う。
「いえ、少し話をしていただけです。少し口論気味になり大きな声をあげてしまいました。不快にさせたのなら謝罪します」
「いや不快だとかではないのだが…まぁ喧嘩ではないのなら構わない。新入生だろう?今日は早く寮に戻りなさい」
「はい、そうします」
ロイドはもう一度会釈をして歩き出す。横に立つクレアも倣うように会釈してロイドの後を着いていった。
少年達も慌てたように頭を下げてそそくさと去っていく。
その様子を見届けてからアイフリードはチラリとロイドへと目線をやり、それからすぐに視線をきってロイド達とは反対の方向に歩き出ていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「あぁ〜も〜、ムカつきますぅ〜!!」
「はいはい、分かったから。いい加減落ち着きなさい」
「だぁ〜ってぇ〜!」
「そんなの私だってムカつくよぉ!」
「ラピスまで…あーもうわかった、俺が悪かったから…」
それから寮の各自の部屋へと戻ったロイド達は、それぞれ荷物を捌いたりするなどして各自自分達の部屋で過ごし、入学式の時に決めていた時間に各々食堂へと向かった。
そして今は合流して晩飯をつついているのだが、部屋に1人で居る間に再燃したのか、クレアがご立腹だった。
おまけにラピスまで飛び火して怒っているのだが、それをエミリーとロイドが宥めているのだ。
「エミリーさんはムカつかないんですか?!」
「だって今更でしょう?」
食ってかかる勢いのクレアに、エミリーは柳に風といった態度で受け流す。
「今更って…」
「そんなのかわいい方よ?昔なんて怪我してるのが当たり前だったんだから」
だが、今は違う。
そこらへんの学生に絡まれてもそうそう怪我なんてしないくらいにはーーむしろ大体返り討ちに出来るくらいには、強くなった。
「そゆこと。別に実害があるワケでもないし気にすんなよ」
ロイドも本当に気にしてないようで、むしろ宥める事に疲れ気味な様子で言う。
クレアはまだ納得出来てないような、それでも言いたい事をぐっと堪えるように口を強くつぐんだ。
それにより唇をツンと突き出して拗ねたような表情のクレアに、ロイドは苦笑いを浮かべる。
その横でラピスは先程とは一転して落ち込んだような表情で俯いていた。
『怪我をしている事が当たり前』。その時に何も出来なかった自分を悔やんでいた。
怪我こそ治療魔法で治っていたのかも知れない。
しかし心の傷はそうはいかないだろう。
彼がいじめとして暴力を受けていたのはラピスが幼い頃のとある事件の時に知った。
だが、それから彼の力になりたいと思いつつも結局何も出来ていたかった。それをロイドがレオンと共に動いていた1年間の内にエミリーに聞いていたのだ。
ラピスは最初にそれを改めて謝ろうとした。
が、それはエミリーに止められたのだ。
『ラピスが謝る事でもないし、あいつはそんな事気にしてないわ。謝るなって言う訳じゃないけど、謝った所であいつは困るだけよ?』
その時のエミリーの眼を見てラピスは言葉を呑み込んだ。
言葉がきつい事もあるエミリーだが、いつも優しさや暖かさのある眼を持つ彼女が、その時はどこか冷たい輝きが灯っていたのだ。
きっと彼女はロイドの事で私よりも辛い想いをして、そしてそれを押し殺して来たのだろう。
押し殺す理由までは分からないまでも、私よりも長い間、誰よりも近い所で。
そう思ったラピスは、詳しく聞く事も出来ず、ただ頷くしか出来なかった。
そして今、目の前の当の彼は怒る所かクレアの怒りを宥めてさえいる。
彼がどんな想いで今そこに居るのか。
ラピスは聞きたいと思いつつも、彼が嫌な事を思い出すのではないか。余計なお世話ではないだろうか。
そう思うと聞く事すら出来ずに居たのだ。
「いやいやなんで我慢できるんですか?仕返しとか考えないんですか?」
それをサラッとクレアがいった。
(えええええぇぇぇぇえ!!?)
なんとか声には出さなかったものの、内心で叫ぶラピス。
そんな彼女の内心など知りもしないクレアはぐいぐいと聞いていく。
「腹立ちません?!もう先輩は強くなったのに!てゆーか『国崩し』の事言えば早いじゃないですか!」
「あのなぁ…」
クレアは余程頭に血が上っているようで、ついにはロイドの胸ぐらなんかも掴んじゃうクレア。
対してロイドはいつも通りの態度で呆れたように言う。
「姉さんの言うように今更だしな。昔のことも今のこともどーでもいい」
「今の事は今更もくそもないでしょうに…」
「今更だよ」
納得いかない様子のクレアと、口には出さずとも同じような表情を浮かべているラピスにロイドは嘆息混じりに言う。
「どうにかそこそこの力が手に入ったろ?だから今更だよ。もう恥をさらす程は弱くないし、だったら他の奴らがどう言おうと関係ない」
戦う力が手に入った。であれば『恥さらし』と呼ばれるのは今更だ、と言う事だ。
誰がなんと言おうとロイドは戦う事が出来るのだから。
「まぁ世話になった人に迷惑かけてきたし、そっちは辛いけどな」
そう続けるロイドにラピスは言葉を失った。
そうか、これが彼の強さなんだとふと思ったのだ。
誰かに対して復讐の為に強くなるでもなく、自分が弱い事を受け入れてそれを克服したいが為に強くなったのだ。
そしてそれは自分だけでなく周囲の為にでもある。
ラピスは同い年のロイドに心からの敬意を抱いた。まるで聖人君子かのような考えにまるで目から鱗の気分でさえある。
「んで、『国崩し』の事は周りが喧しくなるし利用しようとしてくるのも出てくるだろーから却下。遺跡探索するのにデメリットしかねーだろ?」
「……はぁ〜、ちょっと腹立ちすぎて忘れてました。先輩ってそーゆー人ですよ、ええ」
感動するラピスの横で、クレアは冷静になったのか、怒りを呼吸に乗せるかのように大きな溜息をついて言う。
「それであれでしょ?自分とかに危害を加えようとしたら…」
「そりゃ相応にやり返すだろ」
ロイドは当たり前のように言う。
ラピスの感動にひとつまみの疑念が混じった。
「いや、あんたの相応のさじ加減どうなってんのよ?」
「相応だろ?向こうか仕掛けてきたんなら、行動責任も加えてやり返さんとな」
エミリーの呆れたような言葉にロイドは肩をすくめて言う。
ラピスの疑念がじわりと大きくなった。
「先輩って昔からそうですもんね…やり返した相手なんて中には二度と先輩に話しかけれなくなった人も居ましたよ?」
「半年前の盗賊達もそんな感じだったわね。さすがの私も少し同情したくらいだわ」
クレアは言葉にはしてないが前世の会社での話を。エミリーはロイドが領に戻ってからの話を笑いながらしている。
ロイドはこれ以上反論しようがないと少しバツが悪そうにそっぽを向いた。
ラピスの感動と敬意に大いにヒビが入った。
いやまだだ、確認しないと。そう思ってラピスは気力を振り絞って口を開く。
「ろ、ロイドくん?もし昔いじめてた人が目の前に居たらどうするの?」
「ん?いや何もせんけど」
「すごいなぁ……で、でね?その人達が昔みたいにいじめてきたらどうするの?」
「そん時はそれ相応にやり返すかなー」
具体的な話はなく、先程の会話と同じ言葉を使うロイド。
だが、ラピスの問いが先程より具体的だったからこそある程度頭に想像しやすかったのか、ロイドの表情にかすかに変化があった。
僅かだが吊り上がる口角。効果音をつけるならニヤリ、といった所だろう。目にはこれまた微かにだが怪しい光が煌めき、どこか背筋が凍るような静かな迫力が宿る。
「うん、そっか。そうだよね!」
ラピスはもういっそ眩しい笑顔で頷いた。
恐らくだが、彼は昔の話まで引っ張り出すつもりはないのだろう。済んだ事は済んだ事として受け流す度量はあるのだと分かった。
が、今これから先の事までは話は別だと言う事だろう。
それを理解したラピスは深く追求することを辞めた。
そして、願わくば彼に無用心に喧嘩を売る輩が現れないことを祈るのであった。
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