魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

98 通りすがりの銀

 人間達が住む世界。ここに来たのは何回目だったか。

 昔は何度も訪れていた。
 人間は自分の容量を超えた負の感情を持て余し、それを俺達ーー悪魔を呼ぶ事で消化していた。
 ある時はいじめられた腹いせに。ある時は恋人をとられて。

 そんな醜い人間が好物だった。それなのにいつしか呼ばれる事は減り、俺達は自分の世界にばかり居るようになる。

 そんな中で俺達はその昔話をするようになった。こんな人間に呼ばれただの、こんな事をして楽しんだだのを話す俺達。
 そうする事で暇を潰していたのだが、中には暇潰しにもならないつまらない話もあった。

 それは、俺達悪魔を倒す存在だ。

 脆弱な人間達にそんな事が出来る訳がないと周りは笑っていた。俺もつまらない話だと一蹴していた。

 ただ腕を振るうだけで簡単に死ぬ人間達。たまにしぶとい奴もいるが、それもちょっと魔力を込めればすぐに死ぬ。

 それが俺の見解であり、ほとんどの悪魔のそれでもあった。
 しかし、人間にやられたとほざく悪魔はしつこくこう付け加えていた。意味不明だが必死に言ってたので耳に残ってる。

――白金と銀に会ったら逃げろ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 魔術すら使わずその劣化技術のようなものを使う久しぶりに会った人間達は、昔よりもさらに脆弱だった。

 そんな中で珍しくしぶとかった人間。それにトドメを刺そうとした時だ。

 銀の髪を揺らして、自分達のような黒をその身に纏う男、それが拳を受け止めていた。

「また変なのが湧いてきたなァ…?」
「お前に言われたくない。さっさと帰れ」

 久しぶりのお呼ばれだというのに随分と鼻につく人間が多いな、と悪魔は苛立ちを感じずにはいられない。
 
「もういい、さっさと遊びてェ。お前はすぐに殺す」

 ここは地下のようだが地上にたくさん人間が居るのは分かっている。
 目の前の生意気な男をさっさと殺して脆弱な人間で遊ぼう。
 そうすればこの苛立ちも晴らせるだろう、と悪魔は右手に魔力を込めていく。

「やってみろ」

 男はこちらを見下したよう言う。
 ははぁ。どうやらこいつも悪魔の存在を知らないようだ。無知であれば恐れる事も出来ないのは分かっている。

 そういう奴らにはじっくりその恐怖を教えてあげるのだが、今はそんな気分ではない。
 一瞬で片付ける。

 そう思って悪魔は込めた魔力を放った。

――ぱんっ

「――はァ?」

 あまりに冗談のような光景に一瞬思考が停止した。
 まるで飛んできた風船を払い除けるように魔力弾を片手で弾き、霧散させられた。

 目の前で行われた光景、しかしあまりに信じがたい内容に現実を受け止めるまでに時間を要した。

「終わりか?」

 挑発、なら良かった。

 だがこれは本当にただ聞いてみただけ、というのが分かった。分かってしまった。
 その程度か?と心底思っている。興味も湧かないが確認だけはしておこう、という口調のそれに、悪魔は激昂する。

「っふ ざ ける な ァアアァアア!」

 なんだこいつは!ちょっと腕が立つようだが調子に乗りすぎだ、と全力の魔力を左右の腕に込めていく。

 男は先手をうつでもなくただ悪魔を見据えていた。自然体の体勢で構える事もなく、ただ一言。

「お前、悪魔の中でも弱い方だな」

 殺す。

「死ね」

 全力の魔力弾を両手から放った。

 龍でさえも仕留める威力のそれに、人間が耐えられるはずがない。これを放った時点で相手の死は確定していた。

「もういい、さっさと帰れ」

 ――はずだった。
 そこには右手を突き出して立つ男。その右手で魔力弾を受け止めたのだろう、と頭で分かっても気持ちが追いつかない。

「バカな…!そんな事が…」

 思わず漏れた現実逃避の言葉。

 それに構わず男は魔力を練り上げる。
 災厄などと言われる自分達ですら底の見えない、膨大な魔力の流れについに言葉を失う。

「『崩月』」

 銀髪をなびかせ、その髪と同じ色の魔力を拳に宿し、それを拳とともに真っ直ぐに撃ち抜く。

 
 ーーその姿と銀色に、昔聞いた不愉快な仲間の言葉を思い出しつつ、悪魔は銀の魔力に呑まれてあっさりと消滅した。

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