魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

49 謎の男

 それは自分でも不思議な感覚だった。

 ラルフ程の精神力の持ち主がこの場面で視線を外すなどありえないと言える。
 それは本人も理解しており、だからこそ自らの行動に困惑していた。

 だが、それでも視線は「そこ」に吸い寄せられたまま離れない。
 横の気配を感じると、ベルも同じように目線を向けているのが分かった。

 ふと気付く。
 自分の本能が警鐘を鳴らしている事に。

 目線を黒竜とその青い炎という危険を前にするよりも、遥かに警戒しなければならないと訴えているという事に。

 いつの間にか心臓が早鐘のようにうるさい。
 しかしその心音や衝突音、雷鳴などの凄まじい騒音に混じる大きくもない声が、妙に耳にこびりつく。



「うるさいな」


 瞬間、背筋に大量の氷をぶち込まれたかのような悪寒が走った。
 鳥肌が全身に粟立ち、思わず体が萎縮するのを自覚する。
 
 放たれた声はどこかやる気や熱意に欠けた声音。
 だが、それに込められた微かな苛立ち、ただそれだけに息をする事すら困難な程の恐怖を感じた。

――ドパァァアン!!
 その直後、ぶつかり合っていた莫大なエネルギーを有する三様の攻撃が下方から放たれた何かに弾き飛ばされた。
 もし指向性をなくして全方位に弾けたのであれば一帯の地形を変えかねないエネルギーが、あっさりと上空に吹き飛び、霧散していく。

 その攻撃の後、痛い程の静寂が辺りを包んだ。
 ラルフもベルも、黒竜さえも呼吸の音さえ立てまいと無意識に息を殺していた。

 本来魔物に溢れるフェブル山脈にありながら、全ての生物が去ったかのように物音1つしない。
 そんな中、ラルフ達が目線だけは外せずにいた場所に、「それ」は居た。

 銀色の髪、金の瞳。端正な顔立ちでありながらどこか人間らしさを感じさせない無表情とも言える活力に欠けた顔。 黒い衣服に包まれた肉体はラルフのように筋骨隆々とはいかないが、密度の高い筋肉を感じさせる引き締まったもの。
 見た目は間違いなく人間だ。
だが、感じられるこの威圧感は、「それ」が人間である事を感じさせない。
まるで何千年も生きた大樹のような。噴火寸前の霊峰のような。そんな人間離れした存在感を滲ませていた。
 そしてそれは、2人の脳裏にある言い伝えを呼び起こす。
 それは我が子に悪い事をしないよう童話のように語られるもの。自分も子供の頃に親に言われた事がある話の登場人物。

「ま、まさか………『死神』………!?」
 そんなものは言い伝えだ、架空の存在だ、とは思えなかった。
 それ程の存在感が、その男にはあった。

「久々に言われたな。それより、懐かしい気配があったんで来たんだ。今お前のツレに運ばれたガキ。ちょっと呼んでくれないか?」
「な…」
 唐突に話し掛けられ、言葉に詰まるラルフ。
 懐かしいとは?運ばれたとは子供達の内の誰かか?危険ではないか?だが拒否した所でどうにか出来るのか?頭は疑問と迷いで混乱しそうになるが、それを察したように「それ」は言葉を続ける。

「いや、とって食おうってんじゃない。ちょっと話したくなっただけだ。……あぁ、邪魔なのは黙らせるから、心配すんな」

 「それ」はそう言いつつ、手をおもむろに掲げた。
 その先にはまるで借りてきた猫のように大人しく黙っていた黒竜。
 
 その黒竜は野生の勘か、向けられた手から逃れるように焦燥を感じさせる動きで離れようとーー逃げようとする。
 剣と魔法の最高峰たる2人を前にして一歩も退かぬ戦いを演じた強者。

「グルゥ……クァアン…」

それがただ意識を向けられた、それだけの事でしっぽを巻いて逃げようとしていた。

 だがしかし、それはあまりにも遅過ぎた。

 ほんの一瞬の魔力の高まり。その直後、黒竜の巨躯は上下に切り離されていた。

「何っ…!?」

 音もなく、前触れもなく。”破剣”にも”万雷”にも耐えたその装甲を、まるで木の葉のように斬り裂いたのだ。
 ラルフの視力でも、ベルの魔力感知でも認識出来ない攻撃により、あっけなく黒竜はその命を散らした。

「ほら、これでゆっくり話せるだろ?さぁ、呼んでくれ」

 2人が呆気にとられる中、何事もないように「それ」は言った。



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