魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
39 対盗賊団筆頭剣士 3
出来るだけいつも通りの口調でお願いする。
いつも通りに「仕方ないわね」と頷いてくれないかと願って。
現状、エミリーがここにいるのは危険だと判断しての頼みである。
明らかな怯えと憔悴はなんともこの姉らしくない。
が、当然の事とも思う。
神童とも評される我らが兄のフィンクはすでにギルドなどを通じて殺し合いなどを経験しているが、エミリーや自分にはその経験はない。
これまで見せてきた戦闘経験はあくまで稽古の範囲を出ないのである。
それが初の命を懸けた戦いで傷を負い、あと少しで死ぬという所まで追い詰められてしまったのだ。
怯えるなと言う方が酷だと言うものだ。
「それまで風魔術でふらふら逃げとくから、急ぎで頼むわ」
返事がないエミリーにロイドは言葉を重ねる。
だが、エミリーの返事はない。
思わず横目に目線をやると、エミリーはその大きな眼を見開いたまま足元を見つめて動かないでいた。
「……頼む姉さん。今度俺の分のおやつあげるから」
「ふざけないで」
これは言葉の意図がバレたか、と内心で嘆息しつつも軽口を交えつつ言葉を重ねる。
が、今度は返事かあった。
 
ぴじゃりと遮るような言葉。そこには紛れもない怒りの感情が見えた。
「おやつで釣ろうとしたのは謝るわ。けどそうは言うけど、このままじゃしんどくね?」
「ロイド、バカにしないで。私があんたに心配されてるのが分からないとでも思ってるの?」
そう返しつつ、魔力をゆっくりと練り上げる。
「びびっちゃった私を心配してくれたんでしょ?ここから逃す為にそう言ってくれたんでしょ?それとも、役立たずって思った?」
「んなワケねーだろ。まぁ変な誤解もなくちゃんと分かってるんなら話は早い。さくっと呼んできてくれい」
「私に弟を置いて逃げろと言うの?」
再び怒りの色が見える口調で遠回しに拒否する。
段々と膨れ上がる魔力は、思わず気圧されそうになる程高まっている。
「私に、ウィンディア家長女に、守られろと、逃げろと言うの?」
「……」
ウィンディア家は領民、ひいては王国の守護者たる存在だ。
その血をひく者が、助けに来た相手に守るのではなく守られろと言うのか。敵前逃亡をしろと言うのか。
  頭ではこれは戦略的撤退だと理解出来ている。
無理に戦うより逃げに徹して戦力を増やすのも立派な戦略だろう、と。
 
だが、今、怯えてしまった自分が言われるがまま逃げてしまっては、もう今後立ち向かえないのではないか?そう頭をよぎってしまった。
今後もこうして命懸けの戦いで、逃げてしまうのではないか。
戦略的撤退と称して楽に勝てる戦いにばかり走ってしまうのではないか。
そんなのーー
「そんなの、許せる訳ないでしょ!」
その言葉に弾かれるように魔力が迸る。
溢れ出る魔力は無詠唱により発動された『突風』に変換され、周囲に風を撒き散らした。
その風の中で上げられた顔には怒りも怯えもなく、決意に満ちていた。
ウィンディア家長女の、風の妖精の名は決して飾りではないと知らしめるには十分な気迫であった。
勿論、この判断は間違っていると言う人も多いだろう。
だが、何事も結果が物を言う。
それならばこの判断を正解にすればいい。
それを成す事が、私がここにいる意味だ。
「ロイド、聞きなさい。あんたの魔術はあいつの”魔法斬り”では斬れないわ」
先程の振り下ろしの剣を止めた風は、確かにその剣を受け止めていた。
その前に風の刃を防がれていたが、今思えば単純に膂力で弾かれていたのだと判断出来る。
「あー、みたいだったな」
「あんたはとにかくあいつの剣を防ぐ事。あとは私がトドメを刺すわ」
「……分かった。深追いしすぎんなよ」
もうこうなっては何を言っても聞かないだろうと判断したロイドは頷き、魔術を発動させて風を呼ぶ。
その風につられるようにこちらに目を向けるのはずっと固まっていたアトスだ。
「ガキ…なんだそれ?なんで斬れない?”魔法斬り”が壊されたのか?……いや、それは本当に魔法か?」
登場の際よりも表情には出ないものの強く警戒しているアトス。
自らの生命線であり相棒たる武器の効果が発揮されなかったのだ。警戒もするという物だろう。
「答える義理はないね」
「……まぁいい、殺せば関係ない!」
そう吐き捨てるように言いつつこちらに駆け出すアトス。 そのスピードは凄まじく、速さも威力もロイドに対応出来る範囲を超えており、魔術も間に合わない。短剣でどうにか受けるしかないと短剣を翳す。
「どこ見てんのよ」
「っ!」
だが、アトスはロイドに辿り着く事はなかった。
横から現れたエミリーの炎により、足を止めざるを得なかったのだ。
 ならば、と標的を変えてエミリーに迫る。つい先程まで怯えていた少女などすぐに斬り捨ててやる、と威圧を込めてエミリーの顔に目を向けた。
「――!」
だが、そこには先程と打って変わり強い覚悟を湛えている眼があった。
先程までの堪えるように食いしばるのではなく、そっと決意により閉ざされた唇。
そしてその煌めく眼光は、思わず息を呑む美しさがあった。
無意識のうちに一瞬気圧されたが、それなら再び恐怖を彫み込んでやる、と剣を振り下ろす。
だが、先程までなら捉えていたであろう斬撃は、いとも簡単に避けられてしまう。
「ちっ!」
アトスは舌打ちしながらも、逃がさないとばかりに追撃の手を緩めない。
上下左右から立て続けに迫る猛攻に、しかしエミリーは全てを躱していく。
その姿はまるで、妖精が舞い踊るかのように優雅でさえあった。
「くそが、ちょこまかと!」
何度斬りかかっても届かない剣に、アトスは苛立ちを込めて悪態をつく。
エミリーの得意魔法の1つ、『突風』。初級魔法のただ風を強く放つというだけの魔法だが、これをエミリーは自分なりに戦術に取り入れた。
それがこの回避能力である。
無詠唱で展開される『突風』には威力を任意で調整出来るよう術式が追加されており、これを適切なタイミングと威力で発動する言葉により、敵の攻撃を高速で避け続ける事を可能にしたのだ。
そして、それらにより出来た隙を、決して逃す事なく突く。
これがエミリーの戦闘スタイルであり、「風の妖精」と呼ばれる所以でもある。
「くそがぁ!」
苛立ちが限界を迎えたのか、大振りな攻撃を放とうと振りかぶる。
チャンスだ、とエミリーは素早く火の属性魔力を練り上げた。
 
本来なら『突風』の為に属性変換した風の属性魔力をそのまま攻撃に使用する事で風を切らす事なく攻撃する。
だが、エミリーはあまり強力な風の攻撃魔法の習得していなかった。
 いくら攻撃が届かないと言えど、エミリーの魔力はかなり消耗しているし、いつまでも躱し続けられる相手でもない。
ならば、短期決戦しかない。
「ロイド!」
ぎぎぃぃいいんっ!
名前だけを呼び、エミリーは一切の風魔法をキャンセルして火魔法の属性魔力変換に注力する。 無防備になったエミリーだが、迫る刃はロイドの魔術により防がれた。思わず舌打ちとともにロイドを睨みつけるアトス。
「余所見なんて良い度胸ね。食らいさない…『爆炎砲』」
「しまっ…!」 
――ドガァァァアアン!!
静かに紡がれた詠唱破棄によるエミリーの火魔法。
このタイミングではさすがに避ける事は叶わず、ついにエミリーの攻撃がアトスを捉える。
『爆炎砲』は指向性を持った爆発を一定方向に放つ魔法である。範囲や射程距離の狭さから扱いにくい魔法ではあるが、威力は中級魔法でも上位である。
それを至近距離で放たれたのだ。
「く…そ……」
さすがのアトスもついに膝から崩れ落ち、そのまま前のめりに倒れた。
大怪我に加えて駄目押しとばかりの攻撃についに限界を迎えたのか、立ち上がる様子もない。
「…ふん、ウィンディア家をなめないでよね」
 それを確認したエミリーは、髪を払いつつその姿を見下ろす。
威風堂々たるその姿は、確かに守護者たる風格を纏っていた。
 
いつも通りに「仕方ないわね」と頷いてくれないかと願って。
現状、エミリーがここにいるのは危険だと判断しての頼みである。
明らかな怯えと憔悴はなんともこの姉らしくない。
が、当然の事とも思う。
神童とも評される我らが兄のフィンクはすでにギルドなどを通じて殺し合いなどを経験しているが、エミリーや自分にはその経験はない。
これまで見せてきた戦闘経験はあくまで稽古の範囲を出ないのである。
それが初の命を懸けた戦いで傷を負い、あと少しで死ぬという所まで追い詰められてしまったのだ。
怯えるなと言う方が酷だと言うものだ。
「それまで風魔術でふらふら逃げとくから、急ぎで頼むわ」
返事がないエミリーにロイドは言葉を重ねる。
だが、エミリーの返事はない。
思わず横目に目線をやると、エミリーはその大きな眼を見開いたまま足元を見つめて動かないでいた。
「……頼む姉さん。今度俺の分のおやつあげるから」
「ふざけないで」
これは言葉の意図がバレたか、と内心で嘆息しつつも軽口を交えつつ言葉を重ねる。
が、今度は返事かあった。
 
ぴじゃりと遮るような言葉。そこには紛れもない怒りの感情が見えた。
「おやつで釣ろうとしたのは謝るわ。けどそうは言うけど、このままじゃしんどくね?」
「ロイド、バカにしないで。私があんたに心配されてるのが分からないとでも思ってるの?」
そう返しつつ、魔力をゆっくりと練り上げる。
「びびっちゃった私を心配してくれたんでしょ?ここから逃す為にそう言ってくれたんでしょ?それとも、役立たずって思った?」
「んなワケねーだろ。まぁ変な誤解もなくちゃんと分かってるんなら話は早い。さくっと呼んできてくれい」
「私に弟を置いて逃げろと言うの?」
再び怒りの色が見える口調で遠回しに拒否する。
段々と膨れ上がる魔力は、思わず気圧されそうになる程高まっている。
「私に、ウィンディア家長女に、守られろと、逃げろと言うの?」
「……」
ウィンディア家は領民、ひいては王国の守護者たる存在だ。
その血をひく者が、助けに来た相手に守るのではなく守られろと言うのか。敵前逃亡をしろと言うのか。
  頭ではこれは戦略的撤退だと理解出来ている。
無理に戦うより逃げに徹して戦力を増やすのも立派な戦略だろう、と。
 
だが、今、怯えてしまった自分が言われるがまま逃げてしまっては、もう今後立ち向かえないのではないか?そう頭をよぎってしまった。
今後もこうして命懸けの戦いで、逃げてしまうのではないか。
戦略的撤退と称して楽に勝てる戦いにばかり走ってしまうのではないか。
そんなのーー
「そんなの、許せる訳ないでしょ!」
その言葉に弾かれるように魔力が迸る。
溢れ出る魔力は無詠唱により発動された『突風』に変換され、周囲に風を撒き散らした。
その風の中で上げられた顔には怒りも怯えもなく、決意に満ちていた。
ウィンディア家長女の、風の妖精の名は決して飾りではないと知らしめるには十分な気迫であった。
勿論、この判断は間違っていると言う人も多いだろう。
だが、何事も結果が物を言う。
それならばこの判断を正解にすればいい。
それを成す事が、私がここにいる意味だ。
「ロイド、聞きなさい。あんたの魔術はあいつの”魔法斬り”では斬れないわ」
先程の振り下ろしの剣を止めた風は、確かにその剣を受け止めていた。
その前に風の刃を防がれていたが、今思えば単純に膂力で弾かれていたのだと判断出来る。
「あー、みたいだったな」
「あんたはとにかくあいつの剣を防ぐ事。あとは私がトドメを刺すわ」
「……分かった。深追いしすぎんなよ」
もうこうなっては何を言っても聞かないだろうと判断したロイドは頷き、魔術を発動させて風を呼ぶ。
その風につられるようにこちらに目を向けるのはずっと固まっていたアトスだ。
「ガキ…なんだそれ?なんで斬れない?”魔法斬り”が壊されたのか?……いや、それは本当に魔法か?」
登場の際よりも表情には出ないものの強く警戒しているアトス。
自らの生命線であり相棒たる武器の効果が発揮されなかったのだ。警戒もするという物だろう。
「答える義理はないね」
「……まぁいい、殺せば関係ない!」
そう吐き捨てるように言いつつこちらに駆け出すアトス。 そのスピードは凄まじく、速さも威力もロイドに対応出来る範囲を超えており、魔術も間に合わない。短剣でどうにか受けるしかないと短剣を翳す。
「どこ見てんのよ」
「っ!」
だが、アトスはロイドに辿り着く事はなかった。
横から現れたエミリーの炎により、足を止めざるを得なかったのだ。
 ならば、と標的を変えてエミリーに迫る。つい先程まで怯えていた少女などすぐに斬り捨ててやる、と威圧を込めてエミリーの顔に目を向けた。
「――!」
だが、そこには先程と打って変わり強い覚悟を湛えている眼があった。
先程までの堪えるように食いしばるのではなく、そっと決意により閉ざされた唇。
そしてその煌めく眼光は、思わず息を呑む美しさがあった。
無意識のうちに一瞬気圧されたが、それなら再び恐怖を彫み込んでやる、と剣を振り下ろす。
だが、先程までなら捉えていたであろう斬撃は、いとも簡単に避けられてしまう。
「ちっ!」
アトスは舌打ちしながらも、逃がさないとばかりに追撃の手を緩めない。
上下左右から立て続けに迫る猛攻に、しかしエミリーは全てを躱していく。
その姿はまるで、妖精が舞い踊るかのように優雅でさえあった。
「くそが、ちょこまかと!」
何度斬りかかっても届かない剣に、アトスは苛立ちを込めて悪態をつく。
エミリーの得意魔法の1つ、『突風』。初級魔法のただ風を強く放つというだけの魔法だが、これをエミリーは自分なりに戦術に取り入れた。
それがこの回避能力である。
無詠唱で展開される『突風』には威力を任意で調整出来るよう術式が追加されており、これを適切なタイミングと威力で発動する言葉により、敵の攻撃を高速で避け続ける事を可能にしたのだ。
そして、それらにより出来た隙を、決して逃す事なく突く。
これがエミリーの戦闘スタイルであり、「風の妖精」と呼ばれる所以でもある。
「くそがぁ!」
苛立ちが限界を迎えたのか、大振りな攻撃を放とうと振りかぶる。
チャンスだ、とエミリーは素早く火の属性魔力を練り上げた。
 
本来なら『突風』の為に属性変換した風の属性魔力をそのまま攻撃に使用する事で風を切らす事なく攻撃する。
だが、エミリーはあまり強力な風の攻撃魔法の習得していなかった。
 いくら攻撃が届かないと言えど、エミリーの魔力はかなり消耗しているし、いつまでも躱し続けられる相手でもない。
ならば、短期決戦しかない。
「ロイド!」
ぎぎぃぃいいんっ!
名前だけを呼び、エミリーは一切の風魔法をキャンセルして火魔法の属性魔力変換に注力する。 無防備になったエミリーだが、迫る刃はロイドの魔術により防がれた。思わず舌打ちとともにロイドを睨みつけるアトス。
「余所見なんて良い度胸ね。食らいさない…『爆炎砲』」
「しまっ…!」 
――ドガァァァアアン!!
静かに紡がれた詠唱破棄によるエミリーの火魔法。
このタイミングではさすがに避ける事は叶わず、ついにエミリーの攻撃がアトスを捉える。
『爆炎砲』は指向性を持った爆発を一定方向に放つ魔法である。範囲や射程距離の狭さから扱いにくい魔法ではあるが、威力は中級魔法でも上位である。
それを至近距離で放たれたのだ。
「く…そ……」
さすがのアトスもついに膝から崩れ落ち、そのまま前のめりに倒れた。
大怪我に加えて駄目押しとばかりの攻撃についに限界を迎えたのか、立ち上がる様子もない。
「…ふん、ウィンディア家をなめないでよね」
 それを確認したエミリーは、髪を払いつつその姿を見下ろす。
威風堂々たるその姿は、確かに守護者たる風格を纏っていた。
 
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