魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
36 援軍
ロイドは微かな倦怠感を感じつつ目を覚ました。
 「うおっ?!」
  そして目の前に転がる盗賊達に驚いた。
 (なんなんだ…?!ってそうだ、盗賊に捕まって逃げようとして……っ!魔術具!)
回り始めた頭で現状を思い出すと、一気に覚醒して振り返る。
だが、呼ばれる感覚はもう感じる事は出来なかった。
 
小さく舌打ちして、意識がなくなる前まで漁っていた付近に目を向けるが、何もない地面が見えていた。
どうやら目当ての物はないようだ。
何かを見つけて掴んだような気はするのだが、上手く思い出せない。
 (なんだっけ…?いやとにかく魔術具はなかった事が問題だ。あの感覚は魔術具のせいじゃなかったのか…くそ、手掛かりが消えちまった)
元より博打感覚の判断だったが、こうなるとやはりヘコむ。
そして立ち上がろうとして自分の右手が何かを掴んでいる事にようやく気付いた。
(んん?なんだこれ?本?)
それは黒い表紙に金縁が施された小さな本だった。
何気なくページをパラパラとめくってみるが、何も書かれていない白紙が延々と続いている。
(俺が掴んだのはこれだったんかな…?まぁこれが何なんか知らんけど、もしかしたら盗賊達を気絶させたもんかも知れんし……持ってこか)
 目の前で死屍累々といった風に倒れている盗賊達を一瞥しながら、ロイドは本をポケットにしまいこむ。
盗賊達がどうして倒れているかは知らないが、自分も含めて倒れていた事を考えると一概に好転したと考えて良いのか悩む所ではある。
むしろたまたま先に目を覚ましたから良かったものの、もし盗賊達が先に目を覚ましていたらと思うと背筋が冷える思いである。
とりあえずよく分からんけど結果オーライ、でもなんかよく分からんから離れよう。
そう考えたロイドは再びアジトの建物に向かって歩き出そうとして、
「こんなとこにいたのね?!バカロイド!」
「こんなとこにいたんかガキ!ってなんだこれ!お前がやったのか?!」
「……は?」
勢いよく茂みから現れたエミリーの罵声と、それを追って現れたアトスが倒れこむ盗賊達を見て問い詰める声で足を止めた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
時を遡り、ウィンディア領から盗賊ゲインのアジトへと真っ直ぐに向かうラルフ達。
「面倒だねぇ。剣神、ちょっと木を斬り捨ててくれないかい?」
「そんな事したら魔物が湧いてくるだろーが!てかお前が風魔法とかで運んだ方が早いだろ!」
「ゲインとやるにはこれ以上魔力を使いたくないんだよ。こんなことも分からないなんて相変わらず剣バカはバカだねぇ」
そこには緊張感の足りない先導2人の大人に、それに無言で続く男と少女2人の3人がいた。
「うるせー!ドラグからもらった魔力回復薬があるだろ!」
「その効き目が出るのにあと少しかかるんだよ」
「すまないな。即座に効果のあるタイプだとこの魔女の魔力を回復させるには効果が弱いんだ」
名前が出てきた事で口を開く男。
ドラグと呼ばれたこの男はウィンディア領の薬師であり、ラピスがお手伝いしている薬屋の店主でもある。
「いいんだよ、あんたの薬ほど効き目があるもんは知らないしねぇ」
「そーだな、それは同感だ」
「…どうも」
よほど信頼があるのか、言い争っている2人が声を揃えて頷く。
ドラグは照れたように頬をかいていた。
「……なんか、気が抜けるわ」
「そ、そう、です、ね」
そんな大人達を呆れた目で見るのはエミリー。
そして半歩後ろで息を切らせながら追随するラピスだった。
なぜラピスがここにいるのか。それはドラグが連れてきた為、この一言に尽きる。
 
エミリーを渋々連れたラルフが向かったのは薬屋だった。
魔力回復薬をはじめ必要な薬の調達もそうだが、ドラグという戦力が最も重要な目的だった。
薬屋に到着するなりラルフは事情を説明しながら布袋に許可もなく必要な薬をぶち込んでいく。
エミリーは強盗にしか見えないラルフになんとも言えない目線を向けるが、当の店主のドラグは気にした様子もない。
「――ってワケだ!すまんが手を貸してくれドラグ!」
「……分かった。俺に出来る事なら手を貸そう」
そして説明を終えたラルフは薬でいっぱいになった布袋をかつぐ。
それに応じるようにドラグも力になろうと返事をしつつーーラピスを担いで立ち上がった。
その瞬間、急いでいたはずのラルフとエミリーは固まった。もちろんラピスも固まった。
「ってお前それ薬じゃないから!何担いでんのお前?!」
「何ってラピスだが?」
「分かってるわ!ふざけてる時間はねぇんだよ!」
「何を言う、僕はふざけてない。ラピスも分かっているはずだ」
「いやお嬢も困って…いやなんか諦めた表情浮かべてる?!」
「…ラルフさん、行きましょう。これ以上何を言っても時間の無駄です」
「なんか悟ってる!」
結局ラピスも連れられ、ベルと合流した一行は森を縫うように進んでいた。
「それよりラピス、大丈夫?あんたの師匠に担いでもらった方がいんじゃない?」
「ううん、大丈夫、だよ!」
確かに息は切らせてつつもペースは落とさず走り続けていた。
まぁいいか、とエミリーは前を進む大人達に目を向け、どうにも緊張感が削られる会話をしている大人達に、問い詰めるように聞く。
「これ、ちゃんとロイドのとこに向かってるんですよね?」
「勿論だよ。あの魔法師の魔力を追ってるし、近くにいるでかい魔力はゲインのだろうね。アジトがあるのは間違いないだろうし、きっとそこにロイドくんもいるはずだよ」
返すベルの言葉に、ちょっと湧いてきていた不安を消すエミリー。
そして、気になった事を口にする。
「なら良かったです。ところで、魔力って鑑定石とかなくても分かるもんなんですか?」
「ある程度はねぇ。エミリーちゃんもその内分かるようになるわよ」
そう言われたエミリーは考え込むように顎に手を当て数秒。再び口を開く。
「よし、アジトに着くまでに覚えるわ!どうかご教授願えませんか?」
「あれま!……あっはっは!さすがウィンディア家ねぇ。……いいわよ、その代わり、いま教えるなら道中のみね。ロイドくんを助けた後は教えないわ。じっくり教えるなら後日ーー」
「ありがとうございます!お願いします!」
嬉しそうに、そして迷いなく答えるエミリー。
喜びが勝ったのか遮る形で言葉を重ねてしまったが、ベルは不機嫌になるどころか欲しい返事だと言わんばかりの笑みを浮かべている。
「なら時間は少ないし、早速始めるわよ」
「はい!」
そんな2人を後ろから眺めるのはラピス。
さらに前方ではラルフとドラグが家業の売上の話をしている。
ちなみにドラグの方が稼いでいるようで、ラルフはロイドを取り逃がした時でさえ見せなかった絶望感溢れる表情を浮かべている。
今、この一行はたった5人でこの国に名を轟かせる盗賊団に攻め込んでいる、とは誰も思わないであろう通常運転の会話にラピスは思わずはため息をついた。
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