魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

33 脱出と本屋の店主

   時間は遡り、ロイドが奇襲により意識を失った後のこと。

 それを行った誘拐犯である盗賊ゲインの部下は、無言で手早くロイドの手足をロープで拘束し、その身を担いで家々の隙間に消え入るようにして姿を眩ませた。
 その動きはたかが盗賊、と言うにはあまりに熟達していた。 名の通った暗殺者にも肩を並べる程のそれは、ゲインの盗賊団の力の一端を十分に垣間見せていた。

 そして、その盗賊は人1人を抱えて走っているとは思えない速度で領内の影から影へと縫うように駆け抜ける。 足音1つ立てずに風のように移動する盗賊。
  あっという間に”壁”の手前まで辿り着く。
 すると、男に合わせるように黒いローブを纏った男が駆け寄ってきて併走した。
 そして黒いローブの男は壁へと向かいながら詠唱をしている。
 ロイドを抱えた盗賊と黒いローブの男が”壁”に激突するように走る。
 そしてあと数メートルといった所で、

「『鋼壁塊・円』『崩炎壊』」

 上級魔法を二段詠唱。さらに1つは詠唱を加えて発動形態を変えている。

 『鋼壁塊』は本来分厚い鋼鉄を纏った岩壁を地面から生やすように出現させて一方向からの攻撃を防ぐ魔法だが、それを丸めるようにして盗賊とローブの男を包むようにする。

 そして『崩炎壊』はただ一点に高密度、高温の爆発を起こす魔法である。
 それを以って”壁”に攻撃を行い、激しい爆音と共に”壁”に穴を開けた。

「『炎砲』」

  さらに間をおかず中級魔法を詠唱破棄で行使する。ただひたすらに一直線に突き抜ける炎を生む魔法だ。
 それを遠隔操作を加え、『鋼壁塊』の外から発動して、それに向かって撃った。
  結果、『炎砲』に撃ち出される形で勢い良く『鋼壁塊』が吹き飛ばされ、『崩炎壊』で空けた穴を突き抜ける。

 『鋼壁塊』の中から「あちちちっ!なにこれ蒸し焼き?!」という声が聞こえてくるが、それに答える声はなかったりする。

 だが、”壁”は物理的な壁だけではなく、魔法的な壁の機能も備わっている。
 門という出入り口を介さない出入りに反応し、魔法を発動させるという物だ。

 今回も例に漏れず魔法が発動する。『風壁』という細かい風刃が吹き乱れて対象を削りとる壁を生み出す魔法だ。
 生身の人間なら数秒でミンチになるほどの威力はある。

 それが『鋼壁塊』に襲い掛かる。

 風の刃が絶え間なく鋼鉄へと襲い掛かり、激しく音を立てて対象を削りとらんと衝突していく。『鋼壁塊』の中は耳をつんざく音が鳴り響く。
 その音にかき消されながらも「うううるっせぇええ!!あ、でもちょっと涼しくなってきた…」という声が聞こえるが、やはり返す言葉はない。

だが、よほど魔力を込めたのか、細い傷こそつくものの分厚い鋼鉄を削り切るには長い時間が必要になりそうだ。

 もちろんそのような時間を与えるはずもなく、傷まみれになりながらもとうとう鋼鉄の塊は『風壁』を突き抜けた。

 ドズゥン!と巨大な音を立てて地に着く鋼鉄の塊。一拍置いてそれが地面に溶けるようにして消えていく。

「ぷはぁっ!い、生きた心地がしなかった…!」
「全く、さっきから集中してたのにうるさいぞ。あと油断するな、すぐに離れるぞ」

 身体中から汗か冷や汗か分からないものを流しながら空気を美味そうに吸う盗賊にローブの男は注意をしつつ魔力を練る。

「ッ!」

 飛行か走行補助の魔法か考えつつ魔力を練っていると、後方に気配を察して即座に防御魔法へと切り替えた。

「"炎よ!『炎柱』”!」

 詠唱の一節目までの簡易詠唱で発動した中級魔法は、飛来する石飛礫を爆風と炎熱をもって吹き飛ばした。
 だが立て続けに飛来する石飛礫に徐々に炎を削られ、ついに炎を突き抜けて男達に襲い掛かる。

「あぶねっ!」

 だが、それらは盗賊の男がローブの男を抱えて横に飛び躱されてしまう。
 地面を滑るように着地しつつ、石飛礫を飛ばしてきた方向に目を向ける。

「あれま、外れちまったねぇ」

 そこには、妙齢の本を携えた女性がいた。
 黄色に近い金髪をサイドで結んで肩にかけているその女性は人の良さそうな優しい雰囲気の顔つきで、浮かべている表情はそれを裏切らない優しそうな笑顔。
 飛び切り綺麗な美人、ではないかも知れないが思わず和みそうな雰囲気を醸し出している彼女。

 だが、ローブの男はその笑顔にまるで背中にバケツいっぱいの虫をぶち込まれたような悪寒を感じた。

 そして、その悪寒によって昔会った事のある災厄を思い出す。
 まさかという想いを込めつつも弱弱しく言葉を吐き出す。

「……まさか…ベル・サンドロス…?」
「あれま、まだ私の名前を知ってる人がいたんだねぇ。なんか照れちゃうよ」

 本当に照れたように言うベル。
 だが、ローブの男はそんなベルにツッコミはおろかリアクションすらとる余裕もない。
 見つかってはならない者に見つかってしまった後悔や嘆きをぐっと抑えつけ、逃げる事のみに思考を集中させる。

 とにかくバレないように魔力を静かに練りつつ、時間を稼ぐよう盗賊の男に目線をやる。
 盗賊の男もそれに気付き、同じく冷や汗を流しながらも頷いた。

「よく言うぜ……知らない訳ねぇだろ、こんな有名人。いい加減隠居してくれってんだ」
「いえいえ、ここんとこ隠居生活を満喫してるわ。おかげで領外にまであんたらを逃してしまってねぇ」

 そう言いつつ、俯くように目を伏せて持っていた本をぱたんと閉じる。
 妙に鳴り響いた本を閉じる音は、まるで時間稼ぎに付き合うのはここまで、と言われたように思えた。

 そしてそれを肯定するように、顔を上げた事で見える伏せていた目は、鋭い眼光を放っていた。

「いけ好かない女の息子だが、ロイドくんは良い子なの。返してもらおうかねぇ」

 その言葉の直後、目を灼くような紫が眩く輝く。
 ベルのすぐ前方から一直線にローブの男達に伸びる光は一条の紫電。未だ魔力を練り切れてない男を灼かんと突き進む。

 ばちぃんっ!

 迎撃すら出来ずただそれを眩む目で見ていたローブの音だったが、しかしもう1人の男のによって防がれた。
 手にした短剣で雷を叩き切ったのだ。

「おいエリオット!急げ!」
「くっ!すぐだ、あと少しだけ稼げアトス!」

 痺れた腕に眉をひそめながら急かす盗賊の男アトスに、エリオットと呼ばれたローブの男が大急ぎで魔力を練る。

「させないよ。『雷蛇』」

 ベルは詠唱破棄で雷魔法を放つ。
 蛇のように不規則に蛇行しつつ飛来する雷は再びローブの男へと突き進む。
 
 だがアトスはきっちりそれに追いつくと歯を食いしばって短剣を打ち付けた。
 再び弾けるような音と共に『雷蛇』が消失する。

「あれま、良いモン持ってるねぇ。仕方ない、ちょっと大きめのいこうかねぇ」

 それを成した短剣に目を向けて肩をすくめるベル。

 恐らくは魔法耐性のある物か、防御魔法を組み込まれた魔法具か。
 魔法の気配を感じとれなかったので、恐らく前者だろうとあたりをつけるベル。
 
 だがそれ以上に蛇行という到達速度としてロスのある動きをさせたとはいえ、雷速で向かうそれに反応して二度も斬ってみせたアトス。

 やはり一筋縄ではいかないと気を引き締めたベルは、先程までとは比べ物にならない程の魔力を練り始めた。 エリオットよりも圧倒的に早い速度で魔力を練り上げ、属性魔力へと変換する。

 だがさすがに掛けた時間に差が出た。やっと魔力を練り終えたエリオットが魔法を完成させる。

「『風翔』『突風』!」

 風を纏って空に飛翔する2人。さらにそれを暴風さながらの突風が後押しするように吹き抜ける。
 どうにか逃げ切れる、という所で下方から小さくーーされど恐ろしく響く声が聞こえた。



「ーー『万雷』」

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