魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

20 ママも化け物

 翌日の朝、朝食前のいつもの訓練だ。
 以前なら始めに身体強化魔法の練習をしていたロイドだが、今日は魔術具の訓練だ。

 昨日のである程度必要な魔力量が分かったロイドは、昨日より格段に早く魔術具を起動させる事が出来た。

 だが、溢れかえるように暴れる風の制御は出来なかった。

「うお、くそっ…!」

 それをどうにか魔力を抑える事で抑え込もうとするが、ふと違和感を感じた。
 ん?と思ってフィンクやエミリーを見ると、何事もなかったかのように素振りをして体を温めていっている。

「気にするな。感覚を掴むのに風が全くないと困るだろうから周囲だけはそのままだが、その周りは俺が抑えておく」

 ルーガスがすでに抑えてくれていたようだ。
 しかもフィンクやエミリーがこちらに気付いてすらいない様子を見るに、起動直後からすでに影響を完全に遮断していると思われた。
 
 どうやらロイドと違ってルーガスは昨日の1回で完全に対策を掴んだようだ。

 もっとも、体やそのすぐ周囲からではなく遠隔で魔法を発動、コントロールするのがいかに高度な技術であるかはロイドには分からなかったが。

「さてロイド。魔法は大枠で言えば、詠唱とイメージ、魔力出力と操作でその魔法をコントロールする。それらを試してみなさい」
「はい!」
 とは言え、詠唱は分からないのでパス。出力も昨日もさっきも行なったが風の威力が多少下がるだけでコントロールとは別だ。

(ならイメージと魔力操作か。つっても魔法使った事ないしピンと来ないんだよな)

 そう内心で吐き捨てるが、やってみないことには始まらない、と周囲に吹き荒れる風に意識を向けてみる。
 だが、無秩序に吹き荒れる風が緩やかになるイメージをしてみても、何も変化が見られない。

(違うのか?だったら…)
 次は短剣に意識を集中した。
 吸い取られるように短剣に流れ込む魔力の操作を図る。
 
 魔力の操作などした事はないが、試行錯誤で色々試してみる。すると、

「む、風が弱まったな」

 吸い取られるように流れ込む魔力を短剣に留めるイメージをする事で、風が弱まってきた。
 集中しており返事をするには至らないが、ルーガスの言葉にこの方向性で間違ってない事を確認出来た。

(なんとなく分かってきた……この感覚か?)

 魔力を意識的に動かす感覚を拙いながらも掴んだロイドは、より集中して魔力の動きを操作しようと試みる。

 しばらくすると、魔力が短剣を通じて風に溶け込み動かしているような感覚が見えてきた。

(なるほど、魔力を短剣を通す事で風を操る力に変換してるのか……っていうより、魔力にイメージを乗せて短剣に込めて、風に送り出す感じかな?)

 ならば、この魔力を操る事が魔術を操ることに繋がるのではないかと考え、試そうと意識を集中しようとする。だが、

(……え…?)

 風が止み、体から力が抜ける。
 止めるイメージなんてしてないのに何故…と疑問に思いつつ、力の入らない体がそのまま前に倒れそうになる。
 
 もちろんと言うべきか、ルーガスが抱きとめた事で倒れこむ事はなかった。

「魔力枯渇だな。無理しすぎだ、少し休め」
「……あぁ、これがそうなんか…」

 訓練中は敬語で、という暗黙のルールも忘れていつもの言葉遣いで呟くロイド。
 今まで魔力枯渇なんて経験のないロイドは、予想以上の倦怠感に顔をしかめた。

「だが改善の兆しはあった。焦らずやっていこう」
「……はい……」

 口を開くのもしんどいが、今度は敬語に戻して返すロイド。
 ルーガスは近くの椅子にロイドを座らせる。

「それと、剣の稽古はシルビアにも教えてもらう事にする。シルビアは短剣の二刀流が主なスタイルだからな」
「……はい、分かりました」

 母さん、そんなかっけぇスタイルなのか、と思わず男心をくすぐられるスタイルに興味が湧いてしまう。

「とりあえず、シルビアを呼んで来るから待っておけ」

 そう言うと返事も待たずにルーガスは踵を返して歩き出していた。
 しんどさから体を机に預けるように投げ出し待っていると、そう間を置かずシルビアが姿を見せる。

「お疲れロイド、すぐ楽にしてあげるわね」

 まるでトドメをさすセリフだな、とロイドが思っていると、当然だが気付くはずもなく左手を机に突っ伏すようにしているロイドの背に置き、「癒しよ」と呟く。
 すると、体に魔力が流れ込んでかる感覚がして、体の倦怠感が抜けていく。

「どう?体のは大丈夫?」
「おお?…うん、びっくりするくらい楽になったよ。ありがと」
「いえいえ。それよりロイド、短剣二刀を試すんですってね」
「うん、父さんが言ってた。母さんに教えてもらうんだよね?」
「ええ。嬉しいわ、今まで全部ルーガスが基本だからって両手剣を教えていたものだから」

 どうやら自分の技術を息子に教えれる事が嬉しいらしく、その表情はいつもより頬が緩んでいた。
 
 短剣二刀流を使う者はそう多くはない。
 魔物という頑丈な肉体に対し、短剣という威力に欠ける武器を、さらに片手で武器を持つ二刀流では致命傷を与える事が困難だからである。
 
 また、対人で見た際も打ち合いの際の威力不足は否めないし、そもそも習得の難易度も高い。
 
 そういった理由から一般的である剣をルーガスは教えていたのだ。

「でも、簡単な処置をしただけだし、今は辞めておきましょう。でも、そうね……見てイメージを掴むのも大事かも知れないし、ちょっと見せてあげるわ」
「うん、お願い」

 そう言うやいなや、ロングスカートをがばっと捲り上げ、その美脚を惜しげもなく見せつつ、太腿に固定してある短剣二刀を取り出す。
 これは後日談だが、なぜそんなとこに武器を、と尋ねたところ、腰や背中にさしておくと可愛くないじゃない、だそうだ。

「それじゃ見ててね」

 うん、という言葉を発する前にシルビアは駆け出した。
 
 目を丸くするロイドの目線の先でロングスカートとは思えない速さで走るシルビアの先にはーールーガスがいた。
 ルーガスはそれに気付くと素早く背の大剣を抜き、そのまま振りかぶってシルビアを迎え撃つように振り下ろした。

「お母さん!?」「危なっーー」

 突然の事に思わず動揺するフィンクやエミリー。
 
 だが、シルビアは振り下ろされた剣を両手の剣を斜めに構えて受け流す。
 そして大剣をやりすごした瞬間に右手の短剣をルーガスの首めがけて斜めに振り上げた。
 それを体を沈めてかわすルーガスに、左の短剣を振り下ろすように刺突を繰り出す。

 それをさらに身を沈めてかわしたルーガスは、低い姿勢のまま素早く体を回転させて足払いの蹴りを放つ。
 シルビアは後ろに跳んでかわすが、回転の勢いをそのまま伝えた大剣が下から跳ね上がるようにしてシルビアを追う。
 シルビアはさらに後方に跳んでかわし、通り抜けた大剣があったスペースに入れ替わるように素早く切り返して距離を詰めた。

 両手の短剣を繰り出していく。
 ルーガスはそれを躱して、時には大剣で受けるが、なかなか反撃に出れない。
 絶え間なく攻め立てるシルビアに攻勢に出れないのだ。

「す、すげ…」

  それを瞠目して見ているロイドに、逃げるように近寄ってきたフィンク達。

「全く、いきなりは心臓に悪いね」
「びっくりしたわ……お母さん死んじゃうかと思っちゃったわ…」
「いやそれはないだろうけどね。母上も元はかなり名の通った冒険者だし」

 エミリーの心配するような言葉に肩を竦めて答えるフィンク。
 3人の視線の先では普段の淑やかさとは真逆の苛烈な攻めを見せるシルビア。

「四大魔法と治癒魔法、二刀の短剣の圧倒的な攻撃力で多くの敵を討ってきた母上は”万魔の魔女”って呼ばれててね。冒険者ギルドでも結構有名なんだよ」 
「すごーいお母さん!」
「……母さんまで化け物だったのか」

 そう言うフィンクに、ロイドは目の前のーーシルビアには悪いが高度すぎて参考になりそうもないーー光景に目を向けたまま呟いた。


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