魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
8 家族
「あら、おかえりエミリー。今日の鬼ごっこは誰が勝ったのかしら?」
「うーん、お兄ちゃんかな!」
家に着くなり真っ直ぐにシルビアに向かって猛ダッシュで飛び込むエミリー。
シルビアは何事もないように話しながら優しく受け止めた。
「姉さん、そろそろ突っ込む癖直しなよ」
「そうだね、ローゼが真似したら困るからね」
「ふんっ!別にいいじゃない!」
遅れてロイド、フィンクも部屋に入ってきた。
苦言に反抗するようにより強くシルビアにしがみついていた。
 
その光景をじぃっと見つめる女の子と、その後ろでほぼ無表情ながら、僅かに苦笑を浮かべるルーガス。
「父さん、おかえり。ローゼも良い子にしてたか?」
「バカだなロイド。ローゼはいつでも良い子だろう?」
「うるせーよ妹バカ」
女の子――ローゼは現在2歳のウィンディア家次女であり、さらさらの茶色の髪とくりくりとした黒い眼が特徴な子だ。
フィンクはいつも浮かべている微笑みをより濃いものにし、ローゼを抱き上げようと近寄る。
「んん…」
しかしローゼはそれを避けるようにロイドの脚にしがみついた。
フィンクの微笑みが固まった。ルーガスの苦笑も深まった。
 
ロイドが妹バカと称した通りのシスコンであるフィンク。
だが、そのローゼは比較的ロイドに懐く傾向があった。もちろん、フィンクが嫌いという訳でもないようではあるが。
「フィンク、悪いんだけど配膳手伝ってもらいないかしら?」
「あ、はい、すぐ行きます」
シルビアが見兼ねてかフィンクに手伝いをお願いし、フィンクはすぐに切り替えてシルビアのもとに向かった。
エミリーはすでに自分の席について料理を待つ体勢だ。
 
「ロイド、ローゼを席に連れてやれ」
「ん、分かった」
ルーガスに促され、ローゼを抱えて席に連れていき、配膳の手伝いにキッチンへ向かった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
翌日の朝、フィンク、エミリー、ロイドは庭に集まっていた。
といっても昨日の鬼ごっこの続きの為ではない。
3人の前に立つのはルーガスだ。そして4人の手には木刀が携えられている。
「始めるか。まずはフィンク、エミリーは素振りだ。体が温まるまででいい。ロイドはこっちに」
「「「はーい」」」
ルーガスの指示でそれぞれ動き出す。
ウィンディア家では早朝に剣の訓練を行っていた。
「さてロイド。まず身体強化の練習にしよう」
「はい。お願いします」
「うむ。では体内の魔力をしっかり捉え、感じてみろ。……そこまではいいな?」
「はい、問題ないです」
ロイドは訓練の始めに必ず身体強化魔法の練習をしていた。
この世界にある様々な魔法の中でも基本的な魔法であり、早ければ3〜4歳の子供でも行使出来る魔法である。
 
しかし、ロイドはいまだに習得出来ずにいた。
「それから全身に魔力を行き渡らせ、肉体を覆うイメージを持ちつつ、詠唱しろ」
「はい……『覆い纏え、”身体強化”!』」
それぞれの魔法に定められた詠唱を行うが、やはり発動した様子はない。
ロイドは諦念と悔しさを合わせたような表情を浮かべ、ルーガスも難しい表情をしている。
「やっぱり俺には魔法は使えないのかな?」
「………」
 つい口にした言葉。ルーガスも言葉なく佇む。
魔法文化が発達したこの世界で魔法が使えない事は相当苦労する事になる。
それをよく知っているルーガスは、何か方法はないか考え、また情報を集めて模索していた。
「まぁいいか。それより剣の稽古、俺も始めるね」
「……うむ、そうしようか。フィンク達もウォーミングアップは終わったようだしな」
一転、けろりとした表情で足元に置いていた木刀を拾うロイドに、ルーガスも多々思う事はあるが切り替えてフィンク達に目線を向ける。
ルーガスにつられてフィンク達を見ると、微かに汗を滲ませて体の関節を曲げ伸ばしながらこれからの稽古に備えていた。
その後、朝食が出来るまでの時間を、動きの修正や立ち回りの指摘をルーガスがしつつ、組手や素振りをして稽古を行った。
(ふむ、エミリーは同世代ではトップクラス、フィンクは大人でも厳しいレベルの剣術。ロイドも勝てないながら食い下がれている……)
ルーガスは身体強化はなしで稽古をさせているフィンクやエミリーが、ロイドと手合わせしている所を眺めつつ思う。
(身体強化魔法さえ使えれば……適正の問題だろうか。今度何か手段がないか相談してみるか)
そう思って1人の男を思い浮かべる。
ルーガスも頼りにしており、国の頂点に立つ男を。
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