魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

7 転生

(ん……ここは…?)

 目を覚ました涼は、まるで徹夜で働いた後のような眠気をこらえながら目を開けた。
 そこには綺麗な茶色の髪をなびかせる女性がおり、透き通るような翠眼でこちらを見ている。

「ロイド、おはよう。お腹すいたのかしら?」

 誰だこの美人?ロイドって誰だ?と眠気で脳の回転が遅い中思考するが、視界に自分の体が映り疑問も眠気も吹き飛ぶ。

(おお?!なんだこの赤ちゃんみたいな体?!……ってそうか、転生したんだった)

 涼は唐突に今までの事を思い出した。
 どうやら無事転生出来たようだ。

「ねぇシルビアお母様!ロイド起きたの?!遊んでいいの?!」
「ダメだぞエミリー。まだ眠いみたいだし、僕と遊ぼうね」
「ふふっ、そうね、ごめんねエミリー。フィンクお兄さんで我慢してね」
「我慢って……ひどいよお母様…」

 転生した事をしみじみと実感していると、黒髪黒眼の女の子と茶髪翠眼の男の子が横で騒いでいた。
 
 どうやら黒髪の女性が母で、子供たちが兄と姉なのだろうと思われた。
 活発な妹としっかりしているがからかわれる兄、からかう母といった会話は笑顔が絶えず良い家族という印象を与えている。

(どうやら良い家族に巡り合わせてくれたみたいだな……)

 散々な印象だったアリアにも感謝の念を持てるというものだ。
 家も質素ながらも質の良さそうな家具たちが目に入り、貧しい様子はない。

 しかも言葉が分かる。日本語ではないのに理解出来る不思議な感覚を覚えつつも、アリアが何かしてくれたのか思われた。
 実にありがたい。

 と、そこまで思考して眠気に耐えられなくなった。

「ほら、ロイドもおねむだから2人で遊んでおいで。フィンク、エミリーをよろしくね」
「はいお母様。ほらエミリー行こっか。エミリーの好きなチャンバラごっこしよう?」
「うんするー!今日こそは負けないもん!」

 沈む意識の中、涼は自分の名前がロイドだと気付いた。
 以前とは違う名前になり、ちゃんと反応出来るように慣れないとな、と自分を戒めた。

(あ、やばい寝そう………てか姉さんの遊びの趣味はどうかと……ん?この人は……?)
「ふふっ、おやすみロイド」
「ん?シルビアよ、ロイドは寝てしまったか」
「あとちょっと遅かったわねルーガス。丁度今寝ちゃったわ」

 ほぼ寝かけている涼――ロイドに近寄る黒髪黒眼の大柄の男性は、渋い顔つきに僅かな残念さを滲ませながらロイドを覗き込んだ。

「そうか、しっかり寝て食べて、元気に育ってくれ」
「ふふっ、子煩悩なんだから」

 太い指でロイドの頬を優しくつつきながらも厳つい表情のルーガス。
 だが、見る人が見れば分かるかなり上機嫌なルーガスを、当然妻のシルビアに分からないはずもなく。
 柔らかい笑顔を浮かべてルーガスに微笑みかける。

(良かった、良い家族だな……)

 まだ転生したばかりで家族の実感とかは湧かないが、好きになれそうだ、と安心すると同時に眠りについた涼であった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 そして転生して10年が経った。

 ロイドと呼ばれる事にも慣れて久しい。
 大人の意識で幼児の体というギャップに苦労をーー本当に様々な苦労をしたのだがそれはまた別の話…

 転生したウィンディア家はこの周辺のウィンディア領の領主であった。
 そこまで大きな領地ではなく、町と村の間といった規模だ。
 
 山脈に沿う形で領地を構えるウィンディア領の子息として産まれたロイドは、厳しい教育を受けて育った、という訳ではなく、元気に遊び回っていたりする。

 今日はロイドは息を切らしながら森を駆け回っていた。
 その後方にはエミリーが追随するように走っている。

「やっと見つけたわロイドっ!逃がさないわよ!」

 叫ぶエミリーにロイドは返事をする労力すら脚にまわしてひたすらに走る。
 しかしエミリーは瞬く間に距離を詰めてきた。

「ぃよしっ!つかまえぶへぁっ!」

 エミリーが手を伸ばしあと少しで捕まる…その瞬間、エミリーの姿が消えた。
 いや、地面に勢い良く突っ伏していた。その足元には30センチほどの穴が。

「よし!今のうちに…!」

 それを確認したロイドはすぐに茂みの方に走る方向を変えて再び姿を隠そうと駆け出した。
 茂みに飛び込もうとジャンプし、抵抗が少ないよう体を縮こませて腕で顔をガードする。

 今にもガラスを割って部屋に入りそうな体勢で空中を舞うロイド。

「そろそろ晩御飯の準備を手伝わないといけないね。帰ろうかロイド、エミリー」

 しかし、空中で見事にキャッチされた。
 いつの間に横にいたのか、右腕で抱えるようにして、フィンクが飛び込もうとしたロイドを抱えていた。

「フィンク兄さん……いつの間に……」
「えーっ!もうちょっと!まだロイドつかまえれてないわ!」
「惜しかったねエミリー、また明日続きをしよう。ロイド、今日は君の勝ちだね」
「いやもう兄さんの優勝だろこれ」

 ロイドはもはや呆れたような目線をくれてやるのだが、フィンクは爽やかに微笑むばかりだ。
 わんわん吠えるエミリーを宥めつつ自宅の帰路につくフィンク。
 
「はぁ……どーしたもんかね、この体は……」

 その後ろを数歩遅れて追いながらロイドは呟くのであった。

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