禁聖なる復讐の果てに

初歩心

第二話 唐突なる暗殺者


 降り積もった雪に足を取られる事なく順調に屋根ずたいを瞬間的に移動して行くと、ついに学園までもう少しといった距離に来ることができた。

腕時計を確認するとまだ開始まで15分の余裕があり、俺は足を止め精神を少し休めることにした。

「なんとか……間に合ったか
しかし、いつまで寝てるんだこいつは。
おい! そろそろ起きろって!! 」


降ろして頬を叩くが反応はない。

口の端からよだれをこぼし幸せそうな寝顔で眠っている。


「············いいんだな
このまま起きなきゃ寝間着姿で醜態をさらすことになるが本当にいいんだな!!」


 頬を両手でつねりながらそう投げ掛けるが今度も反応がない。

何かおかしい、そう思った瞬間だった。
 
何かを感じ振り返りざま。
とっさに黒刀を下から上に抜き払った。

「!!」

斜め左下から斜め右上弧を描いた刀に、重々しく大きな何かが当たり腕に衝撃が走る。

一瞬怯みそうになったが長年使い込んできた疑似聖剣である愛刀。

黑征丸へと聖力を流し込みこらえ負けじと振り切った。


 それは、人一人分くらいある大きな岩石でだった。

刀で切った切り口から二つに割れるとそれぞれ左右の路地に落下し、大きな轟音と衝撃を与える。

俺はひとまず刀を払い鞘に収めると一息はき出した。

だが、ふと災厄な事態に思い至る。

「まずい!!」

慌てて下を見下ろし確認するが、幸いにも路地に人気はなかった。

重症者を招く事にはならずにすみ俺は安堵した。

「······そうよね
あなたがこんなもので倒れるはずないわよね
待ってたわよ」

「······チッ」

数メートル先の屋根に、その攻撃を放ってきた女神と契約者がこちらを睨み付けていた。
 
舌打ちをした女神の契約者は凛とした声に
たがわぬ美貌を持った俺と同じ年齢くらいの少女だ。

なにより彼女たちがともに身に付けていたのは同じ学院の制服だったのだ。


 俺はその屋根に向け精神を集中させ駆け、屋根に着地すると黑征丸を構え警戒した。



「誰だ!! 」

「私は、あなたと同じ
生まれながらに聖力を持った聖剣士よ
紅色の瞳を持つ英雄!! 
 この時をどんなに待ち望んだことか
私の積年の恨み、晴らさせてもらうわ!!
グランディーネ、そこで待機を」

「はい、仰せのままに」
 
 彼女はこちらに向け聖剣を構えながら向かってきた。

片方にまとめた白銀の髪が肩の上でフワッと揺れ動き、橙色の瞳はどこか深い闇を抱えているように見えた。
 

 その子はもう目前にいた。

そして聖力を纏った聖剣を水平に振り抜く。


その聖剣はさながら西洋のアーサー王が携えていた伝説の剣のよな金色の輝きを放っていた。

 とっさの判断で距離をとりながら黒征丸を逆手に持ち刀身に左手を添えなんとか彼女の聖剣を防いだ。

 聖剣の一撃は、女性の力量から発せられたとは信じられないほど重く俺の手にのしかかる。

そして勢いのまま屋根の隅まで弾かれた。

 あと数秒遅れていたら真っ二つになり確実に死んでいただろう。

 安心したのもつかの間、彼女は目の前から姿を消した。 

 聖剣を構える音が背後から響き構えながら振り向くが、そこに彼女はいなかった。

 とすれば……真上か!!

素早く反転すると前受け身をしながら回避する。

 そしてすぐに、後方へ距離をとりつつ黒刀を構え直し精神を集中させる。

案の定、先ほどまでいた場所には彼女が聖剣を突き立てていた。


彼女はこちらを一瞥すると鋭い眼差しを向け睨む。

先程より殺意が強くなった彼女は、体勢を低くしつつ体をひねる特殊な構えをとった。

聖剣技を使う気なのだろう。

その位置だと剣先が届く範囲を明らかに逸脱しているが警戒は怠らない。

 なぜなら、俺はその構えから発せられる技の殺傷性能を知っているからだ。


それは幼い頃、親父から聞かされた話。

親父と母親は聖剣士日本支部代表で、よく他の国の代表者と毎回各国違う場所で政府が秘密裏に行う会合で交流をしていた。

それは、異界化対策の話し合いのほか、それぞれの支部の力量をはかり切磋琢磨する会でもあったらしいのだ。

親父はよく会合から帰ってきては、印象に残った聖剣士の話をし、自分が実際に再現できそうな聖剣技があると稽古ついでにやって見せてくれたものだ。


その話の中で聞いたイギリス支部の王族末裔の聖剣士が使う技。

纏力の惨殺ダインスレイブ

それがたった今、放たれようとするものに近しかった。

体勢を捻り引き絞るようにして出されるそれは

『聖剣を振るうのは一振りのみだが、それを食らったものは自信が斬られたとも分からぬまに四ヶ所を切られてしまう不視認の刃』

稽古中、見様見真似で真似した親父の『纏力の惨殺ダインスレイブ』を一度だけ受けたことがある。

いくらか加減はされていたとは言え、あれはなかなかだった。 

回避はほぼ不可能でいつの間にか両腕と両足を痛め真後ろに倒れ込んでいるのだ。

実戦だったと思うとゾッとしたが、今思えばあれはいい経験であり性質を理解するにはいい機会だった。

それは下から上へ薙ぎ払という派生の性質状、斬撃も下から上へと繰り出されるという事だ。


今、まさに放たれようとしている技が本家であればますます回避することは完全に不可能に近くなる。

回避できずその攻撃を喰らえば行き着く先はもちろん死だ。

死しかない。

ならば、生き抜くためにはどうすればいいか?


簡単な事だ。

回避せずに対処するそれだけだ。

一度は経験している技、幼いながらに受けたあの時の感覚はまだ身体の内に残っている。

しかも派生の仕方も知っていれば案外対処するのは容易いかもしれない。

 一息吐くと一度黒征丸を鞘に収め居合の構えを取る。

斬撃は四度。

その一撃一撃は数秒のずれで俺の身体を襲うだろう。

勝負は一瞬。


彼女の瞳が見開かれその時はやってきた。

まさに渾身の一撃を繰り出す勢いで金色に眩い聖剣が振られる。


最初の2撃感覚を研ぎ澄ませ俺も聖剣技を放つ。


【神聖抜刀術・減消】


鞘から白い聖力を纏った黒刀を一閃。

斬圧で空間が歪み両足を狙う斬撃を聖剣技の斬撃で打ち消す。

さらに、もう2発を心技体。

宙返りをしながら上手く身体を靭やかにひねり、刀の腹を使いながら後方へ受け流す。

受け流されたそれは、後ろの建物にあたり派手な音を響かせる。

俺が着地した頃には、技同士のぶつかり合いのせいなのかあたりが白い靄に包まれていた。

「やった……私、やったんだ」

俺を惨殺したことに少し緊張が途切れたのか
彼女の言葉はどこか力が抜けたようなそんな感じがした。

そして煙が晴れていく。

無論、無事な俺はそこに仁王立ちしている。

「訳を聞こう。
なぜ、争う必要のない聖剣士同士で闘わなければならない。
何の為に俺を襲う? 」


「······まだ死なないなんて」

彼女は一瞬絶望的な顔をしたがすぐに憎しみを宿し、瞳をこちらに向け聖剣を構え直した。

あれだけの聖剣技を使えば聖力もほとんど残っておらず動くのがやっとのはずだ。

それでもまだやる気らしい。

「聞いているんだ、答えろ!! 」


冷静さな判断がなくどこか様子がおかしい。

誰かに操られている可能性が考えられるが、
俺に向けている殺意は間違いなく本物なのだ。

きっとここまでしてしまった彼女にも彼女なりの訳があるのだろう。

しばらくして彼女はゆっくりと口を開いた。

「······四年前、私と私の両親は死んだ
そして、私たちは転生した
······でも、私が目覚めた時
お父様は······お母様を殺していたのよ
ゆっくり、ゆっくりと
首から、生きたまま血を吸い上げて
その時、咄嗟に思ったの
二人とも、楽にしてあげたいって
······そう、私は両親を殺した! 殺したのよ!!
だから、私は転生なんて起こしたあなたと魔王を恨み憎むの!!
これで分かったでしょ?
……まずはあなたからよ、英雄 」

「······そうだったのか
その気持ちは痛いほどわかる
俺も、両親を守れなかったから」

事情を知った俺は、構えをとき黒刀を自らの手から離した。

「 ?! 」

「こんな事言ったとこで、君への償いにならないことは分かってる
でも、すまなかった
君につらい思いをさせて本当に申し訳なかった」

「······なんで貴方が泣いて」

「 え? 」

 頬を一筋の涙が伝っていた。

奥の歯茎も食い縛っていたせいか痛む。

 無力さ故に多くの人々を守れなかったそんな悔しさ苦しさがいつの間にか込み上げていたのだ。

 これ以上彼女の前で涙を流してはならい。
感情を打ち消すように片方の制服の袖で頬を拭った。

「俺は、三年前、信頼していた現魔王に裏切られ両親を殺された
その時、今の君のように憎しみと恨みの衝動で聖力の暴走を起こしてしまったんだ
意識を失って目覚めたときには全てが終わっていて、辺りは酷い現状だった
 理由を聞くと姉は、人間同士の殺しあいがあったと······そう言った
俺は······今でも心の奥底で魔王を恨み憎んでいる
 それでも!! 感情に流されて聖力を暴走させた行いは後悔し悔やんでる!! 
それから、俺は誓ったんだ。
魔王を倒し、人々に平和なあの頃の日常を取り戻すと」

「うるさい!! 」

「今の君に、後悔がないなら俺を殺すといい
だが、必ず魔王を倒し人々を救うと約束してくれ、頼む!! 」

「······貴方から、そんな話聞きたくなかった!!
私は、誰も殺したくなかった!!
生き返りたくなんてなかった!!
······あなたの話は信じないわ」

 立ち尽くす彼女の瞳からは、涙が溢れ
頬を伝う。

彼女は、聖剣を横に構え歩みよってくる。

「リナ、私が援護します」

彼女の傍らに、女神が着地し俺に向け手をかざした。

すると、足もとから岩石が俺の体を覆うに侵食し、肩まで侵食すると止まった。
手足の動きを完全に封じられ動けない。

そして、力が抜けていく。

どうやら俺自身の聖力を吸収されているらしい。

そのうちに彼女たちは目前まで近づいてきた。

女神が、再び俺に向け手をかざすと心臓の部分だけ穴が開き制服が露にされていく。

「······ありが······とう、グランディーネ」

「さぁ、恨みを晴らす時です」

「······うん」

 彼女は、聖剣を俺の心臓部分に向け引き絞突き刺す構えをとる。

手が震え、カタカタと音を立てるが、深呼吸をすると止んだ。
 

次の瞬間、聖剣は勢いよくふられたのであった。


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