武侠少女!絹之大陸交易路を往く!?

蟹江カニオ

再開、暫しの別れだ。

 善順の引き取り人は、わたしとなった。


 侮告した相手が引き取り人となることは、珍しくもない。


 侮告するほどに近しい人物など、親類縁者が多いからだ。


 独立した商家などでは、そもそも取引相手が被り、問題が起きやすい。当代は問題が無くとも次代以降は分からない。


 現にわたしがそうだ。本家と分家がもう少し密な関係だったら、善順もわたしに絡む事も無かっただろう。


 まあ、それもあるが、善順は無縁人となったので、南遨家と所縁がなくなった。


 この場で縁者は、洛都に連れていくと宣言したわたしだけになったのだ。


 無縁とは本当に厳罰だ。


 一般的に、無縁人とは奴隷だ。戸籍も出生記録も無いので物扱いなのだが、善順は南遨家から売りに出された訳ではない。


 なので、所有者不存在の無縁人なのだが、これは不味い。


 奴隷で無い無縁人は、生活の為犯罪に手を染める。


 なので、警邏局は定期的に貧民窟をガサ入れして、無宿、無縁人狩りをして治安維持に努める。


 前科罪科の無い無宿人などいない。そのまま受罰だ。


 これが、無縁人となると少し違い、売りに出される。どこからも非難が出ないし、経費はかからないし、収入を得られるからだ。


 人身売買が違法でないのは、何の事も無い、お上の商売だからだ。


 まあ、それは今は関係ない。


 善順保護の為、所有者としてわたしが引き取人となったのだ。


 亮順様の随行用人にその旨手配させた。


 用は済んだが、立ち話も何なのでそのまま話を詰めた。


 巳の刻は回ったが、今更だ。


 周兄曰く、わたし達を乗船させるまで出港はしないそうなので、安心だ。


 善順だが、雑役をやらせ、客扱いをしない条件で只で乗船となった。


 衣類その他は港湾前の雑貨店で購入し、乗船の運びだ。


 わたしの所有物扱いだから、善順の手形は必用ない。


 ただ、わたしの手形の方に裏書きが必用となるが、それは沙海で考えよう。


 本当に色々有りすぎて、面倒になってきたのだ。


 本来なら、善順は警邏局に虚報告発した訳なので、棒打刑か罰金刑なのだが、
 そこは南遨老師が上手に圧力をかけてくれた。最後の情けだろう。


 騒乱の首謀者は確保した事で、警邏局の面子も一応は立っている。


 わたし達は放免だ。






 港湾警邏局を出ると、案の定の有り様だ。


 総勢五十名程の門弟一同が、拱手で整列だ。


 南遨老師と共に、先頭を歩くわたし達には、いささか重い。


 母さまのお付きで、この手の礼は経験済みだが、マルコ君はそうでもない。
 萎縮した様だが頭を撫でて安心させた。


(……本当、犬扱いね。何やら善順も犬系っぽいし、犬の一行ね)


 何で善順が犬系だ?


(大姐には、絶対合わないと思ったけど、上下関係がはっきりしたら、従順じゃない)


 ……まあ、元々武林だし、上下関係は刷り込まれるからね。


 それより、


 意外、と言うか、当然だ、とでも言うべきか、周兄は慣れた様子だ、流石ヤクザの周大哥だ。


 田とやらとに切った啖呵も中々だったし、独り身だったら、黄姐を勧める所だ。


(まさか、子持ちとはね)


 女孩と言ってたな、まあ、大きくなって極拳に興味があれば、また南遨老師に紹介しよう。


 商業港についた。周海運公司の船の前だ、かなり大きな船だ、いや驚いた、客船より大きいではないか。


「荷の積み込みは終わっているそうだ、今船内の最終確認中だ。今しばらく待っててくれ」


 船長が待ち受けていた。


「岳船長、人員が一人増えたが、大丈夫か?船内の雑役夫として使って構わない、客扱いは必用ない」


 何か、怒ってる感じだ。善順は弟分と言ってたから、罰のつもりかもしれないな。


「それは構わないが、惣領殿、出来たら昨日の内に連絡が欲しかったな」


「すまん、何せ随行が決まったのが、ついさっきだ。連絡に繋ぎを走らせるべきだった」


 周兄は今日は単身だから、連絡用員がいないので仕方ない。


「南遨老師、お見送りは此処までで結構です。流石に出港までは申し訳ない」


「いや姪殿。船が出港して、見えなくなるまで見送らせておくれ。儂も歳か、別れ辛く感じる。もっと早くに姪殿と会いたかった」


「わたしもです、亮順様。わたしはどちらかと云うと人見知りで、人との接触が苦手なのですが……」


「そうかの。全然そうは思えなかったが」


「はい、どうやら気に入った相手には、自分でも驚く程に心が開く様です。
 亮順様と出会えて、本当に良かった。
 洛都での用事が済んだら、必ず訪れます。
 それまで暫しのお別れです」


「そうだの、別に永の別れではないからな。再会とはよく言った挨拶であるな」


 刻はゆっくりと過ぎていった。母さまとはまた違うが、快い刻だ。


「胡老師、出港準備が整ったそうだ」
 周兄が船長から言付かってきた。


「周兄、世話になった。広州では一番迷惑をかけたのが周勇殿であったな。有難う」


「いや、胡老師、調子が狂うな、名で呼ばれたのは初めてではないかな」


「そうだったか、まあ、何れ暫しの別れだ。達者でな」


 わたしはそう言って、一同に差手礼をした。


 一同もそれに応え差手の返礼を返した。








 わたし達は船上の旅人となる、善順も別れの挨拶を済ましたようだ。


 海運船が、多人数の漕手による曳航船に牽引され出港する。


 わたし達は、船尾から南遨極拳一同に手を振った。


 よく通る声で、豪順様が号令した。


「南遨家極拳に、多大なる恩恵を施された、胡老師に、一同、差手立礼!」


 ザッ!と云う音が聞こえてきそうなほど、同調した動きで、南遨極拳一門一同が差手立礼を施してきた。


 気持ちの良い、同門師兄弟しけいてい達だ。


 わたしと善順は、一同が見えなくなるまで応礼した。






 ……まあ、当然と言えば当然だが、わたし達は船員達に引かれた。


 武林の常識は、世間一般とはやや異なる。


 排他的で秘密主義な為、誤解をされやすい。


 侠に通じる所も有るため、侠者が武林に出入りし、侠者を通してヤクザも関与していった。


 自然、礼法が相互に浸透した。


 世間一般では、武林よりヤクザの儀礼の方が周知されている。


 つまり、この送別礼によって、わたし達はヤクザの大物と認識されてしまった。


 だからヤクザは嫌いなのだ。


 まあ、良い。沙海までの事だ。




 海運船は現在帆走している。多少揺れるが、船旅だから当たり前だ。


 善順は雑役中だ。作業服と剃髪した頭がよく似合って、本職の船乗りに見える。
 今、どんな雑役をしているのかは知らない。


 客である我々は、一室を宛がわれて休憩中だ。


 何でも、わたし達みたいな乗船客も、たまにいるので、客用船室を複数用意してあるそうな。


 乗客が無いときは、一貨物室として用いる為に部屋の作りは簡素なものだ。


 まあ、個室なだけ有り難い。善順は、知らないがそこらで寝起きするのだろう。


 まあ、沙海迄だ、頑張れ。






 食事を済ますと、灯りも無いので船室は暗い。


 厚く小さな硝子窓から、差し込む月明かりしか光源が無い。


 マルコ君の黄金の髪を月が照らす。


 あの晩もそうだったな。
(本当、綺麗な子だよね~大姐、替われ)


「なんだか、久しぶりな感じです。胡姐と毎日顔を会わせてはいても、中々話せる機会が有りませんでしたから」


「いや、すまない。だが、気には掛けていたんだ。
 沙海まで七日程の船旅だそうから、ゆっくりとしよう。
 船内だから兎歩の稽古は出来ないけど、左道関係なら出来るかな、小姐は小器用だ」


 小姐を無視しつつ上手に持ち上げた。うるさいし。
(持ち上げてないし)


「有難う御座います。ですが、今日は以前話して下さった、胡姐と可狐師匠の話の続きを聞かせて下さい」


 例の仔犬系キラキラ瞳だ、わたしはこれに弱い。


「そうか、何処まで話したかな……」


 まあ、暇だしな。
そうだ、あの事を話そうか。


 小姐の補足を交えながら、わたしは語り始めた。


 一章完

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