武侠少女!絹之大陸交易路を往く!?

蟹江カニオ

わたしは気が短いのだよ

「結局、夜が明けてしまったな。もう少し要領よく話せれば良かったのだが」


「いえ、大変興味深く聞けました。その、胡様が、あの恐ろしい導師と、そんな因縁が有るとは知りませんでした」


「様は要らない、通称の胡嬢で良い。小姐の師匠の様な物だからな、因縁が有るとしたら小姐だ。
 さて、まだ早い。巳の刻に出立するから、まだ休むと良い」


 わたしは立ち上がった。
「胡嬢…さ、いえ胡嬢。どちらに?」


「ああ、習慣だ、卯の刻には起床して、鍛練だ。マルコ君は休んでいてくれ」


「……興味があります、見学しても良いですか?」


「それは駄目だ。マルコ君、武術家の鍛練は絶体覗き見してはいけない。最悪殺される事になる」


 10年も前に黄姐にそう教わった。懐かしい。


(いいじゃない、減るものじゃ有るまいし)


(だ、ま、れ、それに、気がついているだろ)


 わたしは部屋を後にした。






 ここ広州は、古くから海洋交易で栄えていた。
 絹之大陸交易の、海路と陸路の交差する地だ。


 この国、西域の人間は太古の国号より、“チィンナ”と呼ぶが、現王朝が号する国号名はホォンという。


 太祖である武帝のおくりなである“洪”をそのまま国号としたのである。


 首都を開業かいぎょうの洛都に遷都した、二代目皇帝“永平帝”の父王、健仁王の意向が強く反映された。


 健仁王は、孝養の人だった。


 太祖武帝の没後、自らが帝位に就く事はなく、皇孫であり王太子であった、後の永平帝を帝位に就けた。


 自らが、父と同じ位に就くことを憚ったのだ。


 そこまで深く尊敬し、神聖視する父皇帝の謚を、そのまま国号とするのは、当然と言えた。


 国号、洪には三つの大河が流れていた。


 北から順に
 大黄河だいおうが
 大長巾江だいちょうふくがわ
 大濡江だいじゅこう。だ。


 広州は大濡江の河口にある大都市で、人口だけなら、首都、洛都を越える。


 その大都市に、無数にある裏通りで営業している、何ともいかがわしい安宿から、小馨は出てきた。


 そのまま裏道をゆく。


 一見するとただ、歩いているだけにしか見えない。
 だが、小馨の歩みは経歩だ。上位極拳士は皆経歩で歩む。


 経歩とは、昔、黄に習った兎歩の上位だ。


 極拳は元を正せば、道法ダォファ
 端を発する。


 他流派と根源から異なるのだ。


 道法の下位巫祝。
 大地に祈り、願い、礼を捧げる、踊女おどりめが祖となる。


 まだ、この国が清那チィンナと号する、遥か以前の話だ。


 道法では、原始神である黻稜フツリョウ、黻稜の妻神の如娥ニィョガと、実在したと云われる、聖王“兎”の三神を祭る。


 兎は中原の、まだ国とも言えない亜国群にあって、度重なる大黄河の氾濫を、収めたとされる人物だ。


 治水、開墾の功績により、聖王と尊称で呼ばれた。


 兎は、治水、開墾の際、三日三晩その地を歩き続けた。独特の歩行だ。


 右足、左足、右足揃い。
 左足、右足、左足揃い。
 右足、左足、右足揃い。


 伝聞では、歩行により大地は震えたと云う。


 また曰く、地脈を整える儀式だとも。


 経絡(血流、血脈、といった血力。
 気流、気脈、とした神経精神力。
 活流、活脈とした重力を含めた運動助力。
 これらを内包する概念が経絡)


 を大地に打ち込み、地力を増幅させ、地祇ちぎに助力する祈りともされた。
 地祇とはその地の地神の事だ。


 兎歩は別名、聖王歩として、道法の基本修業とされた。


 経絡を導引することにより、健康長生が実現したのだ。


 兎歩はその効能から、道法家間で“兎歩経絡”と呼ばれ、巫祝が、特にその効能を発揮した。


 達は、皆健康で長生だった。


 また兎歩経絡専門の踊女による、地祇の助力祭は、踊女の力量により、その農地の収穫高にはっきりと違いをみせた。


 やがて収入源を得た、巫祝踊女集団は道法を離れ、自活した。


 自衛の為に武技を研鑽し、大成したのが極拳だ。


 経歩とは、特に活脈の運動助力に主点を置く、戦闘特化の兎歩の事だ。


 その歩みのまま、小馨は不案内の広州路地裏を進んでいった。


 まだ朝早く、日が登り始めた所だ。


 人通りはない。


「そろそろいいだろう?出て来なよ。話がしにくい」


 広場、と云うほどでもない。
 あばら屋跡地だろう。周囲の小屋も皆あばら屋だ。
 昔、こんな小屋に住んでいた。


「どこの手だ?周大人なら助かるが……」


「なぜ全の奴を殺した」


 物陰から男が出てきた。この手の仕事の専門家だろう。頭から頭巾を被り顔を見せない。


(大姐、ここには全部で四人。二人マルコちゃんに付いてる)


 それは分かっている。この覆面は陽動人員だろう。
(マルコ君の方は、黒三だけで大丈夫そうか?)
(三だけでなく、マルコちゃんに直接午朗を憑けてるよ、昨夜のうちに♪)


(なっ!いつの間に)


(もちろん、マルコちゃんの愛らしい乳く…)
(わかった黙れ!変態!)


「答えろ、全が取引仲介者だ、売買契約を反故にする気か」


「売買契約だと?何の話だ、連れを周大人に引渡し、渡海手続きの手配依頼が内容の筈だ」


「話にならん、胡人の少年の売買契約だ、手付けは支払い済みだ……足抜きか」


 ジワリと殺気が漂う。


「つまり、まんまと騙された訳か、


 物陰から、更に覆面が二人出てきた。


「余裕だな、可哀想とは誰の事だ、小年の事か、自分の事か?」


 わたしは呵呵大笑する、これは、意識的にする老師の真似だ。


 そして言う。


「もちろん、周大人と諸兄達に決まっている」


 わたしは、利脚ききあしにて発経はつけいする。
 情けだ、練歩は勘弁してやる。


 わたしは、気が短いのだ。

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