武侠少女!絹之大陸交易路を往く!?

蟹江カニオ

黄姐は腐ってなんかいない

「黄姐は腐っていてね、その時は意味が分からなくて激昂したよ」


「腐っていた?」


「マルコ君は……幾つになる?当時のわたしと同じくらいかな?」


「8才です、5才で売られて、あちこち転売されて、この国で導師に殺されました」


「……そうか、それを含めて、あの外道をわたしが殺してやろう。話が逸れたな」


「いいえ……胡嬢様。いいのです。それから危険だから止めた方が良いですよ、
 あの導師は狂っているから」


「マルコ君の件はついでだよ、小姐の事もあるし放置は出来ない。
 それから様はいらない。
 この国の言葉に堪能している訳では無さそうだから教えるけど、嬢は敬称でもある。二重に敬称をつけられると、その、据わりが悪い」


 マルコ君は美し過ぎるのだ。糞導師がどんな思惑で西域の人間から作ったのかわからない。
 だが、あの、していた発禁本の影響で、
 異性の年少者敬われると、わたしは少なからず動揺するのだ。


 本当に美し過ぎるのだ。


「まあ、黄姐が腐っていたお蔭で、小姐が駄目になった事は事実だ。
 全く、黄姐も何を考えて、子供にあんな物を読ませたんだか」


(大姐、やたらとこき下ろすけど、私が現世に強い執着を持って、こうして居候していられるのも、
 黄の書いた“小年的糜爛私生活”全集のお蔭なんだからね、私の助言も多々入っているし、合作みたいなものよ)


「だから、意識が戻って、意味もわからず黄姐に聞いたものさ、“黄姐は腐っていないよね?”っと、上手に誤魔化されたよ」


 小姐の言葉は、無視するに限る。






 夜が明けた。卯の正刻鐘が鳴っている、小馨様は、結局一昼夜意識不明だ。


 私は小馨様の手を握り続けている。


 小さい手だった。


 治りかけのあかぎれに、軟膏をすりこんだのは寝台に運び込んで、すぐの事だ。


「夜が明けましたよ、小馨様」


 何度目になるだろう、徹夜で語りかけた。


 血色は良い、呼吸も安定している。


 意識が無いというより、ただ寝過ごしているだけに見える。


 だが、不安だ。可馨様がそうだった。


 だんだんと起きている時間が短くなり、
 起き上がる事も出来なくなり、
 昏睡状態に陥り、


 そして、ある日、呼吸が止まった。


 ……縁起でもない


 この娘とはまだ二日間の付き合いだ。


 だが、だんだんと可馨様に重ねてしまい、
 ずっとお世話していた感覚に陥る。


 私を慕う気持ちが、この子の瞳から見てとれる。
 私の姿を目で追う姿が、愛らしい。


 老師は、この子が私の事を気に入ったと揶揄したが、
 私も、すっかり気に入ってしまった。


 三女である私は末娘だ。


 年の離れたら妹がいたら、こんな感じなのだろうか?


 小馨様の顔を覗いた。
 長い睫毛、白い肌。少し癖のある赤髪、幼女特有の丸い輪郭。
 そして、


 小馨様と、目が合った。


 開口一番こう言った。


「黄姐は腐っていないよね!」


 私は思わず抱きしめた。何やら娘々が言っている。
 構わず抱きしめる。


 可馨様。いや小馨様、おはようございます。
 寝坊が過ぎます、もっと早くに起きてください。


 そんな事を私は思った。






 黄姐に抱きしめられた、なんか嬉しい。
 だから腐ってなんかいない。


(……意味を理解してないでしょ)


(理解している、何だかって本を書いたからって、なんで腐った事になる。
 姐は優しい、だから腐ってない)


(……意味を理解してないね。貴女も頑固ね、結局一昼夜説明しても理解しない)


(理解している。あと、わたしの事は姐と呼ぶ)


(約束だから守るけど、貴女、いや胡姐。少し性格が変わってない?可愛げが無くなった感じ?)


(そういえば、可馨様は何て呼ぼう。かなり年上だから妹妹メイメイと呼ぶのも変だし)


(……今、サラッと嫌な事を言ったね。……やっぱりおかしい、性格が変質している?
 一昼夜、感情を最大限に高めて垂れ流したせい?)


可馨小姐クゥシンシャオジィェ……長いね。可小姐で良いね)


(それで良いよ。ん?旱導師がいる、この部屋に向かって来てる?なんでいるの?)


(旱導師って、母さまに殺されたんじゃ?なんか凄かったよ母さま。
 それより、なんで可小姐は導師が居るって分かるの?)


(……厳密には、私は私だけじゃないからね、黒靈に包まれて永らえたけど、少し同化した。
 だから、黒太郎、黒次郎、黒三を使役できる。
 大元の術者の旱導師も、黒靈を通じて知覚できる)


(ふーん、あ、部屋に入ってきたよ)


(随分あっさりね、一大告知のつもりなんだけどね)


「黄侍女、小馨様が目覚めたようですね。小生に診察させてもらえるかな」


「旱導師、旦那様をお呼びしましたので、診察は旦那様が来られてからにして頂きたい」


 導師と同行している王家宰が、それに答えた。


「ふむ、娘御の大事であるから、当然ですな」


 わたしは、黄姐越しに旱導師を覗き見た。


 なんだか、別人みたいに老けていた。


 可小姐曰く、旱導師はかなり高齢らしいが、体内に黒靈を棲ませて、外見上若返りをしているらしい。


 実年齢は、百を越えているそうだ。


 黒靈を通じて分かるらしく、
 それは、旱導師にも同じ事が言える。


 つまり、可小姐の事も、


 旱導師には筒抜けなのだ。

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