武侠少女!絹之大陸交易路を往く!?

蟹江カニオ

可馨様は体が小さいようだ。

「祖廟参りにその格好ではな。今からでは仕立てが間に合わんし、小馨の体に合う礼服は無いか?」


 これには黄姐が答えた。


「可馨様が九才の時に仕立てた礼服があります、……袖に手を通される事は、有りませんでしたが」


 その頃には可馨はかなり体調が悪く、ほとんど寝込んでいたらしい。


「小馨、嫌か?嫌ならそう言えよ、仕立屋に、既成で無いか問いただすからな」


 既成品ではなく商品の見本の事だ、見本だからこそ作りが丁寧だ。


「嫌ではないです。ただ、わたしは年が下だし、体も大きくないから、服に合うかどうか?」


 これにも黄が答えた。


「大丈夫ですよ、可馨様はお体が小さく、大体今の小馨様位の背丈でしたから」


「なら問題ないです」


 もちろん、礼服など着たことはない。今の服ですら、わたしには上等な物だ。


 綺麗な礼服など、貧民には無縁な物だ、
 嬉しくなる。




 ここ洛都らくとは、この国の首都で大都会だ。


 だから疫病を防ぐ為に、火葬が義務化されていた。
 土葬を望む場合は、洛外に土地を購入し埋葬する事になる。


 遨家の場合、火葬収骨の後、敷地内の祖廟に納骨されていた。


 当然祖廟内は一族以外に立ち入りは禁止されている。
 なので、礼拝に必用な、香や供物、花などは自らが供える事となる。


「王、仕度にどれ程かかる?」


「お供物の手配がありますので、半刻はかかります」


「では、その間に小馨の着物の採寸をしよう。見たところ、昨日と同じ服だからな」


「旦那様、可馨様の礼服を、小馨様は良しとされましたので申しますが、
 やはり袖を通されなかった普段着や室内着があります。
 そちらはどうでしょうか?」


 黄姐は、可馨様の世話役侍女と言っていたっけ、詳しい筈だ。


「ぜひ、わたしに」


 わたしがいくら馬鹿でも、薄々は分かる。


 可馨様の代わりに迎えられたという事は。


 その事に、不満など有るはずもない。


 遨家の人達は、これほど浮浪孤児のわたしに目に掛けてくれたのだ。


 実母ですら傾けなかった情を受けた。


 わたしは可馨様の代わりになる。


 そう決めた。


 だから可馨様のお下がりは、全てわたしの物だ。


「小馨、それで良いか?良いなら、その他衣類の採寸をしよう。
 男共は下がれ、針子の甘を呼んでくれ」


 わたしの決意と裏腹に、実に老師はサックりしていた。


 これだけ大きな邸になると、被服針子が専属で雇われている。


 何分100名を越す大所帯だ、職務が多いので、衣類専門針子では対応しきれない。


 足袋や帽子、手袋、履き物といった小物類も必用になるため、被服針子が必用だった。


 わたしは、生まれて初めて頭の大きさを採寸された。
 足も、手もだ。


 帽子など触った事も無い、自然と顔が緩む。
 老師に笑われた。


 服を脱ぎついでに着替える事になった。


 可馨様の部屋から、礼服が運ばれた


 黄姐が、慣れた手付きで着替えさせてくれる。
 わたしには一人では無理だ。


 礼服は本当にぴったりで、可馨様の発育の程が偲ばれる。


 そうこうしている内に王家宰の方は仕度が調った様で、部屋の外で待機していた。


「では、行くぞ。……小馨、よく似合うな。可馨は見せてはくれなかったが……悪くない」


「はい、帽子で髪を覆うと、遠目には可馨様に見えます」


 少し、しんみりとした所で、出発した。


 祖廟内は一族以外は入れないが、
 だからといって、邸宅から当主自らが荷物を運ぶ意味もない。
 割りと大人数になった。






 この人数のお蔭で、わたしは助かったようだ。


 ようだというのは、その時意識が無かったからだ。
 思えば、この時から運命が動き始めたのだろう。
 いや、やはりゴミ捨て場で、老師に出会ったその時からか。






 いくら広い敷地とはいっても、四半刻も祖廟に着くまでかからない。


 竹林が見えた、祖廟はその先だそうだ。


 祖廟、というので、わたしは大きなお墓を想像していたが、違った。


 かなり大きな平屋の屋形に見える。
 建築の様式は分からない。


 一行は、正面玄関?入り口付近で待機だ。


 入り口に鍵などはない、監獄ではないのだ、祖霊が自由に出入りできる様にだ。


 家人で勝手に立ち入る不届き者は居ない、そもそも他人の霊廟に忍び込む意味も無い。


 ここから先は、老師とわたししか入れない。


 供物その他を、老師と手分けだ。


 入り口を開ける、独特の匂いがした。


 ただ、これは香の薫りだろう、いや香木か。


 玄関部分に扁額に遨家霊廟と書かれていた。
 これは、少し後でに教わった。
 当時のわたしでは、難しくて読めない字だ。


 内扉を開けると、中は広く小部屋に別れてはいない。
 正面の祭壇に、聖王兎、その下に遨蓮明と書かれた額が安置され、
 その他には供物台、燭台、香台が有るだけだった。


「納骨場は、祭壇の裏の階段を降りた地下にある」


 そう言うと、老師は左右の壁に注意を促した。


「歴代当主が右手側に記される。家族は
 左手側だ」


 そう言うと、今度は正面の額に注目した。


「初代様だ、遨蓮明ゴウリィェンミィン様。遨家極拳はこのお方から始まった」


 わたし達は祭壇に供物を供えた。


 そして燭台に蝋燭を立てて火を灯し、香に火をつける。
 香台に乗せて、老師は祭壇前に敷物を敷いた。


 老師は平伏し三叩頭する、わたしもそれに習った。


「蓮明様、諸先人様にご報告が御座います。
 この度、私、京馨は養子を迎える事にいたしました。
 後ろに控える小馨に御座います。
 蓮明様、諸先人様、なにとぞ、お許しの程、臥して御願い申し上げます」


 そう一気に言上すると、再び三叩頭した。
「小馨」
 老師はわたしを促した、挨拶の合図だ。


 わたしも老師に習い三叩頭だ。


 挨拶の内容は、道々黄姐に教わりながら考えた。


「ご先祖様方、に御座います。外孫とお目にかけていただけたら幸です、これから、孝養することを誓います」


 三叩頭をする。これで都合九叩頭だ。これ以上は叩頭はしない。
 過礼は無礼になるのだ。


「お聞き届け、有難う御座います。更なる孝養をお誓い申し上げます」


 実際に対話出来る訳がないので、聞き届けていただいた前提で三叩頭をする。


 これで老師も九叩頭だ。


 そして……




「誓願はすみましたね、今度は小生が御養女様にご挨拶をさせて下さい。遨家の当主様」


 祭壇裏の地下から黒い導服を着た、陰気な男が現れた。


 ……これも運命の出会いだろう。

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