武侠少女!絹之大陸交易路を往く!?

蟹江カニオ

母さまと呼ぶ事になった

 朝食は思っていたより、質素だった。


 わたしは、貧困な想像力から、
 テーブルに乗せきれない程の料理が、出る物と思っていた。


 士大夫階級では、食事は上位から下位に下げ渡すものだと、母から聞いた覚えがある。


 うろ覚えだが、確か主上に至っては、一回の食事に、大夫の一年間の食費に相当する金額を、かけなけばならない。


 大食、美食、なのではなく、下げ渡す食事なので、量が多いそうだ。


 ……考えたら、この邸では部所ごとに食事がでるので、下げ渡す必要がない。


 ご飯が美味しい♪


 お粥だが、下人宿の雑穀粥と大違いだ。
 貝柱だろうか、粥の具材はこれだけだが、今まで食べた事がないくらい、味わい深い。


 汁物も澄んだ色合いだが、味は複雑で深い。


 豆類が多かった、複数の煮豆、炒り豆、これは豆豆腐だろうか?


 黄姐が手際良く取り分けてくれる、申し訳ない。
 けど、わたしには出来ない、だから食べる事に専念する。


 本当に、ご飯が美味しい♪


「何とも美味そうに食べるな、俺も食欲がわいてくる」


 そう言って、老師は粥のお代わりを給仕させた。
 食事が終わり、黄姐と老師付きの侍女が下がる。
 女中?が食器を片付けると、入れ違いに老師付きの侍女が茶を淹れた。


 黄姐が居ない。


「黄が気になるか、随分仲良くなったな。
 朝食だ、後ろの許と交代でな」


「黄姐には、本当に良くしてもらったから。今朝も面白い歩き方を教わったし」


「面白い?どんなやつだ、兎歩うほか?」


「名前は分からない、三歩目に足を揃える歩き方、難しい、四歩目が上手く繋がらない」


「ああ、コツがある、後で見てやろう」


「旦那様?忙しいんじゃ」


「小馨に旦那様と言われると、妙な感じだな、俺は養母なんだから、母でいいぞ……そう驚くな、許」


 老師は後ろを見ずとも、許侍女が息を飲んだ事を察した。
 ……なんとも言い難い、本当に、気配を察しての事なのか、当てずっぽうで言ったのか。


 稚気の抜けない人だったから、後者の可能性が高い。


 しかし言い当てている。偶然とするには老師の肩書きが邪魔をする。


 結局分からないが、老師は敢えてこうした言動をとると、後日聞いた。


「流石にそこまでは。それにわたしは養女の事は断ったけど…」


「その謝絶を俺は断るだけだ、書類は役所に出した、小馨覚えておけ、こういうやり方を、なし崩しと言う」


 そう言って、老師は可々大笑した。豪快だ。


「小馨、今日の予定はどうなっている。午前中に祖霊に報告したい。一緒に来い」


 祖廟参りだ。他家でもそうだろうが、養子を迎えるとは一大事だ。


 新たな一族として、他人を崇め敬い祭り続けるのだから。


 それに、遨家では養子に迎えるとは、深い意味を持つ。


 血統的には、遨家はとっくに絶えている。


 遨家は半官半民の武道館主のため、門弟を牽引出来ない当主では、廃れる。


 何せ軍部を含めると、門弟は万を越える。


 なので、力量有るものが、養子ようし縁組されて遨家を名乗るのだ。


 現に京馨がそうだ。張家から遨家へ嫡子ちゃくし縁組みされている。


 これは、養子縁組より、はっきりと遨家の当主に迎えられるための縁組みだ。


 だから継いだ者は、祖霊は決して疎かにしない。
 自分の後を継ぐ者が、実子とは限らない。


 疎かに扱えば、それはいずれ継承され、
 祭る者は居なくなるからだ。


「旦那様、……」


「母で良い、祖霊には養子報告をする、他に引き合わせたい者もいる」


「分かりました。
 黄姐から今日は各部所に挨拶に回ると聞いていたけど、
 旦那さ、母さま?の言う通り御先祖様への挨拶が先だよね。それが筋だね」


「か呵呵々、筋か、侠者みたいな事を言う。
 うん、筋だ。
 だから各部所の主だった者は、挨拶に来させよう。
 俺の娘になるのだ、それが筋だ」


 何やら大事になってきた、不安が湧く。


 わたしの何に価値を見たのか?
 やはり可馨様関係だろうな。


 そう思ったが、許侍女がいるので、妙な事は言えない。


そこに黄姐がやって来て、許侍女と代わった。


まだ、ほんの一日の付き合いだけど、黄姐を見るとホッとして不安が和らいだ。


姉がいたら、黄姐みたいな感じだろうか。


「許、食事がすんだら、フゥオと王を呼んでくれ」


霍とは筆頭家宰らしい。
まだ昨日の今日なので面識は無い、高齢だという話だ。


「どれ、霍と王が来るまでに兎歩を見てやろう。黄、お前もだ」


即断実行だ、老師は中庭に先立って出た。


早速やってみた。
右足、左足、右足揃、左足、右足、左足揃。


黄姐のアドバイスに従って、最初の一歩のみの呼吸


右足、左足、右足揃、左足、右足、左足揃。


「うん、分かった。次は黄」


老師の感想はアッサリしていた。


やはり黄姐の動きは滑らかだ。良く観察すると、黄姐は一歩毎に呼吸をしていた。
一歩目が強く、二歩目、三歩目が浅く。


「強兎歩」
老師がそう言うと、黄姐は踏み込みを強くして歩く。足音と呼吸音が聞こえる。
しばらく老師はそれを眺めて言った。


「経歩」
黄姐はギョッとした様だが、その“経歩”とやらを実演した。
右足、左足揃、左足、右足揃、右足、左足揃。足音はさっきより強く聞こえる。


一歩事に次足が一度休む様な歩みだ。


わたしには、滑らかに見える。


「よし、そこまで」


老師が終了をつげた。


「二人とも、悪くない。だが、指導に対する工夫がない。導引吐納も良い、だがそこは通過点だ、出来て当たり前だ」


そこで老師は、いつもの小僧っ子の様な目をして言った。


「そこで、奥義を教える」


黄姐は息を飲んだ。

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