武侠少女!絹之大陸交易路を往く!?

蟹江カニオ

いつの間にか猶子になっていたらしい

「全然違う、これでは三歩づつ歩いただけだ」


 黄姐ホァンジィェは流れる様な足取りで、何と言うか力強かった。


 三歩目の半歩足で流れが止まる。
 次の動作でまた一歩目に戻ってしまう。
 難しい。


 これでは、黄姐の様な流れる足取りにならない。


 辺りは明るくなっている、時刻を知らせる鐘の音からして、たぶん起床時間だろう。
 昨晩、黄姐から聞いていた。


 この鐘は邸で鳴らすもので、寺で鳴らす初刻鐘から、半刻後に鳴らす私的な正刻鐘だ。


 時刻については、後日黄姐に教えてもらった。
 12支で時刻表現をして一日は12刻。
 ただ、それだと刻間が長いので、更に1刻を半分にして時間割りとしていた。


 寺で鳴らすのは初刻のみで、正刻はそれぞれの邸や館といった、士大夫階級、大店、などの大所帯で、用途に合わせ私的に鳴らしていた。


 例えば商店舗と、妓館では営業時間が違う。


 それぞれが休んでいる時刻に、鐘を鳴らす意味がない。


 遨家の邸宅では、卯の正刻を起床時間として私的鐘を鳴らし、就寝時間の亥の正刻まで時報をした。


「胡娘々まだやっていたの?」


 いつの間にか、黄姐が戻っていた。丁度いい。


「黄姐、もう一度やって見せて、わたしがやると一度流れが止まっちゃう」


「息継ぎよ、そうね、最初のうちは一歩目に吐気、吸気をこなして、後は呼吸を止める。試してみて」


「?吐気、?吸気、呼吸はわかるけど、吐く息と吸う息のこと?」


「そうよ。……そうか、胡娘にはそこからか」


 後半は聞こえなかった。
 試してみたら、確かにさっきよりすんなり出来た。
 王家宰に教わったが、正しく動きを理解して、呼吸もそれに習う。これを導引吐納というそうだ。
 なにか分かりかけた。続けようとして、黄姐に止められた。


「興味がわいたなら教えるから、今は朝食にしましょう」


 そう言うと、黄姐はわたしの手を引いて侍女用の食堂に案内した。


 下人宿で粥を饗されたように、食事は各部所で賄い方の手により出される。


 老師の家族は、当然料理人が調理した物が配膳される。
 士大夫階級の貴人を招く事も多々あるので、腕の良い料理人を雇っているそうだ。


 昨晩、時間が合わなかったのか、他の侍女姐々には会わなかったが、朝食時には複数人いた。


 ここに来るまで、黄姐に挨拶の仕方を教わった。
 そして、いくつか口裏合わせもした。


 わたしは旦那様の遠縁の親戚という設定だ。


 いや、王家宰によって、昨日の内に役所にその旨が書類で提出されていた。


 なので、書類上は本当に親戚になっている。


 正式な呼称ではないそうだが、わたしは老師の猶子となったらしい。


「みなに紹介するわ、旦那様の遠縁の胡家から迎えられた。胡小馨様。
 旦那様が養子に望まれた御方よ。
 小馨様の希望で、旦那様付きの侍女として働く事になったわ。
 その旨を勘違いしないように」


 黄姐はそう言うと、わたしを皆の前へ誘導した。


 6才の背丈では、黄姐の背後に居ては挨拶出来ない。
 挨拶しようとした所、待ったがかかった。


「黄侍女長、それはおかしい。私はその子が旦那様に面会した場に居合わせたが、そんな話ではなかったぞ」


 周囲がざわりとした。


「旦那様は、その子が余りにもみずぼらしいので、食事を恵まれる話だった。
 旦那様はそれ以上興味を示さず、王第三家宰に後を任された。
 侍女長の話では整合性がない」


「……つまり私が作り話で、皆を謀っていると」


「そうは言わない、ただ我らが納得出来る説明が欲しい。その子は街中の浮浪孤児ではないのか?何故旦那様の遠縁と言うのだ」


「何故も何も、蔡子よ、その場にいたなら分かるだろう。
 旦那様自らが出迎えに出られたのだぞ。
 手違いから勝手口での面会になったが、その後身なりを調えられて、旦那様と正式な挨拶を交わされたぞ。
 私は立ち会っていた」


「しかし、その子は名を呼ばれた事がないと言っていた。縁者というのは、やはりおかしい」


「それはな、符丁だ、俺は小馨の顔を知らなかったからな、手紙でお互いの符丁を交換していた。小馨、その歳で一人旅心細かっただろう」


いつの間にか老師が来ていた、神出鬼没だ。


「蔡、疑うのはもっともだが、小馨は悪い旅の従者に荷物を持ち逃げされ、着の身着のままでようやく俺の所にたどり着いたのだ、少しは労れ」


わたしは、少し苦しいかな、と思った。


「旦那様。……旦那様がそう仰るなら無用な詮索でした。小馨様、無礼な物言い大変失礼致しました」


そう言うと、蔡という年かさの侍女は、差手で謝罪した。


「小馨、蔡は謝罪した。許してやれ」


本当にこんな時、老師は小僧っ子みたいな目をする。


「最初から、怒ってないよ。旦那様はなんでここに?」


「小馨と朝飯にしようと思ってな、侍女に呼びに行かせるより、俺が直接呼んだほうが早い」


そう言って、老師は皆の方を向いた


「俺がここに来た事は、王には内緒にな。
また小言をくらう。じゃ小馨行くか。
黄もこい、小馨の給仕を頼む」


結局、侍女の姐々達に挨拶は出来なかった。



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