武侠少女!絹之大陸交易路を往く!?

蟹江カニオ

老師との運命的出会い

 体のなかで、何かが跳ねた。


 それが、わたしと遨家極拳ごうけきょくけんとの本当の意味での出合いだった。


まだ私が6つの時の事だ。








 ここの人達は、変な人達だった。


 毎日毎日変な踊りをしていた。


 当時、たまに開いた門より、覗いて見てはそう思っていた。


 覗き見た限りでは、毎日だ。馬鹿みたい。


 年の頃は、当時のわたしとそう変わらない、
 ただ、身形は比べ物にならなかった。


 最も、異臭を放つ、ボロ雑巾の様ものを着ていたわたしからしたら、
 目にする人の全てが、身形が良かった。




 浮浪者だったわたしは、何時もの如く、この大きな屋敷から出される、残飯を漁りにきていた。
 この屋敷から、大量の残飯が捨てられるので、顔見知りの浮浪者やら、知らない老人やら、病気の貧民まで、残飯を漁りにきていた。


 いや、今ならわかる。


 あれは残飯では無く、最下層の貧民への施しだったのだろう。


 腐れ物の混入は無く、それどころか、食材毎に分別されていたと記憶している。


 陰徳がどうの、大人たいじんの行いがどうのと、残飯仲間のじじいがそんな事をいっていた。


 老師との出合いは、そのゴミ捨て場だった。


 老師と言えば、外国人はみなじじの尊称だと思っているみたいだが、別に爺とは限らない。


 尊称には違いないが、
 別に、年齢、性別に関係ない。


 ゴミ捨て場で出会った老師は、どこかに消えた母親と同年輩の女性だった。


 貴人が、不浄なゴミ捨場に現れたのだ。


 わたしを含め、周囲は慌てて平伏した。


 身分差は勿論、老師の周囲の随員に圧倒されたのだ、勿論命の恩もある。


 声を掛けられた、わたしにだ。


「お腹は空いていないか?」


 驚いた、極貧民の中でも、更に汚ならしい、わたしにだ。


 返答に困った、そもそも貴人に対する礼も知らなければ、口の聞きようも分からない。


 まごつくわたしに、老師の随員が口をはさんだ。


「旦那様、下々の者に、そのように気軽に口を聞かれては、示しがつきません。まずは家宰の私にお尋ねくださいませ」


 そう言うと、わたしに尋ねてきた。


女孩ニュイハイ旦那様がお尋ねだ、空腹であるか?」


 これは、この家宰なりの優しさだ。
 貧民が貴人に対する礼など、知りようもないのは当然だ。


 ぞんざいな口など聞こうものなら、良くて随員に棒で打たれ、悪ければ警邏官吏に突き出される。


 平民である家宰を挟めば、問題も起きない。


 遨家ごうけともなれば、
 いや、本来なら極貧民相手なら、家宰から用人に下問され、
 用人から下人に伝達され、そこで会話が始まる。


 最もそれ以前に、貴人がこんな場所に、自ら来ること自体があり得なかった。


「は、腹は空いている、います、る?」


 こんな感じで返事を返したはずだ。


 家宰の人は更に聞いてきた。


「名はなんという」


 返事に困った、母親からも名で呼ばれた事が無い。
 “おい”とか、“こら”とか、“お前”、としか呼ばれた事がない。
 仕方ないので、そのままに答えた。


「分からない、名、呼ばれた事無い、です、ます?」


 家宰の人は、そうか、と一言発すると、そのままに老師に伝えた。


 家宰の人の忠言に従ったのだろう、


 今度は、わたしには直接言葉をかけることもなく、家宰の人に何かを命令して、その場を去った。


 去り際に、わたしに微笑みかけた事が、印象に残った。






「ついて来なさい」


 その場に残った家宰に促されて、勝手口から屋敷に入る事になった。


 貧民達は、気にかけるでもなく、残飯を漁りはじめる。


 何か無礼をしたかと焦ったが、下人に囲まれて逃げ出す事も出来ない。


 まごついていると、下人の一人に手を引かれた。




 屋敷の下人用の通路だろう。


 特に舗装もされていない通路を通り、住み込みの下人用の区画に通された。


 家宰の人は、下人宿の管理人を呼び出した。


「この女孩を、旦那様に目通りできる程度には清潔にして、食事を与えるように、後で迎えに来る」


 そう命令すると、特にわたしに気をかけるでもなく立ち去った。


「おい、こっちに来てくれ」


 わたしあての呼び掛けではない。


 管理人の女房だろうか、呼ばれて奥から中年女性が出てきた。


「この子供を洗ってやってくれ。かなり汚いから湯でな。
 それから旦那様に目通りするから、下人の子供連中の古着から、適当に見繕って着替えさせてくれ、食事は俺が賄う」


 どうやら、罰を受ける訳では無さそうだ。
 食事にありつけそうだし、ありがたい。


 たしか、そう思った筈だ。


 湯で体を清めた記憶など一度も無かった。


 夏場なら、たまに井戸水で洗う事もあるが、まだ水も冷たい今時分は、そもそも洗わない。


 身体中の垢を落とされ、髪を洗われる。


 自分でも驚くほど、湯が汚れた。


 泥や煤、その他汚物がすっかり落ちて、元の赤毛が現れた。


 管理人の奥さんは、変わった髪の色だ、と驚いたようだ。


 今となっては母親の顔立ちなど、おぼろ気にしか覚えていないが、髪の色は、わたしと同じだった。


 母親は西域の人、こちらでは胡人と呼ばれる人種の血が流れていたらしい。


 ただ、混血が進んだ、雑胡の生まれだそうな。


 雑胡の雑種のわたしは、なんと呼ばれるのだろうか。


 以前と比べたら、上等過ぎるほどの服を着せてもらいながら、
 そんな事を考えていた事を覚えている。


 食事は、上等な物だった。


 たぶん、わたしが満足に食器を使えないと踏んだのだろう、
 雑穀の粥に小魚の煮物、鶏肉のほぐし身がレンゲと共に饗された。


 食事が済むと口を洗われた、貴人の前に出るのだ、口臭がしては不味いのだろう。


 わたしとしては、今までマメに砂で歯を磨いて口をゆすいできたのだが。


 そうこうしていると、さっきの家宰の人がやってきた。


 老師との面会の仕度が済んだそうだ。


 迎えにきたのだ。

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