武侠少女!絹之大陸交易路を往く!?

蟹江カニオ

小馨と名をもらった

 腹が膨れ人心地がつくと、急に不安になり、恐くなった。


 ここまでされる理由が分からない。


 さっきまで、ご飯がもらえると喜んでいたのだから、間抜けな話だ。


「ほう、なかなか愛らしい女孩ニュイハイだ」


 家宰の人はそう言ったが、実感がわかない。
 自分で自分の姿は見えない、当たり前の話だ。


 とはいえ、言葉の感じからして、悪い事にはならないように思えた。


 家宰の人に促されて、本邸のほうに向かったようだ。


 ようだ、というのも、建物の規模と数が多く、どれも立派な意匠なので、初めて訪れたわたしに、わかるはずも無いからだ。


 割りと、と言うか小さい部類の館に通された。


 規模的には、さっきの下人宿より小さい。


 はっきり言えば、貧相であばら家よりはマシといった所で、とても館とは言えない建物だった。


 後で聞いた話だが、この頃、殿上する貴人に流行った建築様式らしい。


 今上陛下が好んだらしく、質素な建物、簡素な小部屋に、好みの文物を持ち込み愛玩したという、執務から完全に離れた個人空間だと聞いた。


 つまり、老師の完全個室に通されたわけだ。


 知らないという事は怖い事で、


 わたしは生意気にも、こんな所に住んでいるなら、思ったより大したこと無い人なんだな、などと考えていた。


 まあ、お陰で老師と気兼ねなく会話できたのは僥倖であったが。


 質素な館とはいえ、貴人、大人の室だ、面会用の部屋に通された。


 むしろ、こちらの方が私室より広い。


 簡素な家具に対面式の机、備え付けの椅子。


 当時のわたしは、分らなかったが、全て黒檀製の逸品だ。


 椅子を勧められた。


 浮浪者の極貧民が?と思われるかも知れないが、


 家宰の人曰く、館に通された段階で、客人として扱われるそうな。


 しかも、老師の私邸自室に通されるのは、ごく親しい友人だけで、破格な事だった。


 老師はわたしに尋ねた


「家族はいるのか?単刀直入に尋ねるが、其方を俺の養女としたい。家族の了承を得たい」


 驚いた、二重三重に。


 老師の一人称や、声質の優しさや、内容にだ。


 乱暴とも言える物言いが、優しい声により中和されたかのようだ。


「一人です、親はどこかにいって居ない」


「すると天涯孤独か?」


「言葉が難しい、どんな意味か?です?」


 家宰の人は退出していたが、侍女があまり好意的でない目をする。
 言葉が悪いのだろう。


 だが、貧民街で揉まれたわたしには、意味のない威嚇だ。


「他に、頼りになる身内は居ないのか」


「親が全てだった」


 これは、身内の全てという意味だったが、老師は別に取ったようだった。


「むっ、不憫ではある。では、其方はどうだ、俺の養女になりたいか?」


 この答えは決まっていた。


「嫌です。あなたは、身分が高いから。ごめんなさい」


 老師の表情が緩む


「か呵呵呵呵呵、身分が違うから断るか、面白い女孩だ。だが、俺はそんなに偉くはないぞ」


 こんな時、老師はいつも小僧っ子のような目をした。


「確かに主上に目通りかなう身だが、士大夫ではない。平民だ」


「なっ!陛下に会える身分!」


 慌てて平伏した、当然だ、今まで最悪斬首されるような態度だった。


「起きろ女孩、俺は偉くはないと言ったぞ」


 老師は稚気が多い、この時もそうだった。


 いつ動いたのか、わたしは起こされていた。


 感覚的には、平伏したつもりで平伏していなかったような、妙な感覚だった。


「だが、関心したぞ女孩。その歳では主上の尊さなど分からないのが普通だ、どこで教わった」


「母」
 即答した、母は何故か今上陛下を敬っていた。


 皇帝などと言えば、打擲と共に言い直しをさせられたものだった。


「フム。母親の名は言えるか?」


「胡桃華。でも本名じゃないと言っていた」


 西域の出身者はまとめて胡人こじんと呼ばれる。


 なのでこの国で国籍を取る胡人は、面倒を避けて胡姓を名乗った。


 胡人は商売人が多く、商売敵も当然多い。


 なので個人の特定を避ける意味で、一律胡姓を名乗るのだ。


 女孩の母親は、それに便乗したのだろう、雑胡には、それが普通だった。


 余談だが、女孩の感慨にある、雑胡の雑種だが、これもただ、雑胡と呼ばれる。


「髪や肌で分かってはいたが、胡人か」


「そう、だから貴人の養女には成れない、今上陛下に目通りかなうなら、尚更。ご免なさい」


「はっきり物を言う、俺は気に入った。ならここに住め、それも嫌か?」


「それは……」


 この場を去ったとしても、貧民街の孤児溜まりにしか寝床はない。


 以前住んでいたボロ小屋は、母親が居なくなってすぐに、知らない一家に乗っ取られた。


 孤児どうし身を寄せあって、やっと冬を乗りきったのだ、
 この冬で顔見知りの孤児は12、3人ほど凍死していた。


 あんな所に帰りたい訳もない。


 老師はわたしの顔色を読んだ。


「よし、決まりだ、俺の侍女の見習いでどうだ?嫌なら養女だ」


 異論など有りようも無かった。


 だが、老師の言葉通りに捉えるほど、わたしは素直ではなかった。


「わたしに何をさせたいので、すか?」


 理由が有るに決まっていた、なんの縁故もない貧民の浮浪孤児を、引き取る謂われは無いはずだ。


「その内に話す。女孩には、はっきり話したほうが通りやすそうだが、まだお互いに信頼が無い」


 老師は、本当に竹を割ったような性格だった。


 短時間でここまで打ち解ける事は、わたしには珍しかった。


「どれ、名が無いと言っていたな、俺が名付けよう。娘の名が可馨クゥシンだからそれに因んで小馨シャオシンなんてどうだ?」


胡小馨フゥシャオシン
 わたしは口ずさんだ。


 すっかり気に入った。

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