突撃砲兵?キチにはキチの理屈がある!

蟹江カニオ

兵士は殺すよどこまでも

 アルは第三砲台内を散策していた。


 と言うより立小便をするポイントを探していた。


 どうせなら高い場所が良い。


 男とはそんなものだ。


 祖父の教えだ、小便はなるべく遠くに飛ばせ。


 まあ、これは船乗り独自の性病予防で、尿管内に進入した病原体を、腹圧を高めて小便と共に放出する狙いがあった。


 効果の程はわからない。


 アルは、毎度毎度ジャアジャアと勢いよく小便をっていた。本当に妙な所で素直だ。


 小便の件から知れる様に、アルの祖父は女にだらしがなかった。


 船乗りだった事を考えれば、同情の余地はあるが、
 陸に上がって数年、所帯を持っても改まらず。


 子供が生まれても、孫が生まれても改まらず。
 とうとう、孫より年下の三男を外にこさえて。


 祖母はキレた。


 下半身を、いや、ナニを中心に出刃包丁で滅多刺しだった。


 アルが学習所から帰ると、家人が騒然としており、現場に潜り込むと、大好きな祖父は虫の息だった。


 祖母は祖父の睾丸を徹底的に破壊すると、満足したのか、その場で首を括っていた。


 アルの目には、梁からぶら下がった祖母と、やたらと臭い、の二人が見えていたが、その時は祖父の事で頭が一杯だった。


 虚ろな目をした祖父は、アルを認識すると、手招きして呟いた。


 “かに食いたい”と


 アルは自分の部屋から、飼っていたザリガニを持ってきて、祖父の口に押し込んだ。


 バリバリと、祖父はザリガニの踊り食いをすると、無言で息絶えた。






 ・意・味・が・わ・か・ら・な・い・






 アルは、今だに祖父のいまわの際の、蟹の意味が分からなかった。


 虚ろな表情をしているか、キチがいみたいに、ゲラゲラ笑っているだけだ。


 やたらと臭いから、たまにムカつく。






 ……折角だから聞いてみた。


「じいちゃんさぁかにってなんだよ、別に好物でもなんでもなかっただろが?」


 ゲラゲラ笑いながら、吹き飛んだ大手門残骸を指差した。


 何やら黒いものが蠢いた。


「なんだよ、師匠3号じゃん。なんだ、あいつ等ってああして湧くのね」


 虚ろな目をした軍人の3号が二人していた。


 祖父はいつの間にか、そこらに散っていた。
 ……多分一号になったのだろう。


「ここにいたのか、アルちょっと来てくれ」


 コロンボ砲兵伍長だ、困惑しているようだ。


「どうしたの伍長さん」


 アルはコロンボの事を、砲兵伍長、でも伍長、でもなく、伍長さん、と呼んでいた。


 敬称に意味はなく、“伍長さん”という感じだから伍長さん、なのだろう。


「軍曹なんだが、ちょっと激しくてね、仲良しみたいだから、何とかならないか?」


「また暴れてんの?面倒だから埋めちゃうか?」


「普段は良い班長なんだけどね」


「まあ、良いか。ねえ伍長さん、ここの偉い人ってまだ見つかってないんでしょ、アレ違うかな?」


 アルは門の残骸に、コロンボを促して近づいた。
 よく見ると肉片が下敷きになっている。


「ウンコ臭ェ、何でこいつ等ってこんなにウンコ臭ェんだ?」


「あんまり死者を冒涜するのは関心しないよ。それに、アルは嗅いだ事無いから知らないだろうけど、これは死臭だよ」


「あん。このウンコ臭いのがか?」


「糞尿に夏場の生ゴミを混ぜたような匂いだからね、人によっては便臭にとるよ」


「ふーん死臭なのか。語呂が悪くなるな、却下」


 ……師匠はどうなった。


「……アルってさ、たまに会話が成り立たなくなるよな。でも妙だな、この時期にこんなに早く死臭は立たないんだけどね」


「ここにイたか、軍曹俺じゃ手ニおえなイ、アルたのム」


 今度はブブエロか軍曹マジで埋めない?


「俺軍曹の親兄弟じゃないんだよ、まあ良いか。いってくるから、この死体ヨロシク」


 仕方ないから面倒見ることにした。






「俺、俺は何て事をしてしまったんだぁぁ!」


 軍曹が嘆いていた、それはもう盛大に。


「俺は何だ、何様だ全能神か悪魔か!ふざけるな、たかだか軍人だ、無くなりゃ直ぐにでも平和になる、無いほうが良い屠殺商売の糞っ垂れだ!」


「それが何だ!いい気になって同じ釜の飯食った仲間殺して高笑いだ!死ね、死んじまえ糞が!」


 軍曹は頭を抱えて、のたうち回った。


 これが、ダッド軍曹の怖がられる理由だ。
 躁と鬱が両極端なのだ。


 おそらく、彼の頭の中は戦時中ドバドバ分泌されたアドレナリンかエンドルフィンを中和するために、
 ノルアドレナリンか何かがドバドバ分泌されているに違いない。


 脳内物質ジャンキーだろうか?
 やたらと戦争を渇望するのも、禁断症状の現れかも知れない。


 そんな訳で、軍曹は落下したようにテンションが下がるので、墜落死の二つ名で怖がられていた。


 そこにアルが現れた。彼はツカツカと軍曹に歩み寄ると、胸ぐら掴んで引き起こし、横面をぶん殴った。


 “ペチン”というしょっぱい音がした。


「貴様!それでも軍人か!」


 これは、常々言ってみたかった台詞だ、計らずも今日実現した。


 本当はこの後“歯を食いしばれ”と繋がって横面を張り倒すのだが、先に張ってしまった。


「軍曹、我々軍人は戦闘こそが本分だ、命令が下れば、親兄弟同僚や上官、果ては国家元首だろうと戦わねばならない。分かっているはずだ」


 …アルは軍人ではない、厳密には軍属でもない。
 軍の最高責任者は国家元首だ、それと戦う事はクーデターを意味する…


「だが、俺は、高々軍人の俺が人を殺して正義を成したとほざけない。
 殺しは、殺しだ。
 やむを得ず?命令だった?そんなのは言い訳だ!卑怯者の免罪符だ!」


「卑怯者の免罪符で大いに結構。
 軍曹、俺達が今日殺さなければ、あいつ等はナザレ市民200万人を皆殺しにしていたぞ、バンバン大砲打ち込んでな、女子供お構い無くだ。
 それ止める為に殺すのも、欺瞞か軍曹」


 ……ナザレ市の人口数は60万人だ、造反士官連中は、別に悪の秘密組織に、スカウトされた訳ではないので、大量無差別殺人攻撃はしない。
 大体砲撃が届かない。


「……いや、欺瞞じゃない」


「なあ軍曹、我々軍人が手を汚すのなんの為にだ?守るべきものを守る為だろうが、
 その為になら一億だろうが、十億だろうが殺し続ければ良いじゃないか、高々軍人なんだし」


 ……桁が……


 6人救うために千人から一万人を殺戮するって
 ……もういいや。


「殺し続けようぜ軍曹、か弱い市民を守るために死体の山を築こうぜ。
 殺して殺して殺し続ければ、いつかきっと殺す事にも飽きてくるさ。
 そしたら築いた死体の山で、市民招いてお茶でも飲もう。
 きっと平和の味がするさ」






 ・・・ナニを言っているんだこの男は・・・






 周囲は絶句したが、軍曹の心には響いた様で、


 二人は肩を抱き合ってオイオイ泣いた。

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