突撃砲兵?キチにはキチの理屈がある!

蟹江カニオ

アルの車両

(この所、好天が続いているな…このまま城塞まで続いてくれるといいな)


 そんなとりとめも無いことを、彼は考えていた。
 彼は軍人だ、それも、士官待遇を受ける准尉だ。
 士官学校を卒業すれば、大体どこの兵科でも少尉からがスタートだが、彼のような砲兵科出身では、准尉からが普通だった。


 言葉から判じられる通り、准尉とは尉官に准ずると言う意味で本来は下士官だ。これには訳がある。


 前記したが砲兵は基本スリーマンセルだ。砲手、装填手、掃除手。これが一砲班。


 このうち砲手が下士官で占め、装填、掃除手は兵卒が務める。


 砲手は点火が仕事ではなく、攻撃目標の距離を算出し、弾道計算をして、砲の向き、砲の角度、を決定する頭脳肉体労働が仕事だ。


 当然叩き上げの兵士、下士官でなければつとまらない。


 士官学校出身の砲兵は大体砲手に任命されるため、古参の叩き上げ砲手との軋轢を避ける意味で、准士官である准尉からが出発点とされた。


 その代わり軍隊内での出世は早く、数年で同期の他兵科と階級は逆転し、そのまま昇進に追い付く事はなかった。


 軍隊において、花形兵科は騎兵科だが、出世兵科は砲兵科であった。


 彼は士官学校を卒業すると、アルニン陸軍本部、戦術研究室で火砲の有効運用を研究していた。


 それが3年。ナザレ軍港城塞に赴任したのはほんの一月前だ。


 本来なら異動と共に昇進だが、戦術研究に大したこと功績がない事が理由で、昇進は見送られていた。


 が、今回任務の完了が条件で昇進が内定した。失敗するわけにはいかなかった。


 とはいえ、任務自体は難しいものではない。
 レントのアーガイル武器工厰に行き、新型砲の最終性能試験をして、そのまま受領の流れだ。


 納品数は10門、破損した車両に積み込まれた2門以外は、古参の下士官(曹長)に引率され現在ナザレに向かっていた。


 ……いくつか妙な点もあるが、正式な命令なためレオンとしても、口出しするつもりもなかった。
 砲門の受領に、何故一砲班単位で派遣するのか?
 輜重科を合わせれば、人員だけなら小隊だ。


 説明では、現地で取り扱いを修得するためだそうだが、それでは何故兵卒叩き上げの下士官ばかりの派遣なのか、


 そもそも時間的に、部下も掌握していない自分に何故そんな命令がおりたのか。


 ひょっとしたら、ナザレでは士官と下士官の反目が酷い状態なのか?


 今回の件は砲兵科内の嫌がらせか?


 だとすれば、自分の立ち位置は?


 昇進をエサに、士官側の生け贄にされたのでは?


 いささか、発想が飛躍したとき、声をかけられた。


「おはよう、軍人のお客さん」


 アル青年だ、ここは街道東口、市街の外れで待ち合わせ場所だ。


 時間は大体ぴったりだが、そんな事より、
 思考に気をとられていたとはいえ、車両の接近に全く気がつかなかった。


 とても静かだったのだ。それに。


「すごい車両だ……」


 何とも異形な車両だった。真っ先に目につくのは、車輪の数だ、10輪の車両だった。
 次に目につくのは車輪とその周辺だ。


 車輪は不恰好なほど幅広だが、車輪の隣にゴツい渦巻き状の緩衝金具(コイルと説明された)
 と相まって力強く感じられた。


 車輪の中心部は、扁平でわりと大きな鉄製の円柱で、車軸が貫通していた。


 その扁平円柱より、通常の車輪のようにスポークが伸びており、外輪と繋がっていた。


 外輪には見慣れない黒い緩衝材が包む様に厚く塗られていた。


 荷台は、おそらく今回の重量物運搬用に、頑丈で武骨な格子状の物に交換されていた。


後部にある取っ手は車両の押し出し用だろう、近くにレバーがあった。用途は今のところわからない。


牽引馬の連結棒は取り外し式らしく荷台の側面に架かっていた


 なんとも、男心をくすぐる造形だった。


「すごい車両だが、牽引馬がいないようだが」


 そう、馬が牽引してきたわけではないので、気配に気がつかなかったのだ。


「1㌧位なら手押しでも大丈夫だよ」


「そんな馬鹿な……」


 いくら何でも信じられなかった、車軸を折ったのだ、1㌧とは想像以上に重い。


「本当だって、普段は建築石材積んでるけど、1㌧なら俺一人で押すよ、動き出せば逆に軽く感じるかな?」


 実物を見ているので、信じられた。重厚で武骨な印象だが、確かに押してみると、滑るようにうごいた。
 ためしに片腕で押してみたが同様だ、むしろ勢いがついていた分楽だった。


「こんな事も出来るよ」


 アル青年は、車両をその場で回転させた。


「なッ」


 絶句した、ありえない動きだ、つまり左右の車輪が、それぞれの逆に回転しないと出来ない動きだ。
 同一の車軸に両輪が固定されているのだから矛盾している。
 私が驚いているので、アル青年は満足気だ。

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