ロリコン村の転生英雄~少女化した魔物達の最強ハーレムで世界救済~

青空顎門

142 〈不死鎖縛・感染〉

「こんな夜中に難題を押しつけてすまないね、イサク」

 ホウゲツ学園を発ち、ウラバへと向かう道すがら。
 月明かりや電光によって体にできた影の中から、アコさんがそんなことを言う。
 ヒメ様と同じく申し訳なさそうに。

「ええと……ヒメ様もそうでしたけど、どうして謝るんです? 放置したら世界規模の厄災になりかねない事態に対処するのは、救世の転生者なら当然じゃないですか」

 いくら何でも気にし過ぎではなかろうか。

「理由としては、過去の結末を未だに受け止め切れず、リビングデッドの少女化魔物ロリータを過剰な程に危険視しているという点が一つ。ヒメの場合は特にね。私も自覚がある」

 大を守るために小を切り捨てる解決策の実行。
 状況的に仕方がないとは言え、辛い決断だったのは間違いない。
 今と比べれば若い時分のことならば、トラウマになっていてもおかしくはない。
 故に、その元凶たる相手に立ち向かうように命令することに罪悪感がある、と。
 概ね予想通りだが、彼女の口振りからすると他にも大きな理由があるようだ。

「それ以上に、私達はこういう突発的な事件にイサクを、救世の転生者を引っ張り出すことを当然のこととは捉えていないんだ」
「当然と捉えていない?」

 アコさんの言葉を問い気味に繰り返しながら、こういう時のためにこそ救世の転生者はいるんじゃないのか、と首を傾げる。

「私達にとって救世の転生者は、あくまでも必ず訪れる脅威ガラテアへのカウンターたる存在なんだよ。それこそトリリスの悪戯の一つに至るまで、私達からのイサクへの働きかけは本来全てそのためなのさ」
「ええと、つまり今回の事件は完全な想定外だと?」
「以前の、ライムの件も含めてね。まあ、あの時はイサクが自分の意思で首を突っ込んだことでもあるから、今回の件と一緒くたにはできないけどね」
「ヨスキ村への人間至上主義者による襲撃もでしょう、アコ様」
「ああ……そうだったね」

 影の中から指摘するイリュファに、アコさんは少しばつが悪そうに肯定する。
 彼女はそこで一つ間を置き、それから再び口を開いた。

「私達は、可能ならイサクにはガラテアとの戦い以外の部分では穏やかに、幸せに、争いから離れた場所で過ごして欲しいと願っているんだよ。説得力がないかもだけど」
「………………いえ」

 どこか力のない儚げな声色は、本音を語っていると信じるに足るものだった。
 だが、願いはどこまで行っても願い。
 役目はどうしようもなく役目。
 俺にしか解決できない問題が生じれば、願いとは裏腹に俺を使わざるを得ない。
 それが責任ある立場というものだろう。
 こればかりは仕方のないことだ。

「そう思って下さるだけで十分です。俺は俺が望むまま、納得の上でやっているだけですから。未来ある子供達が理不尽に泣くような事態は、必ずこの手で防ぎます」

 もっとも、そうは言いながら実際には俺もまた取捨選択をしている訳だが。
 少女化魔物に非人道的な真似をしているフレギウス王国、アクエリアル帝国。
 この両国を放置しているのだから。
 いくら国とことを構える程の力などなく、そんな状況で短絡的な行動に出れば問題を解決できないばかりか、ホウゲツの人々に多大な迷惑がかかるにしても。
 願いと役目をある程度切り分けているのは、俺もアコさん達と同じだ。
 それでも…………せめて、役目の範疇で、大手を振って助けていい者達は救いたい。

「……やっぱり、君は救世の転生者に相応しい人間だよ。だからこそ――」

 対して、どこか悲しげに告げるアコさん。
 何となくイリュファが時折見せる反応に似ている気がする。

「イサク様」

 と、アコさんの言葉を遮るように正にそのイリュファから呼ばれて注意を促され、眼下に意識を向ける。現在地点は元の世界で言う山口県に入った辺り。
 大分県に位置するウラバへは後十数秒で到着するだろう。
 ……そろそろ速度と高度を落とすか。

「言い忘れていたけど、作戦を開始する前にもう一つ。リビングデッドと化した人間や少女化魔物は殺さないで欲しい。可能なら動物たちも」
「分かってます。なるべく被害は少なくしないと」

 アコさんに応じながら、衝撃波を発生させて減速し、それから一気に降下する。
 並の人間には耐えられない挙動だが、アーク複合発露エクスコンプレックス裂雲雷鳥イヴェイドソア不羈サンダーボルト〉のおかげで俺の体への負荷はほぼないと言っていい。
 同行している皆も、影の中にいる限りは影響はない。
 そして、景色の流れは急激に緩やかになり、月明かりと雷光に照らされた地上の諸々が暗視能力を強化した目に大まかに映るようになる。
そこへ――。

「ん?」

 何かが意図的に進路を塞ごうとしてきて、しかし、それに気づいた俺の急激な軌道変更についてくることができずに背後に置き去りになった。
 どうやら鳥が俺を攻撃しようと狙ってきたらしい。
 恐らくは感染している。
 魔物の可能性もない訳ではないが、可能性はほとんどないだろう。
 体の一部が腐り果てたグロテスクな外見の鷲が、今回の事件とは全く無関係に、偶然に空を飛んでいるはずがない。

 しかし、鳥であれだけグロい状態だと人間は……。
 小さくない忌避感に眉をひそめる。
 精神的ブラクラな光景は勘弁願いたいものだ。

「っと、またか」
「……着実に範囲が広がっているね」

 ほぼ時間を置かずに別個体が襲撃してきた事実を前に、アコさんの深刻な声に頷く。
 ここまで高高度を飛行してきたから、実際にどこまで感染が拡大しているかは分からない。が、少なくとも本州に上陸してしまったのは確実なようだ。
 こうなるとホウゲツ全土を覆い尽くすのも時間の問題だ。

「……急ぎましょう」
「そうだね」

 かなり頻繁に襲いかかってくるリビングデッド化した鳥達を避けながら夜の空を翔けていき、やがてウラバの上空に至る。
 高度は五百メートルというところ。
 まず、その場で滞空して地上の様子を窺おうとするが……。
 リビングデッドの上位少女化魔物エイペクスロリータが待つだろう地に近づいたことによって、感染した鳥達がより激しく殺到してきて、更には変色した蛾やら蜂やらまでもが飛来してくる。
 リビングデッド化したことで昼行性も夜行性も関係なくなっているようだ。

「うわ……」

 それを前にドン引きしたような声を出すフェリト。
 気持ちは分かる。
 多量のグロい色の虫が迫ってくる状況も気持ちのいいものじゃない。
 だが、彼女はまだマシだ。

「う……臭……」

 影の中には届かない腐臭が鼻を突き、俺は思わず顔をしかめた。
 速度を落としたことと数が増えたことで、臭いが追いつくようになったようだ。
 そんな風にあからさまに不快感を顕にしていても、当然ながら鳥と虫達は配慮などしない。鳥は嘴や爪を突き立てようと突っ込んでくるし、虫も纏わりついてくる。

「このっ!」

 それを俺は可能な限り氷漬けにして墜落させた。
 とは言え、さすがに無数の虫は一匹残らずとはいかない。
 時折、バチッと電光に触れた音が鳴ると共に炭化して夜の空に散ってしまうものもあった。なるべく虫も殺さないようにしたかったが、さすがに不可抗力だろう。

「これは……本当に、第六位階の身体強化がないと無事ではいられないわね」

 状況を冷静に顧みてか、フェリトが硬い口調で呟く。
〈裂雲雷鳥・不羈〉のおかげで俺達はウンザリするだけで済んでいるが、この小さな虫に僅かな傷をつけられただけで感染してリビングデッドと化してしまうのだ。
 かの上位少女化魔物の暴走パラ複合発露エクスコンプレックス不死鎖縛ロットホラー感染パンデミック〉の恐ろしさを実感する。

「イサク、西にある大きな森へ」

 いずれにしても、鳥や虫に時間をかけている場合ではない。
 接近してくるそれらは可能な限り凍結しつつ、アコさんの指示に従って西へ向かう。
 そして森が見えてきたため、更に高度を下げると――。

「あれは……」

 俺が纏う雷光の輝きが近づいたことで、月明かりのみの暗闇の中にあってクッキリとは見えていなかった地上の様子が細部に至るまで視界に映る。
 森と平原の境界。そこには虚ろに歩き回る無数の人影があった。
 遠目には正にゾンビ映画の一場面のようだ。

「感染した人間達か……うっ」

 フィクションのフィルターがない、動く腐った死体の群れ。
 諸々内臓が露出している者もあり、目を背けたくなる。
 加えて近づくにつれて獣の腐乱臭とも違う死臭が漂い始め、無意識に手で鼻を覆う。
 蠅がたかっている音も耳に届く。
 五感が全力で確固たる現実だと伝えてくる。
 ゾンビ映画などという評価は不適当にも程がある。

「〈不死鎖縛・感染〉……ここまでおぞましい力だとは」

 大分凍結して少なくなった鳥も虫も、ほんの序の口に過ぎなかった。
 正直なところ、分かり易く強大な力よりも余程恐ろしい。

「イサク様、怯んでいても何も解決できません」
「……分かってる」
「そのおぞましい力に一番苦しめられているのは――」
「上位少女化魔物自身だ。分かってる」

 何のためにここに来たのか。
 それは勿論、この事態を収めるためでもある。
 だが、それと同等以上に大事なことは、幼い少女の未来を取り戻すことだ。
 それこそは俺が俺であることの、前世から続く道を歩む俺であることの証明。

「行こう。彼女を探し出し、救うために」

 だから俺は、自分を鼓舞するようにそう告げ、彼女、ルコ・ヴィクトちゃんがどこかにいるであろう森を見据えた。

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