ロリコン村の転生英雄~少女化した魔物達の最強ハーレムで世界救済~
119 簡単なお仕事
こちらを見上げるロジュエさんの表情には、激しい怒りと敵意が滲んでいる。
その顔を、俺達は高所にありながら強化された視覚によってハッキリ認識できる。
勿論、宝石化した果樹の枝葉によって彼女の姿が隠されてさえいなければ、の話だが。
その辺りは位置関係的に仕方のない部分だ。
対するロジュエさん。
果樹園の木々が邪魔をしていても、下から見る分には俺達よりも遥かに容易く相手を認識できるはずだ。こちらが五十メートル級の巨体であることも相まって。
だが、それは単に攻撃の的として位置を把握し易いという意味に過ぎない。
暴走状態にあるとは言え、複合発露が身体強化系ではないロジュエさんの身体能力や五感は、あくまでも普通の少女化魔物のもの。
氷の巨人の胸部付近にいるのがアグリカさんだと気づくことは不可能だろう。
「ロジュエ!!」
当然ながら、アグリカさんのその声もまた(物理的に)届かない。
そもそも氷が俺達を覆い隠していて音が遮られている上、距離が離れ過ぎている。
ましてや射出された巨大宝石が氷の巨人を打ち、馬鹿でかい衝撃音が鳴り響く中。
並の聴覚では、聞き分けることなどできはしない。
氷の巨人という脅威を前に、宝石化と巨大宝石の投擲は一層激しくなるばかりだ。
そんなロジュエさんとは対照的に。
こちらは彼女の、憤怒を吐き出さんとするような激しい口の動きすら見え――。
「返セッ!! リカ姉ヲ返セエエエッ!!」
その狂乱に塗れた、胸を抉られるような叫び声もまた。
強化された聴覚に意識を集中し、音の選別をすれば十分聞き取ることができた。
いや、できてしまっていたと言うべきか。
「返セ、返セッ! アアアアアアアアアアアッ!!」
「ロ、ロジュエ! ロジュエ!!」
喉が潰れんばかりの絶叫を繰り返す大切な家族の姿を目の当たりにしながら、冷静さを保つことができる者は少ないだろう。
正直、俺ですら少なからず動揺がある。ここまで激しい暴走の仕方はサユキ以来だ。
「こんな、こんな状態でいたなんて……ロジュエ……」
当然、アグリカさんは輪をかけて大きく心を乱されており、氷の壁の内側を引っかくように手を伸ばしながら悲痛な声を上げている。
しかし、氷の巨人の中にいるが故に、その手も声も届くことはない。
だからと言って、外に出ることはできない。
この分厚く巨大な氷の鎧に守られているからこそ宝石化を免れている訳で、それを取り払ってしまえば、たちまち宝石でできた少女像が一つでき上がるだけだ。
アグリカさんもそれは重々承知しているが故に手立てはなく、もどかしげに表情を歪めながら口を噤み、奥歯を噛み締めている。
「アアアアアアッ!! リカ姉エエエエエエエッ!!」
その間もロジュエさんは叫び続ける。
既に喉が傷ついているのか、濁り切った声色と共に。
「…………リカ姉を返せ、か」
そんな彼女の姿を痛ましく思いながら、小さく呟く。
最初から疑ってなどいないが、二人の関係性はアグリカさんが口にしたままらしい。
アグリカさんが拉致されたことが暴走の直接的な切っかけであることも、根本的な原因と罪は全て犯人にあるとしても事実ではあるのだろう。
だが、故にこそ、ロジュエさんがアグリカさんの無事に気づきさえすれば、間違いなくこの依頼は完遂できる。必ずロジュエさんを救うことができる。
その確信を一層深めるが……。
これ程までに激しい狂乱の只中にあるロジュエさんを見ていると、声だけではアグリカさんの存在を認識できないのでは、という懸念も同時に抱く。
あるいは、少しリスクを冒さなければならないかもしれない
「アグリカさん」
「……イサク様」
無力さに拳を震える程に握り締めつつ、縋るような視線を向けてくるアグリカさん。
残る問題については彼女も当然理解している。
けれども、それを解決する術が彼女にはないのだ。
「教えて下さい。私は、私はどうやってあの子に声を届かせれば……」
アグリカさんは、頼り切りになることを心底詫びるように頭を下げる。
しかし、彼女はそれでいい。そこは俺の仕事だ。彼女の仕事は別にある。
そして当然、策はある。
近づいてからが本番だということは予想できるのに、一つも手を用意していないなど画竜点睛を欠くどころではない。職務放棄も甚だしい。
「方法は二つあります。一つは祈念魔法を使ってアグリカさんの声を増幅し、この場にいながら声を無理矢理届かせる方法。これは安全ですが、ロジュエさんの様子を見るに確実性が乏しいかもしれません」
暴走して冷静な判断力が失われているだけに、姿が見えなければ幻聴と切り捨てられる可能性もあるし、祈念魔法によって音量を増幅した声は微妙に本人のものと異なる。
アグリカさんを認識できない可能性が高い。
「……もう一つの方法は?」
アグリカさんは未だ荒れ狂うロジュエさんを一瞥してから、そう尋ねてきた。
彼女もまた実現性は低いと判断したようだ。
「もう一つは、一つ目より格段に確実性が高いはずですが、アグリカさんを危険な目に遭わせることになる方法です。それは――」
氷の装甲に巨大な宝石がぶち当たる激しい音が響く中、彼女の要請を受けて説明する。
最悪、ロジュエさんの暴走・複合発露によって宝石と化すかもしれないことまで。
「構いません。そちらの方が可能性が高いなら、その方法を」
それでも、アグリカさんはリスクを承知の上で即断した。
その瞳には確かな意思が宿っている。
最初から渦中に飛び込む覚悟を決めていた彼女だ。
取るべき選択肢がしかと定まってさえいれば、揺れることはない。
俺としては心苦しいが、危険な役割でも全うしてくれることだろう。
「……分かりました。アグリカさん。俺は貴方の依頼を受けてここまで来ましたが、ロジュエさんを正しい形で助けて上げられるのは貴方だけです。お願いします」
「はい!」
気持ちのこもった彼女の返事を受け、即座に後者の方法を実行に移す。
真・複合発露〈万有凍結・封緘〉を制御し、氷の巨人の足裏、その左右外側を起点に、宝石化した地面に輪を描くように薄く氷を生成していく。
宝石化した果樹の間を縫い、ロジュエさんの真後ろで合流するように。
そして。輪が結ばれた瞬間、その氷結した線の上に、高さも幅も数メートルある氷の壁を一気に隆起させたように作り出す。
「こっちです!」
それと同時に俺はアグリカさんの手を引き、氷の巨人の中に通路を作り出して右足のくるぶしまで一気に飛び降りた。
自身の複合発露で生成したもの。変形は思うが儘だ。
そのまま更に、氷の壁の中をくり抜いた道を二人で駆けていく。
遮二無二暴れ続けるロジュエさんの背後まで。
「アアアアアアアアアアアアアッ!!!」
その間、彼女は眼前にある目立つ囮……半ば棒立ちになっている氷の巨人へと尚も敵意を向け、それを破壊せんと巨大な宝石を打ちつけ続けていた。
暴走する程の想いが、悲しい程に視野を狭めてしまっている。
我が身も全く省みていない。このままでは体が持たないかもしれない。
精神が肉体に影響し易い少女化魔物だけに、早く救わなければ危険だ。
ロジュエさんの背中を前に、気づかれないように無言でアグリカさんに視線をやる。
それに応じて彼女が頷く。
直後、俺は氷の壁に穴を開けてロジュエさんへの道を作った。
宝石化を防ぐ盾も鎧も何もない、ただ彼女に届くだけの道を。
「ロジュエエエエエエエッ!!」
アグリカさんは躊躇うことなく駆け出し、大切な家族の名を叫ぶ。
そしてロジュエさんが振り返るより早く、彼女をその背中から抱き締めた。
しかし、ロジュエさんは突然の事態に驚いたように暴れて振り解こうとしながら、襲撃者を宝石化せんと振り返ろうとする。
それを身体強化の残滓で何とか抑え込み――。
「私はここにいるわ!! 怪我一つない!! だから、だから、もう!!」
アグリカさんは、目に涙を溜めながら必死に声を上げ続けようとする。
が、その言葉がロジュエさんに認識されるよりも早く、彼女の瞳が自身の体を背後から抑え込むアグリカさんの右手を捉えてしまった。
「う……ロジュ、エ……」
体の一部が宝石化したことによって拘束が緩み、ロジュエさんがアグリカさんの腕から抜け出してしまう。
そのまま振り返った彼女の目に、全身が晒される。
一瞬の内に、アグリカさんは宝石の像へと変化し……瞳から涙が一粒零れ落ちた。
それもまた一際美しい宝石と化す。
「ア、あ……?」
小さな一粒。その動きに視線を取られ、意識に空隙ができたのか。
更に目線が動き、アグリカさんの顔に瞳の焦点が合った。
「リ……」
正にその瞬間。
ロジュエさんの顔から敵意や憤怒が抜け落ちた。
同時に、暴走の鎮まった複合発露は彼女の理性の制御下に戻り……。
「リカ……姉?」
その呆然とした声を合図とするように、アグリカさんを含めた宝石化した全て、果樹園も人も動物も建物も何もかもが一気に元の状態へと戻っていった。
合わせて、氷の壁も氷の巨人も消滅させると、果樹園の本来の光景が眼前に広がる。
彼女達が過ごした、彼女達の居場所。
「ロジュエ……?」
「リカ姉……リカ姉っ!!」
「ロジュエ!! 元に、元に戻ったのね!? よかった!!」
その中心で感極まったように正面から抱き合い、二人は互いに無事を確かめ合う。
離れていた時間を埋めるように。
「リカ姉ええぇ……」
「ロジュエ……」
俺は完全に蚊帳の外だ。
……まあ、当たり前と言えば当たり前の話だけれども。
この形で決着をつけることができたのは、偏に二人の繋がりの強さ故だから。
ただ、俺からすれば、そうした彼女達の絆の深さは伝え聞いたものに過ぎない。
その積み重ねも直接には知らない。
人外ロリコンとして二人を救いたいと思う気持ちは真実だが、強烈に感情移入しているとまでは言えないし、特に二人の仲に干渉した訳でもない。
しかし、暴走した少女化魔物を無傷で鎮めるのに最も困難な部分。
それをこうも容易く果たせたのは、完全にアグリカさんのおかげなのは間違いない。
つまり俺とは何ら関わり合いのない部分で、極めて有利な状況にあったのだ。
「結局のところ――」
アグリカさんをここまで連れてこられれば勝ち。
正に彼女を送り届けるだけの簡単なお仕事。それに尽きるのだろう。
そんなようなことを考えながら、俺は再会を喜び合う二人を静かに見守っていた。
その顔を、俺達は高所にありながら強化された視覚によってハッキリ認識できる。
勿論、宝石化した果樹の枝葉によって彼女の姿が隠されてさえいなければ、の話だが。
その辺りは位置関係的に仕方のない部分だ。
対するロジュエさん。
果樹園の木々が邪魔をしていても、下から見る分には俺達よりも遥かに容易く相手を認識できるはずだ。こちらが五十メートル級の巨体であることも相まって。
だが、それは単に攻撃の的として位置を把握し易いという意味に過ぎない。
暴走状態にあるとは言え、複合発露が身体強化系ではないロジュエさんの身体能力や五感は、あくまでも普通の少女化魔物のもの。
氷の巨人の胸部付近にいるのがアグリカさんだと気づくことは不可能だろう。
「ロジュエ!!」
当然ながら、アグリカさんのその声もまた(物理的に)届かない。
そもそも氷が俺達を覆い隠していて音が遮られている上、距離が離れ過ぎている。
ましてや射出された巨大宝石が氷の巨人を打ち、馬鹿でかい衝撃音が鳴り響く中。
並の聴覚では、聞き分けることなどできはしない。
氷の巨人という脅威を前に、宝石化と巨大宝石の投擲は一層激しくなるばかりだ。
そんなロジュエさんとは対照的に。
こちらは彼女の、憤怒を吐き出さんとするような激しい口の動きすら見え――。
「返セッ!! リカ姉ヲ返セエエエッ!!」
その狂乱に塗れた、胸を抉られるような叫び声もまた。
強化された聴覚に意識を集中し、音の選別をすれば十分聞き取ることができた。
いや、できてしまっていたと言うべきか。
「返セ、返セッ! アアアアアアアアアアアッ!!」
「ロ、ロジュエ! ロジュエ!!」
喉が潰れんばかりの絶叫を繰り返す大切な家族の姿を目の当たりにしながら、冷静さを保つことができる者は少ないだろう。
正直、俺ですら少なからず動揺がある。ここまで激しい暴走の仕方はサユキ以来だ。
「こんな、こんな状態でいたなんて……ロジュエ……」
当然、アグリカさんは輪をかけて大きく心を乱されており、氷の壁の内側を引っかくように手を伸ばしながら悲痛な声を上げている。
しかし、氷の巨人の中にいるが故に、その手も声も届くことはない。
だからと言って、外に出ることはできない。
この分厚く巨大な氷の鎧に守られているからこそ宝石化を免れている訳で、それを取り払ってしまえば、たちまち宝石でできた少女像が一つでき上がるだけだ。
アグリカさんもそれは重々承知しているが故に手立てはなく、もどかしげに表情を歪めながら口を噤み、奥歯を噛み締めている。
「アアアアアアッ!! リカ姉エエエエエエエッ!!」
その間もロジュエさんは叫び続ける。
既に喉が傷ついているのか、濁り切った声色と共に。
「…………リカ姉を返せ、か」
そんな彼女の姿を痛ましく思いながら、小さく呟く。
最初から疑ってなどいないが、二人の関係性はアグリカさんが口にしたままらしい。
アグリカさんが拉致されたことが暴走の直接的な切っかけであることも、根本的な原因と罪は全て犯人にあるとしても事実ではあるのだろう。
だが、故にこそ、ロジュエさんがアグリカさんの無事に気づきさえすれば、間違いなくこの依頼は完遂できる。必ずロジュエさんを救うことができる。
その確信を一層深めるが……。
これ程までに激しい狂乱の只中にあるロジュエさんを見ていると、声だけではアグリカさんの存在を認識できないのでは、という懸念も同時に抱く。
あるいは、少しリスクを冒さなければならないかもしれない
「アグリカさん」
「……イサク様」
無力さに拳を震える程に握り締めつつ、縋るような視線を向けてくるアグリカさん。
残る問題については彼女も当然理解している。
けれども、それを解決する術が彼女にはないのだ。
「教えて下さい。私は、私はどうやってあの子に声を届かせれば……」
アグリカさんは、頼り切りになることを心底詫びるように頭を下げる。
しかし、彼女はそれでいい。そこは俺の仕事だ。彼女の仕事は別にある。
そして当然、策はある。
近づいてからが本番だということは予想できるのに、一つも手を用意していないなど画竜点睛を欠くどころではない。職務放棄も甚だしい。
「方法は二つあります。一つは祈念魔法を使ってアグリカさんの声を増幅し、この場にいながら声を無理矢理届かせる方法。これは安全ですが、ロジュエさんの様子を見るに確実性が乏しいかもしれません」
暴走して冷静な判断力が失われているだけに、姿が見えなければ幻聴と切り捨てられる可能性もあるし、祈念魔法によって音量を増幅した声は微妙に本人のものと異なる。
アグリカさんを認識できない可能性が高い。
「……もう一つの方法は?」
アグリカさんは未だ荒れ狂うロジュエさんを一瞥してから、そう尋ねてきた。
彼女もまた実現性は低いと判断したようだ。
「もう一つは、一つ目より格段に確実性が高いはずですが、アグリカさんを危険な目に遭わせることになる方法です。それは――」
氷の装甲に巨大な宝石がぶち当たる激しい音が響く中、彼女の要請を受けて説明する。
最悪、ロジュエさんの暴走・複合発露によって宝石と化すかもしれないことまで。
「構いません。そちらの方が可能性が高いなら、その方法を」
それでも、アグリカさんはリスクを承知の上で即断した。
その瞳には確かな意思が宿っている。
最初から渦中に飛び込む覚悟を決めていた彼女だ。
取るべき選択肢がしかと定まってさえいれば、揺れることはない。
俺としては心苦しいが、危険な役割でも全うしてくれることだろう。
「……分かりました。アグリカさん。俺は貴方の依頼を受けてここまで来ましたが、ロジュエさんを正しい形で助けて上げられるのは貴方だけです。お願いします」
「はい!」
気持ちのこもった彼女の返事を受け、即座に後者の方法を実行に移す。
真・複合発露〈万有凍結・封緘〉を制御し、氷の巨人の足裏、その左右外側を起点に、宝石化した地面に輪を描くように薄く氷を生成していく。
宝石化した果樹の間を縫い、ロジュエさんの真後ろで合流するように。
そして。輪が結ばれた瞬間、その氷結した線の上に、高さも幅も数メートルある氷の壁を一気に隆起させたように作り出す。
「こっちです!」
それと同時に俺はアグリカさんの手を引き、氷の巨人の中に通路を作り出して右足のくるぶしまで一気に飛び降りた。
自身の複合発露で生成したもの。変形は思うが儘だ。
そのまま更に、氷の壁の中をくり抜いた道を二人で駆けていく。
遮二無二暴れ続けるロジュエさんの背後まで。
「アアアアアアアアアアアアアッ!!!」
その間、彼女は眼前にある目立つ囮……半ば棒立ちになっている氷の巨人へと尚も敵意を向け、それを破壊せんと巨大な宝石を打ちつけ続けていた。
暴走する程の想いが、悲しい程に視野を狭めてしまっている。
我が身も全く省みていない。このままでは体が持たないかもしれない。
精神が肉体に影響し易い少女化魔物だけに、早く救わなければ危険だ。
ロジュエさんの背中を前に、気づかれないように無言でアグリカさんに視線をやる。
それに応じて彼女が頷く。
直後、俺は氷の壁に穴を開けてロジュエさんへの道を作った。
宝石化を防ぐ盾も鎧も何もない、ただ彼女に届くだけの道を。
「ロジュエエエエエエエッ!!」
アグリカさんは躊躇うことなく駆け出し、大切な家族の名を叫ぶ。
そしてロジュエさんが振り返るより早く、彼女をその背中から抱き締めた。
しかし、ロジュエさんは突然の事態に驚いたように暴れて振り解こうとしながら、襲撃者を宝石化せんと振り返ろうとする。
それを身体強化の残滓で何とか抑え込み――。
「私はここにいるわ!! 怪我一つない!! だから、だから、もう!!」
アグリカさんは、目に涙を溜めながら必死に声を上げ続けようとする。
が、その言葉がロジュエさんに認識されるよりも早く、彼女の瞳が自身の体を背後から抑え込むアグリカさんの右手を捉えてしまった。
「う……ロジュ、エ……」
体の一部が宝石化したことによって拘束が緩み、ロジュエさんがアグリカさんの腕から抜け出してしまう。
そのまま振り返った彼女の目に、全身が晒される。
一瞬の内に、アグリカさんは宝石の像へと変化し……瞳から涙が一粒零れ落ちた。
それもまた一際美しい宝石と化す。
「ア、あ……?」
小さな一粒。その動きに視線を取られ、意識に空隙ができたのか。
更に目線が動き、アグリカさんの顔に瞳の焦点が合った。
「リ……」
正にその瞬間。
ロジュエさんの顔から敵意や憤怒が抜け落ちた。
同時に、暴走の鎮まった複合発露は彼女の理性の制御下に戻り……。
「リカ……姉?」
その呆然とした声を合図とするように、アグリカさんを含めた宝石化した全て、果樹園も人も動物も建物も何もかもが一気に元の状態へと戻っていった。
合わせて、氷の壁も氷の巨人も消滅させると、果樹園の本来の光景が眼前に広がる。
彼女達が過ごした、彼女達の居場所。
「ロジュエ……?」
「リカ姉……リカ姉っ!!」
「ロジュエ!! 元に、元に戻ったのね!? よかった!!」
その中心で感極まったように正面から抱き合い、二人は互いに無事を確かめ合う。
離れていた時間を埋めるように。
「リカ姉ええぇ……」
「ロジュエ……」
俺は完全に蚊帳の外だ。
……まあ、当たり前と言えば当たり前の話だけれども。
この形で決着をつけることができたのは、偏に二人の繋がりの強さ故だから。
ただ、俺からすれば、そうした彼女達の絆の深さは伝え聞いたものに過ぎない。
その積み重ねも直接には知らない。
人外ロリコンとして二人を救いたいと思う気持ちは真実だが、強烈に感情移入しているとまでは言えないし、特に二人の仲に干渉した訳でもない。
しかし、暴走した少女化魔物を無傷で鎮めるのに最も困難な部分。
それをこうも容易く果たせたのは、完全にアグリカさんのおかげなのは間違いない。
つまり俺とは何ら関わり合いのない部分で、極めて有利な状況にあったのだ。
「結局のところ――」
アグリカさんをここまで連れてこられれば勝ち。
正に彼女を送り届けるだけの簡単なお仕事。それに尽きるのだろう。
そんなようなことを考えながら、俺は再会を喜び合う二人を静かに見守っていた。
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