ロリコン村の転生英雄~少女化した魔物達の最強ハーレムで世界救済~
058 弟達の入学式と男女比
「皆、格好いいぞ」
下ろし立ての制服に袖を通したセトとダン、そしてトバル。
緊張と不安の入り混じった表情を見せている彼らを落ち着けようと、俺はそう言いながら一人一人の頭をポンポンと撫でた。髪型が乱れないように気をつけつつ。
周囲には、同じように学園指定の詰襟の学生服で身を包んだ少年達の姿がある。
セト達と同学年になる新入生だろう。
そんな中にあって、似たような背丈でありながら書生のような服を着ている俺はちょっと浮いていると言わざるを得ない。
早くこの世界の二次性徴を迎えたいものだが……まあ、今は関係ない話だ。
それよりも、時間も余りないので用件を済ませよう。
「三人共、ちょっとこっちに来て、並んでくれるか?」
「どうしたの?」
「母さんとの約束を守らないといけないからさ」
三人は俺の言葉に今一ピンと来ないのか微妙に首を傾げながら、しかし、兄貴分である俺が言うことならという感じで指示に従った。
用件とは、母さんと父さんに送る写真を作ることだ。
しかし、それを伝えると一層緊張した顔になってしまうかもしれない。
既に緊張と不安があるにしても、状況相応の自然な表情の方がいい。
なので何も言わず、通行人の邪魔にならないように端の方でセトを中心に並んで貰う。
「土の根源に我は希う。『緻密』『染色』『転写』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈地母〉之〈細臨写〉」
そして俺は影の中から元の世界の一般的な写真サイズの厚紙を取り出し、そこに視界に映る光景を祈念魔法で写し取っていった。
カメラ程の早さではないが、ものの一、二秒で完成する。
「うん。よくできてる」
一度確認してから保管のために影の中へ。
とりあえず一枚あれば、後から拡大することも縮小することもできるし、ダンやトバルの両親に渡す用に焼き増しすることもできる。
後は入学式の光景を写し取れば、今日の分としては十分だろう。
「さて……そろそろ時間だな。集合場所、分かってるか?」
「えっと、どこだっけ? トバル」
「とりあえず、この教室に集まるって言われたけど……それぐらい覚えときなよ、ダン」
ダンの問いかけに応じ、昨日、俺達と別れてから職員に説明を受けた中で渡されたと思しき紙の資料を確認しながらトバルが答える。
複合発露関連で劣等感が刺激されさえしなければ、彼は三人の中で一番冷静だ。
トバルがしっかりしているおかげで、目を離していられると言っても過言ではない。
「じゃあ、俺は保護者席から見守ってるからな」
「……うん」
心細そうにしながらも頷くセトに、もう一度だけ彼の頭を撫でてから三人と別れる。
過剰な世話焼きは子供の成長に害しか与えない。
振り返らずに行くとしよう。まずは受付だ。
場所は昨日ディームさんから地図を貰った後で、念のため実際に行って確認してある。
そうでなくても、デカデカと案内の看板が出ているので迷いようがない。
保護者らしき大人達の流れもそちらの方へと向かっている。
「……さすがに今日は人が多いな」
「これだと外には出ない方がいいわね。はぐれるかもしれないし」
受付を目指して歩きながら呟いた俺の言葉にフェリトが、状況的に仕方がないと言いたげな反応をする。残る三人と共に影の中に潜みながら。
もっとも彼女の本音は、混雑していて危ないからではなく単に人混みが怖いから外に出たくないというところだろうが。
まあ、言っていること自体は間違っていない。
五人で広がって歩くのは往来の邪魔だし、保護者席を人数分確保するのも好ましくない。
「皆、今日は我慢してくれな」
その辺り既に各々了承済みだが、もう一度だけ申し訳なさと共に影へと小さく頼む。
そして同じ答えが返ってくるのを待ってから、俺は受付まで行って手続きを済ませた。
会場に入り、渡されたプログラムを軽く眺めながら空いている席に着く。
…………学園長挨拶もあるのか。いや、当然あるに決まってるけども。
昨日のトリリス様の様子を思うと何とも不安になる。
「君、もしかして学園の生徒かい?」
「え?」
そんなことを考えていると、隣から突然そう話しかけられた。柔和そうな男の声で。
振り向くと、声の印象通り優しげな顔立ちのすらっとした男性と目が合う。
「あ、いえ、違います」
「そうなのかい? その背格好で保護者席にいるってことは、弟か妹の入学式を見に来た生徒かと思ったんだが……」
そう言う彼は、外見的に二次性徴後の大人なのは間違いない。
だが、新入生の父親か兄かまでは分からない。
この世界の人間は若い時間が極めて長く、見た目では正確な年齢が読めないからだ。
「ええと、確かに弟が入学しますけど、俺は生徒ではありませんよ」
「そうか。残念だ。この学園についての生の声が聞けるかと思ったんだが」
俺の答えに、軽くガッカリしたように呟く男性。
「アナタ、失礼ですよ」
そんな彼に対し、奥の椅子に座っていた奥さんらしき若い女性が窘めるように言う。
そちらの彼女からは、至って普通な女の人という印象を受けた。
懐かしさのある素朴さとでも言うべきか。
恐らく、少女化魔物ではない普通の人間なのだろう。
そう言えば、思い返すと俺がこれまで接してきた女性は皆少女化魔物だった気がする。
人間の女性と顔を合わせるのは前世以来か?
懐かしいと思ったのは、その辺が原因かもしれないな。
「おっと。確かに不躾だったね。すまない。娘が入学するもので」
「ああ……いえ、構いませんよ」
どうやら新入生の両親だったらしい。
わざわざ学園の内情を聞くからには、学園の出身者ではあるまい。
その上で娘が通うとなれば、内情が気になってしまうのも分かる。
「俺はアシェルだ。よろしく。こっちは妻のアンナ」
「イサクです。けど、珍しいですね。女の子が少女征服者を目指すなんて」
「まあ、言っても聞かなくてね」
呆れたように苦笑しながらアシェルさんは言う。
実のところ、少女契約を結ぶにあたって性別は特に関係ない。
だから、女性でも少女征服者になるのは(業が深い感じになるが)不可能ではない。
にもかかわらず、現実として女性の割合は一割にも満たない。
会場に入る前に見た限り、新入生もほとんどが男の子だった。
その理由は、真性少女契約の相手として女性が選ばれることは極めて稀だからだ。
少女化魔物は姿も精神も少女に近いが、根本的には似て非なる者。
元々不老である彼女らがその特性を失い、相手の死と共に自らも命をも失う契約を結ぶことは、子をなすことができるからこそ許容できる面が強いのだろう。
加えて、通常の複合発露では、同系統の真・複合発露にはどう足掻いても勝つことができないという抗えぬ世界の法則もある。
真性少女契約しにくい女性では、余程の偶然が重ならない限り、一流の少女征服者になることは困難としか言いようがない。
故に、少女征服者を目指すという選択肢を最初から持たない女の子が多く、結果として前述したような男女比となってしまっているのだ。
しかし、それでも――。
「あの子は昔からお転婆で、絶対にレスティア様みたいになるんだって」
歴史上、女性でありながら少女化魔物と真性少女契約を結び、歴史に名を残す程の偉業をなし遂げた者はいない訳ではない。
その内の一人がアンナさんの言うレスティア様だ。
彼女は三百年程前に世界各地を旅し、いくつもの集落を危機から救ったと聞く。
絵本や劇にもなっているので、お二人の娘さんはそれを見て憧れたのだろう。
「……まあ、少女化魔物の中には女性でないと絶対に契約できない子もいますからね」
少女化魔物も千差万別。かなりレアだがそういうケースもある。
だからこそ、ホウゲツ学園は女の子にも門戸を開いている訳で……。
レスティア様のようになれる可能性は、学園に入学した女の子全員にあるのだ。
「っと、入ってきたね」
そんな風に二人と話をしていると、やがて新入生が列を作って会場にやってきた。
彼らは演壇に近い前方に並べられた椅子を端の方から埋めていく。
見た感じ、一定の数ごとに椅子が纏まっている。
一つのグループが一つのクラスのようだ。
実際、椅子の纏まりの前に置かれた立て札に、そんなようなことが書いてある。
「あそこの二列目の右から三番目にいるのが、俺達の娘のラクラだよ」
「へえ……あ、俺の弟達と同じクラスみたいですね」
アシェルさんの指の先に視線をやり、その過程でセト達の姿が目に映る。
「そうなの? もしかしたら何か縁があるのかしらね」
どことなく嬉しそうに言うアンナさん。
少し俺と話をしたことで、弟に親近感のようなものを持ったのかもしれない。
気持ちは分からなくもない。
俺は俺で、弟達の友達になってくれたらと勝手に期待している部分もあるし。
まあ、その辺は当人のコミュニケーション次第で、外野が望んでも詮ないことだけども。
それはそれとして、入学式の様子も写真に起こしておこう。
影の中から厚紙を取り出し、小さく祈念詠唱を呟いて祈念魔法を発動させる。
「何をしてるんだい?」
「ああ。母から頼まれてまして。お近づきの印に、どうぞ」
厚紙を一枚、アシェルさんに渡す。
そこには黒髪ポニーテールな可愛らしい女の子の姿が描かれている。
学園指定の制服、大正浪漫溢れる袴にブーツの組み合わせもバッチリ。
セト達の写真を作るのと同時に、ラクラちゃんの分も作ったのだ。
「い、いいのかい?」
「これ、お金を取れるようなものだと思うのだけど……」
「まあ、試供品ということで」
余談だが、祈念魔法によって風景を切り取るこの写真。
都市には似たような手法を用いたそれっぽいものが存在するらしい。
名称は精巧絵画と言うそうだ。
ただし、結構な時間をかけて作られる肖像画や風景画だが。
祈念魔法の精度というかイメージ力の問題か、どうしても一瞬を切り取る写真とまではいかないようだ。
アンナさんの言う通り、これを仕事とすれば金になるかもしれない。
……俺には使命があるので、その合間でとなると精々小銭稼ぎしかできないだろうけど。
「あ、入学式、始まるみたいですね」
「そのようだね」
進行役の教師だろう男性が壇上に上がったのを見て、アシェルさん夫婦との会話をやめて正面を向く。ほぼ同時に司会者が口を開いた。
「本日は公私共にご多忙の中――」
拡声器のような効果を持つ祈念魔法によってか、会場全体に彼の声が響く。
「――これより、第四八二回ホウゲツ学園入学式を執り行います」
そうして開式の辞と共に、記念すべきセトの入学式が始まった訳だが……。
どこの世界だろうと入学式は所詮入学式。
元の世界とさしたる違いも、特筆すべきこともない。
目立たないように配慮してか、セト達が新入生の挨拶をするようなこともなかったし。
正直、見どころがないまま粛々と進行していき、そのまま閉式してしまった。
まあ、懸念していた人間至上主義組織による襲撃など起こる気配もないまま、恙なく終えることができただけよしとすべきだろう。
……ちなみに、もう一つの懸念事項。トリリス様の挨拶については、逆に不自然な程に口調も内容も普通だったとだけ言っておく。
下ろし立ての制服に袖を通したセトとダン、そしてトバル。
緊張と不安の入り混じった表情を見せている彼らを落ち着けようと、俺はそう言いながら一人一人の頭をポンポンと撫でた。髪型が乱れないように気をつけつつ。
周囲には、同じように学園指定の詰襟の学生服で身を包んだ少年達の姿がある。
セト達と同学年になる新入生だろう。
そんな中にあって、似たような背丈でありながら書生のような服を着ている俺はちょっと浮いていると言わざるを得ない。
早くこの世界の二次性徴を迎えたいものだが……まあ、今は関係ない話だ。
それよりも、時間も余りないので用件を済ませよう。
「三人共、ちょっとこっちに来て、並んでくれるか?」
「どうしたの?」
「母さんとの約束を守らないといけないからさ」
三人は俺の言葉に今一ピンと来ないのか微妙に首を傾げながら、しかし、兄貴分である俺が言うことならという感じで指示に従った。
用件とは、母さんと父さんに送る写真を作ることだ。
しかし、それを伝えると一層緊張した顔になってしまうかもしれない。
既に緊張と不安があるにしても、状況相応の自然な表情の方がいい。
なので何も言わず、通行人の邪魔にならないように端の方でセトを中心に並んで貰う。
「土の根源に我は希う。『緻密』『染色』『転写』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈地母〉之〈細臨写〉」
そして俺は影の中から元の世界の一般的な写真サイズの厚紙を取り出し、そこに視界に映る光景を祈念魔法で写し取っていった。
カメラ程の早さではないが、ものの一、二秒で完成する。
「うん。よくできてる」
一度確認してから保管のために影の中へ。
とりあえず一枚あれば、後から拡大することも縮小することもできるし、ダンやトバルの両親に渡す用に焼き増しすることもできる。
後は入学式の光景を写し取れば、今日の分としては十分だろう。
「さて……そろそろ時間だな。集合場所、分かってるか?」
「えっと、どこだっけ? トバル」
「とりあえず、この教室に集まるって言われたけど……それぐらい覚えときなよ、ダン」
ダンの問いかけに応じ、昨日、俺達と別れてから職員に説明を受けた中で渡されたと思しき紙の資料を確認しながらトバルが答える。
複合発露関連で劣等感が刺激されさえしなければ、彼は三人の中で一番冷静だ。
トバルがしっかりしているおかげで、目を離していられると言っても過言ではない。
「じゃあ、俺は保護者席から見守ってるからな」
「……うん」
心細そうにしながらも頷くセトに、もう一度だけ彼の頭を撫でてから三人と別れる。
過剰な世話焼きは子供の成長に害しか与えない。
振り返らずに行くとしよう。まずは受付だ。
場所は昨日ディームさんから地図を貰った後で、念のため実際に行って確認してある。
そうでなくても、デカデカと案内の看板が出ているので迷いようがない。
保護者らしき大人達の流れもそちらの方へと向かっている。
「……さすがに今日は人が多いな」
「これだと外には出ない方がいいわね。はぐれるかもしれないし」
受付を目指して歩きながら呟いた俺の言葉にフェリトが、状況的に仕方がないと言いたげな反応をする。残る三人と共に影の中に潜みながら。
もっとも彼女の本音は、混雑していて危ないからではなく単に人混みが怖いから外に出たくないというところだろうが。
まあ、言っていること自体は間違っていない。
五人で広がって歩くのは往来の邪魔だし、保護者席を人数分確保するのも好ましくない。
「皆、今日は我慢してくれな」
その辺り既に各々了承済みだが、もう一度だけ申し訳なさと共に影へと小さく頼む。
そして同じ答えが返ってくるのを待ってから、俺は受付まで行って手続きを済ませた。
会場に入り、渡されたプログラムを軽く眺めながら空いている席に着く。
…………学園長挨拶もあるのか。いや、当然あるに決まってるけども。
昨日のトリリス様の様子を思うと何とも不安になる。
「君、もしかして学園の生徒かい?」
「え?」
そんなことを考えていると、隣から突然そう話しかけられた。柔和そうな男の声で。
振り向くと、声の印象通り優しげな顔立ちのすらっとした男性と目が合う。
「あ、いえ、違います」
「そうなのかい? その背格好で保護者席にいるってことは、弟か妹の入学式を見に来た生徒かと思ったんだが……」
そう言う彼は、外見的に二次性徴後の大人なのは間違いない。
だが、新入生の父親か兄かまでは分からない。
この世界の人間は若い時間が極めて長く、見た目では正確な年齢が読めないからだ。
「ええと、確かに弟が入学しますけど、俺は生徒ではありませんよ」
「そうか。残念だ。この学園についての生の声が聞けるかと思ったんだが」
俺の答えに、軽くガッカリしたように呟く男性。
「アナタ、失礼ですよ」
そんな彼に対し、奥の椅子に座っていた奥さんらしき若い女性が窘めるように言う。
そちらの彼女からは、至って普通な女の人という印象を受けた。
懐かしさのある素朴さとでも言うべきか。
恐らく、少女化魔物ではない普通の人間なのだろう。
そう言えば、思い返すと俺がこれまで接してきた女性は皆少女化魔物だった気がする。
人間の女性と顔を合わせるのは前世以来か?
懐かしいと思ったのは、その辺が原因かもしれないな。
「おっと。確かに不躾だったね。すまない。娘が入学するもので」
「ああ……いえ、構いませんよ」
どうやら新入生の両親だったらしい。
わざわざ学園の内情を聞くからには、学園の出身者ではあるまい。
その上で娘が通うとなれば、内情が気になってしまうのも分かる。
「俺はアシェルだ。よろしく。こっちは妻のアンナ」
「イサクです。けど、珍しいですね。女の子が少女征服者を目指すなんて」
「まあ、言っても聞かなくてね」
呆れたように苦笑しながらアシェルさんは言う。
実のところ、少女契約を結ぶにあたって性別は特に関係ない。
だから、女性でも少女征服者になるのは(業が深い感じになるが)不可能ではない。
にもかかわらず、現実として女性の割合は一割にも満たない。
会場に入る前に見た限り、新入生もほとんどが男の子だった。
その理由は、真性少女契約の相手として女性が選ばれることは極めて稀だからだ。
少女化魔物は姿も精神も少女に近いが、根本的には似て非なる者。
元々不老である彼女らがその特性を失い、相手の死と共に自らも命をも失う契約を結ぶことは、子をなすことができるからこそ許容できる面が強いのだろう。
加えて、通常の複合発露では、同系統の真・複合発露にはどう足掻いても勝つことができないという抗えぬ世界の法則もある。
真性少女契約しにくい女性では、余程の偶然が重ならない限り、一流の少女征服者になることは困難としか言いようがない。
故に、少女征服者を目指すという選択肢を最初から持たない女の子が多く、結果として前述したような男女比となってしまっているのだ。
しかし、それでも――。
「あの子は昔からお転婆で、絶対にレスティア様みたいになるんだって」
歴史上、女性でありながら少女化魔物と真性少女契約を結び、歴史に名を残す程の偉業をなし遂げた者はいない訳ではない。
その内の一人がアンナさんの言うレスティア様だ。
彼女は三百年程前に世界各地を旅し、いくつもの集落を危機から救ったと聞く。
絵本や劇にもなっているので、お二人の娘さんはそれを見て憧れたのだろう。
「……まあ、少女化魔物の中には女性でないと絶対に契約できない子もいますからね」
少女化魔物も千差万別。かなりレアだがそういうケースもある。
だからこそ、ホウゲツ学園は女の子にも門戸を開いている訳で……。
レスティア様のようになれる可能性は、学園に入学した女の子全員にあるのだ。
「っと、入ってきたね」
そんな風に二人と話をしていると、やがて新入生が列を作って会場にやってきた。
彼らは演壇に近い前方に並べられた椅子を端の方から埋めていく。
見た感じ、一定の数ごとに椅子が纏まっている。
一つのグループが一つのクラスのようだ。
実際、椅子の纏まりの前に置かれた立て札に、そんなようなことが書いてある。
「あそこの二列目の右から三番目にいるのが、俺達の娘のラクラだよ」
「へえ……あ、俺の弟達と同じクラスみたいですね」
アシェルさんの指の先に視線をやり、その過程でセト達の姿が目に映る。
「そうなの? もしかしたら何か縁があるのかしらね」
どことなく嬉しそうに言うアンナさん。
少し俺と話をしたことで、弟に親近感のようなものを持ったのかもしれない。
気持ちは分からなくもない。
俺は俺で、弟達の友達になってくれたらと勝手に期待している部分もあるし。
まあ、その辺は当人のコミュニケーション次第で、外野が望んでも詮ないことだけども。
それはそれとして、入学式の様子も写真に起こしておこう。
影の中から厚紙を取り出し、小さく祈念詠唱を呟いて祈念魔法を発動させる。
「何をしてるんだい?」
「ああ。母から頼まれてまして。お近づきの印に、どうぞ」
厚紙を一枚、アシェルさんに渡す。
そこには黒髪ポニーテールな可愛らしい女の子の姿が描かれている。
学園指定の制服、大正浪漫溢れる袴にブーツの組み合わせもバッチリ。
セト達の写真を作るのと同時に、ラクラちゃんの分も作ったのだ。
「い、いいのかい?」
「これ、お金を取れるようなものだと思うのだけど……」
「まあ、試供品ということで」
余談だが、祈念魔法によって風景を切り取るこの写真。
都市には似たような手法を用いたそれっぽいものが存在するらしい。
名称は精巧絵画と言うそうだ。
ただし、結構な時間をかけて作られる肖像画や風景画だが。
祈念魔法の精度というかイメージ力の問題か、どうしても一瞬を切り取る写真とまではいかないようだ。
アンナさんの言う通り、これを仕事とすれば金になるかもしれない。
……俺には使命があるので、その合間でとなると精々小銭稼ぎしかできないだろうけど。
「あ、入学式、始まるみたいですね」
「そのようだね」
進行役の教師だろう男性が壇上に上がったのを見て、アシェルさん夫婦との会話をやめて正面を向く。ほぼ同時に司会者が口を開いた。
「本日は公私共にご多忙の中――」
拡声器のような効果を持つ祈念魔法によってか、会場全体に彼の声が響く。
「――これより、第四八二回ホウゲツ学園入学式を執り行います」
そうして開式の辞と共に、記念すべきセトの入学式が始まった訳だが……。
どこの世界だろうと入学式は所詮入学式。
元の世界とさしたる違いも、特筆すべきこともない。
目立たないように配慮してか、セト達が新入生の挨拶をするようなこともなかったし。
正直、見どころがないまま粛々と進行していき、そのまま閉式してしまった。
まあ、懸念していた人間至上主義組織による襲撃など起こる気配もないまま、恙なく終えることができただけよしとすべきだろう。
……ちなみに、もう一つの懸念事項。トリリス様の挨拶については、逆に不自然な程に口調も内容も普通だったとだけ言っておく。
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