【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第四十八話 女神 ③神への挑戦

 生きとし生けるもの。その全ての特徴を有しているかのような印象を与えながら、どこか女性的な雰囲気をも有する存在、女神アリュシーダ。
 その全身は無限の色が内包されているが如き輝きを纏い、その周囲にはまるで羽や衣のように広がる帯状の光が放たれている。
 それらによって本体の正確な大きさは把握することができないものの、ネメシスとは異なり意図的に認識を邪魔されている訳ではない。
 ただ単に、人間の認識には限界があるが故に理解が及ばないという感じだ。
 そして大半の人間はその感覚を神性と誤認し、その誤認を起点として魅了され、自ら意思を放棄してしまうことだろう。
 雄也とて事前情報がなければどうなっていたか分からない。
 とは言え、それは所詮仮定の話。
 雄也は強い敵意と共に身構えながら、アイリス達の準備が整うのを冷静に待った。

「愛すべき人間達」

 と、女神アリュシーダがその響き自体に強制力があるかの如き言葉を発し始める。
 これもまた人間の意思を汚染する毒のようなものだ。
 一定の強さがなければ即座に膝を屈してしまうだろう。

「望みのままに慈悲を与えましょう」

 更に女神アリュシーダは、ドクター・ワイルドの記憶通りに言葉を続けていく。
 しかし、それはまだ異世界人たる雄也に向けてのものではない。
 魔力の断絶の範囲内にいる進化の因子保持者、アイリス達へのものだ。
 ただし、の言う望みとやらは彼女達自身が持つものではないが。

「私は人の求めし女神アリュシーダ」

 全ては千年前の戦乱期に遡る。
 争いに疲弊した者達の平和への願いが、ウェーラが作り出したアテウスの塔によって世界そのものへと拡大解釈されて作用した結果。
 世界の法則という機能は、女神アリュシーダという人格を持つに至ったのだ。

「我が祝福によって世界に秩序が、平和が、安寧が満ち溢れることを願います」

 彼女はそう告げると無限色の輝きを全方位に解き放った。
 進化の因子を失わせる理を宿した光。
 人々から自由を奪い、神の秩序に従う下僕とするもの。
 だが、その効果範囲内にいるのは雄也達のみ。
 今の雄也達の力ならば、問答無用に進化の因子を奪われることはない。

『皆! 準備はいいか!』

 気配から彼女達が所定の位置に着いたことを確認し、念のために問いかける。

『……いつでも』『大丈夫です!』『問題ありませんわ』
『万全だよ』『全て兄さんに託すわ』『後はお前次第だ』
『ユウヤ、一発かましてやりな!』

 それぞれから返ってくる〈テレパス〉に頷き、それから雄也は構えに力を込めた。

『お父様、負けないで、下さい』

 最後に彼女達の更に後方、安全圏からその身体能力に裏打ちされた視力で一部始終を見詰めているツナギの懇願染みた言葉に『分かってる』と答え――。

《Full Linkage》

 メルとクリアによって更なる改良が加えられたLinkageSystemデバイスを完全起動した。
 もっとも、改良と言っても新たな機能は一つのみ。
 それもツナギの安全確保のために既存のものを拡張したに過ぎない。
 後は精々効率を僅かに改善した程度だが、むしろこの場合はそれこそが最も必要な改良だろう。相手はもはや小手先の力でどうにかなる存在ではないのだから。

《Heavysolleret Assault》

 そして全身に彼女達の魔力が伝わってくるのを確認しながら、両足に鉄靴を作成する。

《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》
《Over Convergence》
「〈六重セクステット強襲アサルト過剰エクセス強化ブースト〉」

 更に過剰な身体強化を施しながら、LinkageSystemデバイスを通じて得られた彼女達の魔力とRapidConvergenceリングによって瞬時に生み出した力を右足の鉄靴へと集めた。

《Final Arts Assault》
「オーバーレゾナントアサルトブレイク」

 そして収束が完了すると同時に、初手から決め技を使用する。
 特撮ヒーロー番組なら敗北フラグ以外の何ものでもない選択。
 ドクター・ワイルドもまた女神アリュシーダ顕現に際して幾度となく行い、悉く敗れてきたことだけに尚更縁起も悪い。
 しかし、互いの戦力の差を測るには最も優れた方法だ。
 特に、別段相手を滅ぼしても構わない時は尚のこと。だから……。

「うおりゃああああああああっ!!」

 まだ女神アリュシーダが本格的に雄也を敵視する前に。
 この一撃を以って終わらせるつもりで、右足の鉄靴を叩きつけんと一直線に翔ける。
 そして、その一撃が女神アリュシーダに――。

「む、く……」

 直撃する直前に、は明確な防御行動を取った。
 僅かながら驚愕したかのような、感情の変化が感じられる声と共に。
 周囲に展開している無限色の輝きを束ねて盾となし、それを以って雄也の現時点で放つことのできる最大の攻撃を防いでいる。

「こ、のおおおおっ!!」

 魔法による推進力を気合いで高め、雄也は光の層を突き破らんと試みた。
 だが、眼前の相手は、異なる道を強い覚悟と共に進み続けた己が数え切れない時を重ねて尚、届かなかった存在。
 やはり不意打ちの一撃で全てを終わらせることなどできようはずもなかった。

「成程……この力、端末では対処できませんね」

 ただ事実を淡々と告げるように言いながら、女神アリュシーダは蹴撃を正面から受け止めた輝きを一際強くして雄也を弾き飛ばす。
 しかし、口調とは裏腹に表情(と言うよりも、顔の辺りの輝きの揺らぎ方)には、どことなく困惑のような気配が感じ取れた。
 神という超越者らしからぬ反応に思えるが……。
 これもまた、千年前を境に単なる機能から人格神へと移行した影響だろう。
 それによって感情らしきものが生じている訳だ。
 勿論、だからと言って感情に訴えかけて事態を解決することなどできはしない。
 女神たる存在を人間の理屈に当てはめて考えることは不可能だ。

「正に世界の異物。しかし、だとしても、貴方は今やこの世界私の中に生きる者の一人。排除することは私の望むところではありません」

 あくまでも慈悲深い神の如く、諭すように告げる女神アリュシーダ。
 確かにその部分だけを切り取れば、憐れみ深い存在であるかのようだ。
 だが、その慈悲を実現するための方法は、雄也にとっては非道以外の何ものでもない。

「その身に宿した混沌。争いの種火を放棄なさい。さすれば人の望みし秩序は完成し、永遠なる安寧が約束されるでしょう」

 全く悪意なく続ける女神アリュシーダ。
 進化の因子を争いの火種などと悪し様に言い、それを全く正しいと考えている姿。
 余りに記憶の通りの存在過ぎて笑えてくる。

「ふん。お断りだ」

 雄也の返答がに影響を与えることはない。
 そう分かっていて尚、雄也は不敵に言い放った。
 己を鼓舞するためと、時間稼ぎをするために。

「何故抗おうとするのですか?」

 対する女神アリュシーダは、理解できないとばかりに自問に近い問いを発した。

「そんな質問をしてくることこそが理由だ」

 何を答えても結局には響かない訳だが、わざと迂遠な言葉を使う。
 そうすれば問いを重ねてくるはずだと。

「何を、言っているのです?」

 不愉快そうな反応を示しながらも、女神アリュシーダはまだ攻撃には移らない。
 当然、排除の段階にも入らない。
 機械的な慈悲深さの弊害とでも言うべきものだ。
 かつてウェーラがあそこまで抵抗して、抵抗して、抵抗し抜いてようやく異物人でないものと見なされたことから考えても、はギリギリまで説得を試みるだろう。
 その性質を最大限利用させて貰う。

(……よし。体の調子はほぼ戻ったな)

 一瞬だけ限界以上に酷使した体。
 短期間だっただけに、僅かな時間稼ぎでも十分回復することができた。

「理解すらできない。いや、する気がないんだろう?」
「必要ありません。私の望みは人の望み。秩序の中にあることは即ち幸福なのです」
「押しつけの秩序は単なる支配だ。束縛だ。俺はそんなもの、望まない」

 元の世界、雄也が属していた社会には、少なくとも異を唱える自由はあった。
 安全を始めとした恩恵と己の自由とを天秤にかけ、当時はそこまではっきり意識していなかったにせよ、納得した上でその秩序に従っていた。
 だが、拒絶も許されない秩序など認められない。

「俺はお前を倒し、その不自由な秩序を打ち砕く!」

 だから、雄也は改めて直接女神アリュシーダに宣戦布告し――。

「〈六重セクステット強襲アサルト強化ブースト〉!」

 LinkageSystemデバイスからの魔力も十分に使用した魔法で全身に強化を施しながら、空に浮かぶへと突っ込んだ。
 瞬間、敵意に半ば自動的に反応したように、女神アリュシーダが纏う輝きが形を変えていく。無限色の光は束ねられ、巨人の両腕の如くその背中に展開される。

「歪んだ思想もまた、醜き争いの種火の汚染。今ここで取り除き、貴方を破滅へ向かう道行きから救い出しましょう」

 女神アリュシーダは頑なにそう告げると、その光輝く腕を伸ばしてきた。
 それで雄也を掴み取り、直接進化の因子を消し去るつもりなのだろう。
 だが、思ったよりも遅い。
 当然その感想には「ここまで強化され続け、仲間達の力も上乗せされた状態の雄也からすれば」という但し書きがつくが。
 いずれにせよ、今の雄也ならばそれに捕まることはない。
 だから雄也は迫り来る巨大な腕をかい潜り、女神アリュシーダの本体に拳を放った。
 しかし――。

「先の一撃程の力はありませんね」

 それを無限色の光の障壁によって阻みながら、女神アリュシーダは言う。
 過剰な強化を施した一撃でさえ防がれてしまったのだから予想できたことだ。
 とは言え、展開されたままになっている輝く巨人の両腕の動きが僅かながら鈍っていることから考えても、全くの無意味ではない。

(これなら)

 瞬時に元の速度に戻り、再び雄也を追ってくるそれを視界に捉えながら思う。
 あるいは、ここで女神アリュシーダを倒すことも不可能ではないかもしれない、と。
 その無限色の光を防御以外に十分に使用させ、それによって手薄になった障壁に全力全開の力を叩き込むことができれば。

「貴方の攻撃は届きません。諦めて私の手に全てを委ねなさい」

 そうした雄也の判断とは逆の結論を出す女神アリュシーダ。
 は確かに世界最強と言える力を有するが、実際のそれを行使して戦う経験は皆無と言っても過言ではない。
 人格の発生時期から考えても、戦闘を行ったのは千年前のあの時だけだろうから。
 幾度にもわたるドクター・ワイルドとの戦いは、全て時空の彼方に消え去っている以上。
 そのせいか無限色の光を束ねた攻撃方法には僅かな拙さが感じられ……。
 その隙につけ込むことができれば十二分に可能性があると期待できた。

「俺を捕まえられもしない奴に言われたくないな」

 それを確実な未来とするために、挑発するように告げる。

「たった二本の腕じゃ、掠りもしないぞ」
「であれば増やしましょう」

 嘲るように更に続けて言った雄也に応じ、女神アリュシーダは当たり前の顔をして輝く巨人の腕を六本に増やした。
 さすがに初っ端から防御の分の力を費やす真似はせず、二本分の力を分配したためか三分の一程度まで速度が落ちる。

「遅い」
《Twinbullet Assault》

 六本の腕の間を縫うように回避しながら両手に銃を生成し、わざと本体ではなく腕を狙うように魔力の弾丸を撃つ。
 その攻撃は当然全て六本の腕に命中しながらも容易く防がれてしまう。
 しかし、それは構わない。
 相手にダメージを与えるつもりで放ったものではないのだから。
 攻撃を防いだことによって無限色の光を束ねた腕に力が集中し始め、その証明として二本の時と遜色ない動きをし始める。

(これならさっきよりも本体の障壁は――)

 腕の挙動に力を分配した分だけ防御力が低下しているのは間違いない。

(後は〈六重セクステット強襲アサルト過剰エクセス強化ブースト〉による一撃を叩き込めれば)

 障壁を貫き、本体にダメージを与えることができるはずだ。
 重要なのはタイミング。
 腕に最大の力が集まり、障壁の力が最小となる時を狙う。
 勿論、その意図に気づかれ、再び障壁に力を集められないようにしなければならない。
 だから雄也は……全霊の一撃を必殺のものとするために、六本の巨大な腕へと牽制の攻撃を放ちながら最適なタイミングを見極め続けた。

「【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く