【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~
第四十八話 女神 ②顕現の時(真)
翌日の夕暮れ。七星王国王都ガラクシアスのやや狭い路地裏。
「そこまでだ!」
今正に罪なき男性に襲いかからんとしている影の如き存在がそこにいた。
完全なる虚無がある、としか言いようのない矛盾した気配を持つ紛うことなき異物。
女神アリュシーダに遣わされし尖兵、ネメシス。
雄也達にとってみれば、終末を予告する天使の如き存在でもある。
それを前にしながら雄也は――。
「アサルトオン」
《Transcend Over-Anthrope》
敵から目を逸らさないようにしながら歩み寄り、白を基調とした鎧を身に纏った。
しかしネメシスは、まずは眼前の人間に処置を施すことこそ最優先事項だと言わんばかりに雄也の存在を無視して手を伸ばす。
ドクター・ワイルドの記憶の通り、それは単純な魔力の気配だけでは脅威ありと判断しない。敵意と攻撃を受けて初めて、そう認識するのだ。
《Twinbullet Assault》
「そこまでだと、言っているだろ!」
だから、雄也は両手に銃を生成し、空間を黒が浸食していくかのように男性に近づいていく手を即座に撃った。
ただし、周囲への影響に配慮して威力を抑えているため、撃ち抜くには至らない。
本当ならこちらを意識する前に倒してしまいたいところだが、そのすぐ近くの壁にもたれかかっている一般人の男性が巻き添えになってしまいかねない。
まず、こちらに注意を引く必要がある。
「コレマデトハマタ異ナル人間カ」
そこまでしてようやく、それはこちらを振り返る。
「コレ程マデニ、自ラ破滅ヘト向カウ愚カナ性質ニ汚染サレテイルトイウノカ。ダガ――」
そしてネメシスは、処置を施そうとしていた人間に完全に背中を向け、雄也をその人形のような、いや、いっそ虫とでも言った方がいいような無機的な双眸で見据えた。
ドクター・ワイルドの記憶で知っていたし、何度か賞金稼ぎ達が処理しているところを遠くから見学していたので、その歪な姿は見知っている。
とは言え、間近で見ていない以上それだけで容易く慣れるようなものではなく、その目を向けられると嫌悪感が湧く。
「前回ノヨウニハ行カヌ。安寧ヲ乱ス者、滅ブベシ」
「……ふん。偉そうに」
記憶の中にあるネメシス同様、上から目線で更に抑揚のない言葉を続けるそれに対して吐き捨てるように言い、雄也は静かに構えを取った。
進化の因子を病原菌の如く言うそれとは、価値観が余りに違い過ぎる。
そもそもそれは、主体性のない女神アリュシーダの下僕でしかない。
加えて、前回だけでも数名の人の自由を奪い去っている。
言葉を交わす余地などない。
自由意思を持たない者が他者の命によって何の疑問も抱かずに自由を奪わんとする様は心底腹立たしく、一秒でも早く眼前から消し去りたいところだ。
(……けど――)
その背後にはネメシスの影響によって朦朧としている人がいる。
このまま自分から仕かけることはできない。
待ち構える以外ない。
この状況。
彼我の戦力差は十分以上にあるものの、勝敗に被害者を救うという条件をつけ加えると少々面倒だ。人質にされでもしたら一層分が悪くなる。
とは言え――。
「消エ失セロ」
やはり所詮は神の奴隷。いや、道具とでも言うべきか。
そんなものに、そうした部分を戦いの駆け引きに使う応用力などあるはずもない。
いや、そも、それの論理ではその行為は人を混沌から救い出すもの。
人が(物理的に)傷つけられる可能性はあちら側としてもなるべく排除しようとするだろうし、人質にしてどうこうはあり得ない。
紛うことなき敵ながら、その行動方針故に、間違いなく正面から突っ込んでくるという確信がある。嫌な信頼感とでも言うべきものがある。
もっとも確信があるからと言って全く警戒しないという話にはいかない。
結局、相手が動きを見せるのを待つしかないが……。
「神ノ威光ヲ前ニ悔ヤミナガラ」
然程の時を置かず、案の定。ネメシスは真正面から挑みかかってきた。
その速度は過剰進化したアレスよりも遅い。
通常時の彼よりは大分速いが……やはり上限に達していたようだ。
「消えるのは、お前だ!」
予想通りに自ら近づいてきてくれた相手に言い放ちながら両手の銃を捨て、掴みかからんと伸ばしてくる敵の手を、姿勢を低くすることで回避しながら懐に入り込む。
「はあっ!」
「ガッ!?」
そのまま雄也は鳩尾の辺りを殴り上げ、ネメシスを上空へと弾き飛ばした。
狭い路地裏において壁にぶつからないように、ほぼ真上に。
攻撃の反動で周囲に被害が出ないように、最小限の力で。
勿論、石畳の足場は魔法で補強している。
それでも振動が周囲に伝わり、奥の男性の体がその影響で少しばかり震えていたが。
それによって壁にもたれかかっていた体勢が微妙に崩れて横に倒れてしまうが、さすがにこればかりは不可抗力というものだろう。
心の中で謝っておき、空のネメシスを睨むように見上げる。
「終わりだ」
《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》
《Convergence》
そしてRCリングを使用して即座に魔力を収束し――。
「〈六重強襲強化〉」
己が身に蓄えた全てのそれを解放し、空力制御で衝撃波が生じないようにしつつ、一気に未だ落下に移行していないネメシスがいる空へと跳躍する。
《Final Arts Assault》
「レゾナントアサルトブレイク!」
その過程。一秒にも満たない時間の中で雄也は蹴りの体勢を作り、真上に放たれた矢の如く、六色の魔力に満ち溢れた一撃を敵に叩き込んだ。
個人で安定的に出すことのできるほぼ最高出力。
その直撃を受けたネメシスは一溜まりもなく、この世界から完全に消滅してしまった。
呻き声などの何らかの反応を示す間もなく。
「ふう」
それを視界の端で確認し、一息つく。
《Return to Anthrope》《Armor Release》
それから緩やかに降下しながら鎧を脱ぎ去り、ゆっくりと地面に降り立った。
着地地点は跳んだ場所と変わらず、すぐ傍にまだ人格を奪われそうになった男性がいる。
体を起こしているところを見る限り、多少は認識が戻ってきているのだろう。
「あ、ああ……」
少しして彼は恐怖に慄きながら立ち上がり――。
「う、あ、ああああああっ!」
内に生じた恐れを吐き出すように叫びながら逃げ去ってしまった。
今の今まで己の意思を弄ばれ、生殺与奪を握られたかのような状況にあったのだ。
恐慌状態に陥っても全く不思議ではない。
微妙にこちらにも恐怖を感じていたように見え、少し複雑な気持ちになるが……。
危機的状況に会った上で更に、己を半ば支配していた化け物をいとも容易く屠った存在を前にすれば、冷静でいられないのも仕方のないことだ。
寂しい気持ちも事実だが、感謝を報酬として強要するつもりはない。
特撮ヒーローなら人外の力に恐怖されるエピソードなどざらにある話だ。
それに関してはもどきであっても大差ない。
「はあ」
男性が逃げ去った方向から視線を戻し、一つ息を吐く。
(次、だろうな)
それから雄也は、そう心の中で呟いて目を閉じた。
ドクター・ワイルドの記憶から判断するに、恐らく次にネメシスが敗北した時がその時だ。もはやそれによる対処は不可能と判断され、女神アリュシーダは顕現する。
異なる自分にとって最大の因縁を持つ相手。
この時間軸の自分自身にとって、これまでで最大となるだろう敵。
それに打ち勝たなければならない。
たとえ異なる自分の因縁をも超えるような戦いを繰り返すことになろうとも。
己の信条に相容れぬ敵であるが故に。
そう強く自分自身に言い聞かせ、雄也はその場を後にした。
そして……。
「マタシテモ貴様カ」
更に翌日。
再び現れたネメシスへと一撃を与えた後、前日と同じように対峙する。
ただし、今度は後方にアイリス達が控えており――。
「ム」
ネメシスが雄也に虚無の視線を向けている間に、今回の被害者と思しき男女二人を彼女達は救い出して一時的に離脱した。
「何故抗ウ。我ラハ慈悲ヲ以ッテ安寧ナル世界ヘト導カントシテイルトイウノニ」
一度それに双眸を向け、それから雄也に戻して問うネメシス。
「自由意思なき世界など、安寧とは言わない。そんなものは無の世界も同然だ。俺は、お前達には何があろうと恭順しない」
対して雄也は、いつかドクター・ワイルドが口にした言葉を一言一句そのまま言い放った。反射的に引用した訳ではない。本心からの言葉だ。
そして、ネメシスがそれに対して何らかの反応を示す前に。
《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》
《Sword Assault》《Convergence》
「〈六重強襲強化〉」
《Final Arts Assault》
「レゾナントアサルトスラッシュ」
雄也は刹那の内に距離を詰め、生成した片手剣を敵に突き立てた。
当然と言うべきか、六色の魔力を帯びた一撃はその腹部を容易く貫く。
前回のように一瞬で消滅させることも可能だったが、敢えてそれはしない。
末期の言葉を確認して記憶と照合するためだ。
「コノ脅威、我ラデハモハヤ……」
無機的な存在故に、時が来ればある種の合言葉のように同じ言葉を口にする。
それを確認すると共に雄也は剣を抜き去り、ネメシスを空高くへと放り投げた。
その体は一瞬にして豆粒程となり、剣から注ぎ込まれた強大な魔力が解放されて爆発を起こした。その肉体は四散し、粒子となって消滅する。
「……ユウヤ」
そこへアイリス達が戻ってきて、緊張の滲んだ声で呼びかけてきた。
「避難は済んだのか?」
「みたいだね」
雄也の問いに頷きながらフォーティアが答える。
今回のネメシスを倒せば、ほぼ間違いなく女神アリュシーダは現れる。
故にオヤングレンやランドにお願いし、ネメシスが現れた瞬間からその周辺にいる人々を避難させて貰っていたのだ。全力で戦うために。
ただ、ネメシスを対処したのは裏路地とは言え、ここは郊外ではない。
道路も建築物も、下手をすれば壊滅してしまうかもしれない。
しかし、さすがにそこまで対処することは難しい。
(街への被害は、諦めるしかない)
今は女神アリュシーダへの対処が最優先だ。
「ユウヤさん」
そう考えているとイクティナもまた名を呼んでくる。その理由は明白。
「来たか」
それの気配が背筋を貫き、雄也は空を見上げた。
「女神、アリュシーダ」
いつかの記憶の如く、そこに光の帯が生まれていく。幾重にも。
世界の全てを縛りつけるように。
人間の自由を奪う鎖の如く。
やがて先程のネメシスが弾け飛んだ位置のほぼ真上に、ファンタジーの魔法陣のような複雑な幾何学模様が浮かび上がる。
そこから衣のような光が溢れ、徐々に人の形をした存在が現れ始めた。
人型でありながらも、この世のいかなる生物とも似つかないネメシスとは真逆。
この世界に現存する人型の種族。
基人、龍人、水棲人、獣人、翼人、妖精人、魔人。
更には真基人、真龍人、真水棲人、真獣人、真翼人、真妖精人、真魔人に至るまで。そのいかなる存在でもあるかのように見える姿。
しかし、そこに違和感は欠片もない。
認識を歪曲させられている訳でもないのに、自然な形にしか見えない。
(正に女神、か)
人知を超えたその姿。
記憶の中で見知っていても尚、一瞬魅了されたように呆けてしまう。
「人類の自由を奪う者。俺はお前を許さない」
それでも雄也は、その存在の所業を想起しながら、強く意思を持って振り払うように言い放った。宣戦布告するように。
「……皆」
それから仲間達を振り返り、一人一人の目を見て互いに頷き合う。
そして、彼女達が後方に下がるのを見届けてから女神アリュシーダに視線を戻し――。
《Gauntlet Assault》
「束縛の鎖。必ず解き放ってやる」
完全なる顕現を果たすそれを前に、雄也は最も使い慣れたミトンガントレットを両手に装備し、憧れたヒーローに似て非なる構えを取った。
異なる己の記憶と、この世界で積み重ねた経験によって最適化された自分らしい特撮ヒーローもどきの構えを。
「そこまでだ!」
今正に罪なき男性に襲いかからんとしている影の如き存在がそこにいた。
完全なる虚無がある、としか言いようのない矛盾した気配を持つ紛うことなき異物。
女神アリュシーダに遣わされし尖兵、ネメシス。
雄也達にとってみれば、終末を予告する天使の如き存在でもある。
それを前にしながら雄也は――。
「アサルトオン」
《Transcend Over-Anthrope》
敵から目を逸らさないようにしながら歩み寄り、白を基調とした鎧を身に纏った。
しかしネメシスは、まずは眼前の人間に処置を施すことこそ最優先事項だと言わんばかりに雄也の存在を無視して手を伸ばす。
ドクター・ワイルドの記憶の通り、それは単純な魔力の気配だけでは脅威ありと判断しない。敵意と攻撃を受けて初めて、そう認識するのだ。
《Twinbullet Assault》
「そこまでだと、言っているだろ!」
だから、雄也は両手に銃を生成し、空間を黒が浸食していくかのように男性に近づいていく手を即座に撃った。
ただし、周囲への影響に配慮して威力を抑えているため、撃ち抜くには至らない。
本当ならこちらを意識する前に倒してしまいたいところだが、そのすぐ近くの壁にもたれかかっている一般人の男性が巻き添えになってしまいかねない。
まず、こちらに注意を引く必要がある。
「コレマデトハマタ異ナル人間カ」
そこまでしてようやく、それはこちらを振り返る。
「コレ程マデニ、自ラ破滅ヘト向カウ愚カナ性質ニ汚染サレテイルトイウノカ。ダガ――」
そしてネメシスは、処置を施そうとしていた人間に完全に背中を向け、雄也をその人形のような、いや、いっそ虫とでも言った方がいいような無機的な双眸で見据えた。
ドクター・ワイルドの記憶で知っていたし、何度か賞金稼ぎ達が処理しているところを遠くから見学していたので、その歪な姿は見知っている。
とは言え、間近で見ていない以上それだけで容易く慣れるようなものではなく、その目を向けられると嫌悪感が湧く。
「前回ノヨウニハ行カヌ。安寧ヲ乱ス者、滅ブベシ」
「……ふん。偉そうに」
記憶の中にあるネメシス同様、上から目線で更に抑揚のない言葉を続けるそれに対して吐き捨てるように言い、雄也は静かに構えを取った。
進化の因子を病原菌の如く言うそれとは、価値観が余りに違い過ぎる。
そもそもそれは、主体性のない女神アリュシーダの下僕でしかない。
加えて、前回だけでも数名の人の自由を奪い去っている。
言葉を交わす余地などない。
自由意思を持たない者が他者の命によって何の疑問も抱かずに自由を奪わんとする様は心底腹立たしく、一秒でも早く眼前から消し去りたいところだ。
(……けど――)
その背後にはネメシスの影響によって朦朧としている人がいる。
このまま自分から仕かけることはできない。
待ち構える以外ない。
この状況。
彼我の戦力差は十分以上にあるものの、勝敗に被害者を救うという条件をつけ加えると少々面倒だ。人質にされでもしたら一層分が悪くなる。
とは言え――。
「消エ失セロ」
やはり所詮は神の奴隷。いや、道具とでも言うべきか。
そんなものに、そうした部分を戦いの駆け引きに使う応用力などあるはずもない。
いや、そも、それの論理ではその行為は人を混沌から救い出すもの。
人が(物理的に)傷つけられる可能性はあちら側としてもなるべく排除しようとするだろうし、人質にしてどうこうはあり得ない。
紛うことなき敵ながら、その行動方針故に、間違いなく正面から突っ込んでくるという確信がある。嫌な信頼感とでも言うべきものがある。
もっとも確信があるからと言って全く警戒しないという話にはいかない。
結局、相手が動きを見せるのを待つしかないが……。
「神ノ威光ヲ前ニ悔ヤミナガラ」
然程の時を置かず、案の定。ネメシスは真正面から挑みかかってきた。
その速度は過剰進化したアレスよりも遅い。
通常時の彼よりは大分速いが……やはり上限に達していたようだ。
「消えるのは、お前だ!」
予想通りに自ら近づいてきてくれた相手に言い放ちながら両手の銃を捨て、掴みかからんと伸ばしてくる敵の手を、姿勢を低くすることで回避しながら懐に入り込む。
「はあっ!」
「ガッ!?」
そのまま雄也は鳩尾の辺りを殴り上げ、ネメシスを上空へと弾き飛ばした。
狭い路地裏において壁にぶつからないように、ほぼ真上に。
攻撃の反動で周囲に被害が出ないように、最小限の力で。
勿論、石畳の足場は魔法で補強している。
それでも振動が周囲に伝わり、奥の男性の体がその影響で少しばかり震えていたが。
それによって壁にもたれかかっていた体勢が微妙に崩れて横に倒れてしまうが、さすがにこればかりは不可抗力というものだろう。
心の中で謝っておき、空のネメシスを睨むように見上げる。
「終わりだ」
《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》
《Convergence》
そしてRCリングを使用して即座に魔力を収束し――。
「〈六重強襲強化〉」
己が身に蓄えた全てのそれを解放し、空力制御で衝撃波が生じないようにしつつ、一気に未だ落下に移行していないネメシスがいる空へと跳躍する。
《Final Arts Assault》
「レゾナントアサルトブレイク!」
その過程。一秒にも満たない時間の中で雄也は蹴りの体勢を作り、真上に放たれた矢の如く、六色の魔力に満ち溢れた一撃を敵に叩き込んだ。
個人で安定的に出すことのできるほぼ最高出力。
その直撃を受けたネメシスは一溜まりもなく、この世界から完全に消滅してしまった。
呻き声などの何らかの反応を示す間もなく。
「ふう」
それを視界の端で確認し、一息つく。
《Return to Anthrope》《Armor Release》
それから緩やかに降下しながら鎧を脱ぎ去り、ゆっくりと地面に降り立った。
着地地点は跳んだ場所と変わらず、すぐ傍にまだ人格を奪われそうになった男性がいる。
体を起こしているところを見る限り、多少は認識が戻ってきているのだろう。
「あ、ああ……」
少しして彼は恐怖に慄きながら立ち上がり――。
「う、あ、ああああああっ!」
内に生じた恐れを吐き出すように叫びながら逃げ去ってしまった。
今の今まで己の意思を弄ばれ、生殺与奪を握られたかのような状況にあったのだ。
恐慌状態に陥っても全く不思議ではない。
微妙にこちらにも恐怖を感じていたように見え、少し複雑な気持ちになるが……。
危機的状況に会った上で更に、己を半ば支配していた化け物をいとも容易く屠った存在を前にすれば、冷静でいられないのも仕方のないことだ。
寂しい気持ちも事実だが、感謝を報酬として強要するつもりはない。
特撮ヒーローなら人外の力に恐怖されるエピソードなどざらにある話だ。
それに関してはもどきであっても大差ない。
「はあ」
男性が逃げ去った方向から視線を戻し、一つ息を吐く。
(次、だろうな)
それから雄也は、そう心の中で呟いて目を閉じた。
ドクター・ワイルドの記憶から判断するに、恐らく次にネメシスが敗北した時がその時だ。もはやそれによる対処は不可能と判断され、女神アリュシーダは顕現する。
異なる自分にとって最大の因縁を持つ相手。
この時間軸の自分自身にとって、これまでで最大となるだろう敵。
それに打ち勝たなければならない。
たとえ異なる自分の因縁をも超えるような戦いを繰り返すことになろうとも。
己の信条に相容れぬ敵であるが故に。
そう強く自分自身に言い聞かせ、雄也はその場を後にした。
そして……。
「マタシテモ貴様カ」
更に翌日。
再び現れたネメシスへと一撃を与えた後、前日と同じように対峙する。
ただし、今度は後方にアイリス達が控えており――。
「ム」
ネメシスが雄也に虚無の視線を向けている間に、今回の被害者と思しき男女二人を彼女達は救い出して一時的に離脱した。
「何故抗ウ。我ラハ慈悲ヲ以ッテ安寧ナル世界ヘト導カントシテイルトイウノニ」
一度それに双眸を向け、それから雄也に戻して問うネメシス。
「自由意思なき世界など、安寧とは言わない。そんなものは無の世界も同然だ。俺は、お前達には何があろうと恭順しない」
対して雄也は、いつかドクター・ワイルドが口にした言葉を一言一句そのまま言い放った。反射的に引用した訳ではない。本心からの言葉だ。
そして、ネメシスがそれに対して何らかの反応を示す前に。
《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》
《Sword Assault》《Convergence》
「〈六重強襲強化〉」
《Final Arts Assault》
「レゾナントアサルトスラッシュ」
雄也は刹那の内に距離を詰め、生成した片手剣を敵に突き立てた。
当然と言うべきか、六色の魔力を帯びた一撃はその腹部を容易く貫く。
前回のように一瞬で消滅させることも可能だったが、敢えてそれはしない。
末期の言葉を確認して記憶と照合するためだ。
「コノ脅威、我ラデハモハヤ……」
無機的な存在故に、時が来ればある種の合言葉のように同じ言葉を口にする。
それを確認すると共に雄也は剣を抜き去り、ネメシスを空高くへと放り投げた。
その体は一瞬にして豆粒程となり、剣から注ぎ込まれた強大な魔力が解放されて爆発を起こした。その肉体は四散し、粒子となって消滅する。
「……ユウヤ」
そこへアイリス達が戻ってきて、緊張の滲んだ声で呼びかけてきた。
「避難は済んだのか?」
「みたいだね」
雄也の問いに頷きながらフォーティアが答える。
今回のネメシスを倒せば、ほぼ間違いなく女神アリュシーダは現れる。
故にオヤングレンやランドにお願いし、ネメシスが現れた瞬間からその周辺にいる人々を避難させて貰っていたのだ。全力で戦うために。
ただ、ネメシスを対処したのは裏路地とは言え、ここは郊外ではない。
道路も建築物も、下手をすれば壊滅してしまうかもしれない。
しかし、さすがにそこまで対処することは難しい。
(街への被害は、諦めるしかない)
今は女神アリュシーダへの対処が最優先だ。
「ユウヤさん」
そう考えているとイクティナもまた名を呼んでくる。その理由は明白。
「来たか」
それの気配が背筋を貫き、雄也は空を見上げた。
「女神、アリュシーダ」
いつかの記憶の如く、そこに光の帯が生まれていく。幾重にも。
世界の全てを縛りつけるように。
人間の自由を奪う鎖の如く。
やがて先程のネメシスが弾け飛んだ位置のほぼ真上に、ファンタジーの魔法陣のような複雑な幾何学模様が浮かび上がる。
そこから衣のような光が溢れ、徐々に人の形をした存在が現れ始めた。
人型でありながらも、この世のいかなる生物とも似つかないネメシスとは真逆。
この世界に現存する人型の種族。
基人、龍人、水棲人、獣人、翼人、妖精人、魔人。
更には真基人、真龍人、真水棲人、真獣人、真翼人、真妖精人、真魔人に至るまで。そのいかなる存在でもあるかのように見える姿。
しかし、そこに違和感は欠片もない。
認識を歪曲させられている訳でもないのに、自然な形にしか見えない。
(正に女神、か)
人知を超えたその姿。
記憶の中で見知っていても尚、一瞬魅了されたように呆けてしまう。
「人類の自由を奪う者。俺はお前を許さない」
それでも雄也は、その存在の所業を想起しながら、強く意思を持って振り払うように言い放った。宣戦布告するように。
「……皆」
それから仲間達を振り返り、一人一人の目を見て互いに頷き合う。
そして、彼女達が後方に下がるのを見届けてから女神アリュシーダに視線を戻し――。
《Gauntlet Assault》
「束縛の鎖。必ず解き放ってやる」
完全なる顕現を果たすそれを前に、雄也は最も使い慣れたミトンガントレットを両手に装備し、憧れたヒーローに似て非なる構えを取った。
異なる己の記憶と、この世界で積み重ねた経験によって最適化された自分らしい特撮ヒーローもどきの構えを。
コメント