【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~
第四十七話 反動 ①望まれぬもの
「何故、何のためにこんなことを。俺達が戦う意味なんてないだろう!」
戸惑いから醒めるにつれて疑問が膨らみ、雄也は眼前の存在に強く問いかけた。
真超越人の姿へと変じたアレスへと。
その姿は細かい部分こそ異なるが、かつて刃を交えたこともあるものだ。
しかし、あの当時は恐怖心をほとんど感じなくなるという異世界召喚の弊害を雄也に知らしめるために、悪役を買って出てくれたに過ぎない。
今更敵対する必要性などないはずだ。
少なくとも雄也にとっては間違いなくない。
「言ったはずだ。これは七星王国上層部の決定だと」
対してアレスは納得できる答えになっていない理由を簡潔に繰り返しながら、一切の躊躇なく魔力を帯びた大剣を斜め上から振り下ろしてくる。
魔法で空気抵抗を消しているのか、音もなく滑るように。
魔動器の改良に伴って得た風属性の魔法をも利用した本気の攻撃だ。
並の人間ならば一刀両断されるより早く、込められた魔力によって僅かなりとも刃に触れた瞬間に粉微塵になるに違いない。
「くっ」
そんなアレスとは対照的に、雄也は友人たる彼に全力で反撃することなどできず、迫り来る剣のみを横から殴って軌道を無理矢理逸らすに留めた。
とほぼ同時に、大きく後退しながら魔力の断絶の範囲から逃げようと試みる。
突然の事態につい勝負を受けてしまったが、馬鹿正直に戦ってはいられない。
誰かの自由を奪った訳でもない相手に対し、この常識外と成り果てた力を行使することは自制すべきだ。しかし――。
「ここでお前が逃げれば、次はアイリス達を狙わなければならなくなるぞ」
「何だと?」
逃走の企図に冷や水を浴びせるようなアレスの物言いに雄也は足を止めた。
それから、その卑劣な内容に思わず怒りを抱き、彼を睨みつける。
「だからユウヤ。逃げてくれるなよ」
が、次いでアレスの口から出てきた懇願の言葉が余りにも真剣な声色だったことに虚を突かれ、胸に渦巻きつつあった激情は霧散してしまった。
とは言え、その間もアレスの攻勢は僅かたりとも弱まることはない。
変わらず巨大な刃による連続攻撃が襲いかかってくる。
元々早い段階でMPリングと進化の因子を得、鍛錬も人一倍積んできたアレス。
その彼にメルとクリアが改良したMPリングが加われば、さすがに超越基人には程遠い強さであれ、雄也に傷をつけるぐらいは不可能ではない。
勿論、当たればの話だし、傷と言っても微々たるものに過ぎないだろうが。
「はああああああっ!!」
それでもアレスは、尚も攻撃の手を緩めず、気合の叫びと共に攻め込んでくる。
重量武器の外見に反して、刃は鋭い軌跡を描き続けていた。
その迷いのなさは、あるいは力の差から逆算して当たることはないだろうと高を括っているが故のことなのかもしれない。
とは言え、一撃一撃に込められているのは確かに全霊だ。加減はない。
たとえ雄也が敢えて無防備を晒しても攻撃を止めず、たとえダメージは極小だろうと何万回と繰り返して命に迫ってやろうというような凄みを感じる。
友人だと思っていたのは自分だけだったのか、と首を傾げたくなる程の勢いだ。
そんな様子に少しだけ、力比べの時のフォーティアを思い出す。
が、いずれにしても今は、こちらから積極的に反撃することを躊躇う気持ちが強い。
先程の言葉を聞く限り、やむにやまれぬ事情があるようだから。
「逃げるなはいいけど、まず詳しく事情を説明しろ!」
ともかく、そこだ。
真意が分からなければ如何ともしがたい。
それを説明させるためにも、一先ずアレスの身動きを封じる必要がある。
「……ふっ!」
そのために、雄也は幾度か斬撃を躱しながらアレスが上段から振り下ろしてくる瞬間を待ち、待ち侘びたその一撃を前に真剣白刃取りの要領で刃を両手で挟んで受け止めた。
時代劇などのフィクションでよく見られる徒手空拳の技。
だが、このような技はハッキリ言って非現実的以外の何ものでもない。
これも馬鹿げた生命力と魔力による人間の常識を超えた身体能力、反射神経の賜物だ。
ある意味、実力差の誇示にもなるだろう。
「くっ」
その事実にはアレスも当然気づいていて、苦々しげに息を吐く。
僅かなりとも精神的に怯んだ今が問い質すチャンスだ。
「何で俺の命を七星王国が狙う。そんな謂れはないはずだ」
「……言ったはずだ。面倒なことになっていると。慎重に行動してくれとも」
「それと何の繋がりがある?」
思わせ振りなことだけ言われても、ハッキリ理由を教えてくれなければ分からない。
分かった気になって勘違いしては目も当てられない。
コミュニケーション不足による擦れ違い展開は傍から見ている分にはいいが、当事者にはなってしまったら面倒この上ないのだから。
「お前の強さを危惧している人間がいる。ランド殿は庇っていたが、多勢に無勢だった」
「そんな、強さなんて今更じゃないか!」
ドクター・ワイルドを討ち果たした時点で、この世界の人間とは別格の強さになり果ててしまっていることは誰の目にも明らかだったはずだ。
「問題はお前の行動だ」
「行動?」
そんなことを言われても全く身に覚えがなく、思わず間違いではないかとアレスの言葉を繰り返しながら問い返してしまう。
少なくとも一貫性のない真似をしたつもりはないが……。
「ああ、そうだ」
しかし、アレスは間違いではないと更に強調するように肯定し、更に続ける。
「進化の因子のせいか各国の間の緊張感が高まりつつある状況で、お前は他国の魔法技師とそれを支援する要人を始末した」
「それは彼らが――」
「どれだけ彼らが非道な真似をしていたとしてもだ」
雄也の弁明を先回りするように切り捨てるアレス。
「如何なる大義があれ。国家の制御の利かない存在は、国にとってドクター・ワイルドと同等の脅威に他ならない。並の人間では敵わない力の持ち主である以上、尚のこと」
「それは……」
まあ、そうだろう。正論だ。
どのような大義を掲げていても、雄也達は正義たり得ない。
元々正義を自称していた訳ではないし、そのつもりもないが。
この身は、あくまでも特撮ヒーローなき現実に生きる代替物に過ぎない。
特撮ヒーロー番組の中ならいざ知らず、現実では法によらず暴力で解決する存在は悪以外の何ものでもないのだ。
たとえ、どこかにある「正義」の味方たらんとしていても。
(もっとも、それこそキナ臭くなりつつある中で、他国の魔法技師やその国の要人を七星王国が法の下で裁くことができるかは正直疑問だけど)
それでも個人が勝手に、手続きを一足飛びして解決を図ったのはまずかった。
完全に言い訳だが、間もなく顕現する女神アリュシーダへの対処を常に頭の片隅に置いていたせいで、その辺りを熟慮する余裕がなかったのだと思う。
「だからと言って、女神アリュシーダを討ち果たすまで命を取られるつもりはないぞ」
勿論、仇敵を討ち果たすことができた後ならいいという訳でもないが。
そこは単なる言葉の綾だ。
「と言うか、そもそも七星王国の上層部だったら、アレがもうすぐ現れることぐらい知ってるはずだろうに。何で今なんだ?」
自惚れでも何でもなく、女神アリュシーダと対峙できる可能性があるのは現状雄也達ぐらいのものだ。それだって可能性は限りなく低い。
精々、一撃では死なないという程度のものでしかないかもしれない。
それ程の脅威が今正に目の前に迫っているにもかかわらず、そんな状況で雄也達を排除しようとする動きが出てくるのはさすがに理解できない。
「だからこそだ」
だが、逆にアレスはそれが理由だと答える。
同じ理由で否定した雄也に意味が分かるはずもなく、彼の言葉を待たざるを得ない。
「千年前のような戦乱の時代へと向かいつつある現状。むしろ女神に統制された方がいいのではないかと考える者もいるということだ。特に、実際に渉外に当たり、そうした空気を肌で感じ取っている国のお偉方の間ではな」
「なっ!?」
彼の口から語られた事実に驚愕の余り絶句し、刃を抑える力を緩めかける。
その瞬間を狙うようにアレスが大剣を押し込もうとしてくるが、雄也はハッとして力を入れ直して再び均衡を作った。
「アレの支配は精神支配も同然。更には進化の因子は失われ、発展への意思も完全に奪われる。それでもいいって言うのか!?」
「その発展への意思こそが、不和を生み、国家間の騒乱を引き起こす原因と考えられているのだ。そして進化の因子がなくなれば自ずとそれも解消され、元の平和が戻ると」
確かに、進化の因子については彼が口にしたことは完全な間違いではない。
自由も過ぎれば混沌となる。それは事実だ。しかし――。
「馬鹿な。そのために精神支配を受け入れるってのか?」
そこはいくら何でも理解しがたい。
自分自身を放棄したら、平和を享受することもできなくなるというのに。
「千年前の状況。この時代で進化の因子を得る前の人々の様子。それらから総合的に判断して完全な精神支配は数年程度、最悪でも一代限りのものだろうとの結論のようだ」
「そんな、楽観が過ぎるっ!」
「大多数にとって女神アリュシーダは想像の範疇を超えた相手だ。まだ戦争の危機という脅威の方が現実的なのだろう」
淡々と告げられたアレスの言葉に、雄也は思わず口を噤んだ。
そもそもアレの顕現が紛うことなき事実だと確信しているのはドクター・ワイルドから記憶を得た雄也と、そんな雄也を信じてくれる一部だけ。
それ以外に対しては、ネメシスという存在があるからこそ一定の信憑性があるだけだ。
そんなネメシスも、早々に処理の仕方を確立したおかげで被害は少ない。
極論たとえ放置していても、人格を弄られはするものの命までは奪われない。
そうした存在に比べれば、あるいは街に出現した過剰進化状態の真超越人をより脅威に感じ、そこから戦乱の気配とそれに対する恐怖を抱いても無理もないことかもしれない。
戦う術を持たない市井の人々などは特に。
「だから俺を排除し、女神アリュシーダの支配を受け入れる、か」
不自由を選ぶこともまた自由とは言え、納得はし辛い。
それでも七星王国の上層部が雄也を排除したい理由は理解した。だが――。
「……アレス、お前も同じように考えてるのか?」
眼前の友。
彼がそのような考えに追従するとは思えなくて、雄也はそう問いかけた。
しかし、アレスはそれに答えることなく――。
「はあっ!!」
気合と共に大剣を一度押し込もうとした後、それに応じて雄也が受け止める力を一瞬強めたのを見計らって武器から手を離して大きく後退した。
「七星王国の国民として、命令には従わなければならない」
それから不本意ではあると暗に告げるアレス。
超越人対策班としてのケジメということだろう。割と堅物な彼らしくもある。
「だが今は、人間として至高の力を得たお前に挑むことができればそれでいい」
その辺りの求道者気質とでも言うべきものはフォーティアに似ている。
彼女との力比べを思い出したのは当然か。
「俺の全身全霊、受け止めて貰うぞ」
と、アレスはMPリングを高く掲げながら戦闘の続行を告げた。
次の瞬間、彼の生命力と魔力が大きく膨張し始め、同時に装甲がひび割れて体が肥大化していく。併せて全身鎧が再構成され、巨大な鬼、オーガの如き形態となった。
その姿にはどことなく見覚えがある。
(アンタレス……アレスの兄が過剰進化した姿に似てる)
同タイプのMPリングを使用しているのだから当然と言えば当然だ。
勿論、あの時の相手とは強さの格が全く違うが。
「まだ、まだだ」
「なっ、アレス、まさか――」
真超越人ならば単なる過剰進化には耐えられるし、元に戻ることもできる。
改良したMPリングならば尚更問題はない。本来は。
「おおおおおおおおおおおっ!!」
だが今。アレスは更にそれを超えた過剰な力を引き出そうとしていた。
ドクター・ワイルドもツナギに対して使用した手。
真超越人でも自滅しかねないレベルの強化。
多分に漏れずアレスもそうなることは、安定しない生命力と魔力の気配から明らかだ。
これはいくら何でも力比べという範疇を超えている。
「さあ、行くぞ。ユウヤ」
過剰進化に過剰進化を重ねた如き状態の影響で全身を蝕んでいるだろう苦痛を全く顔に出さず、アレスは相変わらず律義に宣言する。
その精神力は見上げたものだが……。
「アレス、何故そこまで」
この場に命を懸けるだけの価値があるようには思えない。
少なくとも雄也には。
「戦えば答えは出る」
対してアレスは簡潔に答えると、先程までとは比較にならない速度で突っ込んできた。
過剰進化を止めるつもりは全くないようだ。
こうなれば無理矢理にでもやめさせるしかない。
(くっ、仕方がない。やるしかない)
さすがに命を削り続けている友人を前にして、時間稼ぎのような戦い方はできない。
早く決着をつけなければ彼の命が危うい。
だから、雄也は友を救うために友に本気の拳を向ける覚悟を決め、巨大な機械仕かけの鬼のような姿と化して迫り来る彼に応じて構えを取ったのだった。
戸惑いから醒めるにつれて疑問が膨らみ、雄也は眼前の存在に強く問いかけた。
真超越人の姿へと変じたアレスへと。
その姿は細かい部分こそ異なるが、かつて刃を交えたこともあるものだ。
しかし、あの当時は恐怖心をほとんど感じなくなるという異世界召喚の弊害を雄也に知らしめるために、悪役を買って出てくれたに過ぎない。
今更敵対する必要性などないはずだ。
少なくとも雄也にとっては間違いなくない。
「言ったはずだ。これは七星王国上層部の決定だと」
対してアレスは納得できる答えになっていない理由を簡潔に繰り返しながら、一切の躊躇なく魔力を帯びた大剣を斜め上から振り下ろしてくる。
魔法で空気抵抗を消しているのか、音もなく滑るように。
魔動器の改良に伴って得た風属性の魔法をも利用した本気の攻撃だ。
並の人間ならば一刀両断されるより早く、込められた魔力によって僅かなりとも刃に触れた瞬間に粉微塵になるに違いない。
「くっ」
そんなアレスとは対照的に、雄也は友人たる彼に全力で反撃することなどできず、迫り来る剣のみを横から殴って軌道を無理矢理逸らすに留めた。
とほぼ同時に、大きく後退しながら魔力の断絶の範囲から逃げようと試みる。
突然の事態につい勝負を受けてしまったが、馬鹿正直に戦ってはいられない。
誰かの自由を奪った訳でもない相手に対し、この常識外と成り果てた力を行使することは自制すべきだ。しかし――。
「ここでお前が逃げれば、次はアイリス達を狙わなければならなくなるぞ」
「何だと?」
逃走の企図に冷や水を浴びせるようなアレスの物言いに雄也は足を止めた。
それから、その卑劣な内容に思わず怒りを抱き、彼を睨みつける。
「だからユウヤ。逃げてくれるなよ」
が、次いでアレスの口から出てきた懇願の言葉が余りにも真剣な声色だったことに虚を突かれ、胸に渦巻きつつあった激情は霧散してしまった。
とは言え、その間もアレスの攻勢は僅かたりとも弱まることはない。
変わらず巨大な刃による連続攻撃が襲いかかってくる。
元々早い段階でMPリングと進化の因子を得、鍛錬も人一倍積んできたアレス。
その彼にメルとクリアが改良したMPリングが加われば、さすがに超越基人には程遠い強さであれ、雄也に傷をつけるぐらいは不可能ではない。
勿論、当たればの話だし、傷と言っても微々たるものに過ぎないだろうが。
「はああああああっ!!」
それでもアレスは、尚も攻撃の手を緩めず、気合の叫びと共に攻め込んでくる。
重量武器の外見に反して、刃は鋭い軌跡を描き続けていた。
その迷いのなさは、あるいは力の差から逆算して当たることはないだろうと高を括っているが故のことなのかもしれない。
とは言え、一撃一撃に込められているのは確かに全霊だ。加減はない。
たとえ雄也が敢えて無防備を晒しても攻撃を止めず、たとえダメージは極小だろうと何万回と繰り返して命に迫ってやろうというような凄みを感じる。
友人だと思っていたのは自分だけだったのか、と首を傾げたくなる程の勢いだ。
そんな様子に少しだけ、力比べの時のフォーティアを思い出す。
が、いずれにしても今は、こちらから積極的に反撃することを躊躇う気持ちが強い。
先程の言葉を聞く限り、やむにやまれぬ事情があるようだから。
「逃げるなはいいけど、まず詳しく事情を説明しろ!」
ともかく、そこだ。
真意が分からなければ如何ともしがたい。
それを説明させるためにも、一先ずアレスの身動きを封じる必要がある。
「……ふっ!」
そのために、雄也は幾度か斬撃を躱しながらアレスが上段から振り下ろしてくる瞬間を待ち、待ち侘びたその一撃を前に真剣白刃取りの要領で刃を両手で挟んで受け止めた。
時代劇などのフィクションでよく見られる徒手空拳の技。
だが、このような技はハッキリ言って非現実的以外の何ものでもない。
これも馬鹿げた生命力と魔力による人間の常識を超えた身体能力、反射神経の賜物だ。
ある意味、実力差の誇示にもなるだろう。
「くっ」
その事実にはアレスも当然気づいていて、苦々しげに息を吐く。
僅かなりとも精神的に怯んだ今が問い質すチャンスだ。
「何で俺の命を七星王国が狙う。そんな謂れはないはずだ」
「……言ったはずだ。面倒なことになっていると。慎重に行動してくれとも」
「それと何の繋がりがある?」
思わせ振りなことだけ言われても、ハッキリ理由を教えてくれなければ分からない。
分かった気になって勘違いしては目も当てられない。
コミュニケーション不足による擦れ違い展開は傍から見ている分にはいいが、当事者にはなってしまったら面倒この上ないのだから。
「お前の強さを危惧している人間がいる。ランド殿は庇っていたが、多勢に無勢だった」
「そんな、強さなんて今更じゃないか!」
ドクター・ワイルドを討ち果たした時点で、この世界の人間とは別格の強さになり果ててしまっていることは誰の目にも明らかだったはずだ。
「問題はお前の行動だ」
「行動?」
そんなことを言われても全く身に覚えがなく、思わず間違いではないかとアレスの言葉を繰り返しながら問い返してしまう。
少なくとも一貫性のない真似をしたつもりはないが……。
「ああ、そうだ」
しかし、アレスは間違いではないと更に強調するように肯定し、更に続ける。
「進化の因子のせいか各国の間の緊張感が高まりつつある状況で、お前は他国の魔法技師とそれを支援する要人を始末した」
「それは彼らが――」
「どれだけ彼らが非道な真似をしていたとしてもだ」
雄也の弁明を先回りするように切り捨てるアレス。
「如何なる大義があれ。国家の制御の利かない存在は、国にとってドクター・ワイルドと同等の脅威に他ならない。並の人間では敵わない力の持ち主である以上、尚のこと」
「それは……」
まあ、そうだろう。正論だ。
どのような大義を掲げていても、雄也達は正義たり得ない。
元々正義を自称していた訳ではないし、そのつもりもないが。
この身は、あくまでも特撮ヒーローなき現実に生きる代替物に過ぎない。
特撮ヒーロー番組の中ならいざ知らず、現実では法によらず暴力で解決する存在は悪以外の何ものでもないのだ。
たとえ、どこかにある「正義」の味方たらんとしていても。
(もっとも、それこそキナ臭くなりつつある中で、他国の魔法技師やその国の要人を七星王国が法の下で裁くことができるかは正直疑問だけど)
それでも個人が勝手に、手続きを一足飛びして解決を図ったのはまずかった。
完全に言い訳だが、間もなく顕現する女神アリュシーダへの対処を常に頭の片隅に置いていたせいで、その辺りを熟慮する余裕がなかったのだと思う。
「だからと言って、女神アリュシーダを討ち果たすまで命を取られるつもりはないぞ」
勿論、仇敵を討ち果たすことができた後ならいいという訳でもないが。
そこは単なる言葉の綾だ。
「と言うか、そもそも七星王国の上層部だったら、アレがもうすぐ現れることぐらい知ってるはずだろうに。何で今なんだ?」
自惚れでも何でもなく、女神アリュシーダと対峙できる可能性があるのは現状雄也達ぐらいのものだ。それだって可能性は限りなく低い。
精々、一撃では死なないという程度のものでしかないかもしれない。
それ程の脅威が今正に目の前に迫っているにもかかわらず、そんな状況で雄也達を排除しようとする動きが出てくるのはさすがに理解できない。
「だからこそだ」
だが、逆にアレスはそれが理由だと答える。
同じ理由で否定した雄也に意味が分かるはずもなく、彼の言葉を待たざるを得ない。
「千年前のような戦乱の時代へと向かいつつある現状。むしろ女神に統制された方がいいのではないかと考える者もいるということだ。特に、実際に渉外に当たり、そうした空気を肌で感じ取っている国のお偉方の間ではな」
「なっ!?」
彼の口から語られた事実に驚愕の余り絶句し、刃を抑える力を緩めかける。
その瞬間を狙うようにアレスが大剣を押し込もうとしてくるが、雄也はハッとして力を入れ直して再び均衡を作った。
「アレの支配は精神支配も同然。更には進化の因子は失われ、発展への意思も完全に奪われる。それでもいいって言うのか!?」
「その発展への意思こそが、不和を生み、国家間の騒乱を引き起こす原因と考えられているのだ。そして進化の因子がなくなれば自ずとそれも解消され、元の平和が戻ると」
確かに、進化の因子については彼が口にしたことは完全な間違いではない。
自由も過ぎれば混沌となる。それは事実だ。しかし――。
「馬鹿な。そのために精神支配を受け入れるってのか?」
そこはいくら何でも理解しがたい。
自分自身を放棄したら、平和を享受することもできなくなるというのに。
「千年前の状況。この時代で進化の因子を得る前の人々の様子。それらから総合的に判断して完全な精神支配は数年程度、最悪でも一代限りのものだろうとの結論のようだ」
「そんな、楽観が過ぎるっ!」
「大多数にとって女神アリュシーダは想像の範疇を超えた相手だ。まだ戦争の危機という脅威の方が現実的なのだろう」
淡々と告げられたアレスの言葉に、雄也は思わず口を噤んだ。
そもそもアレの顕現が紛うことなき事実だと確信しているのはドクター・ワイルドから記憶を得た雄也と、そんな雄也を信じてくれる一部だけ。
それ以外に対しては、ネメシスという存在があるからこそ一定の信憑性があるだけだ。
そんなネメシスも、早々に処理の仕方を確立したおかげで被害は少ない。
極論たとえ放置していても、人格を弄られはするものの命までは奪われない。
そうした存在に比べれば、あるいは街に出現した過剰進化状態の真超越人をより脅威に感じ、そこから戦乱の気配とそれに対する恐怖を抱いても無理もないことかもしれない。
戦う術を持たない市井の人々などは特に。
「だから俺を排除し、女神アリュシーダの支配を受け入れる、か」
不自由を選ぶこともまた自由とは言え、納得はし辛い。
それでも七星王国の上層部が雄也を排除したい理由は理解した。だが――。
「……アレス、お前も同じように考えてるのか?」
眼前の友。
彼がそのような考えに追従するとは思えなくて、雄也はそう問いかけた。
しかし、アレスはそれに答えることなく――。
「はあっ!!」
気合と共に大剣を一度押し込もうとした後、それに応じて雄也が受け止める力を一瞬強めたのを見計らって武器から手を離して大きく後退した。
「七星王国の国民として、命令には従わなければならない」
それから不本意ではあると暗に告げるアレス。
超越人対策班としてのケジメということだろう。割と堅物な彼らしくもある。
「だが今は、人間として至高の力を得たお前に挑むことができればそれでいい」
その辺りの求道者気質とでも言うべきものはフォーティアに似ている。
彼女との力比べを思い出したのは当然か。
「俺の全身全霊、受け止めて貰うぞ」
と、アレスはMPリングを高く掲げながら戦闘の続行を告げた。
次の瞬間、彼の生命力と魔力が大きく膨張し始め、同時に装甲がひび割れて体が肥大化していく。併せて全身鎧が再構成され、巨大な鬼、オーガの如き形態となった。
その姿にはどことなく見覚えがある。
(アンタレス……アレスの兄が過剰進化した姿に似てる)
同タイプのMPリングを使用しているのだから当然と言えば当然だ。
勿論、あの時の相手とは強さの格が全く違うが。
「まだ、まだだ」
「なっ、アレス、まさか――」
真超越人ならば単なる過剰進化には耐えられるし、元に戻ることもできる。
改良したMPリングならば尚更問題はない。本来は。
「おおおおおおおおおおおっ!!」
だが今。アレスは更にそれを超えた過剰な力を引き出そうとしていた。
ドクター・ワイルドもツナギに対して使用した手。
真超越人でも自滅しかねないレベルの強化。
多分に漏れずアレスもそうなることは、安定しない生命力と魔力の気配から明らかだ。
これはいくら何でも力比べという範疇を超えている。
「さあ、行くぞ。ユウヤ」
過剰進化に過剰進化を重ねた如き状態の影響で全身を蝕んでいるだろう苦痛を全く顔に出さず、アレスは相変わらず律義に宣言する。
その精神力は見上げたものだが……。
「アレス、何故そこまで」
この場に命を懸けるだけの価値があるようには思えない。
少なくとも雄也には。
「戦えば答えは出る」
対してアレスは簡潔に答えると、先程までとは比較にならない速度で突っ込んできた。
過剰進化を止めるつもりは全くないようだ。
こうなれば無理矢理にでもやめさせるしかない。
(くっ、仕方がない。やるしかない)
さすがに命を削り続けている友人を前にして、時間稼ぎのような戦い方はできない。
早く決着をつけなければ彼の命が危うい。
だから、雄也は友を救うために友に本気の拳を向ける覚悟を決め、巨大な機械仕かけの鬼のような姿と化して迫り来る彼に応じて構えを取ったのだった。
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