【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第四十五話 清算 ③束の間の平穏

 ドクター・ワイルドとの長きにわたる戦いは終わったものの、遠からず女神アリュシーダと激突することになるのは間違いない現状。
 それでも、即座に新たな脅威が形を持って現れる訳ではない。
 対策を取るのは当然としても、その時が来るまで常に緊張感を保ち続けていては女神アリュシーダと対峙する前に疲弊し、万全の状態で挑めなくなってしまう。
 メリハリをつけて日々を過ごすことが大切だ。

「と言う訳で、一通り現時点で打つことのできる手は打った訳だが……」

 と、少し疲れ気味の調子でラディアが言う。
 アテウスの塔における最終決戦から数日後の現在。
 彼女は各所の調整を終えたようで、ようやく一息ついたようだった。
 が、その顔は気がかりがあるように見える。

「どうかしました?」
「……ああ。確かに可能な限り手は打ったのだが、改めて考えてみると一つ疑問が生じてしまってな。ユウヤに聞いておきたいことがあったのだ」

 微妙に歯切れが悪いのは、答え如何では色々と覆ってしまうからか。
 とりあえず疑問の内容を把握しなければ始まらないので彼女の言葉を待つ。

「お前が得たドクター・ワイルドの記憶によると、奴は幾度も過去に戻り、女神アリュシーダ打倒のために己の力を磨いてきた、と言うことで間違いなかったな?」
「記憶に間違いがなければ。にわかには信じがたい話ですが」

 実際に別の時間を過ごしてきた自分が存在したのだから、確かな事実のはずだ。

「恐らく俺も、アテウスの塔の力をフルで利用すれば時間跳躍できると思います」

 万が一、女神アリュシーダに敗北するようなことがあれば、それも選択肢の一つとして視野に入れなければならないだろう。
 もっとも、その場合もアイリス達をどうするのか、その後どう立ち回ればいいのかなど問題だらけではあるが。
 いずれにせよ、一度敗北したから諦めると言うことは許される話ではない。
 出自を同じくするドクター・ワイルドの所業。それに対する贖罪をしようという訳ではないが、彼が積み重ねてきたものを無に帰す訳にもいかない。
 何より、人の自由を守るという信条を貫くためにも。

「まあ、今はそこはいい。問題は過去に戻る魔法が実在するという点だ」

 ラディアの真剣な言葉に、横道に逸れた思考を一先ず止めて続きに耳を傾ける。

「アテウスの塔の力を十全に使わねばならん以上、ユウヤ以外のが使うことを想定することは無意味だろう。だが……」

 彼女はそこで一旦区切ると、より表情を硬くして改めて口を開いた。

「アテウスの塔の力を全て活用したドクター・ワイルドでさえ敵わなかったという女神アリュシーダ。奴ならば、時を遡る魔法も容易く使用できるのではないか?」

 深い懸念の滲んだ視線で見上げてくるラディア。
 その疑問はもっともだ。
 既に、これについては仲間内では一番の頭脳派である双子からも尋ねられている。

「うまくことが運び、ようやく奴を討つことができるという段階になったところで、時を超えて逃げられては目も当てられんぞ?」
「それは恐らく大丈夫です。女神アリュシーダに時間跳躍はまず不可能なはずですから」
「何故そう言える?」
「はい。これはドクター・ワイルドの考えですが――」

 大前提として女神アリュシーダは全知全能ではない。
 そのような存在ならば、今現在抗う余地など残っていないだろう。
 故にその力には限界が存在する。そして……。

「女神アリュシーダは世界そのものです。ある意味、現在に依存した現象と言ってもいいかもしれません。ですから、顕現した存在のみが過去に戻ることはあり得ません」
「現在に依存した現象、か。…………成程。だからと言って世界が内包する全てと共に過去へ跳躍するとなると、余りにも質量が大き過ぎて魔力が不足してしまう訳だな」

 言葉の途中で先回りできる辺り、さすがは頭脳担当の一人だ。

「はい。よしんば跳躍できたとしても、同じ時間軸に世界が二つ存在する矛盾は矮小な人間一人が同時に存在することよりも遥かに大きいでしょう」

 矛盾云々は置いておいても、一の宇宙に二の質量。破綻は目に見えている。

「世界崩壊もあり得ます」

 そうでなくとも物理的に衝突して、いや、転移で重なった場合を考えると両者弾き飛ばされて、この星ごと人類が滅亡してしまうかもしれない。

「ふむ。曲がりなりにも世界と人類の守護者を名乗る者が取れる手段ではないな」

 雄也が提示した情報に、ラディアは納得した様子を見せた。
 とは言え、この結論はドクター・ワイルドが行ってきた時間跳躍が空間転移の延長線上にあり、厳密には並行世界の過去への跳躍に当たるが故のものだ。
 時間の巻き戻しや、記憶を過去の自分に飛ばすような時間跳躍には適用できない。
 ただ、前者は使用者を対象外としなければ意味がないし、そうすると多大な矛盾を孕むこととなる。世界そのものたる女神アリュシーダには不可能だろう。
 後者についても、これは一種の精神干渉に当たる訳で、同等の存在に対するそれは基本的に効果を発揮しない。
 ドクター・ワイルドが何度も繰り返してきた乗っ取りも、雄也を限界ギリギリまで消耗させなければ不可能だったのだから。
 いずれにしても、あのウェーラが確立できたのが転移を応用した時間跳躍のみなのだから、他の手段については考える必要はないだろう。

「うむ。疑問は晴れた。ありがとう、ユウヤ」

 ラディアは改めて自分の中で咀嚼し直したように頷いた。

「後はその時までどう過ごすかだな」

 それから少し表情を和らげて言う。
 ドクター・ワイルドの記憶によると、ネメシス発生までの猶予期間は約一ヶ月。
 時間はあるようでない。選択肢は限られる。

(トレーニングによる基礎能力の向上はほとんど見込めないし……)

 あの戦いで進化したこの身では、効果は微々たるものだ。
 一歩手前のレベルにいたドクター・ワイルドでさえ成長率の低さを嘆き、その結果過剰なドーピングに耐えることのできた新たな肉体へと乗り換え続けたのだから。
 女神アリュシーダの高みを目指すために。
 もはや、その部分についてはアテウスの塔の機能にでも任せておいた方がいい。

(後は新しい技、新しい魔動器の開発。連携強化。それぐらいかな)

 それにしたって、一ヶ月足らずでは余り大規模なものは不可能だろうが。

「そう言えば、ツナギはどうした?」

 と、ふと気づいたとでも言うように、ラディアは部屋を見回しながら尋ねてきた。

「他の皆と一緒に訓練場です」

 雄也もついさっきまで訓練場にいたのだが、魔動器を通じてラディアの帰宅を知らされたので一人戻ってきたのだ。

「そうか。……では、行くとするか。〈テレポート〉」

 雄也の言葉を聞き、即座に当たり前の顔をして転移していくラディア。
 そんな彼女の様子に苦笑しながら、雄也もまた転移魔法でついていく。
 ツナギの境遇を聞いたからか。波長が合ったのか。
 今現在、ラディアを含め、全員からツナギはモテモテだった。
 戸惑う暇も許さないような勢いで代わる代わる構われ続け、ツナギは人見知りする余裕もないまま数日を経て、その環境に慣れつつあるようだ。
 アイリスに教えられながら家事を手伝い、イクティナと共に魔法の練習をし、プルトナから礼儀作法を教わり、メルとクリアと共に魔動器を弄り……。
 そして今はフォーティアを中心に体を動かしている。

「うん、いい感じ。やっぱり、最初の頃のユウヤよりもよっぽど筋がいいね」
「あ、ありがとうございます」

 ラディアと共に訓練場に入ると、丁度組手を終えた二人が向かい合って話をしていた。
 その中身に軽く嘆息する。

「ツナギは一応、ドクター・ワイルドに自動人形と戦闘訓練させられてた訳だから、さすがに一般人に毛が生えた程度だった俺と比較するのは酷くないか?」

 痛覚が遮断されているなど色々と歪な形ではあったが。
 それでも単純な戦闘力では、この世界に来た当時の雄也とは比べものにならない。

「おっと、戻ってたのかい。ユウヤ」

 横から口を出した雄也に、フォーティアは当然転移の気配を感じ取っていただろうに今正に気づいたかの如く装って、おどけたようにそう返してきた。

「あれ。先生も一緒ですか」

 それから彼女は、若干呆れ気味にラディアへと視線を向ける。
 これもまた、時間差で転移したのだから魔力の気配で気づいていたはず。
 だと言うのに殊更確認するのは少々嫌味っぽい。
 当然、仲が悪い訳ではないので一種のじゃれ合いでしかないが。

「何だ。私がいるのはおかしいのか?」
「いえ、そんなことはないですけど」

 それを受けて不満げな顔をするラディアに、真顔で否定するフォーティア。
 この辺は台本通りという感じだ。
 とは言え、ラディアが帰宅してすぐにツナギに会いに来て、それに対してフォーティアが少なからず呆れているのは間違いない事実ではある。

「ラディアさんって意外と過保護な親になりそうですね」

 だから、その様子を見てイクティナが苦笑気味に言った。

「だが、ティアの調子に合わせていたら疲れるのは事実だろう」
「先生、それは酷いですよ」
「事実ではないか」

 ラディアはフォーティアの文句をそうサラリと流すと、ツナギに視線を移して「そうだろう?」と同意を求めた。

「え、えっと。そんなことない、です」

 対してツナギはおどおどと答える。
 そんなことある感が凄いが……。

「だよねえ。普通、普通」

 フォーティアはわざとらしく額面通りに受け取って笑う。

「子供に気を遣わせるな。全く」

 その態度に、今度はラディアが心底呆れたように溜息をついた。
 それから彼女は表情を引き締め、ツナギに顔を向ける。

「まあ、それはそれとして、だ。既に一定の強さを持つツナギにとって最も必要なのは教養だと思うのだが、どうだろうか」

 そして唐突に、真面目な顔をしてそんな提案を始めるラディア。
 誰もが虚を突かれて一瞬、会話の流れに停滞ができる。
 両者に悪い言い方だが、これではフォーティアと同レベルだ。

「いやいや、今の時代やっぱり戦う力ですよ。一定の強さなんかで満足してちゃ駄目です」
「ま、魔動器も作れるようになった方がいいと思います」
『そうそう。アテウスの塔クラスのものになれば、鍛錬を遥かに超える力を持つしね』

 と、フォーティアが反論し、それにメルとクリアも慌てて続く。

「お待ちなさい。人間、力よりもまず心ですわ。王族にも求められる力ある者に相応しい振る舞い。道徳心がなければ知識も力も単なる暴力に成り下がります」

 更にプルトナも強く主張する。

「うう、私は人に教えられる程のものは……。け、けど! 地道な魔法の訓練を傍に寄り添って一緒に頑張ることはできます!」
「……人の尽くす喜びを知るのもいい。特に、ユウヤが喜んでくれるように。ツナギもに喜んで欲しいはず。でしょ?」
「は、はわ、えっと、えと」

 イクティナやアイリスにまで連続で言葉を投げかけられ、ツナギは処理能力が超えてしまったかのように目を回してしまっていた。

「皆、一気に言い過ぎだって」

 そんな状態の彼女を前にして雄也はツナギを微妙に守るように傍に寄ると、肩に手を置いて全員を見回しながら言った。

「そんな、教育方針で対立する親みたいに」
「……正にその通り、ユウヤが父親なら、私達は母親」

 アイリスの言葉に、彼女以外も全肯定するように頷く。
 それこそ碌に子育てに関わらずにいる父親が、母親とその味方の親族に責められているような構図だ。いや、この場は全員母親役だが。
「だ、だとしても、がっつき過ぎじゃないか?」

 ツナギと共に一歩後退りしながら反論する。
 それから雄也は視線を彼女に向け――。

「ツナギも、負担になってるならちゃんと言わないと」

 未だアタフタしている娘に、そう諭すように言った。

「ええと、はい。でも、大丈夫です。お父様」

 と、ようやく頭の整理がついたのか、ツナギはそう言って笑顔を見せる。

「色々な初めてが嬉しいです」

 今度のこれは本心からの言葉のようだ。
 疲労は多少あるのも事実ではあるだろう。
 だが、これまでの彼女の境遇からすると、それもまた苦ではないと言うところか。

「……そっか」
「はい」

 少し切ない気持ちになりながらツナギの頭を撫でると、彼女はくすぐったそうにしながら更に笑顔を輝かせた。
 この数日で大分新たな生活にも慣れたようだ。
 あるいは、少しやり過ぎなくらい積極的に世話を焼いている仲間達のおかげか。
 少なくともドクター・ワイルドとは全く違うと信じてくれたのだろう。

「よしよし」
「えへへ」

 そんな姿を皆微笑ましく表情を和らげて見ていたが……。

「で、ツナギは一番何がしたい?」

 再びフォーティアが火種を投入し、それぞれをそれぞれが視線で牽制し始める。
 微妙な膠着状態ができてしまう。

「……それは一先ず置いておいて、そろそろ夕飯の準備をしないといけない。アテウスの塔で皆強くなって食事の量も増えたから、ツナギにも手伝って貰わないと」

 それを容易く破ったのはアイリスだった。
 さすがにこれを邪魔して彼女の機嫌を損ね、御飯抜きを言い渡されてはたまらないと考えてか、誰からも異論は出てこない。
 やはり胃袋を掴んでいる人間こそ最強と言うべきか。
 特に食事の量と身体能力が密接に関係しているこの世界では。

「……いい? ツナギ」
「はい。アイリスお母様」

 そして、初日にアイリス達にお願いされた呼び方で応じるツナギ。
 一応は無理強いした訳ではなく、しつこい懇願という感じのお願いの仕方に対して素の性格は他人への思いやりを持つ彼女が折れた形だった。
 一応、困惑していただけで嫌がってはいなかったので、自身の信条に反するとは判断しなかったと補足しておく。
 それはともかくとして、最初は躊躇いがちだったツナギも今では自然に彼女達全員を(メルとクリアも含めて)その単語をつけて呼んでいた。

「……ん、いい子」

 アイリスはそんな素直な彼女の頭を雄也がしたように優しく撫で、それから正に親子のように手を繋いで自宅へと転移していった。

「さすがのアタシ達も腹の虫には勝てないからねえ……」

 その様子を見ながらフォーティアが苦笑気味に見送る。
 アイリスがその身に受けた呪いで証明した話でもある。

「では、私達も帰るとしよう」

 と、僅かな沈黙の後、何ごともなかったようにラディアが言い出した。
 ほとんど肩透かしを食らった形だが、全く以って平然としている。
 とは言え、他の全員も似たようなもの。
 なので、誰もラディアに突っ込みを入れることなく、一人また一人と家に転移していった。そんな彼女達にどことなく哀愁を感じつつ、雄也もまた帰宅の途に就く。

(……こんな緩い空気感は久し振りだったな)

 心の奥でそんなことを考え、微苦笑しながら。



 それは女神アリュシーダの眷属たるネメシスが活動を始めるまでの、いや、人々の心が変化していく前の束の間の平穏。
 最後の何でもない人並な日常の一ページだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品