【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~
第四十五話 清算 ②ツナギ
「そうだ。ユウヤ」
ツナギを寝かせていた部屋へと皆で向かっている途中、ラディアが思い出したように立ち止まって呼び止めてきて、雄也もまた足を止めて振り返った。
「どうかしました?」
「先程も言った通り、ドクター・ワイルドの罪をお前に負わせるつもりなど毛頭ない」
雄也の問いにラディアは誤解を避けるためか、そう前置いてから続ける。
「だが、事実としてお前の姿は奴とほぼ同じであるはず。それをいきなり目にしてしまえば、あの娘も混乱してしまうかもしれん」
「それは……そうですね」
これまで雄也の顔を見たり、声を聞いたりしても何の反応も示さなかったのは、恐らくドクター・ワイルドが何かしらの認識阻害を施していたからに違いない。
その彼がいなくなった以上は、それもなくなるはず。
父として慕っていた男に手酷く裏切られた直後に意識を失った彼女だ。
目覚めてすぐに(別の道を辿った存在で、尚且つ少し若いとは言え)同じ顔を見てしまったら、まず間違いなく取り乱し、まともな会話もできなくなるだろう。
何か情報を得ようとか考えるより前に、ツナギの心を思えば避けたい。
「じゃあ、変身しておきましょう」
あの時、あの場において。
ツナギは自らを省みて後悔を口にし、雄也に謝罪の言葉を伝えた。
僅かではあるだろうが、心は近づいていたと思う。
その時の姿であれば、少しは彼女の反応もマシになるかもしれない。
「アサルトオン」
だから雄也は小さく呟き、鎧を身に纏うが――。
《Transcend Over-Anthrope》
「あ」
変わった姿は、あの戦いの中で強化されたもの。
(大丈夫かな……)
この形態へと進化したのは彼女が呆然自失していた段階のため、ちゃんとあの時の相手だと気づいてくれるか少し不安だ。
(ま、まあ、少なくとも、この姿をドクター・ワイルドと見紛うことはないはず)
そう結論し、雄也はそのままツナギを寝かせた部屋へと入った。
いきなり全員で押しかけるのもまた心理的圧力があるかもしれないので、まずは(他の面々に比べれば)顔見知りと言って差し支えないだろう雄也一人で。
余り気をつけずに扉を開けたため、ツナギも誰かが来たことには気づいたはずだが――。
「ツナギ」
その名を呼んでも反応はなく、彼女は上半身を起こしながらも壁に背中を預けたままピクリとも動かなかった。
一目で絶望と虚無感が見て取れる。
小柄な上にアルビノな彼女のそんな様子は余りにも人形染みていて、無機的と言うか、活力に乏しくて胸が掻き毟られそうだ。
「ツナギ」
だから雄也はそっと傍に寄り、もう一度できる限り優しく繰り返した。
彼女の投げ出された手に、触れるか触れないかというぐらいの感じで手を重ねながら。
それでようやくツナギはこちらを向く。
「あなたは……」
「俺のこと、覚えてる?」
その問いに彼女は、少し間を置いてから弱々しく頷いた。
とりあえず認識能力に問題がある訳ではなさそうだ。
「わたしの間違った遊びにつき合ってくれた人」
それからツナギはどこか自罰的に答える。
「……うん」
間違ったという部分を含めて肯定することは、この弱々しい状態の彼女を更に追い詰める結果に繋がるかもしれない。
だが、あの日あの時彼女が口にしていた意味合いでの遊びが、誰かの自由を侵害しかねないものだったことは紛れもない事実。
だから、そこを否定することは己の信条にかけてできない。
何より、安易な慰めが彼女のためになるとは限らないのだから。
「……どうして、あなたがここにいるの?」
と、ツナギはまだどこかぼんやりとしたように問う。
雄也の肯定に対する反応はない。
瞬間的に葛藤が脳裏を駆け巡った雄也とは対照的に、あの時の行動については彼女の中でも完全なる過ちだったと既に結論づけられているようだった。
実際、あの場で雄也に対して謝罪の言葉を口にしていたのだから当然と言えば当然のことだが、単なるその場凌ぎではなかったらしい。
そのツナギは返答を待っているのか、意図せず目線がこちらに向いているのか分からないような虚ろな状態で口を閉ざしていた。
(……重症だな)
そんな彼女の姿を前に一体どう対応すれば正解なのか迷いながらも、とにかく質問には答えておくことにする。
「どうしても何も、ここは俺がお世話になってる人の家だからだよ」
雄也がそう言うと、ツナギは初めて気がついたというように部屋を見回した。
「わたしの部屋じゃない」
が、その事実を前にしても尚、声の調子は力がないままだ。
これもまた大して彼女の感情に影響を与えなかったようだ。
「ツナギ」
こうした状況の経験など単なる特撮オタク大学生にあるはずがない。
たとえ、この異世界で様々な試練を潜り抜けてきても。
故にやはり正解など分からないが、雄也は沈黙を嫌って名を呼んだ。
「ツナギはこれからどうしたい?」
更に、情けなくも彼女に答えを求める。
だが、下手に外れを引くよりはいいはずだ。
「……分かんない」
しかし、ツナギは悲しげに目を伏せると、黙り込んでしまった。
それからしばらくの間、結局部屋に沈黙が降りてしまう。
助けを求めてチラッと入口の方を見るが、アイリス達も困っているようで反応はない。
(まあ、しょうがないか)
彼女達も大概家族関連で色々と問題があったが、最初から捨て駒にされるために作り出されたツナギとは少々毛色が違う。
元々、彼女達には精神的な強さも割とあった。
イクティナ辺りは少し近い家庭環境だったが、彼女も見返そうとするだけの気概を併せ持っていたし、実のところ一番精神的に弱かったラディアにしても、少なくとも学院長として上辺を取り繕う程度のことはできていた訳だし。
(そもそも、この世界の人間は脳筋の傾向があるしな……)
彼女達に限らず、そもそも高度なメンタルケアなど望めないのかもしれない。
沈黙の中、そう余計な方向に思考が逸れそうになっていると――。
「わたし……」
ツナギがポツリとか細い声で呟き、雄也は視線を彼女に戻した。
「わたしはもう独りぼっち。いらない子だから」
それだけポツリと呟くと再び口を閉ざすツナギ。
ドクター・ワイルドの記憶からすると、彼女の年齢は幼い外見よりも更に幼い。
一歳にも満たない子供の脳に知識と役割を捻じ込まれている訳で、それで主体性を持てと言うのは中々難しい話だろう。だが……。
「独りぼっちは酷いな。俺は友達なんじゃなかったのか?」
初めてできた友達とはツナギ自身の言葉だ。
しかし、彼女は今にも泣き出しそうな顔で首を横に振って否定した。
「あんなに酷いことをしたわたしに友達の資格なんてないよ」
それからツナギはか細い声で告げる。
どうも、ドクター・ワイルドから与えられた歪んだ価値観と一部真っ当な倫理観がぶつかり合った結果、少々面倒臭い状態になってしまっているらしい。
(……こうなったら、屁理屈と力技で行くしかないか)
選択肢式のゲームでもあるまいし、正解も何もない。絶対などない。
リセットできないだけに躊躇してしまうが、いつまでも迷っているのも愚かしい。
時には強引に進んでしまうのも一つの手だ。
特撮ヒーローも時たまやっている。
《Return to Anthrope》《Armor Release》
だから雄也は全身鎧を脱ぎ去り――。
「え?」
そうして仮面の中から現れた素顔に、ツナギは動揺したように目を見開いた。
やはりドクター・ワイルドによって認識を阻害されていたようだ。
「お、父様?」
「……当たらずとも遠からずだな」
(少し不本意だけど)
正直あれと同一視はされたくないし、異なる道を歩むと己に定めたばかりだが、彼女の前だけでは出自が同じ事実を利用させて貰うことにする。
「どういう意味?」
目の前の光景と雄也の中途半端な答えに、ツナギは混乱したように戸惑いの声を上げた。
「ツナギが知る父親じゃない。けど、この体はツナギの父親のものとほぼ同じだ」
簡潔に説明するが、彼女は理解できないと言うように尚のこと表情に困惑を滲ませた。
常識外れな話は、事実を並べても真実のように聞こえないものだ。
「まあ、血の繋がりがあるってことだけ分かればいいさ」
言いたいことの根拠としては、それで十分だ。
「過ちを犯せば友達は離れるかもしれない。けれど、血の繋がりは体を捨てでもしない限り失われることはない。勿論、それだけが絆の深さになる訳じゃないけど」
重ねた時間、互い想い合う心。
血の繋がりがなくともそれになることは可能だ。
しかし、血の繋がりを出発点にしてそれになろうとしてもいいはずだ。
生物学的には間違いなく親子なのだから。
「友達が駄目なら、これから家族になろう」
さすがにこの短期間でストレートに娘と思うことは難しいものの、改めて彼女の顔を見ると微妙に自分に似ていて、間違いなく家族なのだろうとは思う。
「でも、わたし、お父様から使い捨ての道具だって……」
同様に彼女もまた血の繋がりを感じているはずだが、やはりそう簡単な話ではない。
僅かに心の揺らぎは見て取れるものの、父親と信じていた人間からの裏切りはトラウマになっているのだろう。当然だ。
「あー、うん、あれは悪い父親だ。多分、何かおかしくなってたんだろう」
どうせだからドクター・ワイルドには徹底的に悪役になって貰う。
いや、紛うことなき邪悪だが。
「悪いお父様?」
「そう。で、俺はそんな悪い父親からツナギを助けようとした訳だ」
時系列は怪しいが、嘘は言っていない。
実際、あの時あの場ではツナギを救うこともまた一つの目的として戦っていたのだから。
「じゃあ……あなたは、いい、お父様?」
「そうなりたいと思ってる」
雄也から見ても、あくまでも別ルートの自分自身であるドクター・ワイルドを除き、現状唯一の血の繋がりなのだ。大切にしたい。
「あ……えっと……」
何か言いかけて口を閉ざすツナギ。
受け入れていいものか迷っているようだ。
当然ながら父親と主張する者が突然現れても信じ難く、受け入れられないものだ。
しかし、この場ばかりは同じ外見であることが大分プラスに働いたのだろう。
それでもまだ躊躇いが見られる辺りは、同じようにこの外見が持つ負の側面、トラウマもまた大きいせいと言うべきか。
「え?」
だから、雄也はツナギにドクター・ワイルドとの違いを示すために、同時に家族としての親愛の情を示すために彼女を抱き締めた。
小さく華奢な体だが、それでも気持ちが伝わるように少しだけ強く。
「お父、様?」
戸惑いながらも拒絶はせず、問うように呟くツナギ。
少しして彼女は何かに耐えるように唇を固く結び、抱き締め返してきた。
雄也よりも強く。
その表情を見る限り、ツナギは泣くまいとしているようだ。
泣けばまた、いらない子だと捨てられると思っているのかもしれない。
勿論、そんなつもりは毛頭ないが、その辺りの信頼をもっと得るには、さすがに時間が必要だろう。
「……こんな風にされたこと、ない、です」
「嫌だったか?」
雄也の問いにツナギは胸の中で首を横に振る。
そんな彼女に、軽く二度背中を撫でるように触れてから一度体を離す。
「あ……」
と、ツナギは名残惜しそうな声を出した。
「ツナギが望むなら、これから何度でもして上げるから」
そんな彼女に、軽く頭を撫でながら諭すように言う。
「はい」
ドクター・ワイルドに丁寧な言葉遣いをしていたことを考えると、ツナギは親に対してはそうするのだろう。
ある程度受け入れてくれた証拠か。
それに伴って彼女は元気を出してくれたようで、ベッドから下りて少し柔らかい表情で見上げてきた。
アルビノも相まって何とも愛らしい。
微妙に自分に似ている部分もあり、そのためか自然な愛情が湧く。
一点の曇りなく純粋に可愛いと思える。
「……体は大丈夫か?」
穏やかな、父性に近いような心持ちで問いかけると、ツナギはコクリと頷いて答えた。
やはり弱々しく、人形の如くなっていたのは完全に精神的なものが原因だったようだ。
とりあえず体の方に異常がなくて安心する。
「さて、ツナギ。ツナギはこれからここで暮らすことになる。それはいいね?」
父親を意識した口調に内心むず痒くなりながら雄也は問うた。
「はい」
「うん。じゃあ、お世話になる人達に挨拶しようか」
父親だの家族だのというワードを使ったからか、何となく扉の外からの圧が強い。
ツナギはそれを感じ取っているのか、少し不安そうな顔をする。
「大丈夫。皆、いい人達だから」
我の強い部分もあるが、それだけは保証できる。
「……はい」
扉の外の彼女達への信頼感は伝わったようで、ツナギはまだ弱気な感じを残しながらも頷いてくれた。
人見知りの気もあるのかもしれない。
とは言え、ここで暮らしていく以上、彼女達と顔を合わせるのは必須だ。
ツナギの背中を押すために、その小さな手を握る。
それで少しは勇気も出たのか、彼女は合図のように握り返してくる。
「さ、行こうか」
「はい。お父様」
そうして雄也はツナギと手を繋ぎながら部屋を出たのだった。
ツナギを寝かせていた部屋へと皆で向かっている途中、ラディアが思い出したように立ち止まって呼び止めてきて、雄也もまた足を止めて振り返った。
「どうかしました?」
「先程も言った通り、ドクター・ワイルドの罪をお前に負わせるつもりなど毛頭ない」
雄也の問いにラディアは誤解を避けるためか、そう前置いてから続ける。
「だが、事実としてお前の姿は奴とほぼ同じであるはず。それをいきなり目にしてしまえば、あの娘も混乱してしまうかもしれん」
「それは……そうですね」
これまで雄也の顔を見たり、声を聞いたりしても何の反応も示さなかったのは、恐らくドクター・ワイルドが何かしらの認識阻害を施していたからに違いない。
その彼がいなくなった以上は、それもなくなるはず。
父として慕っていた男に手酷く裏切られた直後に意識を失った彼女だ。
目覚めてすぐに(別の道を辿った存在で、尚且つ少し若いとは言え)同じ顔を見てしまったら、まず間違いなく取り乱し、まともな会話もできなくなるだろう。
何か情報を得ようとか考えるより前に、ツナギの心を思えば避けたい。
「じゃあ、変身しておきましょう」
あの時、あの場において。
ツナギは自らを省みて後悔を口にし、雄也に謝罪の言葉を伝えた。
僅かではあるだろうが、心は近づいていたと思う。
その時の姿であれば、少しは彼女の反応もマシになるかもしれない。
「アサルトオン」
だから雄也は小さく呟き、鎧を身に纏うが――。
《Transcend Over-Anthrope》
「あ」
変わった姿は、あの戦いの中で強化されたもの。
(大丈夫かな……)
この形態へと進化したのは彼女が呆然自失していた段階のため、ちゃんとあの時の相手だと気づいてくれるか少し不安だ。
(ま、まあ、少なくとも、この姿をドクター・ワイルドと見紛うことはないはず)
そう結論し、雄也はそのままツナギを寝かせた部屋へと入った。
いきなり全員で押しかけるのもまた心理的圧力があるかもしれないので、まずは(他の面々に比べれば)顔見知りと言って差し支えないだろう雄也一人で。
余り気をつけずに扉を開けたため、ツナギも誰かが来たことには気づいたはずだが――。
「ツナギ」
その名を呼んでも反応はなく、彼女は上半身を起こしながらも壁に背中を預けたままピクリとも動かなかった。
一目で絶望と虚無感が見て取れる。
小柄な上にアルビノな彼女のそんな様子は余りにも人形染みていて、無機的と言うか、活力に乏しくて胸が掻き毟られそうだ。
「ツナギ」
だから雄也はそっと傍に寄り、もう一度できる限り優しく繰り返した。
彼女の投げ出された手に、触れるか触れないかというぐらいの感じで手を重ねながら。
それでようやくツナギはこちらを向く。
「あなたは……」
「俺のこと、覚えてる?」
その問いに彼女は、少し間を置いてから弱々しく頷いた。
とりあえず認識能力に問題がある訳ではなさそうだ。
「わたしの間違った遊びにつき合ってくれた人」
それからツナギはどこか自罰的に答える。
「……うん」
間違ったという部分を含めて肯定することは、この弱々しい状態の彼女を更に追い詰める結果に繋がるかもしれない。
だが、あの日あの時彼女が口にしていた意味合いでの遊びが、誰かの自由を侵害しかねないものだったことは紛れもない事実。
だから、そこを否定することは己の信条にかけてできない。
何より、安易な慰めが彼女のためになるとは限らないのだから。
「……どうして、あなたがここにいるの?」
と、ツナギはまだどこかぼんやりとしたように問う。
雄也の肯定に対する反応はない。
瞬間的に葛藤が脳裏を駆け巡った雄也とは対照的に、あの時の行動については彼女の中でも完全なる過ちだったと既に結論づけられているようだった。
実際、あの場で雄也に対して謝罪の言葉を口にしていたのだから当然と言えば当然のことだが、単なるその場凌ぎではなかったらしい。
そのツナギは返答を待っているのか、意図せず目線がこちらに向いているのか分からないような虚ろな状態で口を閉ざしていた。
(……重症だな)
そんな彼女の姿を前に一体どう対応すれば正解なのか迷いながらも、とにかく質問には答えておくことにする。
「どうしても何も、ここは俺がお世話になってる人の家だからだよ」
雄也がそう言うと、ツナギは初めて気がついたというように部屋を見回した。
「わたしの部屋じゃない」
が、その事実を前にしても尚、声の調子は力がないままだ。
これもまた大して彼女の感情に影響を与えなかったようだ。
「ツナギ」
こうした状況の経験など単なる特撮オタク大学生にあるはずがない。
たとえ、この異世界で様々な試練を潜り抜けてきても。
故にやはり正解など分からないが、雄也は沈黙を嫌って名を呼んだ。
「ツナギはこれからどうしたい?」
更に、情けなくも彼女に答えを求める。
だが、下手に外れを引くよりはいいはずだ。
「……分かんない」
しかし、ツナギは悲しげに目を伏せると、黙り込んでしまった。
それからしばらくの間、結局部屋に沈黙が降りてしまう。
助けを求めてチラッと入口の方を見るが、アイリス達も困っているようで反応はない。
(まあ、しょうがないか)
彼女達も大概家族関連で色々と問題があったが、最初から捨て駒にされるために作り出されたツナギとは少々毛色が違う。
元々、彼女達には精神的な強さも割とあった。
イクティナ辺りは少し近い家庭環境だったが、彼女も見返そうとするだけの気概を併せ持っていたし、実のところ一番精神的に弱かったラディアにしても、少なくとも学院長として上辺を取り繕う程度のことはできていた訳だし。
(そもそも、この世界の人間は脳筋の傾向があるしな……)
彼女達に限らず、そもそも高度なメンタルケアなど望めないのかもしれない。
沈黙の中、そう余計な方向に思考が逸れそうになっていると――。
「わたし……」
ツナギがポツリとか細い声で呟き、雄也は視線を彼女に戻した。
「わたしはもう独りぼっち。いらない子だから」
それだけポツリと呟くと再び口を閉ざすツナギ。
ドクター・ワイルドの記憶からすると、彼女の年齢は幼い外見よりも更に幼い。
一歳にも満たない子供の脳に知識と役割を捻じ込まれている訳で、それで主体性を持てと言うのは中々難しい話だろう。だが……。
「独りぼっちは酷いな。俺は友達なんじゃなかったのか?」
初めてできた友達とはツナギ自身の言葉だ。
しかし、彼女は今にも泣き出しそうな顔で首を横に振って否定した。
「あんなに酷いことをしたわたしに友達の資格なんてないよ」
それからツナギはか細い声で告げる。
どうも、ドクター・ワイルドから与えられた歪んだ価値観と一部真っ当な倫理観がぶつかり合った結果、少々面倒臭い状態になってしまっているらしい。
(……こうなったら、屁理屈と力技で行くしかないか)
選択肢式のゲームでもあるまいし、正解も何もない。絶対などない。
リセットできないだけに躊躇してしまうが、いつまでも迷っているのも愚かしい。
時には強引に進んでしまうのも一つの手だ。
特撮ヒーローも時たまやっている。
《Return to Anthrope》《Armor Release》
だから雄也は全身鎧を脱ぎ去り――。
「え?」
そうして仮面の中から現れた素顔に、ツナギは動揺したように目を見開いた。
やはりドクター・ワイルドによって認識を阻害されていたようだ。
「お、父様?」
「……当たらずとも遠からずだな」
(少し不本意だけど)
正直あれと同一視はされたくないし、異なる道を歩むと己に定めたばかりだが、彼女の前だけでは出自が同じ事実を利用させて貰うことにする。
「どういう意味?」
目の前の光景と雄也の中途半端な答えに、ツナギは混乱したように戸惑いの声を上げた。
「ツナギが知る父親じゃない。けど、この体はツナギの父親のものとほぼ同じだ」
簡潔に説明するが、彼女は理解できないと言うように尚のこと表情に困惑を滲ませた。
常識外れな話は、事実を並べても真実のように聞こえないものだ。
「まあ、血の繋がりがあるってことだけ分かればいいさ」
言いたいことの根拠としては、それで十分だ。
「過ちを犯せば友達は離れるかもしれない。けれど、血の繋がりは体を捨てでもしない限り失われることはない。勿論、それだけが絆の深さになる訳じゃないけど」
重ねた時間、互い想い合う心。
血の繋がりがなくともそれになることは可能だ。
しかし、血の繋がりを出発点にしてそれになろうとしてもいいはずだ。
生物学的には間違いなく親子なのだから。
「友達が駄目なら、これから家族になろう」
さすがにこの短期間でストレートに娘と思うことは難しいものの、改めて彼女の顔を見ると微妙に自分に似ていて、間違いなく家族なのだろうとは思う。
「でも、わたし、お父様から使い捨ての道具だって……」
同様に彼女もまた血の繋がりを感じているはずだが、やはりそう簡単な話ではない。
僅かに心の揺らぎは見て取れるものの、父親と信じていた人間からの裏切りはトラウマになっているのだろう。当然だ。
「あー、うん、あれは悪い父親だ。多分、何かおかしくなってたんだろう」
どうせだからドクター・ワイルドには徹底的に悪役になって貰う。
いや、紛うことなき邪悪だが。
「悪いお父様?」
「そう。で、俺はそんな悪い父親からツナギを助けようとした訳だ」
時系列は怪しいが、嘘は言っていない。
実際、あの時あの場ではツナギを救うこともまた一つの目的として戦っていたのだから。
「じゃあ……あなたは、いい、お父様?」
「そうなりたいと思ってる」
雄也から見ても、あくまでも別ルートの自分自身であるドクター・ワイルドを除き、現状唯一の血の繋がりなのだ。大切にしたい。
「あ……えっと……」
何か言いかけて口を閉ざすツナギ。
受け入れていいものか迷っているようだ。
当然ながら父親と主張する者が突然現れても信じ難く、受け入れられないものだ。
しかし、この場ばかりは同じ外見であることが大分プラスに働いたのだろう。
それでもまだ躊躇いが見られる辺りは、同じようにこの外見が持つ負の側面、トラウマもまた大きいせいと言うべきか。
「え?」
だから、雄也はツナギにドクター・ワイルドとの違いを示すために、同時に家族としての親愛の情を示すために彼女を抱き締めた。
小さく華奢な体だが、それでも気持ちが伝わるように少しだけ強く。
「お父、様?」
戸惑いながらも拒絶はせず、問うように呟くツナギ。
少しして彼女は何かに耐えるように唇を固く結び、抱き締め返してきた。
雄也よりも強く。
その表情を見る限り、ツナギは泣くまいとしているようだ。
泣けばまた、いらない子だと捨てられると思っているのかもしれない。
勿論、そんなつもりは毛頭ないが、その辺りの信頼をもっと得るには、さすがに時間が必要だろう。
「……こんな風にされたこと、ない、です」
「嫌だったか?」
雄也の問いにツナギは胸の中で首を横に振る。
そんな彼女に、軽く二度背中を撫でるように触れてから一度体を離す。
「あ……」
と、ツナギは名残惜しそうな声を出した。
「ツナギが望むなら、これから何度でもして上げるから」
そんな彼女に、軽く頭を撫でながら諭すように言う。
「はい」
ドクター・ワイルドに丁寧な言葉遣いをしていたことを考えると、ツナギは親に対してはそうするのだろう。
ある程度受け入れてくれた証拠か。
それに伴って彼女は元気を出してくれたようで、ベッドから下りて少し柔らかい表情で見上げてきた。
アルビノも相まって何とも愛らしい。
微妙に自分に似ている部分もあり、そのためか自然な愛情が湧く。
一点の曇りなく純粋に可愛いと思える。
「……体は大丈夫か?」
穏やかな、父性に近いような心持ちで問いかけると、ツナギはコクリと頷いて答えた。
やはり弱々しく、人形の如くなっていたのは完全に精神的なものが原因だったようだ。
とりあえず体の方に異常がなくて安心する。
「さて、ツナギ。ツナギはこれからここで暮らすことになる。それはいいね?」
父親を意識した口調に内心むず痒くなりながら雄也は問うた。
「はい」
「うん。じゃあ、お世話になる人達に挨拶しようか」
父親だの家族だのというワードを使ったからか、何となく扉の外からの圧が強い。
ツナギはそれを感じ取っているのか、少し不安そうな顔をする。
「大丈夫。皆、いい人達だから」
我の強い部分もあるが、それだけは保証できる。
「……はい」
扉の外の彼女達への信頼感は伝わったようで、ツナギはまだ弱気な感じを残しながらも頷いてくれた。
人見知りの気もあるのかもしれない。
とは言え、ここで暮らしていく以上、彼女達と顔を合わせるのは必須だ。
ツナギの背中を押すために、その小さな手を握る。
それで少しは勇気も出たのか、彼女は合図のように握り返してくる。
「さ、行こうか」
「はい。お父様」
そうして雄也はツナギと手を繋ぎながら部屋を出たのだった。
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