【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第四十四話 継承 ③起死回生の一撃

    ***

「アンバーアサルトブレイク!」

 異形と化した眼前の敵。
 真獣人ハイテリオントロープリュカだったものへと全力の蹴りを叩き込み、アイリスはその反動を利用して空中で一回転すると静かに着地した。
 対して、必殺の威力を持つ一撃の直撃を受けたリュカ。
 その狼の如き巨躯は、人の数倍もある大きさだけから判断すると極めて不自然な程の勢いで側面から壁に叩きつけられた。

(……塔の壁が丈夫になってる?)

 巨大な質量を持つ物体の衝突。
 にもかかわらず、僅かな破損もないそこは、叩きつけられた彼女に衝撃を全て返し、壁側の前足と後ろ足を押し潰してしまった。
 攻撃を食らわせておいて何だが、目も当てられない悲惨な様だ。
 ほぼ間を置かずに琥珀色の粒子と化して消えていくのが救いだが、これが六大英雄と謳われた者の最後かと思うと憐れみも感じざるを得ない。

「…………さようなら」

 小さく、短く別れを告げ、そこに残された彼女の魔力吸石を手に取る。
 それは自動的にMPリングに吸収され、アイリスの血肉となった。
 せめてこの力はこれから先の世界に役立てたいところだ。
 己が身を犠牲にしてまでも同族のためにあろうとした彼女のためにも。
 しかし、そうした思いも何もかも、全てこの戦いを切り抜けてこそのことだ。

(申し訳ないけれど、貴女を悼んでいる時間はない)

 今も尚ユウヤはドクター・ワイルドと、仲間達は他の六大英雄と戦っているはず。
 まだ一息つくには早い。
 だから、この広間を脱出するために周囲を見回すが、そもそも入り口を封鎖された閉鎖空間。先程の衝撃で破壊できなかったことを考えると力技では不可能だろう。

(……どうしよう)

『アイリス! そちらは大丈夫か!?』

 と、思考を遮るようにラディアの〈テレパス〉が届き、アイリスは顔を上げた。

『……問題ない。学院長こそ大丈夫?』
『ああ。既にビブロスは倒した。ティアやプルトナも終わったようだ』
『わたし達も勝ったよ!』『姉さん、はしゃぎ過ぎ』

 ラディアとの会話に割り込んできたのはメルとクリア。
 彼女達もまた真水棲人ハイイクトロープパラエナを倒すことに成功したようだ。

『少し遅れたが、イーナも終わったようだな』

 となれば、残るはユウヤ一人。
 もっとも、彼が相対しているものこそ最後にして最大の関門だが。

『皆さん、ユウヤさんのところに早く行かないと』

 イクティナも当然分かっていて、焦ったように言う。

『そうは言うけどさ。魔力の断絶がある以上は……』
『いや、それは既になくなっているようだぞ』

 と、フォーティアの指摘を遮るようにラディアが訂正した。

『ドクター・ワイルドの変貌に伴い、そこに使われる魔力も全て動員しているらしい』

 それだけユウヤとの戦いに集中しているということだろう。
 そこまでしなければならない程に、ユウヤの力も向上している訳だ。
 いずれにしても――。

『ならユウヤのMPドライバーを目標に〈テレポート〉できるはずですわ。イーナの言う通り、すぐにでも助太刀に向かうべきではなくて?』
『待て、プルトナ』

 言いながら間髪容れずに転移しそうな雰囲気を出していたプルトナに、ラディアがやや焦り気味に被せるようにしながら制止する。

『今の私達が二人の戦いに割って入っても足手纏いになるだけだ』
『お兄ちゃんの力を百とするなら、今のドクター・ワイルドは九十ぐらい』
『対して私達は三十程度。それでも随分と差が縮まったのは事実だけど、まだ下手をすると余波で致命傷を負いかねないわ』

 ラディアの言葉、メルとクリアの捕捉にプルトナは反論できず黙り込んでしまう。
 他の属性の魔力も得ることができた以上、鍛えていけば、いずれは彼らに匹敵するところまで行くことができるだろう。
 だが、新たな力を得てすぐの今ではそれも叶わない。
 アイリスとしても悔しいが、それは変えようのない事実だ。

『癪だが、ドクター・ワイルドの言葉は正しい。半端な援護ならない方がいい。LinkageSystemデバイスを介して生命力や魔力を受け渡し、ユウヤの力となることに集中すべきだ』

 戦いに使用する生命力と魔力。その分だけ供給量が目減りしてしまう。
 下手な共闘は実際、戦力の最大値を低下させることになりかねない。

『私達が最低限やるべきことは果たした。六大英雄は滅び、残すはドクター・ワイルドのみ。奴との決着はユウヤに任せよう』
『…………分かった』

 完全に納得することはできない。だが、ラディアの言葉に理解を示して頷く。
 それは他の皆も同じで、その旨の〈テレパス〉が脳裏に響く。

(ユウヤ……頑張って)

 そしてアイリスは彼の勝利を祈りながら、LinkageSystemデバイスへと力を注ぎ込んだ。

    ***

『ユウヤ、こちらはもう大丈夫だ。後は支援に徹する。私達は気にせず全力で戦え!』

 そんなラディアの〈テレパス〉と共に、LinkageSystemデバイスを介して彼女達の力が更に流れ込んでくる。

(よし)

 彼女達の無事を知らせる言葉と、その証明となる感覚に僅かな安堵をしながらも、雄也は眼前の敵へと意識を集中し直して気を引き締めた。
 力が増したと言っても相手との戦力差はそう大きく変わらない。
 ドクター・ワイルドもまた、今も尚成長し続けている。
 しかも、単純な力だけで言えば格上を相手にしている訳だから、その度合いは大きい。
 対して彼女達は、ことこの場においてはこれ以上の成長速度向上は見込めない。
 成長がない訳ではないが、戦力差を広げる程ではないのは事実だ。
 加えて――。

「レゾナントアサルトブレイク!」
「がっ!? ぐ……」

 的確なタイミングで決め技を放ち、実際に完全なる直撃を以って彼を打ち倒すが……。

「まだ、まだだ!」

 ドクター・ワイルドはすぐさま復活し、挑みかかってくる。
 その再生力と、今の雄也にも十分ダメージを与えることができるだけの攻撃力。
 油断すれば敗北は必定。
 そうでなくとも延々と続く戦いの中、精神的な疲労が蓄積して集中力が乱されれば、己の意思に関わらず隙が生じてしまうかもしれない。
 何度でも復活可能な相手とは違い、こちらは一度のミスが命取りだ。

(どうにか、しないと)

 撤退も一つの選択肢ではあるだろう。
 魔力の断絶がなくなった以上、〈テレポート〉で塔の外に出ることは不可能ではない。
 だが、ドクター・ワイルドはアテウスの塔の力を用いて何かを行おうと企んでいた。
 そんな相手に時間的な猶予を与えることは正直危険しか感じられない。
 そこを無視して考えても、体勢を立て直されてしまったら、ここまで優位に戦うことのできる機会など二度と訪れないかもしれない。
 それこそドクター・ワイルドが語った通り、不意打ち一辺倒で来るかもしれないのだ。
 今この場で決着をつけるべきなのは間違いない。

(本体を、どうにかして潰さないと)

 故に、その方法を必死に考えるが……。

「はあっ!!」

 ドクター・ワイルドは己の再生力を頼みにし、全く守りを考慮しない正に捨て身としか言いようのない戦い方で挑んでくる。
 その勢いは凄まじく、思考できるだけの余裕は乏しい。
 勿論それは相手も同じで、その証拠のように互いに小細工は一つもない。
 生命力も魔力もその全てを身体強化に用い、魔力を収束させずとも一撃一撃に部位程度なら破壊できるだろう威力を込めて打ち合う。
 肉弾戦。そう文字にすると単純極まりなく感じるが、その余波は衝撃波となって周囲に撒き散らされており、嵐のような戦いとなっている。

「くっ、このっ!!」

 そんな一発も貰えない緊張感の中、僅かな生命力と魔力の優位を以ってギリギリのところで攻撃を避け、何とかカウンターを食らわせる。
 それでも――。

「俺は、負けない」

 ドクター・ワイルドはほぼ間髪容れずに復活する。
 雄也が根負けするまでの繰り返し。
 彼の心が折れることはないのだろう。
 とは言え、当然己の敗北を甘んじて待っている訳にはいかない。

「俺は負ける訳にはいかないんだ!」
「それは俺も同じことだ! 人の自由を奪ったお前には絶対に負けない!」

 相手の気迫に押されないように、そう強く言い放ち……。

《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》
《Convergence》
《Final Arts Assault》
「レゾナントアサルトブレイク!」

 再びドクター・ワイルドの分身体の如き眼前の敵を砕く。

「何度やろうと同じことだ。俺は諦めない!」

(そんなことは重々理解してる!)

 いくら倒そうと、復活することは変えようのない事実。
 それでも、ほんの少し。
 僅かな時間だが再生するまでの間、短いながらも思考の猶予はできる。
 だから、ドクター・ワイルドに無駄と嘲笑われようとも幾度も繰り返す。
 そうして考える。勝利への道筋を。

(そもそも分身だというのに、この強さは何だ)

 特撮に限らず、分身は本体より弱いと相場が決まっている。
 だが、もし本体がこれよりも遥かに強いのなら本体が戦えばいいという話になる。
 恐らく、これが最大出力に近い。本体と遜色ない力となっているはずだ。
 とは言え、遠隔操作している単なる端末が持っていていいものではない。
 距離と共に減衰するのは生命力や魔力も同じだ。

(本体はすぐ傍にいる)

 いや、アテウスの塔と融合したと言うのであれば、周り全てが本体と言うべきなのか。
 いずれにしても本体が近くにいることに変わりはないが、その場合はここを破壊すれば倒せるという分かり易い核となるような部分が存在しないことになる。
 それこそ最初に選択肢から除外した、アテウスの塔そのものの破壊を再び考えなければならなくなりかねないが……。

(ツナギも囚われている以上、それは最後の最後の手段だ)

「どうした。動きが鈍っているぞ!」
「くっ」

 ほんの少し思考に意識を傾け過ぎたせいで、危うく一撃貰いそうになる。

「うおりゃああああああっ!!」

 即座に反撃の蹴りを胸部にぶち込み、新たな体が作り出されるまでの猶予を作るが、やはりこの強さは分身の枠を超えている。
 本体と深い深い繋がりを有していると見て間違いないだろう。

(………………そうか!!)

 そして気づく。
 故にこそ本体へと続く道がある、と。

『皆! 頼みがある!』

 だから雄也は、変わらず断続的にドクター・ワイルドの分身体を倒しながら、アイリス達に己の考えを少しずつ説明した。

『成程、できるか? メル、クリア』
『お兄ちゃんの頼みなら』『何とかして見せます』
『うん。とりあえず細かいところは二人に任せてアタシ達は』
『先程までと同じですわ』
『全身全霊を込めて力を届ける、ですね』
『……後はユウヤ次第。頑張って』

 と、各々の了承と共に最後のアイリスからは激励の言葉も返ってくる。

『ああ。これで決着をつける』

 それにそう応じ、雄也は一度ドクター・ワイルドから距離を取った。

《Full Linkage》
《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》
《Over Convergence》

 そして限界以上に魔力を収束させる。

「くっ」

 強化されたこの体さえ、その負荷によって軋み始めるが今は耐える。
 最後の一手のために。

「破れかぶれか。だが、分かっているのか? 俺は何度でも再生するぞ」
「分かっているさ。けど、このまま繰り返していたって埒が明かない。お前だっていい加減飽き飽きしてるだろう?」

 雄也は再び構えを取りながら、強がっているように装って告げた。
 正にドクター・ワイルドの言うように破れかぶれであると見せかけるように。

「全力の一撃で道理を吹っ飛ばす」
「ふ、受けて立とう」
《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》
《Over Convergence》

 対して彼もまた己へのダメージを顧みず、強大な力を作り出す。
 無論、彼の場合は体が再生する以上、負荷を考える必要などまるでないが。

「「はあっ!!」」

 合図などなく同時に地面を蹴り、間合いを詰める。

「「オーバーレゾナントアサルトブレイク!!」」

 更に同時に繰り出す技の名を告げ、互いに右の拳を引き絞り――。

「何っ!?」

 しかし、雄也は攻撃を繰り出さずに蓄えた力を全て温存し、ドクター・ワイルドの極限まで研ぎ澄まされた一撃を左手で受け流した。

「ぐ、うぅ――」

 力が収束した拳には触れずに軌道をずらしたものの、全霊を込められた攻撃の余波だけで左手がズタズタになる。
 だが、構わない。最初から左手は犠牲にするつもりだった。

「うう、おおおおおおおおおおおっ!!」

 その激痛に耐え、一歩踏み込んで右手でドクター・ワイルドの首を掴む。

「〈オーバーアナライズ〉〈オーバーレゾナントエクセスカレント〉!」

 そして雄也は眼前の体の構造を分析しつつ、その一点にアイリス達から得た力と己の生命力も魔力もその全てを注ぎ込んだ。

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