【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第四十三話 超越 ③超大型魔動器

    ***

 完全に意思を失い、暴走したように暴れ回る真龍人ハイドラクトロープラケルトゥス。
 結局、フォーティアが言ったようにドクター・ワイルドの操り人形に成り下がった彼の姿には、正直なところ憐みの感情もない訳ではない。
 非常にちっぽけな、塵みたいなものだが。
 しかし、今はそんな僅かな感傷に囚われている余裕はなかった。
 この過剰進化オーバーイヴォルヴに更に過剰進化オーバーイヴォルヴを重ねたが如き敵を前にしては。
 その直前まで、異形の姿に慣れ始めたラケルトゥスを相手に、しかし、フォーティアの成長が上回って優位に立ち回ることができていたのだが……。

(決め手に欠けて、この様か)

 互いに同じ火属性であるために、どうしても止めを刺すには至らなかった。
 そうやって手間取っている間に、恐らくドクター・ワイルドによるものと思われる横槍が入って形勢を逆転されてしまった。
 獣の如き戦い方は、賞金稼ぎバウンティハンターとして割と魔物とも戦ってきたフォーティアにとって戸惑いは比較的少ない。
 だが、如何せん生命力と魔力の差が大きい。

(時間を稼げば自滅する可能性が高いけど)

 それまで耐え切ることができるかは不明瞭だ。
 とは言え、そこは自分が気合で何とかすればいい話ではある。

(ユウヤ、皆……)

 だが、恐らく同じようにこの塔のどこかで戦っている仲間達への心配が募る。
 せめて自分の無事だけでも伝えることができればいいのだが。
 本能に任せて獲物フォーティアを狙う真紅の鎧纏う竜ラケルトゥスとの間合いを一定に保ち、遠距離から放たれる紅蓮の魔力弾を避けながら思う。と――。

(これ、揺れてる?)

 フォーティアとラケルトゥスの戦いによるものではない振動が、突然部屋を揺らした。

(……そうか)

 他の場所の戦いがこれだけの影響を及ぼすなら、やりようによってはそれこそ自分の無事を伝えられるかもしれない。
 フォーティアは仮面の中から目だけを動かして周囲を見、それから心の中で頷いた。

「〈オーバーエリアフレイム〉!」

 そして魔法を発動し、壁面を焼く。
 とは言え、さすがに特殊な素材で作られているだろうそれを焼き尽くし、破壊することはできないだろう。精々、その熱を周囲に伝えるぐらいのものだ。しかし……。

(魔力が断絶していても)

 それならば誰かに届くかもしれない。
 火属性ならば断熱、伝熱への干渉も不可能ではない。
 この塔の中にいるならば、熱いとまでは感じずとも壁が熱を持っているぐらいは気づいてくれるはずだ。
 フォーティアはそう考え、暴走を続ける真紅の鎧纏う竜ラケルトゥスから意識を逸らさないまま、全力で魔法の維持に努めた。

    ***

 どこからともなく伝わってきた振動が広間を揺らす。
 それにラディアは一瞬気を取られたが、空中を無秩序に高速移動している真妖精人ハイテオトロープビブロスは当然の如く気にする素振りなど見せずにいた。
 勝負を急いでいるかのように攻勢を強めているが、暴走状態故か、変わらず単調に白銀の光弾をラディア目がけて放ち続けている。
 その威力は明らかに向上しているが、守りを固めれば均衡を保つことは不可能ではない。
 勿論、それでは攻め勝つことはできないが……。
 ラディアは周囲に衛星のように浮遊させている盾の数を増し、尚もその場から動かずに敵の攻撃を防ぎ、過剰な強化による自滅を待っていた。
 そうしながら己が身にも確かに感じる振動に意識を移す。

(これは……アイリスか?)

 壁を伝って微弱な土属性の魔力を感じ、その覚えのある気配から謎の揺れは彼女の攻撃によって生じたものだと判断する。

(……待て。魔力、だと?)

 ハッとして一瞬自分自身の判断を疑い、もう一度確認する。が、間違いない。
 魔力が断絶し、〈テレパス〉もLinkageSystemデバイスも使えない状況。
 にもかかわらず、ここにはいないアイリスの魔力が感じられる事実。
 一見すると矛盾する話だ。

(いや、これはまさか…………ん?)

 頭の中で仮説を立てていると、今度は部屋の温度が徐々に上がっていることに気づく。
 もっとも、同時に火属性の魔力を感じなければ即座に察知できなかったに違いないが。

(これは、ティアか)

 大方、アイリスが起こした振動をヒントに、自分の無事を伝えようとしたのだろう。
 ここから近い位置で彼女も戦っているようだ。

(何にせよ、二つ続けば間違いないだろうが…………ふ)

 仮説に対する確信を強め、それと同時に今の今まで思いつかなかった自分達の余りの滑稽さに思わず笑えてくる。
 それだけ冷静さを欠いていた訳だ。
 皆と分断された上で強敵と対峙したことで、完全に余裕を失っていたのだろう。

(こうなれば時間稼ぎは最適解ではないな)

 そもそも、苦し紛れの策でしかないそれが最善であるはずがないが。
 いずれにせよ、たとえ眼前の敵が自滅しようとも、ドクター・ワイルドが存在する限りは次なる脅威が訪れるのは確実。
 それ以前に、そもそも彼らはここで全てを決するつもりだったのだ。
 次と言う程の時間の間隔すらない可能性も十二分にある。
 今ここで、ドクター・ワイルドを倒す目を作るために動かなければならない。
 それは相手の自滅を待つだけで果たせることではない。

《Optical Fiber Assault》

 だから、ラディアは仮説に基づく策を実行に移した。
 魔力を伝えるためだけの太く鋭い線を複数生成し、全身を覆う鎧のスカート部分の端から伸ばすように床面に突き立てる。
 そして、ラディアは暴走を続ける真妖精人ハイテオトロープビブロスへの対処に力と意識をしっかりと残しながらも、可能な限りの魔力をそこに注ぎ込んだ。

    ***

『メル、クリア! 聞こえるか!?』
『え、先生?』

 唐突に脳裏に響いた声にメルは驚き、戦いの只中にあって一瞬動きを鈍らせてしまった。

『姉さん、危ない!!』

 そこを狙った訳ではないだろうが、闇雲に突進してくる巨大なシャチの如き異形。
 真水棲人ハイイクトロープパラエナを前に、クリアはメルを庇って間に入った。
 次の瞬間、その体は暴走する彼女の強大な力によって粉々に砕かれ、一瞬部屋を満たす液体の中を流れた後、群青の粒子と化して消え去ってしまう。
 単に妹の意識を受信して動いているだけの人形だったからよかったものの、あれが生身の体だったと思うとゾッとする。
 異形と化したパラエナが憐れにも自滅前提の暴走を始めてからは既に何度か身代わりになって貰っており、正直綱渡りなのが現状だった。

『先生、危ないですよ!』

 そんな中での〈テレパス〉に、一先ず何故それを使用可能なのかは置いておいてクリアが文句を言う。己が活動するための人形を再生しながら。
 状況が状況だけに、少し言葉遣いがきつい。
 しかし、実際、危うく致命傷を負うところだったのだ。
 それぐらいは許して欲しいところだ。

『すまない。だが、事態が切迫している』

 対するラディアも重々承知しているようで、とやかく言わずに謝ってから告げる。

『お前達の力が必要なのだ』
『それは勿論ですけど、一体どうやって魔力の断絶を?』
『細かい説明は省く。この塔自体が魔動器。それでお前達ならば分かるはずだ』

 言われ、メルはハッとしてクリアを見た。
 同時に彼女もまたその意味するところに気づいたようで、こちらに視線を向けた。
 仮面越しではあるが、双子の直感によって目が合ったことが分かる。
 それからクリアは更にもう一体活動用の人形を作り出すと、それを広間の端へと向かわせて壁面に掌を触れさせた。
 超巨大魔動器アテウスの塔。
 思い切り形に惑わされてしまっていたが、どれだけ大きくとも魔動器は魔動器。
 たとえ空間に魔力の断絶があろうとも、魔動器そのものは魔力を伝導する。
 それをうまく利用すれば〈テレパス〉も当然可能だ。何より――。

『これならLinkageSystemデバイスを!』

 一先ずクリアが操る人形を介して己のLinkageSystemデバイスの機能を作動させ、魔力を共有する。
 それによって僅かながら真水棲人ハイイクトロープパラエナへの対応に余裕が生じた。
 とは言え、人形二体を操る分だけクリアの補助が減ったため、楽ができる程ではないが。

『いずれにしても、これだけではドクター・ワイルドには届かない。ここからが本題だ』

 と、更に緊張感を促すようにラディアが固い口調で切り出す。

『プルトナ、頼む』
『分かりましたわ』

 続いて彼女が告げた通り、プルトナの真剣な声も耳に届いた。
 それと同時に、脳裏に別の誰かの視界が六つ浮かび上がる。
 プルトナの精神干渉によるものだろう。
 真水棲人ハイイクトロープパラエナと同じような六大英雄の成れの果てと戦っているのは五つ。
 だが、最後の一つでは視界の主がドクター・ワイルドの激しい攻撃に晒されていて……。

『お兄ちゃん!?』『兄さん!?』

 それこそがユウヤの視界なのは間違いなく、思わず呼びかける。
 が、答える余裕がないのか返事はない。

『見ての通りだ。どうやらこちらの戦闘が終わるのを待っているらしく、今のところは加減をされているようではあるが……』

(あれで!?)

 ラディアの評価に思わず目を見開く。
 明らかにあれは六大英雄などとは比べものにならない。
 回避しているユウヤもユウヤではあるが。
 それでもドクター・ワイルドは全く本気ではないと言うのだから、戦慄を禁じ得ない。

『先生、こちらの映像が宙に。筒抜けでは?』
『一先ずは重ねるように別の映像を流している。六大英雄が自滅しない限りは誤魔化せるはずだ。だが、長くは持つまい。話を進めるぞ』

 ラディアはクリアの問いにそう簡潔に答えると、そのまま言葉を続けた。

『敵はここで大勢を決するつもりだ。どうにかして、今この場で奴を抑え込むだけの力を生み出さなければならん』

 確かに、少なくとも容易に手出しできないだけの強さがなければ完全に詰む。
 それこそ塔を退去させられて闇討ちでもされたら、対応などできはしない。
 六大英雄を使い捨てにしたことから見ても、これまでのような甘さは望めない。

『そこでだ。お前達にこの塔の制御機構に干渉して欲しいのだ』
『アテウスの塔の制御機構に……それでドクター・ワイルドを抑え込めるんですか?』
『恐らく、ユウヤを一気に強化することができるはずだ』
『それは確かな話なんですか?』

 時間がないのは理解しているが、失敗のできない話だけに確認を取る。
 そうしながらメルは、自分の中でその策を検討した。

『確実とは言えん。だが、私達の生命力、魔力の強化はアテウスの塔の働きが作用していると考えるのが妥当だ。それを強めることができれば、可能性は高いと思う』

 ラディアの返答に頷く。
 メル達の身に生じた謎の成長。その原因。
 成長の度合いを決めるものが互いを想い合う心なのは事実関係を鑑みる限り間違いないだろうが、そんなものはアテウスの塔に入る以前から当たり前に存在するものだ。
 ここで六大英雄と戦い始めてから変化が始まったことを鑑みても、根本的なところは場所に起因するものと考えるのが妥当だろう。

『他に方法がない。頼む』
『分かりました、先生』

 メルが口を開く前にクリアが先に承知する。
 当然、メルも同じ意見なので異論はない。
 実際、他に取れる選択肢はなさそうだ。時間もない。

『干渉に魔力が足りなければイクティナに頼め』
『はい! なら早速、クリアちゃん!』
『もうやってるわ、姉さん』

 二体目の人形を使い、既にアテウスの塔そのものへと干渉を始めているクリア。
 そんな彼女に頷きながら、メルは暴走し続ける真水棲人ハイイクトロープパラエナに意識を戻した。
 会話中はクリアが操る一体目の人形の補助を受けていたが、クリアに作業に集中させるためにもメル自身の力で対応しなければならない。

『クリアちゃん、敵の自滅まで余り時間がないからね!』
『分かってる、任せて。姉さんはあっちを』
『うん!』

 だから、メルは迫り来る巨大なシャチの如き異形パラエナを見据え、クリアの作業が完了するまで持ち堪えんと身構えたのだった。

    ***

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