【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第四十三話 超越 ①収穫への微調整

    ***

「この! この!」

 闇雲に雄也へと攻撃を仕かけ続けるツナギ。
 相対する雄也はその全てをギリギリで回避し……。

「だあっ!!」

 巧みに懐へと入り込むとツナギの体を掴んでバランスを崩させ、更には柔道の大外刈りに似たような形で投げ飛ばした。
 その途中で手を離したため、ツナギの小さな体は地面を何度か跳ねて転がっていく。
 直下の地面に叩きつけられて抑え込まれるよりは体内に衝撃が残らず、いくらかダメージが低くなると判断してのことだろう。

「う、うぅ、気持ち悪い、よお」

 もっとも、ツナギは綺麗に受け身を取る技術など持っていないため、うまく衝撃を和らげることなどできはしないが。
 しかし、それでも動きを封じられたまま叩きつけられるよりはマシではある。
 こうした半端な攻撃の仕方からも何となく察することができるように、雄也はツナギを救おうとしている。
 そうしなければ己の信条を否定することになるから。

(幾度繰り返そうと、そこは変わらない。何も知らぬ俺ならば当然だ)

 そして、それを理解しているからこそ『雄也』はツナギを雄也にぶつけている訳だ。
 雄也にあてがった六体七人を六大英雄に処理させる時間稼ぎをするために。
 更には雄也にその事実を突きつけて感情を揺さ振ることによって、LinkageSystemデバイスにつけ加えた機能が起動。魔力吸石を吸収させる。
 わざわざ感情の高ぶりをトリガーとしている理由は、この機能が起動するとLinkageSystemデバイスを介して無防備な経路が作られてしまうことにある。
 それは言わばセキュリティのないネット回線のようなもので、可能性としては逆に魔力吸石を奪われてしまうことも十二分にあり得るのだ。
 特に、計画通りに進行していれば雄也の仲間のLinkageSystemデバイスはこの時点で六大英雄に取り込まれているため、不可避的に雄也から見て敵である彼らと繋がる形となる。
 その時、雄也の意志が弱ければ力を奪うことができず、それどころか奪われてしまいかねない。これでは計画が失敗に終わる可能性が高くなる。
 全て一からやり直しだ。
 そうならないためにも雄也には怒りと憎しみを力に変え、殺意で己の意志を確固たるものにして貰わなければ困るのだ。

(しかし――)

 前回アイリスがリュカに勝利するというイレギュラーな事態が発生したことも含め、計画した通りにことが運ぶのはむしろ稀な話ではある。
 稀な話ではあることは、過去の周回で身を以って承知しているが……。

「ちっ」

 それでも尚、全く意のままに進まない今回の状況には正直苛立ちが募り、『雄也』は思わず舌打ちをしてしまった。
 眼前で展開されているツナギと雄也の戦いは、戦いと呼べないような茶番に等しいもの。
 魔法的に塔を介して脳裏に受信している映像には、劣勢に陥っている六大英雄の姿。

(この調子では時間稼ぎなど……)

 したところで無駄になってしまう。
 万一にも六大英雄全員が敗北してしまったら、少なくとも今この場において雄也を完全な真基人ハイアントロープとすることはできなくなる。
 六大英雄の魔力吸石は雄也の仲間達に各々受け継がれる状態にはなるだろうが、雄也の意思で彼女達の命ごと力を奪う状況に持っていくには無理があり過ぎる。
 そうなると計画の軌道修正を行うには――。

(……いざとなれば俺の手でアイリス達を殺し、覚醒を促すしかないか)

 生命力の分だけ成長率が大分目減りしてしまうが、完全に失敗するよりはマシだ。
 何より、前回この段階に至ってから再び同じ状況にまで持ってくるのに、既に何度となく繰り返しを積み重ねてきたのだ。
 ここで台なしになることは避けたい。

(時間跳躍を行ったところで、これと同じ状況になったら目も当てられないからな)

 できれば、この状態からの対処方法も目処をつけておきたいところだ。
 そんな風に『雄也』が一先ずの方針を定めていると……。

「これでも、遊びだって言えるのか?」

 いつの間にか、雄也とツナギの茶番は終局を迎えていた。
 ツナギは力と戦意を失って地面にへたり込んでしまっている。

「貴方が、変な戦い方ばっかり、するから」

 その彼女は文句を口にしつつも、口調は酷く弱々しい。

「俺は壊されたくなんかないからな。ツナギもそうじゃないのか?」
「わたし、が?」
「今まで壊してきたものを思い浮かべてみろ。そして、自分がそうなった時のことも」
「わ、わたしは、そんなことにならないもん」
「壊し合う遊びだって自分で言ったことじゃないか。だったら、相手よりも弱ければ自分がそうなることだって十分あり得る。何より、今そうなりつつあるんだぞ?」

 雄也はそう脅すように言うと、首を圧し折ろうとするように手を伸ばす。
 単なる偽装だと同一人物たる『雄也』には手に取るように分かるが――。

「や、やだ。そんなの、やだ。怖い」

 他人であり、そもそも他者との触れ合いから遠ざけられていたツナギに、そういった機微を察することなどできるはずもない。
 彼女は恐怖に怯え、もはや戦闘の継続など不可能な状態になってしまった。
 この場で雄也と対峙させる即席の敵として、遊びという概念を歪めて育てたに過ぎないのだ。戦いに臨む上での矜持や信念など存在しない。
 故に、このような情けない状態になっても仕方のない話ではある。

(しかし、前回よりも余りに早い)

 まだ続く二人の会話は前回と同じだが、そこに至るタイミングは随分と違う。
 やはりアテウスの塔の副次効果によって、思った以上に雄也の力が成長してしまっているようだ。他の仲間達も同様に。
 不確定な要素が増えていくが、これもデメリットばかりではない。
 この状態から雄也を覚醒させ、その体を奪うことができれば、女神アリュシーダとの差をより縮めることができるだろう。
 勿論、そこに至るためには『雄也』もリスクを負わなければならなくなるが。

(……後一手だけ調整を加えて、それでも駄目なら先の案で行くとしよう)

 だから『雄也』はそう結論し、再び雄也とツナギに意識を戻した。

「ごめんなさい」

 と、彼女は後悔を滲ませながら、か細い声で謝った。

「初めてのお友達だから、わたしが楽しいことを楽しんでくれると思ったの」

 続く幼い言い訳に雄也は、他者からの干渉を疑って『雄也』を睨みつけた。
 精神干渉によって同情を引くようなことを言わせて、油断させようとしているのではないかと疑ってのことだろう。

「その娘は人形遊びという歪な娯楽を教え込まされた以外は、ただの優しい子供に過ぎない。他者と喜びを共有したいと願い、己の過ちを認めることができるような」

 対して『雄也』は、それこそ雄也が同情しそうな事実を淡々と告げた。
 ことこういった部分に関しては、下手に虚言を弄するのは逆効果だ。

「何の、つもりだ」

 それでも当然と言うべきか、『雄也』の態度を訝しみ、雄也は不審そうに問うてきた。

「大したことではない。決定的な罪を犯さず、この俺に利用されているだけの存在。貴様には、さぞ殺しにくかろうと設定しただけだ」
「……ツナギとの決着はついた。殺しにくいも何も殺すつもりはない」
「ああ。違う。そうではない」

 まだツナギには、その身を犠牲にして覚醒後の雄也と相討ちになるという計画の要とも言える重要な役割が残っているのだから。

「何を言ってる?」
「それをお前が知る必要はない。それよりも――」

『雄也』はそこで前回の流れから完全に離れ、再び空間に映像を浮かべた。
 未だ続く六大英雄と雄也の仲間達との一騎打ちの様子を。

「ツナギとの決着がつこうとも、戦いは終わっていない」
「……六大英雄は劣勢のようだが?」

 それを見て、安堵を押し殺すようにしながら問う雄也。
 ツナギとの戦いにしても余裕があったことに加えての仲間達の戦況。
 全体的に優位に立っていると感じてか、僅かながら強気が声に滲んでいる。
 無論、その映像を出せばそういった反応を示すだろうことは想定の内だ。

「ああ、それは素直に称賛しよう」

 想定を下回ってやり直す羽目になったことはあっても、想定を上回って計画に支障が出たのは初めてのことだ。
 そこに抱く感情はともかくとして、より高度な段階に至ったことは間違いない。

「だが、まだもう一段階強化可能なのでな」

 ただし、それは計画には織り込んでいない手段だ。
 その身を燃やし、限界以上の力を生み出させる。
 彼らの体が崩れ落ちてしまう前に雄也に取り込ませなければ、既に言った通り生命力の分だけ成長率が下がるため、半ば賭けのような形になってしまう。
 しかし、こうしなければ賭けどころか確定してしまうのだから仕方がない。

「何だと?」

 そうした事情を心の内に押し殺してあくまでも冷淡に告げた『雄也』を前に、不穏な気配を感じてか警戒の色を濃くする雄也。
 対して『雄也』が促すように映像に視線をやると、彼もまた顔をそちらに向け――。

「な、まさか本当に!?」

 映し出されている光景に驚愕の声を上げる。
 その中では、つい一瞬前まで劣勢にあった六大英雄達が急激に勢いを取り戻していた。
 ただし、そこに人間らしい技量は僅かたりとも存在しない。
 御し易いタイプの六大英雄には残しておいた人格も砕かれたことで、戦い方は一様に獣の如き荒々しいものとなっている。異形となった外見に相応の。
 多少のダメージは無視して突っ込んでくる様は、極まった技量とはまた別種の恐ろしさを対峙する者に与えることだろう。

「こんな、こんな戦い方、仲間の意思すら奪って何とも思わないのか!?」
「最初から奴らを仲間だと思ったことなどない。この身に残る切り札は、自分のみだ」

 声を荒げて糾弾してくる雄也に淡々と返す。
 ウェーラを失ったこの身に仲間など存在しない。
 そんな言葉は何一つ響かない。

「貴様っ」

 そうした態度に雄也は怒りを湛えながらも、次の行動に迷っているのか目線を揺らす。
 今すぐにでも仲間の元に向かいたいが、この場にツナギを残すことはできない。
 そんなところだろう。

「お前も薄々は理解しているだろう? 最後に高みに辿り着けるのは己一人だと」

 そんな雄也に逆に問いかけると、彼は答えることができずに僅かに俯いた。
 六つの属性全てを操ることのできる基人アントロープ
 たとえ種族の平均的なスペックは極めて低かろうと、進化の因子を以って最終的に至る強さは他の六種族とは比べものにならない。
 その程度の事実は、ほんの少し考えれば分かることだ。
 当然、『雄也』と比べれば異世界アリュシーダにおける経験に乏しいこの雄也とて、それぐらいは重々承知しているはずだ。

「……俺は別に最強になりたい訳じゃない。自由を脅かす存在がいなければ、そもそも力なんて必要ないんだ」
「だが、現実にそれは存在し、それだけでなく確かに強大な力を持つ。となれば、それをも上回る力を目指す以外にはあるまい」

 そして、この世界の神たるアリュシーダこそがその敵。
 あれを相手取ろうとするなら、正直世界最強でも生温い。
 神をも超える力を得なければ、人類に自由を取り戻すことなどできはしない。
 とは言え、その辺りの事情を隅から隅まで明かしてやるつもりなど毛頭ないが。
 あくまでもドクター・ワイルドを己の信念に反した敵として特撮ヒーローの真似ごとをしながら挑み、その充実の中で己という存在を失った方が余程幸福だろうから。

「故に、貴様も俺の糧となれ」

 そして『雄也』はそう告げながら歩き出した。
 特撮番組に登場する敵の首領のように。

「お、お父様……」

 途中、傍らにへたり込むツナギから縋るような言葉を投げかけられたが、それは全く黙殺し、雄也との間に一定の間合いを残して立ち止まる。

「……アサルトオン」
《Evolve High-Anthrope》

 それから静かに告げて、『雄也』は金色の鎧を身に纏った。

「お前を倒し、それから暴走する六大英雄を倒す。それで終わりだ」

 対する雄也はそう告げると見慣れた構えを取る。
 今は目の前の敵を優先させることとしたようだ。

「やれるものなら、やってみるがいい」

 そんな青い自分自身に応じて『雄也』もまた全く同じように構え、意図的に暴走させた六大英雄が彼の仲間達を倒すまでの時間稼ぎに入ったのだった。

    ***

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