【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~
第三十八話 回帰 ②意思の空白
結論から言えば、一新された唯星王国の上層部は過剰進化について何一つ知らなかった。少なくとも、ウェーラが彼らの記憶を読み取った限りでは。
そういう人物だけを残したのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
いずれにせよ、犯人の手がかりはない。
分かっていることと言えば、前回とは異なり妖精人ではなく基人が使われていたこと。
そして、今回の過剰進化は、変化と強化の度合いが以前よりも大きかったことだけだ。
「恐らく、犯人は王都にはいないでしょうね」
微妙にイライラしたように、やや俯き加減でウェーラは言う。
自分が調査をすれば足取りの一つぐらいは得られる。そう踏んでいたのだろう。
「まあ、分からないことは考えても仕方がないわ。今やれることと言えば、相手が尻尾を出した時に確実に捕まえられるように準備しておくぐらいだろうしね」
彼女はそう続け、気持ちを切り替えんとするように自身の頬を両手で挟み込むように叩く。と、思った以上に勢いをつけ過ぎたのか、少し眉をひそめた。
結構苛立ちが大きかったようだ。
「こほん。それよりユウヤ」
もう一度気を取り直すように一つ咳払いをして、ウェーラは顔を上げる。
「厄介なのに目をつけられたみたいね」
どうやら犯人を捜しながらも、『雄也』の動向は気にかけてくれていたらしい。
彼女は口調に労いや申し訳なさを滲ませる。
「パラエナ、リュカ、ラケルトゥスのことか」
その言葉に先日の邂逅を思い出させられ、『雄也』は軽く嘆息した。
事前に聞かされていた情報の印象よりも遥かに濃い面々だった。
できることなら、もう会いたくないところだが……。
「リュカとラケルトゥスはともかく、問題はパラエナよね。本気で標的として認識されてたら、どちらかが死ぬまで戦いを挑んでくるに違いないわ」
ウェーラの言う通り、一番危険なのはパラエナだろう。
確かに彼女からは狂気を感じた。
単純に狂気と言えば、ウェーラからも時折滲み出ている時もある。
だが、これは種類が違う。完全なる戦闘狂という奴だ。
「リュカやラケルトゥスも似たような部分があるけど、あの二人は基本的に自分の意思よりも国の命令を優先させるからね」
暗にパラエナは国の命令よりも自分の意思に従うと仄めかすウェーラ。
実際その通りだろうとは、あの短い邂逅の中だけでも納得できるものがあった。
だからこそ尚のこと思う。二度と出くわしたくない、と。
「ま、まあ、所在を知られてる訳でもなし、そうそう会うことはないだろうけど」
と自分で言いながら、発言の内容がフラグっぽいと感じて嫌な予感を抱く。
いや、それ以前に、状況からして再び対峙する可能性はかなり高い。
ウェーラもまたそう考えているようで――。
「その予測は外れる公算が大きいわね」
そう『雄也』の儚い願望をさっくり否定した。
正直分かっていたことではある。
「と言うと?」
だが、それでもパラエナに対する忌避感が強く、悪足掻き気味にその理由を問いかける。
「あの基人を過剰進化させた犯人が分からない以上、再び同じような超越人が戦場に現れる可能性は高い。その超越人を止めようとするなら……」
「まあ、そう、だよな」
ウェーラの返答は、頭の中で想定していたものだった。
これから先は戦場で過剰進化した超越人が現れたなら、まず間違いなく彼女らもそこにいると考えた方がいい。
『雄也』が己の信条に違わず行動するならば、遭遇してしまう可能性は非常に高い。
あるいは、彼女らも既に『雄也』がそこに現れることを見越しているかもしれない。
こうなってくると、自分自身あり得ないことだとは思っているが、どうにか過剰進化した超越人が再び出現しないことを願うしかない。
そう願うしかなかったが……。
「そして、実際にまた現れたわ」
予想通りと言うべきか、その願いもまた容易く打ち砕かれてしまった。
『雄也』の思考を遮るように唐突に真剣な声で告げられたウェーラの言葉によって。
「ああ……」
思わず俯いて、意気消沈した声を出してしまう。
だが、今なすべきことはそんなことではない。
もどきであろうと特撮ヒーローの如くあろうとするなら、相手の性格が苦手だとか言ってはいられない。
だから、『雄也』は即座に気持ちを切り替えて顔を上げた。
と、そうした正直レベルの低い葛藤をしている間に、ウェーラがいつものように魔法で戦場の映像を空間に投影していた。
「過剰進化。本当に、一体どこの誰がこんなやり方」
彼女はいつになく険しい表情を浮かべて自問するように言うが、その答えもヒントになりそうな情報も『雄也』にはない。黙って映像へと視線を向ける。
(相変わらず統一性のない姿だ)
視界に映った戦場の中心には、確かにあの異形の姿がある。
今日もまた男性がベースのようだが、少し様子が違っていた。
暴れ方が前回の無作為なものとは異なり、初めて映像で見た時のそれに近い。
まるで何かに操られているかのように、基人以外を正確に狙っている。
加えて、異形化の度合いも比較的低い。
無論、通常の超越人に比べれば遥かに正気度が下がりそうな姿ではあるが。
それらも含めて前回までとの差異を確認していると――。
「……微妙に反応が鈍い?」
動きに僅かながら妙な間が存在し、そのように感じる。
少なくとも前回のものや王都モノコスモスに現れたものよりは行動が遅い。
とは言え、最初に現れた過剰進化、妖精人が利用されていた個体程ではないが。
「恐らく、制御できる限界を見極めてるんでしょうね」
少し抑え気味のスペックである意図について、そう推測するウェーラ。
あるいは単純に、暴走状態での使用に懲りた可能性もあるが。
いずれにせよ、今現在何者かにコントロールされているのは間違いないだろう。
「どこからか制御してるなら、魔力的な繋がりが存在するはず」
それはもっともな考えだ。
よしんば誤りだったとしても、それはそれで構わない。
誰かに制御されていないにもかかわらず、秩序だった行動を取ることができるということは、即ち彼が人格を残している証とも言えるのだから。
そうであれば、彼はただの兵士。犠牲者ではない。
『雄也』が手を出すべき存在ではなくなる。まあ、可能性は低いだろうが。
「誰かが指示を出してるなら、あの戦場の近辺に犯人がいる可能性が高い。今回は一先ずそれを軸に探ってみた方がいいわ。だから――」
「少し、戦いを引き延ばせばいいんだな?」
ウェーラの要請を先回りして応じる。
魔力的な繋がりを観測するにしても、そのための時間を確保しなければならない。
あの過剰進化させられた男性が今回の犠牲者ならば、あのような状態に長く留めてしまうことは正直心苦しい。
しかし、これも犯人を捜し出すため。ひいては、これ以上被害者を増やさないためだ。
「うん、その通り。お願いね」
首を縦に振りながら言うウェーラに頷き返し、共にいつもの構えを取る。
「「アサルトオン」」
《Armor On》
合わせた声に電子音も重なり、装甲も同時に纏う。
「「エアリアルライド」」
そしてそのまま家を出て、『雄也』達は戦いの場へと翔けた。
途中、犯人の位置を探る役割を負うウェーラは傍を離れて身を隠し、『雄也』のみ過剰進化させられた男性の元へと向かう。
やがて彼の姿が視界に映り――。
(何だ? どうなってる?)
想像した状態と大きく異なる様子に、『雄也』は戸惑いを抱いた。
彼は隆起した土くれに全身を拘束されており、塞がれた口から呻き声を上げている。
戦場のはずが、戦闘行為は何一つ行われておらず、彼のその声のみが響いていた。
特に遠巻きに棒立ちになっている一般兵達は、何やら酷くぼんやりとしている。
「やあっと来たわねえ」
と、超越人以外の音が『雄也』の耳に届いた。
口調からして、その主が誰かは即座に分かる。
「パラエナ……」
「ふうん。私の名前、知ってくれてるのねえ。嬉しいわあ」
「……何のつもりだ」
口の端を吊り上げるパラエナに、反感が伝わるように棘のある声をぶつける。
「貴様が俺達と戦わなければ、こいつを殺す。いわば人質だ」
対して彼女の代わりに、ラケルトゥスがそう答えた。
過剰進化した超越人を一瞥する彼の視線を辿ると、近くにリュカがいる。
地面を隆起させて拘束しているのは彼女のようだ。
「まあ、そういうことだ」
更に初めて見る顔が言葉を続ける。声の感じからして男だろう。
だが、顔立ちは分からない。何故なら闇が人の形を取ったような姿だからだ。
「真魔人、スケレトス? 魔星王国の国王が何故こんなところに」
「基人の新たな戦力。それだけ脅威に感じているってことだ。そして――」
真魔人スケレトスの返答の途中、いや、意図的に止められた言葉とほぼ同時に嫌な気配が背筋を貫き、咄嗟に『雄也』は飛び退いた。
すると、一瞬前に首があったところを風の魔力で構成された鋭い刃が通り抜けていった。
《Bullet Assault》
間髪容れずに銃の武装を作り出し、軌道から逆算した攻撃地点へと弾丸を撃ち込む。
「よく、回避できましたね。あまつさえワタクシめの居場所にも気づくことができるとは」
魔力の光弾は命中することはなかったものの、襲撃者を引きずり出すことはできたようだった。孔雀のような特徴を持つ姿、真翼人だ。
「疾風の暗殺者、コルウス……」
「余り殺し過ぎるのも考えものですね。ワタクシめの仕事は隠密行動が基本であるにもかかわらず、ここまで存在を知られてしまうなど」
そうは言うが、音もなく忍び寄り、風の刃で首を断つその手口ですぐに分かる。
恐らく、その方法が最も効率がいいのだろうし、己の存在を知られても仕事に支障はないと考えているのだろうが。
と、コルウスに意識を向けていると、更なる敵意を感じ――。
《Shield Assault》
『雄也』はその方向に対して盾を掲げた。
直後、それは何かを防ぐが、中心から赤熱して溶け始めてしまう。
「くっ」
だから、『雄也』は盾から手を離し、地面を蹴ってその場から急速に移動した。
その一瞬で、盾を破壊した正体がレーザーの如き光だと知る。
「忌々しき基人。我が同胞の痛みを知りなさい」
その発生源は、光が人の形となったかのようなスケレトスとは対照的な存在だった。
「何だ、こいつは」
こればかりは情報がなく、戸惑いながらも回避した先への追撃を避けていく。
「真妖精人ビブロス。妖星王国の長たる光の巫女に代わり実務を行う実質的な指導者だそうだ。どうやら基人に恨みがあるらしい」
そこを狙って殴りかかってきながら、『雄也』の問いに答えるスケレトス。
どうやら彼らもまた初めてビブロスに会ったようだ。
(妖精人の過剰進化の件か。……仕方がないか)
拉致までは全く関係ないが、過剰進化は『雄也』達の研究のせいでもある。
反論はせず、敵意を甘んじて受けることにする。
いずれにしても六対一だ。いや、リュカは彼を拘束しているから五対一か。
だとしても、この状況はさすがに厳しい。
人質を取られていなくとも結局ウェーラのために時間稼ぎをしなくてはならないが、このままではそれすらもままならない。
「〈オーバーマルチエクスプロード〉」
「〈オーバーマルチアイシクル〉」
「ちっ、〈六重強襲過剰強化〉!」
ラケルトゥスとパラエナによる広範囲にわたる爆発と無数に飛来する氷柱を前に、これを何とか回避しても後が続かないと判断し、限界以上に身体強化を引き上げる。
「だあああっ!!」
そして氷柱を殴って砕き、爆風の合間を縫って空を翔け続ける。
「いいわねえ。それでこそだわあ」
そんな『雄也』の姿を見て、パラエナは尚のこと楽しげに歪んだ笑みを見せた。
が、無論それに反応する気はない。
(この状態は、長くは持たない。こうなれば――)
限界が来るまでに彼女達を無力化するしかない。
そう考えて各々に当て身を食らわそうと降下しようとする。
が、ラケルトゥスとパラエナ、ビブロス、更にはコルウスの魔法による対空砲火で近づくことができなかった。
極限まで強化された身体能力と魔法を巧みに使い、何とか回避はするが……。
(く、時間が)
膠着状態を作られると、この場はこちらが不利だ。
当然の如く焦りが生まれるが、それでも己を何とか落ち着かせて次の手を考える。
(な、何だ?)
と、唐突に拘束されたままの超越人から放たれる気配が変わった。
「グウウアアアアアアアアアッ!!」
彼は己を縛るものを引き千切らんとするように叫び、暴れ出した。
それによって、リュカが大地を隆起して作り出した拘束に亀裂が入り始める。
『ごめん、ユウヤ!』
その場の誰もが突然の事態に意識をそこに向けさせられる中、そうウェーラの〈テレパス〉が脳裏に届く。
『気づかれて転移された! それだけじゃなく、その超越人を更に強化して制御を放棄したみたい! 暴走するわ!!』
目論見は失敗してしまったようだが、ことこの場の戦闘に限っては不幸中の幸いだ。
切り抜ける目が出てきた。
『ウェーラ! 超越人の方を!』
『分かったわ!』
簡潔な言葉で意思を疎通し、一瞬意識を逸らしていたパラエナ達へとわざと突っ込む。
彼女らはハッとして再び『雄也』を撃ち落とさんと攻撃を再開した。
そうした意識の動きはウェーラの存在を気づかせない分には十分だった。
『雄也』が迫る無数の魔力弾を回避する間に、ウェーラは超越人に取りつき――。
《MPキャンセラー、実行シマス》
そして、彼女はそのまま魔動器を起動させた。
「何っ!?」
《過剰魔力吸収中…………完了》
「仲間がいたのか!?」
動揺が広がって生じた隙を突き、ウェーラは基人に戻った彼を連れて転移する。
それに乗じ、『雄也』もまた〈テレポート〉を使用しようとするが……。
「逃がさん!」
ラケルトゥスを筆頭に、それを妨害しようと魔法を放たんとしてくる。
〈テレポート〉をするよりも彼らの攻撃の方が早い。
その事実に内心舌打ちして、こちらからも一撃放って隙を作り出そうと切り替える。
「〈オーバーマルチ……」
しかし、唐突に彼らは動きを鈍らせ、魔法を撃つための魔力を霧散させてしまった。
そして僅かな時間ながら、彼らは呆けたような表情を見せる。
突如として、こちらの意図しないところで生まれた空隙に戸惑いながらも、この一瞬を見逃す手はないと再度転移の準備に戻る。
「い、今のは一体」
「……〈テレポート〉」
困惑したように互いを見る彼らの姿を視界に捉えながら、『雄也』は戦場を離れた。
ウェーラの家に何とか転移して戻ってきた後。
『雄也』達は超越人から元の姿に戻ったものの意思を失った彼を城に連れていって処理を任せ、それからウェーラが取り逃がしてしまった犯人について情報共有を行った。
彼女によると、顔は見たものの種族すら分からなかったとのことだった。
何故なら、あの場にいた犯人は超越人だったからだ。
全身が異形となる以上、当然元の種族は判別できない。
また、元々生命力、魔力共に優れていた者が超越人となったことによって相応の強さを得たようで、分析の魔動器を用いる隙も見出せなかったそうだ。
と言うか、発見された瞬間、即座に逃げを打ったらしい。
それでは彼女でなくとも捕縛は不可能だ。
「今後はそういう相手だって前提で動かないとね」
腕を組んで唇を微妙に尖らせながら不機嫌さを顕にするウェーラ。
自分が取り逃がしてしまっただけに、大分苛立っているようだ。
それでも彼女は一つ大きく深く息を吐くと、気を取り直したように再び口を開く。
「そういう訳だから、その対策となる魔動器を――」
それから、いつもの調子でいつもの流れに持っていこうとするウェーラだったが、そこで突然不自然に言葉を切った。
そして珍しく普段は閉じている目を開けて、しかし、ぼんやりと虚空を見る。
焦点が合っていない。
「ウェーラ?」
「………………え?」
「どうしたんだ?」
『雄也』の問いにワンテンポ以上遅れて反応し、それからウェーラは目をパチパチさせる。
彼女は首を傾げながら頭を抱え、それから軽く頭を振って再び目を閉じた。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫大丈夫。多分少し疲れてたんだと思う」
「疲れ?」
生命力の関係で疲労などほとんどないはずなのに、そんなことを言う彼女を訝しむ。
「本当に大丈夫だから」
対して、少し早口で告げて背中を向けたウェーラ。
そんな彼女の様子に、『雄也』は言い知れぬ不安を抱かざるを得なかった。
そういう人物だけを残したのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
いずれにせよ、犯人の手がかりはない。
分かっていることと言えば、前回とは異なり妖精人ではなく基人が使われていたこと。
そして、今回の過剰進化は、変化と強化の度合いが以前よりも大きかったことだけだ。
「恐らく、犯人は王都にはいないでしょうね」
微妙にイライラしたように、やや俯き加減でウェーラは言う。
自分が調査をすれば足取りの一つぐらいは得られる。そう踏んでいたのだろう。
「まあ、分からないことは考えても仕方がないわ。今やれることと言えば、相手が尻尾を出した時に確実に捕まえられるように準備しておくぐらいだろうしね」
彼女はそう続け、気持ちを切り替えんとするように自身の頬を両手で挟み込むように叩く。と、思った以上に勢いをつけ過ぎたのか、少し眉をひそめた。
結構苛立ちが大きかったようだ。
「こほん。それよりユウヤ」
もう一度気を取り直すように一つ咳払いをして、ウェーラは顔を上げる。
「厄介なのに目をつけられたみたいね」
どうやら犯人を捜しながらも、『雄也』の動向は気にかけてくれていたらしい。
彼女は口調に労いや申し訳なさを滲ませる。
「パラエナ、リュカ、ラケルトゥスのことか」
その言葉に先日の邂逅を思い出させられ、『雄也』は軽く嘆息した。
事前に聞かされていた情報の印象よりも遥かに濃い面々だった。
できることなら、もう会いたくないところだが……。
「リュカとラケルトゥスはともかく、問題はパラエナよね。本気で標的として認識されてたら、どちらかが死ぬまで戦いを挑んでくるに違いないわ」
ウェーラの言う通り、一番危険なのはパラエナだろう。
確かに彼女からは狂気を感じた。
単純に狂気と言えば、ウェーラからも時折滲み出ている時もある。
だが、これは種類が違う。完全なる戦闘狂という奴だ。
「リュカやラケルトゥスも似たような部分があるけど、あの二人は基本的に自分の意思よりも国の命令を優先させるからね」
暗にパラエナは国の命令よりも自分の意思に従うと仄めかすウェーラ。
実際その通りだろうとは、あの短い邂逅の中だけでも納得できるものがあった。
だからこそ尚のこと思う。二度と出くわしたくない、と。
「ま、まあ、所在を知られてる訳でもなし、そうそう会うことはないだろうけど」
と自分で言いながら、発言の内容がフラグっぽいと感じて嫌な予感を抱く。
いや、それ以前に、状況からして再び対峙する可能性はかなり高い。
ウェーラもまたそう考えているようで――。
「その予測は外れる公算が大きいわね」
そう『雄也』の儚い願望をさっくり否定した。
正直分かっていたことではある。
「と言うと?」
だが、それでもパラエナに対する忌避感が強く、悪足掻き気味にその理由を問いかける。
「あの基人を過剰進化させた犯人が分からない以上、再び同じような超越人が戦場に現れる可能性は高い。その超越人を止めようとするなら……」
「まあ、そう、だよな」
ウェーラの返答は、頭の中で想定していたものだった。
これから先は戦場で過剰進化した超越人が現れたなら、まず間違いなく彼女らもそこにいると考えた方がいい。
『雄也』が己の信条に違わず行動するならば、遭遇してしまう可能性は非常に高い。
あるいは、彼女らも既に『雄也』がそこに現れることを見越しているかもしれない。
こうなってくると、自分自身あり得ないことだとは思っているが、どうにか過剰進化した超越人が再び出現しないことを願うしかない。
そう願うしかなかったが……。
「そして、実際にまた現れたわ」
予想通りと言うべきか、その願いもまた容易く打ち砕かれてしまった。
『雄也』の思考を遮るように唐突に真剣な声で告げられたウェーラの言葉によって。
「ああ……」
思わず俯いて、意気消沈した声を出してしまう。
だが、今なすべきことはそんなことではない。
もどきであろうと特撮ヒーローの如くあろうとするなら、相手の性格が苦手だとか言ってはいられない。
だから、『雄也』は即座に気持ちを切り替えて顔を上げた。
と、そうした正直レベルの低い葛藤をしている間に、ウェーラがいつものように魔法で戦場の映像を空間に投影していた。
「過剰進化。本当に、一体どこの誰がこんなやり方」
彼女はいつになく険しい表情を浮かべて自問するように言うが、その答えもヒントになりそうな情報も『雄也』にはない。黙って映像へと視線を向ける。
(相変わらず統一性のない姿だ)
視界に映った戦場の中心には、確かにあの異形の姿がある。
今日もまた男性がベースのようだが、少し様子が違っていた。
暴れ方が前回の無作為なものとは異なり、初めて映像で見た時のそれに近い。
まるで何かに操られているかのように、基人以外を正確に狙っている。
加えて、異形化の度合いも比較的低い。
無論、通常の超越人に比べれば遥かに正気度が下がりそうな姿ではあるが。
それらも含めて前回までとの差異を確認していると――。
「……微妙に反応が鈍い?」
動きに僅かながら妙な間が存在し、そのように感じる。
少なくとも前回のものや王都モノコスモスに現れたものよりは行動が遅い。
とは言え、最初に現れた過剰進化、妖精人が利用されていた個体程ではないが。
「恐らく、制御できる限界を見極めてるんでしょうね」
少し抑え気味のスペックである意図について、そう推測するウェーラ。
あるいは単純に、暴走状態での使用に懲りた可能性もあるが。
いずれにせよ、今現在何者かにコントロールされているのは間違いないだろう。
「どこからか制御してるなら、魔力的な繋がりが存在するはず」
それはもっともな考えだ。
よしんば誤りだったとしても、それはそれで構わない。
誰かに制御されていないにもかかわらず、秩序だった行動を取ることができるということは、即ち彼が人格を残している証とも言えるのだから。
そうであれば、彼はただの兵士。犠牲者ではない。
『雄也』が手を出すべき存在ではなくなる。まあ、可能性は低いだろうが。
「誰かが指示を出してるなら、あの戦場の近辺に犯人がいる可能性が高い。今回は一先ずそれを軸に探ってみた方がいいわ。だから――」
「少し、戦いを引き延ばせばいいんだな?」
ウェーラの要請を先回りして応じる。
魔力的な繋がりを観測するにしても、そのための時間を確保しなければならない。
あの過剰進化させられた男性が今回の犠牲者ならば、あのような状態に長く留めてしまうことは正直心苦しい。
しかし、これも犯人を捜し出すため。ひいては、これ以上被害者を増やさないためだ。
「うん、その通り。お願いね」
首を縦に振りながら言うウェーラに頷き返し、共にいつもの構えを取る。
「「アサルトオン」」
《Armor On》
合わせた声に電子音も重なり、装甲も同時に纏う。
「「エアリアルライド」」
そしてそのまま家を出て、『雄也』達は戦いの場へと翔けた。
途中、犯人の位置を探る役割を負うウェーラは傍を離れて身を隠し、『雄也』のみ過剰進化させられた男性の元へと向かう。
やがて彼の姿が視界に映り――。
(何だ? どうなってる?)
想像した状態と大きく異なる様子に、『雄也』は戸惑いを抱いた。
彼は隆起した土くれに全身を拘束されており、塞がれた口から呻き声を上げている。
戦場のはずが、戦闘行為は何一つ行われておらず、彼のその声のみが響いていた。
特に遠巻きに棒立ちになっている一般兵達は、何やら酷くぼんやりとしている。
「やあっと来たわねえ」
と、超越人以外の音が『雄也』の耳に届いた。
口調からして、その主が誰かは即座に分かる。
「パラエナ……」
「ふうん。私の名前、知ってくれてるのねえ。嬉しいわあ」
「……何のつもりだ」
口の端を吊り上げるパラエナに、反感が伝わるように棘のある声をぶつける。
「貴様が俺達と戦わなければ、こいつを殺す。いわば人質だ」
対して彼女の代わりに、ラケルトゥスがそう答えた。
過剰進化した超越人を一瞥する彼の視線を辿ると、近くにリュカがいる。
地面を隆起させて拘束しているのは彼女のようだ。
「まあ、そういうことだ」
更に初めて見る顔が言葉を続ける。声の感じからして男だろう。
だが、顔立ちは分からない。何故なら闇が人の形を取ったような姿だからだ。
「真魔人、スケレトス? 魔星王国の国王が何故こんなところに」
「基人の新たな戦力。それだけ脅威に感じているってことだ。そして――」
真魔人スケレトスの返答の途中、いや、意図的に止められた言葉とほぼ同時に嫌な気配が背筋を貫き、咄嗟に『雄也』は飛び退いた。
すると、一瞬前に首があったところを風の魔力で構成された鋭い刃が通り抜けていった。
《Bullet Assault》
間髪容れずに銃の武装を作り出し、軌道から逆算した攻撃地点へと弾丸を撃ち込む。
「よく、回避できましたね。あまつさえワタクシめの居場所にも気づくことができるとは」
魔力の光弾は命中することはなかったものの、襲撃者を引きずり出すことはできたようだった。孔雀のような特徴を持つ姿、真翼人だ。
「疾風の暗殺者、コルウス……」
「余り殺し過ぎるのも考えものですね。ワタクシめの仕事は隠密行動が基本であるにもかかわらず、ここまで存在を知られてしまうなど」
そうは言うが、音もなく忍び寄り、風の刃で首を断つその手口ですぐに分かる。
恐らく、その方法が最も効率がいいのだろうし、己の存在を知られても仕事に支障はないと考えているのだろうが。
と、コルウスに意識を向けていると、更なる敵意を感じ――。
《Shield Assault》
『雄也』はその方向に対して盾を掲げた。
直後、それは何かを防ぐが、中心から赤熱して溶け始めてしまう。
「くっ」
だから、『雄也』は盾から手を離し、地面を蹴ってその場から急速に移動した。
その一瞬で、盾を破壊した正体がレーザーの如き光だと知る。
「忌々しき基人。我が同胞の痛みを知りなさい」
その発生源は、光が人の形となったかのようなスケレトスとは対照的な存在だった。
「何だ、こいつは」
こればかりは情報がなく、戸惑いながらも回避した先への追撃を避けていく。
「真妖精人ビブロス。妖星王国の長たる光の巫女に代わり実務を行う実質的な指導者だそうだ。どうやら基人に恨みがあるらしい」
そこを狙って殴りかかってきながら、『雄也』の問いに答えるスケレトス。
どうやら彼らもまた初めてビブロスに会ったようだ。
(妖精人の過剰進化の件か。……仕方がないか)
拉致までは全く関係ないが、過剰進化は『雄也』達の研究のせいでもある。
反論はせず、敵意を甘んじて受けることにする。
いずれにしても六対一だ。いや、リュカは彼を拘束しているから五対一か。
だとしても、この状況はさすがに厳しい。
人質を取られていなくとも結局ウェーラのために時間稼ぎをしなくてはならないが、このままではそれすらもままならない。
「〈オーバーマルチエクスプロード〉」
「〈オーバーマルチアイシクル〉」
「ちっ、〈六重強襲過剰強化〉!」
ラケルトゥスとパラエナによる広範囲にわたる爆発と無数に飛来する氷柱を前に、これを何とか回避しても後が続かないと判断し、限界以上に身体強化を引き上げる。
「だあああっ!!」
そして氷柱を殴って砕き、爆風の合間を縫って空を翔け続ける。
「いいわねえ。それでこそだわあ」
そんな『雄也』の姿を見て、パラエナは尚のこと楽しげに歪んだ笑みを見せた。
が、無論それに反応する気はない。
(この状態は、長くは持たない。こうなれば――)
限界が来るまでに彼女達を無力化するしかない。
そう考えて各々に当て身を食らわそうと降下しようとする。
が、ラケルトゥスとパラエナ、ビブロス、更にはコルウスの魔法による対空砲火で近づくことができなかった。
極限まで強化された身体能力と魔法を巧みに使い、何とか回避はするが……。
(く、時間が)
膠着状態を作られると、この場はこちらが不利だ。
当然の如く焦りが生まれるが、それでも己を何とか落ち着かせて次の手を考える。
(な、何だ?)
と、唐突に拘束されたままの超越人から放たれる気配が変わった。
「グウウアアアアアアアアアッ!!」
彼は己を縛るものを引き千切らんとするように叫び、暴れ出した。
それによって、リュカが大地を隆起して作り出した拘束に亀裂が入り始める。
『ごめん、ユウヤ!』
その場の誰もが突然の事態に意識をそこに向けさせられる中、そうウェーラの〈テレパス〉が脳裏に届く。
『気づかれて転移された! それだけじゃなく、その超越人を更に強化して制御を放棄したみたい! 暴走するわ!!』
目論見は失敗してしまったようだが、ことこの場の戦闘に限っては不幸中の幸いだ。
切り抜ける目が出てきた。
『ウェーラ! 超越人の方を!』
『分かったわ!』
簡潔な言葉で意思を疎通し、一瞬意識を逸らしていたパラエナ達へとわざと突っ込む。
彼女らはハッとして再び『雄也』を撃ち落とさんと攻撃を再開した。
そうした意識の動きはウェーラの存在を気づかせない分には十分だった。
『雄也』が迫る無数の魔力弾を回避する間に、ウェーラは超越人に取りつき――。
《MPキャンセラー、実行シマス》
そして、彼女はそのまま魔動器を起動させた。
「何っ!?」
《過剰魔力吸収中…………完了》
「仲間がいたのか!?」
動揺が広がって生じた隙を突き、ウェーラは基人に戻った彼を連れて転移する。
それに乗じ、『雄也』もまた〈テレポート〉を使用しようとするが……。
「逃がさん!」
ラケルトゥスを筆頭に、それを妨害しようと魔法を放たんとしてくる。
〈テレポート〉をするよりも彼らの攻撃の方が早い。
その事実に内心舌打ちして、こちらからも一撃放って隙を作り出そうと切り替える。
「〈オーバーマルチ……」
しかし、唐突に彼らは動きを鈍らせ、魔法を撃つための魔力を霧散させてしまった。
そして僅かな時間ながら、彼らは呆けたような表情を見せる。
突如として、こちらの意図しないところで生まれた空隙に戸惑いながらも、この一瞬を見逃す手はないと再度転移の準備に戻る。
「い、今のは一体」
「……〈テレポート〉」
困惑したように互いを見る彼らの姿を視界に捉えながら、『雄也』は戦場を離れた。
ウェーラの家に何とか転移して戻ってきた後。
『雄也』達は超越人から元の姿に戻ったものの意思を失った彼を城に連れていって処理を任せ、それからウェーラが取り逃がしてしまった犯人について情報共有を行った。
彼女によると、顔は見たものの種族すら分からなかったとのことだった。
何故なら、あの場にいた犯人は超越人だったからだ。
全身が異形となる以上、当然元の種族は判別できない。
また、元々生命力、魔力共に優れていた者が超越人となったことによって相応の強さを得たようで、分析の魔動器を用いる隙も見出せなかったそうだ。
と言うか、発見された瞬間、即座に逃げを打ったらしい。
それでは彼女でなくとも捕縛は不可能だ。
「今後はそういう相手だって前提で動かないとね」
腕を組んで唇を微妙に尖らせながら不機嫌さを顕にするウェーラ。
自分が取り逃がしてしまっただけに、大分苛立っているようだ。
それでも彼女は一つ大きく深く息を吐くと、気を取り直したように再び口を開く。
「そういう訳だから、その対策となる魔動器を――」
それから、いつもの調子でいつもの流れに持っていこうとするウェーラだったが、そこで突然不自然に言葉を切った。
そして珍しく普段は閉じている目を開けて、しかし、ぼんやりと虚空を見る。
焦点が合っていない。
「ウェーラ?」
「………………え?」
「どうしたんだ?」
『雄也』の問いにワンテンポ以上遅れて反応し、それからウェーラは目をパチパチさせる。
彼女は首を傾げながら頭を抱え、それから軽く頭を振って再び目を閉じた。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫大丈夫。多分少し疲れてたんだと思う」
「疲れ?」
生命力の関係で疲労などほとんどないはずなのに、そんなことを言う彼女を訝しむ。
「本当に大丈夫だから」
対して、少し早口で告げて背中を向けたウェーラ。
そんな彼女の様子に、『雄也』は言い知れぬ不安を抱かざるを得なかった。
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