【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第三十八話 回帰 ①イタチごっこと異世界の戦士達

 数日後。唯星モノアステリ王国王都モノコスモスの外に人工的に作られた洞窟の中。

「ああ、ユウヤ。まだ殺しちゃ駄目よ。資源は有効利用しないとね」

 人通りの全くないそこで、装甲を纏った状態のウェーラはを見下ろしながら、そう楽しげに『雄也』に注意をした。
 アテウスの塔の力を用いて強制転移し、一ヶ所に集められた主だった排除対象。
 国王、一部大臣、騎士団長、魔法研究所所長。その他、騎士、所員。
 勿論、事前に記憶を読み取っており、関与がない者は連れてきていない。
 どうも、こうした発案者達は超越人イヴォルヴァー化していないらしく、基礎的な能力が絶対的に低いために容易く魔法が通用しているようだった。

「実際に異形化の人体実験をするなら、自爆装置ぐらいはつけないとね」

 彼女は玩具を前にした子供のように無邪気に言いながら、手に持ったスイッチ状の魔動器を起動させた。
 すると、その足元に転がっていた過剰進化オーバーイヴォルヴしかけの魔法研究所所長が心臓を内側から破裂させられ、その場で息絶える。

「自分の体を使って超越人イヴォルヴァー化の実験ぐらいしてたら、耐えられたのに」

 何でそうしないのか分からないという感じに首を傾げるウェーラ。
 それを目の当たりにして、とりあえず下処理をしている『雄也』の前にいた国王が「んんんんん」と呻いて体を動かそうとする。
 当然、拘束しているし、声帯も潰しているのでそれ以上のことはできないが。

「陛下も陛下ですよ。下の者に力を与えて自分はそのままなんて、寝首をかいてくれって言っているようなものじゃないですか」

 国王の呻き声に反応してチラッと視線をやって窘めるウェーラだが、今は優先することがあるからとすぐに顔を戻す。次の実験材料たる騎士団長へと。

「科学の発展に犠牲はつきもの。けど、科学は人間のためにあるもの。だからこそ、真っ当な人間を犠牲にしてはいけない。自ら犠牲にしていい人間に堕ちてくれるなんて、本当にありがたいことです」

 単なる悪役とも言い難い邪悪な物言いには少し引く。
 いずれにせよ、『雄也』もまた暴力で解決しようとしていた訳なので悪であることに間違いはないが、暴力とも表現し辛い悪行は何とも言いようがない。
 信条に照らせば彼らは間違いなく排除対象なのだが、微妙に同情心が芽生える程だ。

「すんなり殺されてた方が幸せだったかもな。まあ、これで二度と目覚めることはないんだ。その恐怖をじっくりと噛み締めながら眠るがいいさ」

 怯えたように目を見開き、涙を流す国王に「何とも締まらないな」と思いつつ告げる。
 結果が同じなら、まあ、とりあえずはいい。眠っている間のことは知覚できないのだから痛みはないし、トントンというところだろうし。

「人類の自由の敵。他者の人格を手段としてのみ扱う者に断罪を」

 そして『雄也』はそう言いながら、彼の頭を掴んだ。
 オルタネイトに変身した状態なので潰さないように注意しながら。

「〈アネステシア〉」

 そのまま麻酔の効果を有する魔法を発動する。
 それから彼女の人体実験の待機場所に並べ、『雄也』はそこに転がる諸々を見回した。
 国王で最後だが、何と言うか、やった実感が薄い。
 しかし、資源は大切にしなければならないという彼女の言葉も正しいので仕方がない。

「特撮ヒーローあるいはダークヒーローの断罪ってよりかは、小賢しい悪がもっと大きな悪に踏み潰されたって感じだな……」

 後ろの方で鳴っている生々しい音を聞きながら、呆れ気味に呟く。

「ふう。いい実験だった」

 そうこうしていると変身を解除して、清々しい笑顔を浮かべながらウェーラが傍に来る。
 健全にスポーツで一汗かいてきた後のようだ。

「おかげでMPドライバーをもう少し改良できそうよ。過剰進化オーバーイヴォルヴについても大分理解できたし」

 更にワクワクする子供のように言う彼女の姿は、久々にマッドな気配を漂わせていた。
 もっとも『雄也』としては、自分の信条に抵触するような真似さえしていなければ、どれだけ狂気染みていても別に構わないというのが正直なところだ。
 彼らへの対応も問題とは思わない。少々引きはするが。
 とは言え――。

「それはそれとして、唯星モノアステリ王国はこれからどうなる?」

 さすがに多くの罪なき国民の行く末は気になる。

「まあ、一先ずは残った大臣とかが何とか運営するでしょ。それに超越人イヴォルヴァーもいるから、しばらくは持つはず。ただ、長期的には戦争に負けることになるだろうけど」

 ウェーラが手を出さなければ、進化の因子による敵の強化が上回る。
 そう予測しているが故の結論だろう。

「戦争に負けるとして、非戦闘員をちゃんと扱ってくれるか心配だな」
「そこは、どうなるか分からないわ。国として相当えぐいこともやってた訳だし」

 半ば奴隷のような妖精人テオトロープの扱いもそうだ。

「けど、誰かが誰かの自由を不当に奪うなら、ユウヤが止めるんでしょ?」

 試すように問いかけてくるウェーラ。

「……勿論」

 そんな彼女に『雄也』は深く頷いて答えた。
 誰が相手であれ自由の敵は許さない。
 既に実行した以上、今後はより一層その意思を強く固く持たなければならない。

「なら、いいじゃない。私もユウヤが強くなれるように、しっかり補助してあげるわ」
「研究の対象としてか?」
「当然!」

 ハッキリと言い切るウェーラには、もう苦笑するしかない。
 しかし、それが彼女らしさでもある。

「さて、じゃあ、その時のためにMPドライバーの改良をしないとね」

 そして通常運転なウェーラの言葉を合図に、『雄也』達は人工洞窟を離れたのだった。
 入口を塞いで人体実験の残骸は大雑把に隠して。
 普段は人気の全くない場所であるが故に、そんな程度の雑な隠蔽方法でも、彼らだったものが人の目に晒されることはないだろう。



 と、彼らの死はこのような形であったが故に、ことの顛末は他の誰にも知られることがないまま、唯星モノアステリ王国は唐突に指導的な立場にある人間を失っていた。
 これ以降、国の運営はウェーラが予測した通り、過剰進化オーバーイヴォルヴした超越人イヴォルヴァーについて何も知らなかった者達を中心に行われていった訳だが……。

「思ったよりは混乱してないみたいだな」

 あれから更に数日経過したが、見た感じ国が急激に破綻するといったこともなかった。
 戦況も大きな変化はない。超越人イヴォルヴァーが押し留めている感じだ。
 過剰進化オーバーイヴォルヴした超越人イヴォルヴァーの姿はない。
 国王達を人体実験の道具に使った結果、ウェーラが安定的に過剰進化オーバーイヴォルヴを解除できる方法を確立し、囚われていた全ての妖精人テオトロープも元の姿に戻ったためだ。
 もっとも、元に戻ったのは形だけで既に人格が破壊されていたため、もはや国に帰してやることしかできなかったが。
 間違いなく新たな火種が生まれることになるだろうが、元々火を点けたのはこの国なのだから、そこは仕方がないと思うしかない。
 意識を、いつものように空間に映し出されている戦場へと戻す。

「戦況は劣勢になりつつあるみたいね」

 その映像を受けて、そう結論するウェーラ。
 しかし、戦いの様子は余り変わっていないように見えるが……。

「ん?」

 改めて観察すると微妙に場所が違う。
 どうも僅かながら戦線が後退しているようだ。
 やはりウェーラの予測通り、いずれは再び押し込まれるのが関の山となりそうだ。

(異種族の人間達は敗戦国をどう扱うんだろうか……)

 後々のことを心配し、そもそも他の国の人間に会ったことがないことに気づく。
 この国の前国王達のような人間ではないことを祈るばかりだ。

「って、ユウヤ!!」

 と、ウェーラが驚きと焦りの入り混じった口調と共に、名を呼ぶことと顔の向きで映像を見るように促してくる。

「どうした?」

 そんな彼女を訝しみつつ、視線を戻すと――。

「なっ!? これは……あの過剰進化オーバーイヴォルヴ!?」

 そこには、以前見たものと同じく複数の生物の特徴がごちゃ混ぜになった超越人イヴォルヴァーの姿があった。しかも、街に現れた方と同じように暴走している。

「どうして……」

 見落としがあったのか、と一瞬考えるが、数日の間現れなかったのもおかしい。

「そこは私が調べるわ。ユウヤは――」

 言われ、ハッとする
 考察は後からでもできる。今すべきことではない。

「分かってる。あの人の意思を確かめて、必要があれば止めてくる」

 戦い方を見るに、恐らく自分を失っているだろう。
 既に後戻りできない状態なのか、見極めなければならない。
 そして『雄也』はいつもの構えを取り――。

「アサルトオン!」
《Armor On》

 電子音と共に生成された装甲を身に纏った。
 MPドライバーの改良により、既に特定の種族に変化しない方が戦闘力は総合的に優れている。ある属性の魔法のみを使いたい場合は別だが、戦闘はこの状態の方がいい。

「じゃあ、行ってくる」
「気をつけてね」

 ウェーラの言葉に頷いて家を出る。その後ろでは彼女が転移する気配が生じていた。
 一先ず一新された国のお偉方の中に、この前の一斉排除から逃れた者がいないか調べにいったのだろう。そちらは彼女に任せておけばいい。

(俺は俺で自分のやるべきことをしないとな)

 自分の背後から意識を切り、戦場の方角を見据える。

「〈エアリアルライド〉!」

 それから『雄也』は空力制御の魔法を発動させ、一気にその方向へと飛翔した。
 しばらく空を突き進み、やがて映像で見た存在の姿を視界に捉える。
 過剰進化オーバーイヴォルヴした超越人イヴォルヴァー
 その外見は以前よりも禍々しく、グロテスクなものに変貌していた。
 部位ごとにある程度、既存の生物の特徴が認識できた以前とは異なり、グラデーションがかかったように混ざり合い、更にグチャグチャになっている。
 恐らく元は男だろう彼には悪いが、眉をひそめたくなるような姿だ。
 上空から見る限りではほとんどの兵士は避難したようだが、一部超越人イヴォルヴァーの間合いの中に入ったままの者もいる。仲間を逃がすために引きつけていたのかもしれない。

『大丈夫ですか!?』

 そこへ降下して近づき、〈テレパス〉で超越人イヴォルヴァーの意思の有無を確認する。
 しかし、案の定と言うべきか、人格は破壊された後のようだった。
 その声で接近を察したのか、複数の触手が襲いかかってくる。

「〈オーバードロップバックショット〉」

 直後、女性の声と共に、矢のように研ぎ澄まされた無数の水が超越人イヴォルヴァーを襲った。

「余所見しちゃ駄目よお」

 間延びした声とは裏腹に、攻撃は更に激しく彼の巨躯を打つ。

「グガアアアッ!!」

 驚くことにそれらは過剰進化オーバーイヴォルヴした超越人イヴォルヴァーにも僅かながら効果があり、彼は再びその矛先を周囲で戦っていた彼女らに向けた。
 いや、彼女らと言うよりは直接攻撃してきた彼女、シャチの如き外見的特徴を持った存在、真水棲人ハイイクトロープにのみ意識を集中させているようだ。

「獣め。そんな無駄な戦い方をしていては、力の持ち腐れだ」

 その姿を前に、狼の如き特徴と女性的な起伏を有する真獣人ハイテリオントロープが呟き、空間に複数の足場を作って徒手を以って襲いかかる。

「だが、まあ、たまには猛獣を相手取るのも悪くはあるまい」

 同時に、龍の姿を持つ大岩のような男、真龍人ハイドラクトロープが低く響く声で告げながら、同じく拳を超越人イヴォルヴァーの体にめり込ませた。

(確か、水星イクタステリ王国の皆殺しの狂戦士パラエナ。獣星テリアステリ王国最優の現場指揮官リュカ。そして、自ら前線に出て最も激しく暴れ回ると聞く龍星ドラカステリ王国の総大将ラケルトゥス)

 ウェーラが見せてくれる戦場の映像でも、何度か見かけたことがある。
 そこで彼女から各国を代表する英雄的な存在だと聞かされていた。

(凄い)

 超越人イヴォルヴァーではないにもかかわらず、その力は超越人イヴォルヴァー以上。
 さすがに過剰進化オーバーイヴォルヴしたそれには劣るが、それでも戦闘センスで渡り合っている。
 あの三人ならば、黙っていても過剰進化オーバーイヴォルヴした超越人イヴォルヴァーを倒せるかもしれない。

(けど……)

 己の意思を失った彼を、彼女らの思うがままに蹂躙させる訳にはいかない。
 だから『雄也』は、ウェーラから貰った新たな魔動器、左手首に着けた赤銅色の腕輪を掲げて背後から超越人イヴォルヴァーに突っ込んだ。
 彼の意識は直接己を害する三人に向けられていたが故に、間合いに入るのは容易い。

《MPキャンセラー、実行シマス》

 そしてそのまま超越人イヴォルヴァーの巨体に取りつき、魔動器を起動させながら左手で彼に触れる。

《過剰魔力吸収中…………完了》

 直後、その電子音と共に過剰な魔力は全て取り払われ、急激にその巨躯は萎み始めた。

「貴方……何のつもりい?」
「何だ、これは!?」
「貴様、何をしたっ!?」

 突然の異変に、『雄也』をその元凶と見て敵意を向けてくる三人。
 その間にも超越人イヴォルヴァーは異形化を逆再生したような変化を続け……。

(今回は妖精人テオトロープじゃないのか!?)

 単なる基人アントロープに戻る様子を見て、驚きつつも態度には出さないように努める。

「悪いけど、この人は自分の意思で戦ってた訳じゃないんだ。もう力も失った。国に帰らせてやってくれ」

 そうしながら『雄也』は敵愾心を強める彼らに対してそうとだけ告げると共に、姿は元に戻りつつも人格を破壊されたままの彼と共にウェーラの家に転移しようとし――。

「〈オーバーアイシクル〉」
《Shield Assault》

 それを妨げんとするように飛来してきた氷柱を、咄嗟に作り出した盾で殴りつけるようにして弾いた。

「折角の獲物を奪っておいてえ……はい、さようならなんて酷いんじゃなあい?」

 と、その攻撃を仕かけてきたパラエナが不満そうな言葉の内容とは裏腹に、新たな獲物をみつけたと言わんばかりの禍々しい笑顔を向けてくる。

「貴様、基人アントロープか? 戦士ならば、せめて名ぐらい名乗っていけ」
「………………ユウヤだ」

 今にも再び襲いかかってきそうなパラエナにも細心の注意を払いながら、リュカの問いに対して簡潔に答える。

「そうか。基人アントロープであれば私の敵だ。見逃す訳にはいかない」

 一番まともそうなリュカだが、その言動にはある種の頑なさがある。
 それが彼女の受けたオーダーであれば、説得は難しいだろう。

「もう。この子は私の新しい獲物なのにい。共闘なんてたくさんだわあ」

 先程の過剰進化オーバーイヴォルヴした超越人イヴォルヴァーとの戦いは不本意だったと暗に告げるパラエナ。

「ふん。それはこちらとて同じことだ。その必要がなければ、誰が貴様のような狂人と」
「同意する」

 彼女の言葉に対し、ラケルトゥスとリュカもまた酷く不満そうに返す。
 そうしたやり取りの間に転移したかったが、その隙はなかった。

「だったら、そっちの三人で戦って、勝ち残った奴が俺と戦うってのはどうだ?」
「その隙に逃げる気でしょう? ……逃げないなら、やってもいいけれどお」

 あからさまな意図は当然バレバレだったが、分かっていて受け入れそうな反応を示すのは予想外だった。
 パラエナは評判通り、狂人と考えた方がよさそうだ。

「俺とて貴様を今すぐ殺してやりたい。だが、それで利するのは基人アントロープのみだ」

 忌々しげな口調で言うラケルトゥスは一見まともそうだが、同じ穴の狢のようだ。
 いずれにしても、彼らは完全な味方同士という訳ではないのだ。
 とは言え、この場では優先順位の関係で、そこをうまく突くことはできなさそうだ。
 隙を見つけて、いや、無理にでも作り出して、とっとと逃げた方がいい。
 単なる基人アントロープに戻った彼を傍に置きながら戦うのは不可能だ。
 だから――。

「〈オーバーマルチエクスプロード〉!」

『雄也』は目晦ましのために周囲に爆発魔法を放った。
 直撃しても彼女らならば死にはすまいと威嚇はなしだ。

「むっ」「く、貴様っ」
「ちょ、またすぐ逃げを打つなんてえ――」

 それは確かに撹乱の効果を生んだようだった。
 元々の不和故か、互いへの敵意によって僅かながら『雄也』に対する意識が薄れたのだろう。

「〈テレポート〉」

『雄也』はその隙を逃さず、そうして、人格を完全に失ってしまった彼と共にウェーラの家へと転移したのだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品