【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~
第三十七話 人形 ③唯星王国の闇
視界の中で過剰進化した超越人は、狂ったように暴れ続けていた。
それにより、一度『雄也』が魔法の風で飛ばした砂塵が再び舞い始める。が、周辺の建築物が悉く崩落してしまったがために姿が見えなくなる程ではなかった。
「あれは、さすがにまずいね」
その光景を前に、ウェーラは余裕のない口調で呟いた。
「全く統制されてない」
彼女の言う通り、映像で見たそれとは様相が違っていた。
あれは異種族を的確に攻撃していたが、これはまるで人間も何も目に入っていないかのように、暴走としか言いようがない滅茶苦茶な攻撃を繰り返している。
「ユウヤ」
そんな脅威を前に『雄也』の名を呼びながら振り返ると、ウェーラは手助けを求めるように右手を差し出してきた。
どうやら、あの巨大な超越人を止めるつもりらしい。
「ああ」
当然、この状況を目の当たりにして何もせずにいる訳にはいかない。
このままでは、この街にあって戦いを選ばなかった者達の命が、自由が奪われてしまいかねない。いや、あるいは既に奪われているかもしれない。
戦場で殺し殺されるのとは全く違う。一方的な殺戮だ。
抗うための力もある。
今度ばかりは、見過ごすことは許されない。
だから、『雄也』はウェーラの手を取った。
「〈テレポート〉」
とほぼ同時に、彼女は転移魔法を発動させ、高層ビル程度の高さの空中に移動する。
地上で変身して、その瞬間を目撃されないようにするためだ。
王立魔法研究所以外ではウェーラしかこんなものを作ることはできないだろうが、それでも見られていなければ誤魔化しようはある。
「「アサルトオン」!」
そして二人言葉を重ねて告げると――。
《《Change Phtheranthrope》》
電子音もまた同時に鳴り響き、体が変質していく。
鷲のような特徴を持った風属性、真翼人に似た姿へと。
更に構造変化した魔力結石が新緑の装甲となって全身を覆っていき、これを以ってオルタネイトへの変身が完了した。
「「〈エアリアルライド〉」」
そのまま空力制御の魔法を用いて空中に留まり、眼下の存在を注視する。
「過剰進化した超越人。恐らく今の私達より遥かに強いわ」
そうしながら緊張感の滲んだ声色で告げるウェーラ。
それについては、複数の動物の特徴が散見されるあの巨躯から今も放たれ続けている魔力の気配で『雄也』にも分かっている。威圧感で今にも圧し潰されそうだ。
「けど、どうにかして止めないと被害が広がるばかりだ」
「そうね。なら、まずは弱点を探すところから始めないと」
己より強大な存在を相手取る時の常道だ。が、空から眺めていても分かるはずもない。
対象に近づかなければどうしようもないが……。
「あの後ろ足の烏賊と蛸みたいな触手が厄介だな」
進行速度自体は鈍重だ。しかし、それを補うかの如く十数本ある触手の内の何本かが周囲を警戒するように蠢いている。
「一応〈アナライズ〉の魔動器を遠距離から撃ち込むことはできるけど……それだけだと間違いなく弾き落とされてしまうでしょうね」
となれば、方法は一つ。
「俺が囮になる」
それ以外にない。
魔動器を撃ち込むにしても、扱いに慣れたウェーラに任せた方がいい。
「…………頼める?」
躊躇いがちに問うてきた彼女自身、そうするしかないと考えていたのだろう。
「何とかやってみる」
「……無茶したら駄目だからね」
苦しげな彼女に頷いてから「行ってくる」と簡潔に告げ、慎重に降下する。
《Twinbullet Assault》
そうしながら『雄也』は両手にハンドガンを生成し、対象を見据えた。
(……初戦闘がこれか)
異世界に放り込まれ、その常識を知るにつれ、いつかはこうなると分かってはいた。
しかし、まさか初っ端から、ここまでハードな状況で格上の存在と相対さなければならなくなるとは予想していなかった。
しかも、分かっていることと言えば相手の方が強いというアバウトな事実のみで、実際にどれ程の差があるかは全く以って未知数なのだ。
高い確率で命の危険があると予想できる。
無茶するなという彼女の言葉に頷いたが、無茶しなければ囮も満足に果たせそうにない。
(だからって、逃げる訳にはいかない。ウェーラの前でこれ以上情けない姿は晒せない)
『雄也』は僅かに湧き上がった恐れを抑えつけ、二丁の銃口を相手に向けた。
本来、特撮オタクなだけの平凡な大学生如きに、命を懸けた場面で冷静に戦えるはずがない。僅かな恐れ程度で済むはずがない。
しかし、異世界召喚に際して暗示のようなものがかかっているらしく、生死を賭した戦いを前にしても恐怖を緩和することができる。
いや、させられていると言った方がいいか。
(異世界召喚の作用。健全な状態とは言えないけど……)
いざという時に戦えなくなるよりはマシだ。
これも一種の自由の制限だが、この状態を利用することを以って一先ずは受容するということにしていた。いずれ、徐々に効果も薄くなっていくという話でもある。
いずれにせよ、己の精神状態を心配する必要はないし、そんな暇もない。
(さて)
そして『雄也』はその存在の目に滞空する高さを合わせ、一先ず触手の射程外からギリギリまで近づいて対象を観察した。
胸元の辺りにある起伏を見限り、この超越人は女性のようだ。
(……別人か)
その巨躯に現れ出ている生物の特徴は映像で見た存在とほぼ同じだが、あちらは男。
間違いなく新たに過剰進化させられた超越人だ。
その事実に眉をひそめるが、今はこの存在の背景を気にしている場合ではない。
何はともあれ、無秩序な破壊行為は止めなければ。
「止まれ!」
だから、伝わるかどうかはともかく、『雄也』はそう叫びながら威嚇射撃を行った。
新緑の輝きを湛えた複数の光弾は、確実に相手に当たらない軌道で飛んでいく。
にもかかわらず、それはわざわざ触手で叩き落とした。
恐らく攻撃範囲に入ったから、というだけの単純な理由で。
「ガアアアアアアアアアアアアアッ!!」
自分から当たりに行ったにもかかわらず、直接攻撃を仕かけてきた敵として『雄也』を認識したらしい。咆哮する彼女の目がこちらを捉えている。
だが、それも僅かな時間だけだった。
「アアアアアアアッ!!」
彼女は更に叫び声を上げながら鋭利な鋏と鎌を闇雲に振り回し、地団太を踏むように触手を周囲の地面に叩きつけ始めた。
その轟音と共に再び砂煙が舞う。これではまるで知性のない獣のようだ。
(何故、こんな……)
映像で見た存在との差異。それが生じた理屈は全く分からない。
しかし、とにかく今はウェーラによる分析だけが頼りだ。
あるいは、何が超越人と化した彼女を暴走させているかも判明するかもしれない。
「こっちだ!」
だから『雄也』は、今度は触手に直接命中させるようにハンドガンを撃った。
その弾丸は、わざわざ狙いを定めずとも、自ら当たりに来る触手に着弾する。
だが、威力が足りない。
それだけでは対象の意識をこちらのみに集中させるには至らなかった。
《Convergence》
ならばと『雄也』は魔力を収束させ――。
《Final Twinbullet Assault》
十秒後、輝きの増した新緑の光弾を二発、彼女へと撃ち込む。
これもまた、まるで自動防御であるかの如く触手が反応して防がんとする。
『雄也』の頭の中では、それが直撃すれば触手が千切れるぐらいはあると予測していた。
「ギ、ギャアアアアアアアアッ!!」
そして新緑の弾丸が炸裂して同色の輝きを周囲に放った瞬間、対象は大きく絶叫する。
(やったか!? …………って、いや、今のは違う!)
悲鳴の如きそれを前にして、無意識にやっていないフラグを自ら立ててしまったことに気づき、『雄也』は心の中で慌てて取り消した。
が、そんなことでフラグを折ることはできなかった。当然のように触手は健在だ。
「ガアアアアアアアアアアッ!!」
それでも痛みは確かにあったらしい。
彼女は、今度こそ完全に『雄也』を怨敵として認識したようだった。
それから鈍重ながら、その巨躯からすると考えられない速度でこちらに直進してくる。
崩落した建築物の瓦礫を蹴散らす重量感は、対峙した者を委縮させるに十分過ぎる程だ。
何よりあの異形が迫ってくるのだから、恐れを抱かずにはいられない。
暗示によって恐怖心を抑制されていて尚、体が竦む。
もし暗示がなければ失神していたかもしれない。
《Convergence》
抑制された軽度な恐れを『雄也』は、ウェーラに頼られたことへの使命感と特撮ヒーローに憧れる者としての義務感で捻じ伏せ、再度魔力を収束させる。
そうしながら対象がこちらから意識を切らないように、触手の攻撃範囲に自ら入る。
当然、そうなれば相手は触手を用いて攻撃を仕かけてくる。
「くっ」
『雄也』は全身全霊を触手の見極めのみに傾け、それをギリギリのところで避け続けた。
折角再収束した魔力を使う間もない。攻撃など考える暇もない。
最初から囮役として回避に専念するつもりがなかったなら、即座に叩き潰されていたことだろう。とは言え――。
(そんなに、持たないぞ、これは)
乱舞する触手に技巧は欠片もないが、手数と速さだけで徐々に追い詰められていく。
余裕など欠片も存在しない。
(ウェーラ!)
それでも理性なき攻撃故に僅かな隙が生じ、募った焦りが『雄也』に上空を意識させた。
と、その隙をこそウェーラも待っていたようだ。
何かが空から撃ち込まれ、超越人の背中に突き立てられる。分析の魔動器だ。
その巨躯からすれば蚊に刺されたようなものだろうが、異物感があるのだろう。
過剰進化した超越人は触手でそれを取り除こうとし始める。
が、既に魔動器は皮膚の下に潜り込んだ後のようだった。
『一先ず成功したわ。すぐ対策を――』
その証として分析結果が届いたらしく、そんなウェーラの声が〈テレパス〉で届く。
『って、え? こ、これって……』
かと思えば、彼女は戸惑い気味に言葉を詰まらせてしまった。
『ウェーラ!? どうした!?』
その様子に不穏な空気を感じ、超越人が魔動器を排除しようとそれに意識を向けてている間に体勢を立て直さんと、触手の攻撃範囲から全速で脱しながら問いかける。
『な……何でもないわ。今はとにかくこの子を…………殺さないと』
一瞬の逡巡の後、ウェーラはそう結論を返してきた。
懸念すべき情報を得たようだが、『雄也』には伝えるべきではないと判断したようだ。
彼女がそう断じたのであれば、今この場で問い質すべきではないのだろう。
あるいは、動揺して戦えなくなる事実かもしれない以上は。
だから、『雄也』は一先ずそこは考えず、目の前の事態にのみ集中することにした。
『殺さない限り、延々と暴れ続けるってことか』
初めての戦闘では、相手の命を奪わなければならない事実だけでも心が重くなる。
忌避感が苛む中、他の問題に囚われている場合ではない。
『そうね。力に耐え切れずに自壊してる部分もあるけど、同時に再生もしてる。いずれ進化の因子の力で克服し、ユウヤの言った通りになるわ』
『彼女に自由意思は……』
『暴れ方で予想できてただろうけど、既にないわ。あれはもう、ひたすら暴れ続けるだけの獣よ』
これまでの様相を見る限り、確かに理性など欠片もないと判断せざるを得ない。
実際、ふと思いついて〈テレパス〉で呼びかけてみても応答もなかった。
普段から人の自由意思を尊重してくれる彼女だけに、その言葉は重くのしかかってくる。
『どうすれば、殺せる?』
並んだ事実を以って迷いを振り払い、『雄也』はそうウェーラに尋ねた。
超越人と化した彼女がもうどうしようもない状態にあることもそうだが、この場で躊躇っていては他の誰かの自由が奪われる可能性があるのだ。もはや躊躇は悪だ。
『上っ面を削っても意味がないし、あの様子じゃ部位破壊も効果は限定的でしょうね。再生される可能性が高い。そうなるともう、心臓か脳か、中枢を叩き潰すしかないわ』
『どうやって?』
魔力を収束させた一撃でも、触手すら傷つけることができなかったというのに。
『私が印を作るから、今から転移する魔動器を利用して直接そこを叩いて』
『そんな魔動器が?』
『言ったでしょ。試作の魔動器があるって。ただ強度が絶対的に足りないから使えるのは一度だけ。失敗したら、魔動器を修復するまで暴れるがままにするしかなくなるわ』
(……一度だけ、か)
しかも、直接叩けと言うからには近接武器か。
囮以上にハードなオーダーだ。
しかし、それでも成功させなければならない。
緊張感を抑え込むために奥歯を噛み締める。
『それを右手に着けて』
そうしていると、金色に輝く腕輪のような魔動器が目の前に転移されてきた。
それを、言われるがままに右手首にはめる。
『印を作ったら魔動器を遠隔起動させるから、一気に突っ込んで』
『分かった』
上空にいるウェーラに見えているかは分からないが頷いて、身構えてその時を待つ。
超越人は分析の魔動器を抉り取って捨て去ったらしく、再び暴れ出しながら『雄也』目がけて突進し始めていた。
それに応じてやや後退し、間合いを保って合図を待つ。
『今よ!』
と、上空で巨大な魔力が発生すると共に〈テレパス〉が耳に届いた。瞬間――。
《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》
《Change Therionthrope》《Convergence》
《Change Drakthrope》《Convergence》
《Change Phtheranthrope》《Convergence》
《Change Ichthrope》《Convergence》
《Change Theothrope》《Convergence》
《Change Satananthrope》《Convergence》
《Change Anthrope》《Maximize Potential》
刹那の内に重なるように電子音が全て鳴り響き、六色の収束魔力が一気に吹き上がる。
そう認識した直後、上空の魔力が弾丸の如き速度で降下してきた。
あれを以って印を作るつもりなのだろう。
合わせて、複数の魔法を複合的に発動させ、一気に対象との距離を詰めんとする。
同時に六色の輝き、一直線の虹の如き光が真っ直ぐに超越人の背中へと突き進み、しかし、触手を束ねた壁によって阻まれてしまった。
(まずっ――)
これでは印もなにもない。
『大丈夫。信じて! 分析によれば触手は比較的脆いはずだから!』
一瞬の躊躇をウェーラの言葉で抑え込み、制動をかけずに速度を維持する。
「ギャアアアアアアアアッ!!」
ウェーラが放ったと思われる光は触手を分解して突き抜け、超越人は悲鳴の如き絶叫を上げた。
攻撃は背中に着弾し、しかし、体を貫き通すには至らない。
(あれかっ!)
それでも体表を抉り取ることはでき、大きく脈打つ心臓が露出した。
これを穿てば終わる。そう確信し、そこへ向かって空間を翔けていく。
確実ではない遠距離攻撃ではなく、直接攻撃を叩き込むために。
「ガ、アアアア、アアアアアアアアアッ!!」
だが、対象は不確定要素を持つ生物。そう容易く上手くいくはずもない。
超越人は短くなった触手と六対の腕を振り回し、遮二無二暴れ始めた。
これでは近づくのも難しいが、遠距離からの攻撃も確率が低い。
あれらに妨げられる可能性がある。
「くっ」
『急いで! その状態は余り長く持たないわ』
ウェーラの言う通り、今この状態は通常の《Convergence》と同程度しか保てないだろう。
そして腕輪にはヒビが入り、二度目はない。
超越人の触手も再生しつつある。
「そっ」
だから接近を試みるが、速さで上回れず、超越人たる彼女の動きを掻い潜れない。
焦りが募るが、それで急に己の性能が上がる訳もない。
身体強化の制限時間は迫り、触手の再生も進んでいる。時間がない。
(こう、なったら)
傷一つなく事態を解決しようなど虫がよ過ぎた。
これ以上被害を出さないためにも、この彼女が罪を重ねないようにするためにも、今は身を捨ててでも彼女を殺さなければならない。
「〈六重強襲過剰強化〉!」
そう決意し、己が身には過大な身体強化を施す。
「うおおおおおおっ!!」
そして、無作為に振り回される致死の旋風を潜り抜け――。
《Final Arts Assault》
「レゾナントアサルトブレイク!!」
『雄也』は六色の輝きを纏った右足を以って、露出した心臓を蹴り貫いたのだった。
それにより、一度『雄也』が魔法の風で飛ばした砂塵が再び舞い始める。が、周辺の建築物が悉く崩落してしまったがために姿が見えなくなる程ではなかった。
「あれは、さすがにまずいね」
その光景を前に、ウェーラは余裕のない口調で呟いた。
「全く統制されてない」
彼女の言う通り、映像で見たそれとは様相が違っていた。
あれは異種族を的確に攻撃していたが、これはまるで人間も何も目に入っていないかのように、暴走としか言いようがない滅茶苦茶な攻撃を繰り返している。
「ユウヤ」
そんな脅威を前に『雄也』の名を呼びながら振り返ると、ウェーラは手助けを求めるように右手を差し出してきた。
どうやら、あの巨大な超越人を止めるつもりらしい。
「ああ」
当然、この状況を目の当たりにして何もせずにいる訳にはいかない。
このままでは、この街にあって戦いを選ばなかった者達の命が、自由が奪われてしまいかねない。いや、あるいは既に奪われているかもしれない。
戦場で殺し殺されるのとは全く違う。一方的な殺戮だ。
抗うための力もある。
今度ばかりは、見過ごすことは許されない。
だから、『雄也』はウェーラの手を取った。
「〈テレポート〉」
とほぼ同時に、彼女は転移魔法を発動させ、高層ビル程度の高さの空中に移動する。
地上で変身して、その瞬間を目撃されないようにするためだ。
王立魔法研究所以外ではウェーラしかこんなものを作ることはできないだろうが、それでも見られていなければ誤魔化しようはある。
「「アサルトオン」!」
そして二人言葉を重ねて告げると――。
《《Change Phtheranthrope》》
電子音もまた同時に鳴り響き、体が変質していく。
鷲のような特徴を持った風属性、真翼人に似た姿へと。
更に構造変化した魔力結石が新緑の装甲となって全身を覆っていき、これを以ってオルタネイトへの変身が完了した。
「「〈エアリアルライド〉」」
そのまま空力制御の魔法を用いて空中に留まり、眼下の存在を注視する。
「過剰進化した超越人。恐らく今の私達より遥かに強いわ」
そうしながら緊張感の滲んだ声色で告げるウェーラ。
それについては、複数の動物の特徴が散見されるあの巨躯から今も放たれ続けている魔力の気配で『雄也』にも分かっている。威圧感で今にも圧し潰されそうだ。
「けど、どうにかして止めないと被害が広がるばかりだ」
「そうね。なら、まずは弱点を探すところから始めないと」
己より強大な存在を相手取る時の常道だ。が、空から眺めていても分かるはずもない。
対象に近づかなければどうしようもないが……。
「あの後ろ足の烏賊と蛸みたいな触手が厄介だな」
進行速度自体は鈍重だ。しかし、それを補うかの如く十数本ある触手の内の何本かが周囲を警戒するように蠢いている。
「一応〈アナライズ〉の魔動器を遠距離から撃ち込むことはできるけど……それだけだと間違いなく弾き落とされてしまうでしょうね」
となれば、方法は一つ。
「俺が囮になる」
それ以外にない。
魔動器を撃ち込むにしても、扱いに慣れたウェーラに任せた方がいい。
「…………頼める?」
躊躇いがちに問うてきた彼女自身、そうするしかないと考えていたのだろう。
「何とかやってみる」
「……無茶したら駄目だからね」
苦しげな彼女に頷いてから「行ってくる」と簡潔に告げ、慎重に降下する。
《Twinbullet Assault》
そうしながら『雄也』は両手にハンドガンを生成し、対象を見据えた。
(……初戦闘がこれか)
異世界に放り込まれ、その常識を知るにつれ、いつかはこうなると分かってはいた。
しかし、まさか初っ端から、ここまでハードな状況で格上の存在と相対さなければならなくなるとは予想していなかった。
しかも、分かっていることと言えば相手の方が強いというアバウトな事実のみで、実際にどれ程の差があるかは全く以って未知数なのだ。
高い確率で命の危険があると予想できる。
無茶するなという彼女の言葉に頷いたが、無茶しなければ囮も満足に果たせそうにない。
(だからって、逃げる訳にはいかない。ウェーラの前でこれ以上情けない姿は晒せない)
『雄也』は僅かに湧き上がった恐れを抑えつけ、二丁の銃口を相手に向けた。
本来、特撮オタクなだけの平凡な大学生如きに、命を懸けた場面で冷静に戦えるはずがない。僅かな恐れ程度で済むはずがない。
しかし、異世界召喚に際して暗示のようなものがかかっているらしく、生死を賭した戦いを前にしても恐怖を緩和することができる。
いや、させられていると言った方がいいか。
(異世界召喚の作用。健全な状態とは言えないけど……)
いざという時に戦えなくなるよりはマシだ。
これも一種の自由の制限だが、この状態を利用することを以って一先ずは受容するということにしていた。いずれ、徐々に効果も薄くなっていくという話でもある。
いずれにせよ、己の精神状態を心配する必要はないし、そんな暇もない。
(さて)
そして『雄也』はその存在の目に滞空する高さを合わせ、一先ず触手の射程外からギリギリまで近づいて対象を観察した。
胸元の辺りにある起伏を見限り、この超越人は女性のようだ。
(……別人か)
その巨躯に現れ出ている生物の特徴は映像で見た存在とほぼ同じだが、あちらは男。
間違いなく新たに過剰進化させられた超越人だ。
その事実に眉をひそめるが、今はこの存在の背景を気にしている場合ではない。
何はともあれ、無秩序な破壊行為は止めなければ。
「止まれ!」
だから、伝わるかどうかはともかく、『雄也』はそう叫びながら威嚇射撃を行った。
新緑の輝きを湛えた複数の光弾は、確実に相手に当たらない軌道で飛んでいく。
にもかかわらず、それはわざわざ触手で叩き落とした。
恐らく攻撃範囲に入ったから、というだけの単純な理由で。
「ガアアアアアアアアアアアアアッ!!」
自分から当たりに行ったにもかかわらず、直接攻撃を仕かけてきた敵として『雄也』を認識したらしい。咆哮する彼女の目がこちらを捉えている。
だが、それも僅かな時間だけだった。
「アアアアアアアッ!!」
彼女は更に叫び声を上げながら鋭利な鋏と鎌を闇雲に振り回し、地団太を踏むように触手を周囲の地面に叩きつけ始めた。
その轟音と共に再び砂煙が舞う。これではまるで知性のない獣のようだ。
(何故、こんな……)
映像で見た存在との差異。それが生じた理屈は全く分からない。
しかし、とにかく今はウェーラによる分析だけが頼りだ。
あるいは、何が超越人と化した彼女を暴走させているかも判明するかもしれない。
「こっちだ!」
だから『雄也』は、今度は触手に直接命中させるようにハンドガンを撃った。
その弾丸は、わざわざ狙いを定めずとも、自ら当たりに来る触手に着弾する。
だが、威力が足りない。
それだけでは対象の意識をこちらのみに集中させるには至らなかった。
《Convergence》
ならばと『雄也』は魔力を収束させ――。
《Final Twinbullet Assault》
十秒後、輝きの増した新緑の光弾を二発、彼女へと撃ち込む。
これもまた、まるで自動防御であるかの如く触手が反応して防がんとする。
『雄也』の頭の中では、それが直撃すれば触手が千切れるぐらいはあると予測していた。
「ギ、ギャアアアアアアアアッ!!」
そして新緑の弾丸が炸裂して同色の輝きを周囲に放った瞬間、対象は大きく絶叫する。
(やったか!? …………って、いや、今のは違う!)
悲鳴の如きそれを前にして、無意識にやっていないフラグを自ら立ててしまったことに気づき、『雄也』は心の中で慌てて取り消した。
が、そんなことでフラグを折ることはできなかった。当然のように触手は健在だ。
「ガアアアアアアアアアアッ!!」
それでも痛みは確かにあったらしい。
彼女は、今度こそ完全に『雄也』を怨敵として認識したようだった。
それから鈍重ながら、その巨躯からすると考えられない速度でこちらに直進してくる。
崩落した建築物の瓦礫を蹴散らす重量感は、対峙した者を委縮させるに十分過ぎる程だ。
何よりあの異形が迫ってくるのだから、恐れを抱かずにはいられない。
暗示によって恐怖心を抑制されていて尚、体が竦む。
もし暗示がなければ失神していたかもしれない。
《Convergence》
抑制された軽度な恐れを『雄也』は、ウェーラに頼られたことへの使命感と特撮ヒーローに憧れる者としての義務感で捻じ伏せ、再度魔力を収束させる。
そうしながら対象がこちらから意識を切らないように、触手の攻撃範囲に自ら入る。
当然、そうなれば相手は触手を用いて攻撃を仕かけてくる。
「くっ」
『雄也』は全身全霊を触手の見極めのみに傾け、それをギリギリのところで避け続けた。
折角再収束した魔力を使う間もない。攻撃など考える暇もない。
最初から囮役として回避に専念するつもりがなかったなら、即座に叩き潰されていたことだろう。とは言え――。
(そんなに、持たないぞ、これは)
乱舞する触手に技巧は欠片もないが、手数と速さだけで徐々に追い詰められていく。
余裕など欠片も存在しない。
(ウェーラ!)
それでも理性なき攻撃故に僅かな隙が生じ、募った焦りが『雄也』に上空を意識させた。
と、その隙をこそウェーラも待っていたようだ。
何かが空から撃ち込まれ、超越人の背中に突き立てられる。分析の魔動器だ。
その巨躯からすれば蚊に刺されたようなものだろうが、異物感があるのだろう。
過剰進化した超越人は触手でそれを取り除こうとし始める。
が、既に魔動器は皮膚の下に潜り込んだ後のようだった。
『一先ず成功したわ。すぐ対策を――』
その証として分析結果が届いたらしく、そんなウェーラの声が〈テレパス〉で届く。
『って、え? こ、これって……』
かと思えば、彼女は戸惑い気味に言葉を詰まらせてしまった。
『ウェーラ!? どうした!?』
その様子に不穏な空気を感じ、超越人が魔動器を排除しようとそれに意識を向けてている間に体勢を立て直さんと、触手の攻撃範囲から全速で脱しながら問いかける。
『な……何でもないわ。今はとにかくこの子を…………殺さないと』
一瞬の逡巡の後、ウェーラはそう結論を返してきた。
懸念すべき情報を得たようだが、『雄也』には伝えるべきではないと判断したようだ。
彼女がそう断じたのであれば、今この場で問い質すべきではないのだろう。
あるいは、動揺して戦えなくなる事実かもしれない以上は。
だから、『雄也』は一先ずそこは考えず、目の前の事態にのみ集中することにした。
『殺さない限り、延々と暴れ続けるってことか』
初めての戦闘では、相手の命を奪わなければならない事実だけでも心が重くなる。
忌避感が苛む中、他の問題に囚われている場合ではない。
『そうね。力に耐え切れずに自壊してる部分もあるけど、同時に再生もしてる。いずれ進化の因子の力で克服し、ユウヤの言った通りになるわ』
『彼女に自由意思は……』
『暴れ方で予想できてただろうけど、既にないわ。あれはもう、ひたすら暴れ続けるだけの獣よ』
これまでの様相を見る限り、確かに理性など欠片もないと判断せざるを得ない。
実際、ふと思いついて〈テレパス〉で呼びかけてみても応答もなかった。
普段から人の自由意思を尊重してくれる彼女だけに、その言葉は重くのしかかってくる。
『どうすれば、殺せる?』
並んだ事実を以って迷いを振り払い、『雄也』はそうウェーラに尋ねた。
超越人と化した彼女がもうどうしようもない状態にあることもそうだが、この場で躊躇っていては他の誰かの自由が奪われる可能性があるのだ。もはや躊躇は悪だ。
『上っ面を削っても意味がないし、あの様子じゃ部位破壊も効果は限定的でしょうね。再生される可能性が高い。そうなるともう、心臓か脳か、中枢を叩き潰すしかないわ』
『どうやって?』
魔力を収束させた一撃でも、触手すら傷つけることができなかったというのに。
『私が印を作るから、今から転移する魔動器を利用して直接そこを叩いて』
『そんな魔動器が?』
『言ったでしょ。試作の魔動器があるって。ただ強度が絶対的に足りないから使えるのは一度だけ。失敗したら、魔動器を修復するまで暴れるがままにするしかなくなるわ』
(……一度だけ、か)
しかも、直接叩けと言うからには近接武器か。
囮以上にハードなオーダーだ。
しかし、それでも成功させなければならない。
緊張感を抑え込むために奥歯を噛み締める。
『それを右手に着けて』
そうしていると、金色に輝く腕輪のような魔動器が目の前に転移されてきた。
それを、言われるがままに右手首にはめる。
『印を作ったら魔動器を遠隔起動させるから、一気に突っ込んで』
『分かった』
上空にいるウェーラに見えているかは分からないが頷いて、身構えてその時を待つ。
超越人は分析の魔動器を抉り取って捨て去ったらしく、再び暴れ出しながら『雄也』目がけて突進し始めていた。
それに応じてやや後退し、間合いを保って合図を待つ。
『今よ!』
と、上空で巨大な魔力が発生すると共に〈テレパス〉が耳に届いた。瞬間――。
《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》
《Change Therionthrope》《Convergence》
《Change Drakthrope》《Convergence》
《Change Phtheranthrope》《Convergence》
《Change Ichthrope》《Convergence》
《Change Theothrope》《Convergence》
《Change Satananthrope》《Convergence》
《Change Anthrope》《Maximize Potential》
刹那の内に重なるように電子音が全て鳴り響き、六色の収束魔力が一気に吹き上がる。
そう認識した直後、上空の魔力が弾丸の如き速度で降下してきた。
あれを以って印を作るつもりなのだろう。
合わせて、複数の魔法を複合的に発動させ、一気に対象との距離を詰めんとする。
同時に六色の輝き、一直線の虹の如き光が真っ直ぐに超越人の背中へと突き進み、しかし、触手を束ねた壁によって阻まれてしまった。
(まずっ――)
これでは印もなにもない。
『大丈夫。信じて! 分析によれば触手は比較的脆いはずだから!』
一瞬の躊躇をウェーラの言葉で抑え込み、制動をかけずに速度を維持する。
「ギャアアアアアアアアッ!!」
ウェーラが放ったと思われる光は触手を分解して突き抜け、超越人は悲鳴の如き絶叫を上げた。
攻撃は背中に着弾し、しかし、体を貫き通すには至らない。
(あれかっ!)
それでも体表を抉り取ることはでき、大きく脈打つ心臓が露出した。
これを穿てば終わる。そう確信し、そこへ向かって空間を翔けていく。
確実ではない遠距離攻撃ではなく、直接攻撃を叩き込むために。
「ガ、アアアア、アアアアアアアアアッ!!」
だが、対象は不確定要素を持つ生物。そう容易く上手くいくはずもない。
超越人は短くなった触手と六対の腕を振り回し、遮二無二暴れ始めた。
これでは近づくのも難しいが、遠距離からの攻撃も確率が低い。
あれらに妨げられる可能性がある。
「くっ」
『急いで! その状態は余り長く持たないわ』
ウェーラの言う通り、今この状態は通常の《Convergence》と同程度しか保てないだろう。
そして腕輪にはヒビが入り、二度目はない。
超越人の触手も再生しつつある。
「そっ」
だから接近を試みるが、速さで上回れず、超越人たる彼女の動きを掻い潜れない。
焦りが募るが、それで急に己の性能が上がる訳もない。
身体強化の制限時間は迫り、触手の再生も進んでいる。時間がない。
(こう、なったら)
傷一つなく事態を解決しようなど虫がよ過ぎた。
これ以上被害を出さないためにも、この彼女が罪を重ねないようにするためにも、今は身を捨ててでも彼女を殺さなければならない。
「〈六重強襲過剰強化〉!」
そう決意し、己が身には過大な身体強化を施す。
「うおおおおおおっ!!」
そして、無作為に振り回される致死の旋風を潜り抜け――。
《Final Arts Assault》
「レゾナントアサルトブレイク!!」
『雄也』は六色の輝きを纏った右足を以って、露出した心臓を蹴り貫いたのだった。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
35
-
-
755
-
-
59
-
-
111
-
-
2
-
-
3
-
-
2
-
-
267
-
-
59
コメント