【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第三十七話 人形 ②過剰な進化

《Convergence》

 電子音を合図に、体内の魔動器がその中の魔力吸石へと魔力を取り込み始める。
 それから十秒の時をかけて十二分に魔力を蓄積し――。

《Final Arts Assault》
「クリムゾンアサルトバースト!」

『雄也』はその全てを右足に集中させ、左足で地面を蹴って跳躍すると蹴りを放った。
 対象は魔法によって土から作られた標的。
 威力を測定するために魔動器が接続されたそれは、その一撃を受けて容易く粉砕される。

(さて、計測結果は……)

 そして着地して一息つくと、『雄也』は魔動器へと視線を移し、その表示を読んだ。
 そこには、攻撃対象が二等級以下の人間なら掠っただけで致命となる威力が、数値で表されていた。たとえ一等級でも、下位の相手であれば一撃だろう。
 異世界アリュシーダに召喚された当初からは考えられないことだが、変身状態ならば『雄也』も一等級の力を持つのだから当然の結果ではある。

(本当に、随分強くなったな)

 MPドライバーを備えたことで基本スペックも向上しており、現在の『雄也』は通常状態で生命力が二等級、魔力が一等級というところまで成長していた。
 例が少ないので確実ではないが、この変身ベルト型の魔動器は、体内で動作を始めた段階で所有者の力をそれぞれ一等級ずつ向上してくれるようだ。

(けど、もっとだ。もっと強くならないと)

 正直、鍛錬だけでは足りない。
 長期的に鍛えるなどと悠長なことは言っていられない。
 いつ超越人イヴォルヴァーと対峙することになるか分からないのだから。

(魔動器自体の機能を高めれば……)

 あるいは、二、三等級分ぐらい一気に力を伸ばすことも不可能ではないかもしれない。
 そのために必要なのは魔動器の容量だ。
 だが、最低限携帯できなければならないため、必然的に大きさが限られる。
 魔力吸石の質の向上で対応しなければならない。

(まだまだ改良の余地があるな)

 とは言え、当然ながら体を鍛えなくていい訳ではない。
 この体の性能をしっかり引き出せるようにしておかなければ、宝の持ち腐れだ。

「ユウヤ!」

 そんなようなことを考えながら『雄也』がトレーニングを始めようとしていると、そこへ何故か慌てたようにウェーラが上の階から駆け降りてきた。
 彼女がいたのは一階。この場所は、オルタネイトの性能試験を行うために、彼女の家の真下に魔法で新しく作られた広大な地下室だ。
 面積は、二面でバスケができる体育館ぐらいはある。
 防音、免震もしっかりなされており、全力で暴れても外部に漏れることはない。
 つい先程まで彼女もここで自身のスペックを測定していたが、新しい魔動器を思いついたとかで一階に上がっていた。設計図でも書いていたのだろうが……。

「ウェーラ。その服、気に入ったのか?」

 その彼女の服装を見て、思わず『雄也』はそう問いかけた。
 上に行った段階で着替えたと思っていたが、ここで測定していた時のままだ。

「え? あ、うん。動き易いし」

 と、彼女は勢いを削がれたように立ち止まり、自分を見下ろしてから答える。
 体操服の上着とスパッツ。その上から羽織った白衣。またちぐはぐな格好だ。
 白衣はさて置き体操服とスパッツは、通常状態での身体能力を測る際に動き易い服装は何かないかと問われ、魔法で作ったものだ。
 どうやら割とずぼらな彼女は部屋着として気に入ってしまったらしい。
 正直、スパッツ好きの身にとっては目に毒だが、まあ、スカートを履いていないだけマシと思うしかない。スカートから覗くそれだったら致命傷だった。

「って、そんな場合じゃないの!」

 と、ウェーラは少し怒ったように話を戻した。
 大分緊急の事態だったらしい。

「とにかく、これを見て! 〈アトラクト〉」

 それから彼女は空間に映像を投射する魔動器を呼び寄せ、起動させた。

「そんなに慌てて何を……って――」

 そして空中に映し出され始めたものを見て、『雄也』は目を疑った。

「何だ……これ。魔物?」

 そこには、基人アントロープとその他六種族が入り乱れた戦場の真ん中で暴れる怪物の姿があった。

(キマイラって奴か?)

 人の数倍もある巨大な異形を前に、一瞬元の世界の神話上の生物であるそれと見紛う。

(……いや、違う。何かもっとこう、ぐちゃぐちゃだ)

 全身に複数の動物の特徴が現れ出ている。
 獅子と山羊と蛇の頭が真っ先に目に入って勘違いしたが、それだけではない。
 後ろ足があるべき部分からは烏賊や蛸のものと思しき複数の足が、蜥蜴の如き硬そうな鱗に覆われた胴体からは蜘蛛の足のようなものが生えている。
 前足は駝鳥の系統のしっかりとしたもので、その上には更に三対の手が存在していた。
 下から凶悪な形をした蟹の鋏、鋭利な蟷螂の鎌、そして歪に変形した人間の腕部。
 余りにもグロテスクで、これこそ正気度が下がりかねない姿だ。

「こんな魔物、いると思う?」

 ウェーラから逆に問われるが、異世界故に即答はできない。
 元の世界の常識に縛られない存在も、十二分にあり得る気がして。
 とは言え、これが自然発生するとしたら、この世界の法則は相当趣味が悪い。
 もっとも彼女の尋ね方からして答えは決まっているだろうが。

「これは間違いなく人工的なものよ」

 少し俯いた『雄也』の返答を待たずに、ウェーラは強張った表情と硬い口調で続ける。
 自然なものでないなら、彼女の結論は正しい。神の関与がある訳でもなし。
 しかし、その反応を見る限り、彼女も初見で前例はなさそうだが……。

「……まさかっ!」

『雄也』はハッとして顔を上げ、問うようにウェーラを見た。

「そのまさかだと思うわ」

 その視線に彼女は頷き、互いの間に張り詰めたような空気が漂う。
 過剰な変化が生じているが、人間の名残のようなものが僅かに存在する。
 極めて軽度なもの、かつ既に元に戻っているが、似た変化も見たことがある。
 間違いなく超越人イヴォルヴァーの延長線上にある存在だ。

「考え得る可能性は、液化魔力結石の過剰な投与。人間を人工的に進化させた存在である超越人イヴォルヴァーを更に進化させようと試みたのね。名づけるなら、過剰進化オーバーイヴォルヴってところかしら」
過剰進化オーバーイヴォルヴ……」

 ウェーラの言葉を繰り返しながら、再び映像に視線を戻す。
 こうして話している間にも、それはその中で暴威を振るっていた。
 戦争というよりも蹂躙と表現した方が相応しい様相だ。

「無茶苦茶な!」

 こんな光景を前にして、さすがに何もせずに放置することなどできない。
 そう考え、『雄也』は外に飛び出そうとしたが――。

「待って。ユウヤ、よく見て」

 ウェーラに腕を掴まれて制止される。

「あれは無作為に暴れてる訳じゃない」

 言われ、目を凝らす。と、確かにそれは無闇矢鱈と攻撃している訳ではなかった。
 嵐のような激しい暴れ方のせいで錯覚したが、基人アントロープは少しも被害を受けていない。

「統制されてる。双方相手を殺すために戦場に出てきた人間よ」

 狂った怪物ではなく。一兵士に過ぎないと。
 ならば、あくまでも他の基人アントロープ超越人イヴォルヴァー達と同じように考えなければならない。
 己の好き嫌いで手を出すのは彼らの自由に対する冒涜とも言える。しかし――。

「いずれにせよ、並の超越人イヴォルヴァーとは比べものにならない力を持っていることは確かだわ。万が一に備えて対策を立てておかないと……」

 そうした力を持った存在が、戦いを望まない人々を傷つける可能性は零ではないのだ。
 その時になって、また力不足を理由に何もできずにいるのは余りにも情けない。

「と言う訳でユウヤ。少し街に行くわよ」
「え? 街に?」
「そ」

 珍しいことがあるものだと少し驚く。
 実際、この家に来てから外出は数える程しかなかった。
『雄也』にしてもそうで、それだけでなく城下をまともに散策したこともない。
 生活する上で必須ではないことに加え、初っ端から危険に放り込まれそうになったことへのトラウマがあったせいだろう。
 余りこの国自体に好感を持てず、自分から外出したいと申し出ることもなかった。

「新しい魔動器。試作機はもうできてるんだけど、強度とか色々足りないところがあるから。材料を買いに行かないと。後、気分転換ね」

 そうは言うが、〈テレパス〉や遠見の魔法をを用いれば、家にいながらにして材料を調達することも可能だ。今まではそうやってきた。
 最後につけ加えた部分が主たる目的だろう。
 ウェーラ自身、更なる異形の超越人イヴォルヴァーの登場に動揺しているに違いない。
 一体どこの誰が、というのは『雄也』でも見当がつくが、どうやって戦場すら見通す手立てを持っている彼女に知られずに実行できたのかという部分で。
 ある意味、彼女もどこかで慢心していたのかもしれない。

「とにかく。ほら」

 歩き出しながら促す彼女に、たまには必要かと考えて後に続く。
 効率を考えれば〈テレポート〉で近くまで転移するところだろうが、やはり気分転換目的だからか徒歩で行くつもりのようだ。
 そうして二人ゆっくりと並んで歩いていき、城下町へと向かう。
 ウェーラの家は郊外にある一軒家な訳だが、一般人が来ないようにしているのか、途中隠し通路のような狭く入り組んだ道を通っていかなければならなかった。
 微妙に魔力も感じたので、魔動器か何かで認識を阻害してもいるのかもしれない。
 ともかく、迷路のような路地をしばらく進んでいくと、やがて開けた通りに出る。

「…………何か活気がないな」

 そこで目に映った光景を、『雄也』はそう評した。
 赤煉瓦が目立つヨーロッパ的な街並みには心惹かれるものもある。
 だが、どうしようもなく雰囲気が暗い。
 通行人もまばらで、俯いている人が多い。

「ユウヤは私といたから分からなかったかもしれないけど、今は戦時下よ。特につい最近まで敗戦濃厚だった訳だし」
「けど、超越人イヴォルヴァーの登場で何とか押し戻したんじゃないのか?」
「うん。だから、今は精神的なものじゃなくて物質的な部分の話」
「物質的?」
「最近になって、急に大量の魔力結石が徴収され始めたのよ。多分、単純な生活の困窮度合いは今の方が酷いんじゃないかしら」

 魔力結石は魔動器を動かす燃料と捉えることもできる。
 そして魔動器は、水道や冷暖房など生活インフラ同然のものもあるのだ。
 それが動かないとなれば生活水準の低下は避けられない。
 高度に魔法が使える人間であれば、その限りではないかもしれないが。

「何で今になって。その言い方だと、通常の超越人イヴォルヴァーの時はそこまでじゃなかったんだろ?」
「私も疑問だったんだけどね。あの映像を見て得心が行ったわ」
「あ……」

 つまりアレを生み出すための強制という訳か。

「これは……これは自由の制限だ」

 実際に目の当たりにしていなかったから全く認識していなかったが、これは信条に抵触しかねない話だ。抵触しかねない話だが……。

「けど、手を出すには……」

 余りに難しい問題だ。
 暴力に訴えて統治者を排除すれば済む話ではない。
 そんなことをすれば他国に支配され、今より彼らの自由が奪われる結果になりかねない。
 平和的に解決しようにも、異世界人の言葉が通じるかどうか怪しいところでもある。
 そもそも基人アントロープに非のある戦争でもあるし。

「戦争とか社会には個人が過度に干渉すべきじゃないわ」

 非合法な悪の組織と非合法に暴力で抗う一個人と単純化できない問題。
 それだけに、ウェーラの言う通りかもしれない。
 特撮ヒーローの代理人として向き合うには、少々畑違いだ。
 直接的かつ理不尽に命が奪われていないからこそ言えることでもあるが。

「それでも干渉したいなら国家を一つの命、人間と見なして考えた方がいいかもね」
「国が一つの命……」

 同じ法の下にある国民同士。
 国の中での問題ならば、ある程度は許容すべきかもしれない。
 そもそも元の世界ではそうやって過ごしてきたのだ。
 時折現れる理不尽に苛立ちつつも、無力を理由にそれが現実と受け入れて。
 力を持って選択肢が増えたことで、考えなければならないことが増えてしまっているが。

「そんな難しい顔しないで。とりあえず、ご飯にしましょ」

 複雑な感情がはっきり顔に出てしまっていたのか、励ますように明るく言って軽く腕を引っ張るウェーラ。

「そうだな」

『雄也』はそんな彼女の姿に気持ちを切り替えて頷き、一緒にとある店に入った。
 街の活気のなさに引きずられるように片手で数えられる程度しか客はいないが、とりあえず営業はしているようだ。
 ウェーラのお勧めに従い、サギグと呼ばれる御飯のような穀物を、洋風な感じで炊き込んだ上からアメリカのおかしのような色の餡をかけたガンバベミサズという料理を頼む。

「………………カレーが食べたいな」

 目の前に運ばれてきたそれを見て、思わず『雄也』はポツリと呟いた。
 色はともかく、構造が少し似ているせいで。

「カレー? ユウヤの世界の料理?」

 と、興味を持ったらしいウェーラに問われ、頷く。

「なら、今度この世界の食材で作れるかどうか試してみるのもいいかもしれないわね。このスパッツもそうだったけど、ユウヤの世界のものは何かと機能的みたいだし」

 料理で機能的という評価は余り聞かないが、カレーは完全食とも言われる料理だ。
 そう表現するのも、おかしい話ではないかもしれない。感覚的に的を射ている気もする。
 それはともかく、料理は科学や化学の範疇とも言われるものだ。
 研究対象として関心が向くのも分からなくもない。

「まあ、それは今度ってことで……食べましょ。冷めちゃうわ」

 彼女に視線と言葉で示され、それこそ化学的な色をした餡と向き合う。

「「いただきます」」

 それから二人声を揃えて言い、『雄也』はピラフのようなそれを食べ始めた。
 日本風の食事の挨拶をウェーラも口しているのは、『雄也』が最初の食事の時に無意識に出たものを真似て今も続けているからだ。
 どこに向けてのものかは諸説あれど、いずれにしても感謝を示す言葉であることに思うところがあったのかもしれない。
 そんなことをぼんやり考えつつ、食事を取っていると――。

「しかし、本当にいい加減にして欲しいよな」

 客の数が少ないが故に静かな店内で、ひそひそと話をする声が耳に届く。
 周りに聞こえないように気を配っているようだが、身体能力の高まった『雄也』やウェーラならば普通に聞こえてしまう音量だ。

「ああ。全くだ。もう戦争なんてうんざりだよ」

 深い嘆息が染み込むように空間に広がる。
 当然と言うべきか、力なき一般市民達の間には厭戦的な空気が満ちているようだ。

「戦いも争いもなくなればいいのに」

 陰鬱な言葉を聞いていると、こちらまで気分が滅入る。

『争いは、なくしちゃ駄目だと思うけどね』

 と、ウェーラが呟くように〈テレパス〉で考えを伝えてくる。

『それこそが進化を促進する触媒だもの。まあ、殺し合いは資源の無駄だけど』

『雄也』はそんな彼女に頷いて同意を示した。
 生死がかからなければ、誰かの自由が決定的に奪われさえしなければ、争いはむしろ益になる。何より、より多くの自由を望まんとすれば、必然的に争いは生まれるものだ。
 とは言え、こんな場所でそれを彼らに諭しても届かないだろう。
 もっと段階を踏んで社会が成熟しなければならない。
 元の世界とて、そこまでは到達できていないのだから。

「ん?」

 そうやって市民の愚痴をBGMに食事を続けていると――。

「っ! 何だっ!?」

 突如として巨大な破壊音が遠くから響き渡った。
 更に何かが崩落するような音に続いて、悲鳴が届いてくる。

「ユウヤ!」

 お金を叩きつけるようにテーブルに置いて立ち上がったウェーラの言葉に頷き、共に急いで外に出る。
 すると、遠く魔法研究所の方に砂塵が舞っていた。
 悲鳴は大きさを増し、尚も破壊音と共に砂煙が広がっていく。

「あれは……」

 視覚に頼らないウェーラには元凶が見えているようだが、『雄也』はそんな境地にはない。

「〈グランウインド〉!」

 だから、視界を晴らさんと魔法で強風を起こす。
 それによって土埃は吹き飛ばされ、その中に隠されていたそれは姿を現した。
 この騒ぎの元凶たる存在は、姿を晒されたことに怒り狂ったように咆哮を上げる。
 そこにいたのは、あの映像で見たものに似た奇怪な姿をした巨大な異形だった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品